11話
憂鬱な気分は三日間。
あれからイトが三日も来てないのだ。
あの日、帰宅するとイトはもう家にいなくて。
考えたくはないけど「嫌われちゃったかなあ」なんて思ったりする。そう思うと目にじんわりと涙があふれてくるのがわかった。
やっぱり私なんかを好きになってくれる人なんていないんだ。親ですら好きにはなってくれないものを。
イトが優しかったからちょっと調子に乗ってしまったんだ。
イトだけじゃない。
ばぁちゃんやじぃちゃん、詩織だって本当は私の事嫌いなのかもしれない。
人に嫌われるのは怖い。嫌われたくなんてないけど、どうすれば好かれるかなんてわからないよ。
でも。
嫌われないように頑張らないと……。
溢れる涙を服の袖でググッと拭きとった。
――イトはもうきてくれないのかな……。
そう思うとまた涙が溢れてくる。
「叶!」
……会いたいと思ったからなのかイトの声が聞こえた。こんなにもはっきりと?
「叶! 開けて! あーけーてー!」
幻聴なわけない! イトの声だ!
キョロキョロと周りを見渡す。
「こっちこっち! 早く~ぅ!」
小さくカシャカシャと叩く音が聞こえた。それは壁を叩く音やドアを叩く音とは違う。
なんだろう、この音……。
ガラス? 窓!?
窓の方に勢いよく視線を向ける。
この古い家屋の窓は木枠でできている。その為、風が吹いただけでもガラスと枠の間で軽くぶつかるようなカシャカシャと音が聞こえたりするのだ。
イトはその細い木枠に青ざめた顔で立っている。
「なにしてるの!? そんなとこ、危ないよ~!」
驚いて声を荒げると、イトも声を荒げて叫ぶ。
「とりあえず早く助けてー!」
ゆっくりと気をつけながら窓を開けイトを中に引き寄せる。
「危ないよ!」
ちょっとキツイ言い方をしてしまったけど、心配だからしょうがない。人間なら落ちても大怪我はするかもしれないけど大丈夫。
でもイトは……。
「危ないんだからね!?」
もう一度きつく言いつける。
イトがしょんぼりと頭を下げて小さく「うん……」と何度も頷いた。
「……無事でよかったよ……ごめんね、キツイ言い方しちゃったね……」
じんわりと目頭にあついものがこみ上げて、私はそれを隠すように拭う。
本当に無事でよかった。小さい彼らには私達より危険な事がいっぱいなんだと改めて思う。
「叶、心配かけてごめん。僕、叶に早く会いたくて……」
――きゅうううううううううううううん!
どうしよう!
私、分かってしまった!
イトはとっても大事な人なのに! 大事な友達なのに!!
「叶、まだ怒ってるの……?」
しょんぼりとした表情で私を見上げるイトの顔。
イトはとっても小さな男の子。私から見たら小人、イトから見たら私は巨人でしかない。
なのに、私のこの気持ち。『恋』だ、これ!
なんで『恋に落ちる』って言うんだろうって思ってた。
落ちる、なんておかしくない? でもしっくりくる。
まさに『落ちる』んだ。前触れもなく。避ける事もできず。気づいたら『落ちてた』そんな感じ。
「叶、大丈夫!? どうしたの? 苦しい?」
私、どんな表情をしてるんだろう? イトは心配そうな顔をして私を見つめている。
ああ、そうね。苦しい、かも。息苦しい。
「大丈夫だよ……イトが、心配させるから……ちょっと……」上手く言葉にできない。
「本当にごめんね……叶に早くお土産渡したかっただけなんだ……」
「え!?」
「え?」
「イト、どこか旅行にいってたの!?」
「ううん、旅行じゃなくて仕事なんだけど――」
「ええええ!? イト、働いてるの!?」
「そりゃあ働くよ~」
そっか。イトはこう見えてオッサ……結構な年齢だったんだ。
でも人間に例えると私と同じぐらいだって言ってたのに。
「ね。どんな仕事してるの?」
「細工した物を妖精の物と交換してもらってそれを売ってるんだ~」
「妖精!」
「うん。今回面白い物が手に入ったから叶にあげようと思って」
「面白い物?」
「ん。手、だして。あ! 目、つぶって!」
ふふっ。イト、私より年上なのに子供みたい。
クスクスと笑う私の手のひらの上に何か小さな物がそっと置かれた。なんだろう?
「目、開けていいよ!」
そっと目を開く。わくわくしながら。
手のひらの上には茶色い……タイガーアイのような物が乗っている。
綺麗な石だけど妖精の物にしては普通というかなんというか。もっと驚くような物なのかと思ってただけに……って!
何考えてるの、私!
せーっかくイトがくれたのに! 私の為に持ってきてくれたのに!
「叶! 食べてみて!」
あ、そうか。これ、魔法の薬なのか!