迷いの森
「今日は、羊を放牧しに行きましょう!」
と、カテリーナは祖父母と共に飼っている羊の放牧に出かけた。
この羊は、近隣の住民と共同で飼育している。
カテリーナの失踪からおよそ3カ月が過ぎようとしていた。
カテリーナはフリードリヒ達が居場所を突き止めたことなどつゆ知らず、祖母アンナや祖父ジュリアーノと3人での暮らしを楽しんでいた。
以前から出てきた「あの方」とは祖父ジュリアーノのことである。
ちなみに彼らはまだ40代である。はたから見ればカテリーナと親子と見間違えられてもおかしくない年齢である。
彼らは田舎暮らしにあこがれて早々にルドゥーレ家を息子のレオポルドに譲ってもともと王領だったこの土地を譲り受けている。
こちらへ移り住んだのはカテリーナが14の時である。
毎日羊たちを放牧して、薪を調達し、木の実を拾い、時には狩りをするという生活をしている。
猟犬であり番犬でもある雄犬ベイリー(シャーロットのじいやベイリー卿から譲り受けた犬である。彼の名前からベイリーと名づけられた)とネズミを狩るというルチアとルアーナという母子の猫を2匹飼っていた。
ときどきレオポルドから届く王都での様子を聞いて少し安堵感が見え始めていた。
レオポルドはカテリーナがこちらにいることをハロルドから聞いたのだという。
そこにはフリードリヒのことなど一切書かれていなかった。
(きっと祖国に帰ったのね。)
と勝手に大きな勘違いをしているカテリーナであった。
秋口のレオポルドからの手紙と一緒にシャーロットからの手紙も届いた。
内容を要約すると、その人物に『会えなかった』らしい。指輪の一件に関しても記憶があいまいでよくわからないという。
(一度、ウィリアに行く必要がありそうね…)
とは思いつつも、しばらくはフィリアの情勢を見ながら過ごすことにした。
ましてや、フリードリヒのこともある。自ら出向くわけにもいかなかった。
カテリーナが今いるところは、ウィリアとフィリアを分ける大きな山の中腹辺り。
この山一帯は地元では『迷いの森』呼ばれている。とくに冬に登ったりしたら命とりである。
むやみやたらに入ると遭難したりして亡くなるものも少なくない標高も高い山である。
そんな迷いの森で、あるときカテリーナが一人で秋の味覚のベリー類やキノコを探しながら歩いていると、何者かが後をつけているような気がした。
がさがさという落ち葉を踏む音が後ろから聞こえてくる。
紅葉がきれいで、ときどき散策にくるものもいるのだがここは山道から外れた場所である。
(危険な人物そう…逃げなきゃ)
『・・・この男しつこそうよ。気をつけて。』
と女神ユリーナは忠告した。
失踪後、カテリーナはここに来てすぐ着ていたものを変え、この地域の村娘が着るような服を着て、髪を結いあげて髪の毛をすべて布製のボンネットに入れて隠していた。
これで、一見するとカテリーナだとは分からない風貌に変わっていたはずである。
定期的に右へ左へ走っているが全くつけている男はまかれた様子を見せない。
カテリーナは仕方なく、そのまままっすぐ走って森を抜ける道に出ることにした。それでも追ってくる怪しい人物。
これぞまさしくストーカーである。もしくは、誘拐目的か暗殺目的の人物なのかもしれない。
すると、帰りが遅いので探しに来たジュリアーノとベイリーに出会った。
ベイリーはカテリーナのもとへ行くかと思いきやカテリーナの後ろをついて回っていた怪しい人物に寄っていった。
ワンワンと吠えて噛みつくのかと思いきや、クーンと言ってすり寄って行ったようである。
(おかしいわね。ベイリーが知らない人を見ても噛みつかないなんて。)
とカテリーナは思ったがそのすきにジュリアーノの後ろに隠れることにした。
「どちらさんかね?」
と追ってきた男に聞いた。
「人を探しているのです。」
と答えてベイリーの頭をなでている。ベイリーは嬉しそうにしっぽまでを振っている。
「何故私の孫を追いかけていたのかね?」
「探している人によく似ているなと思って様子を見ていたら急に走り出したのでついつい追いかけてしまいました。」
「そうですか。探しているお方が早く見つかるとよいですな。」
とジュリアーノから声を掛けられて男はジュリアーノとベイリーの来た方向へと消えていった。
カテリーナは始終一言も話さずその男とは目を合わせないようにしていた。
(間違いないわね。あの声はきっと殿下だわ。とうとう見つかったみたいね。)
と思い顔面蒼白となってしまった。
小屋へ帰って二人に彼のことを話すと、二人はそれ以降カテリーナを一人で歩き回らせることをさせなくなった。
(本当にしつこい王子様だこと!!)
とカテリーナはこの時ほどフリードリヒがやってきたことを恨めしく思った日はなかった。




