一ノ五.神殿の夜
*ウトゥヌ視点となります
一方その頃、夜も更けたウトゥヌ神殿で、ファレスは未だ中庭に佇み、月を見上げていた。
手入れの行き届いた花壇の中央に立ち、月光に照らされ冴え渡るような彼の美貌には、何の表情も浮かんではいない。
そんなファレスの存在に気付いた女がいた。なかなかに美しく、若い娘だ。
「ファレス王子―――」
女はしなを作り、豊満な胸を押しつけるように彼に纏わりつく。
「こんなところで、何をしていらっしゃるんです?」
だがファレスは女に冷めた瞳で一瞥をくれただけで「何も」と短く答え、また月を見上げた。
つれない様子の王子に、女はどうにかして振り向かせようとする。
しかしファレスは何も答えず、何の反応も示さない。
それでも女はあれこれと働きかけていたが、口を噤み直立不動を貫く王子に、やがて所在無げに離れて消えた。
静けさを取り戻し月光に包まれる庭で、王子は口の中で小さく何か呟く。
それは彼がただひたすらに想う女の名前だった。
その一部始終を密かに見届けていたのはウトゥヌ神だ。
里緒と王子が神殿にやってきてからまだ一週間も経過していないが、彼が口説かれ誘惑されているところを目撃するのはこれが初めてではなかった。
相手がどれほど魅力的であろうと全く動じず、冷淡ともとれる態度で手厳しく女性をあしらう。
それは一見フェミニストに見える彼にしては違和感があるほど、潔いまでに徹底されていた。
(彼の里緒への気持ちは本物だということか。中途半端な想いなら、早々に諦めさせてあげようと思っていたけれど―――)
愛しい人を惑わせ、悲しませるような男はただ排除するのみ。
しかし王子は純愛を貫こうとしているように思える。
神と神子の堅い絆は、そうそう破られるものではない。
だが、王子には好敵手となりうるだけの「想い」と「美貌」が備わっていた。
その美貌は罪だとウトゥヌは思う。
本来慎ましやかなはずの神殿勤めの女性たちを、簡単にのぼせ上がらせてしまっている。
(神族でさえあれだけの容姿を持つ者はそう居まい……妙なことにならなければ良いのだが)
人の身に余るものを持つ王子に、ウトゥヌは得体の知れない胸騒ぎを覚えるのだった。