一ノ六.降誕祭当日
その翌々日、とうとうやってきた降誕祭当日。
有名な神社の初詣を彷彿させる光景(事実似たようなものかも)にわたしは気後れしていた。
「ううっ、凄い人……」
「なに、リオは降誕祭初めてなの?
「う、うん……ヤバい、緊張してきた」
「大丈夫よー、ただキヤルを配るだけよ。わたしがついてるんだから、どーんと構えてなさい!」
「おぉ、頼もしいわー! ありがとね、オルリア」
ごった返す人の中、苦労しながら持ち場へと移動し、オルリアの横でキヤルをたっぷり詰め込んだ籠を手に立つ。
祝福の言葉はさんざん練習した。大丈夫なはず……!
最前列に立っているのは、五、六歳くらいの男の子だった。
子供は期待に満ちた目でわたしを見上げ、手を差し出す。
「か、神のご加護がありますように」
言えた!
少年は「わーい、ありがとう!」と、満面の笑みを浮かべ、キヤルの入った紙袋を大事そうに抱えた。
微笑ましくて、わたしもつられたように笑顔になる。
次はその両親らしき夫婦。
「神のご加護がありますように」
彼らもまた「ありがとうございます」と笑顔を向けてくれる。
その次もその次も、ほとんどの人が、感謝の言葉や、笑顔や、礼を見せてくれた。
人々のウトゥヌ様に対する信仰心と神殿の力が、彼らを自然とそうさせているのだろう。
だからこれはわたしの力ではない。
けれど―――人に喜ばれることで、自分もまた満たされるものらしい。
他人の笑顔や感謝の気持ちが、こんなにも嬉しいものだなんて。
心が満たされていくようだ。
こんな感情があるなんて知らなかった。
朝からキヤルを配るわたしとオルリアに対し、ファレスは目立つ場所で案内係をしている。
彼の周囲には熱い視線を送る女性たちの姿がある。
涼しげな微笑を浮かべ、すらりとした立ち姿で対応する姿は、誰もが認めるだろう完璧な王子様だ。
ウォーレンの言葉が現実味を帯びて甦ってくる。
あんなにモテるのに女性が嫌いって、どういうことだ?
今度ちゃんと聞いてみようかな―――
そんな事を考えながらぼうっと余所見をしていたわたしの手から、籠が落ちた。
「―――?」
いや、違った! 籠を引ったくられたんだ!
見渡すと、フードを目深に被った人物が、奪った籠を手に人混みに紛れるところだった。
「ちょ、待って!」
慌てて駆け寄り、何とかその腕を掴んで捕まえる。
「返して!」
「うるせっ!」
威勢の良い大声で怒鳴られ、怯みそうになるのを堪える。
「それは参拝者に配る大事な物なの。お願い、返して」
「今日は神様のお祭りなんだろ? こっちは腹が減って死にそうなんだ! ちょっとくらい分けてもらったって、神様だって怒らないだろ!」
「そ、それは怒らないかもしれないけど。でも勝手に持って行くのは悪いことだし……」
「あー、もー! 説教は要らねーんだよっ」
掴んでいた腕を強く振り払われて、相手が身体を捻る。その拍子にフードがパサリと外れた。
出てきたのは、この異世界では珍しい黒い髪に黒い瞳だった。それに彫りの浅い顔立ち。
まるでわたしと同じ日本人のような―――しかも、どこかで見たことあるような―――誰だっけ、芸能人に似ている? いや違う、もっと身近に居た誰かに似てる―――。
「あ! 絵美佳ちゃん―――?」
「はぁっ!? なんでアタシの名前知って―――あれ、もしかしてアンタ成瀬?」
泥棒は、日本の家のご近所に住んでいるはずの三歳年下の幼なじみ、杉永絵美佳だった。