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1話

 夏休みに入ったばかりだというのに気分は最悪。父母が離婚し、引き取り手のなかった私は父方の祖父母に引き取られる事になった。


 見渡す限りの畑と、祖父母の家の裏手には山。木々が色鮮やかに茂っている、といえば聞こえはいいが。

……鬱蒼と茂っているといった方が正解だろうか。

 謎の虫が大きな羽音を立てて耳元を通りすぎる度に体をビクリと震わせてしまう。虫は嫌いだ。

 

 が。

 住めば都とはよくもまあ言ったもので。


 二週間住んでみてわかったけど、思いのほか田舎暮らしは自分の性に合っている気がする。ろくでなしの両親から産まれた私を祖父母は意外にも可愛がってくれるし、その祖父母の人徳なのだろうかご近所の人も私に好意的なように思う。ま、虫にはやっぱり慣れないけども。


 都会と違って買い物等は不便になったけど、今の時代ネット通販でそれなりに欲しい物は手に入るしなんの問題もなく暮らせている。


 「じぃちゃん、ナス、収穫していい?」


 祖父母は農家で主に米を作っているのだが、他にも色々な野菜を作っては産直市場に卸したりしている。

それだけではなく、庭にも小さな菜園があり今年はそこに自宅用のナスビやトマト、キュウリを植えていた。


 父母の離婚後、父に連れられて初めてこの家に来た時には立派なトマトが実っていた。

赤くてつやつやしててとっても鮮やかな赤い大きなトマト。


 神妙な面持ちの父と祖父母の間には緊張感が漂っていた。

私は少しでも場を和ませようと子供ながらに気遣い、無邪気に明るい声で祖父母に話しかける。


 「うわあ! 美味しそうなトマト! 大きくて赤くて立派だねえ!」


 祖母が私を見た。

その目には優しと哀れみが宿っている事に私は気付く。祖母はそのまま庭にでるとトマトをちぎりとって私に手渡した。


 「ちょうど食べごろだよ。予防もしてないからそのままお食べ」


 トマトは……あまり好きではなかったけど。

私はそのトマトを美味しそうに頬張った。

 

 「うわあ、ありがとう! 凄く美味しい! こんなに美味しいの食べたことがないよー!」


 祖母はニコニコと頷いて、まるで小さな子供をあやすように私の頭を撫でてくれた。

父は私のそんな様子をじっと見つめて何を思っていたのかな。


 私がトマト嫌いなのを知ってた父、だけど何も言わなかった。

私を置いて去っていく時、振り返る事もしなかった父。ううん、もうあの人に期待するのは辞めなければ。


 「庭の菜園は今日からかなうの仕事だで。頑張りなさい」


 父を見送る私の肩を祖父が力強くポンポンと叩いた。まるで励ましてくれているかのように。


 佐東叶さとうかなう14歳。その日から庭の菜園は私が世話をしている。

と言っても水やりしたり虫がついてたらとったり適当な大きさに育ったら祖父に聞いてから収穫するぐらいなのだけど。


 奥から祖父がでてきてナスを見る。


 「おー、こりゃもう今年最後のナスじゃのう」


 「収穫していい?」


 「おうおう、収穫したんさい」


 祖父の答えを待ってからナスのヘタの部分ハサミを入れる。

実っている五つのナスを順番にチョキンと切っては収穫し、大事にゆっくりとカゴに入れていく。


 五つ目のナスにハサミを入れてゆっくりとカゴに入れようとした時、ネコの茶々が急に目の前に飛び出してきた。

 思わず「ウキャッ!」と小さな叫び声をあげると尻もちをついてしまう。

大事に収穫していたナスのカゴも落としてしまい、それぞれが思いのままに散らばってしまった。


 「もうっ」


 茶々を捕まえるとポンッと頭を軽く叩いた。

「急に飛び出しちゃダメでしょう?」そう茶々に言い聞かせてから頭を撫でる。


 興奮した様子で私の腕からもがき出ようとする茶々を不審に思い、その視線の先を見つめた。

そこにはただナスが転がっているだけだったのだが。


 ―― ん?


 暴れる茶々をギュッと捕まえたまま、落としたナスを視線で追う。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……そして先程から茶々の視線の先にある、むっつ?


 そういえばあの六つ目のナス、何か形がおかしいような。いや、あれは。そんなわけはない。でも、まさか? 気のせいじゃなければ人の形をしているように見えるのだが。


 夏の暑い日差しの中、目が少しおかしくなっているのかもしれない。

見間違いだという事を証明するかのようにただただ凝視してしまう。


 が。それがピクリと動いた時はさすがに私も見間違いだと思う事もできず、そっと近づいて様子を見る事にした。


 が。どうしよう。これは紛れもなく人間だ。小さな。


 黒い服を着ていたからナスにしか見えなかったけど、近づいてみればもうこれは見間違う事もなく小さな人間。


 その小さな人間がそーっと振り返った。

私を見て『しまった!』という顔をして見せた後、素早く顔をもとに戻しピクリとも動かない。


 なんだろう? ナスのフリ、かな?

でも思いっきり目があったからもう手遅れだと思うのだけど。


 とは言え。あーいう妖精的な生き物っていうのは人間に存在を知られたくないのだろうなあ、となんとなくわかる。

 凄くすごーく興味はあるし、話しかけたい衝動にかられるのだけど、私はそのまま見なかった事にしようと思った。


 思ったのだけど。


 彼の足、服がやぶけていて地肌が見えた。赤い……。

茶々にやられたのだろうか、ケガをしている。彼が咄嗟に逃げずにナスのフリをしたのは歩けないからではないだろうか?

 だとしたら、この暑さもまた危険すぎる。


 「……ごめんね」


 茶々を片手でしっかりと抱き、もう片方の手でその小さな人間を掴んだ。


 「わわわっ!」


 地面に茶々を離すと落ちたカゴを拾い、小さな人間をそっと入れる。

落ちたナスも彼をつぶさないように気をつけながらカゴに入れていくと私は大急ぎで家の中へと入っていった。





 

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