いざ対面
「ごめんなさいね。久しぶりに家庭教師の方がお見えになられるものだから支度に手間取ってしまって。」
レモン色の髪を揺らし、美しい天色瞳を輝かせた愛らしい少女が向かい側に座った同じくソファーに座っている若い男性の家庭教師の方を見て言った。
立派な背広を着ている。
(お父様に言わせればもう少しネクタイの色や柄を変えた方が良いとおっしゃるわね・・・)
家庭教師としてきた若い男性は、がっしりとした体格に少し癖のある短めの黒曜石のような黒色の髪、そして藍色の瞳-まるでラピスラズリのよう-だった。背の高い人物のようである。
(顔はまぁまぁハンサムそう。でもなんだか背広が似合わない・・・、きっと騎士か軍隊に入っている人みたいね。情報通りだわ。でも・・・一兵卒のはずなんだけれど?)
とカテリーナはこの人物を求婚者本人と推定した。
紺の背広に真っ赤のネクタイ。少々ネクタイが派手すぎると思われる。
「どうかなさいましたか?」
ソファーに座った若い男性は顔を赤くして、全く聞いていないようだ。
しかも顔がかなり・・・大変なことになっている。真っ赤だ。緊張しているのか、それとも見ほれているらしい。
「どのようなことをお教えいただけるのかしら?お父様から言われたものはほぼ全て学び終えましたの。」
少し首をかしげながら彼に近づいて楽しそうにカテリーナが聞いた。
「ねぇ?」
と顔をのぞき込んだ。
「・・・・!!」
「あらあら、大変!!」
急に顔をのぞき込まれたために、うっかり手に持っていたカップを床に落としてしまう家庭教師。
「す・・・すみません!!!何分、家庭教師という職は初めてなもので。」
髪をかきながら答えた。
すぐに、ハロルドによって落としたカップとお茶はきれいに片付けられた。
見たところカップには目立った傷もなく割れていないように思われ、どうやらお茶をこぼしただけで済んだようだ。
カテリーナは、すぐに家庭教師の発言に疑問が浮かび、尋ねた。
「あら。おかしいわね。今までの私の家庭教師だった方は全てベテランばかりですのに。」
「はぁ・・・」
「まぁ、いいわ。授業は明日からね。科目は・・・」
「ま・・・まだ決まっておりません。お・・・お会いしてから決めようと思っていましたので・・・」
焦ってどもる家庭教師の男。
怪しさ満点だ。
「既に多くのことを学ばれたお嬢様にルドゥーレ公爵様はあなた様を何のために家庭教師をお呼びになられたのでしょうか。
よもや、単なるお嬢様のお話し相手ではございますまい?家庭教師殿。」
普通の家庭教師なら雇い主からどのようなことを学ぶかあらかじめ聞いておき授業の準備をするのが一般的だ。
それすらしていない彼をいぶかしがり、思わず、執事のハロルドが割って入ってきた。
どうも、彼の言葉がしどろもどろなのではっきり言えと言っているのだ。
その場にいたカテリーナ、執事のハロルド、侍女のエレーナの三人は家庭教師を疑わしい目で見ている。
追い詰められた家庭教師は固まっている。
さらに追い打ちをかけるように、ハロルドが、カテリーナに報告した。
「お嬢様、このおそらく偽家庭教師です。」
「あら。お父様の差し金ではないようね?すると、主とやらはどなたなのかしら?」
「お・・・お教えできかねます・・・」
家庭教師はどうにか答えながらも顔からは嫌な汗が出てきてしまっている。嘘が下手の人物のようだ。
「こんなに、話し下手な家庭教師なんて見たこと無いわ。」
「「なにか・・・???」」
「悪い予感かしら?おそらく当たっていると思うけど。」
「まず、私の知っている人物の中と最近調べた中から、背格好、体格からして側近の男かもしくは、あの大国の第二王子かが浮上するわね。そして私を見ほれたように見ている姿から推測するにおそらくあの方でしょうね。」
しばらく二人に考える時間を与えてから、カテリーナが答えを言った。
「もうわかったでしょ。この方フリードリヒ殿下よ。別名”嫌われ王子”だなんて呼ばれているらしいわ。気割られるようなご容姿でも性格でもないそうだけれど。」
びしっと正体を言い当てられ身を縮込ませた。
「不思議なことだわ。普通、情報収集に長けた人物が偵察に来るでしょ?なぜあなたのような高貴なお方がわざわざ?」
正体がばれてしまい、穴があったら入りたいと言わんばかりの様子で、家庭教師は答えてはくれない。
「確かに・・・私は・・・」
言い終わらないうちにソファーに倒れ込んでしまった。
どうやら気絶してしまったらしい。