二ノ四.太古の記憶
*今回より少しファレス視点が続きます。
昔、大昔の夢を見ている。
まだ人が存在していない太古だ。
陸地の生物は限られていたが、大きく広がる海は多くの生物を包有していた。
その豊かな海が、日によって姿を変える様を見るのが、私は好きだった。
ある日は細波の心地良い揺れに、私はゆらゆらと海面を漂泊する。
ある日は荒波の怒号に包まれて、私はごうごうと水煙に飲まれる。
ある日は鏡面のように穏やかに、私はこうこうと清に映出される。
私は天空に浮かぶ四番目の月だった。
三人の兄と共に夜空を照らすだけの静かな日々の中、海に映し出される星月夜が私の楽しみだった。
私が海の女神ヴィエナと恋に落ちたのはそういった経緯からだった。
優しく、特に強く、時に脆く。
彼女は海そのもののようだった。
私たちはすべての神を束ねる大神ヴァーラの名の下に結ばれ、永い年月を共に過ごした。
その間にようやく人が生まれた。
彼らが文明を築いていく様を見守るのは興味深かった。
その日は風もなく、穏やかな夜だった。
ヴィエナは戯れに人魚に姿を変え、海獣たちと海の中を自在に泳ぎ回った。
私は空の上からその様子を微笑ましく見守っていた。
だから小さな舟が一隻、静かにヴィエナに近づいている事にすぐに気付いた。
私は急ぎ海へと走る。
舟の上から、若い男がヴィエナの腕を掴み引き揚げようとしている。
魔力を使うことに考えも及ばず、ただ夢中で男ともみ合った。
結果、足を滑らせた男は舟から転落し、深い深淵の海へと消えた。
ことの一連はすぐに大神に知れた。
大神はヴァーラからその子供のヴェインに代替わりし、人間と神々の関わりについての取り決めがされたばかりだった。
その中で最も重い罪と定められたのが、神による殺人だ。
私は妻を助けるためとは言え、人間を殺してしまった。
どのような理由があろうとも、その事実は変わらない。
私は大神により罰を受け、神格を降ろされた。
しかし私に後悔はなかった。
―――愛する妻を守れたのだから。
こうして私は人間として生まれ変わることになる。
その時から、夜空に浮かぶ月は三つになった。




