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神官見習いの日常  作者: 伊代
一章
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一ノ三.悩み

 密着しているファレスにはバクバクの心臓がバレてしまっているだろう。

 それが恥ずかしくてたまらないのだけれど、彼は何も言わずにキュッとわたしを抱き締めているだけ。


 お互いの呼吸が感じられる近さで続く沈黙に耐えられなくなって「そろそろ帰らないと!」と、抱きすくめられながらも無理矢理立ち上がると、拘束はあっさりと解けた。


「ま、また明日ね。おやすみ、ファレス」

「……おやすみなさい、里緒」


 冷ややかな程に綺麗な顔がどこか寂しげに見える。

 一度だけ振り返ると、彼はじっとわたしの後ろ姿を見送っていた。




 ファレスが好意を寄せてくれているのは理解しているつもりだ。

 彼がたまに二人きりの時間を求めてくるのは、恋人候補としては当然の欲求なのかもしれない。

 彼のことは嫌いじゃないし、多少変態的であってもそれを補うだけの魅力を持ち合わせていると知っている。

 それに彼に異世界に連れてきてもらったおかげで、こうして今を生きていられるという恩もある。


 でも、恋愛初心者のわたしには、彼の気持ちを受け止めきれないし、自分の気持ちの整理が着かない今はまだ受け止めてはいけないものでもある。

 だからさり気なく交わすにしても、もっと気の利いた言葉や態度で接したい。

 さっきみたいに寂しそうにされると、余計に罪悪感を覚えてしまう……。



「はぁ。どうしたら良いのかなぁ―――」

「盛大な溜息だね、里緒。待っていたよ」

「あ、ウトゥヌ様。遅くなってごめんなさい」


 落ち着いた透明感のある声の主は、神々しいプラチナ色のオーラを放つ銀髪の男性。

 オーラというのは、魔力を持っている人に判別可能な、個人を包み込む光の色みたいなもの。

 わたしが神官見習いになって、最初に教わったのがオーラを見る方法だった。


 一般の人は赤系統か青系統の色をしている事が多い。

 神殿の中で働く人は、橙とか黄色とかの比較的淡い色のオーラを持つ人が多い(魔力持ちであることが関係しているそう)。

 神官長は淡いクリーム色で、ファレスは橙と黄色の境目くらい。わたしは白。


 そんな中で、他に類をみない眩しく輝く白銀色のオーラを持つこの男性は、特別な存在―――だって彼は、この神殿の主であるウトゥヌ神なのだから。


 そんなウトゥヌ様の姿を、特別な方法を用いることなく直接見ることが出来るのはごく限られた人だけ。

 生まれつき身体のどこかに【イサ】という印がある【神子】候補か、他の神様か、元神様か、よく分からないけれどその辺りの人のみに限定されているらしい。


 そんなわたしは神子候補。

 神子は神の伴侶とされていて、純潔でないとダメらしい。


 だからこそ、わたしにはファレスの気持ちが重たい。

 今は神官見習いだから良いけれど、正式にウトゥヌ様に仕えることを望めば、それはつまりファレスを振るということになる……。


 実はファレスと初めて出会った時にちょっとした手違い(?)で、唇が触れ合ってしまったのだが、こうして神子候補で居られるということはセーフなのだろう。


 だからさっきのほっぺにチューも問題ないとファレスも分かっているはずなんだけど。

 どうしてあんなこと聞いたんだろう?




「顔が赤いね、里緒。王子に惑わされたのかい?」

 さっきの事を思い出していたら顔に出てしまったらしい。

 恥ずかしさがこみ上げて、とっさに手を頬に当てて隠す。

「も、もしかしてさっきの見ていたんですか?」


「いや? 愛しい人が恋敵と密会するのを覗き見るような自虐的な趣味はないよ。そんな事をしたら、うっかりあの王子を―――ああ、いや、なんでもないよ」

 神に相応しい慈愛の笑みを浮かべるウトゥヌ様―――その背後に、なにかもの凄く黒いモノが見えた気がした……気のせい?


「けれど、やはり王子と何かあったんだね?」

 う……墓穴を掘った。

「あー、いえ、その……神子の純潔って、どこからがアウトなのかなーと……」

「うん? 特に決まりはないよ。例えどんな大罪を犯そうとも、情状酌量の余地があれば許される場合もあるらしいからね。そもそも神子の素質を持つ人間が、自ら穢れに身を投じる事はほぼ皆無なのだよ」

 なるほど。ということはほぼセーフと考えて良いのかな?

 少し安心すると、わたしの頬が柔らかな手で包み込まれた。


「けれど、神と神子は大抵深い絆で結ばれているものだから、神子に裏切られたりすると神はどうなってしまうか分からない。以前それで狂って邪神に身を落とした仲間を見たことがあるよ。あれは哀れだったが―――我も里緒のことになると嫉妬でおかしくなりそうだよ」

 透き通る琥珀色の瞳が近付いて、額と額がコツンと触れ合う。


「こうして君に触れることが出来るのが、我だけだったら良かったのに―――」

「そ、それだとウトゥヌ様が神子で、わたしが神になってしまいますよ……?」

 必死に動揺を隠しながら的外れとも思える言葉を返すと、彼はクスリと笑う。


「ああ、それは良いね。そうなれば何も煩う事もなく、君のために生涯尽くす事ができる」

「―――そ、それは……」


 神と神子―――それは、お互いを求め合うのが当然の、刷り込みに似た関係。

 ウトゥヌ様はわたしと会うのを、四六〇年待っていてくれたらしい。

 だからこそなのだろうか、彼はわたしを無条件に愛してくれる。


 けれどそこに強引さや押しつけは感じられない。

 深い感情は、男女間の愛情というよりも、庇護者の情愛に近いように思える。

 そのすべてを包み込むような心地良さに、わたしは甘く溺れていくようだった。

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