執事と侍女と乳母
「いつもお嬢様がお世話になって。」
「いえ、軽い恩返しです。」
「お元気ですか?」
「とっても。毎日楽しく過ごされておられますよ。」
「お元気ならそれでかまいません。」
悲しげな顔をする。
「どうして、お嬢様には良きとの方が現れないのでしょう?」
「は・・・ははは。現れますよ。いつか。」
「私は心配なのです。お嬢様の周りにはろくな男が居た試しがございません。現に。」
ほらと視線の先には体格の良い男が一人屋敷の執事に面会を求めている。
「あの方何年も熱心に求婚なさっておいでなのです。」
「珍しい。」
「いつか、この方の思い報われるのでしょうか?」
「さて、私には。」
「また、来てくださいませ。」
「近いうちに。」
男を見送り主の乳母に声をかけた。
「今日もお元気でした。か。この生活がいつまで続くのでしょうか。」
「わかりません。私でさえ、おそばにいたいというのに旦那様から行かないようにと言いつけられていますから。」
「あの方、行ってしまわれたわ。」
別邸に引きこもっているこの屋敷の当主の長女が定期的に送る手紙。
それを私に行く男との会話はいつもと変わらず元気かどうか聞くだけである。
「お嬢様。いつか幸せになってくださいませ。」
「手紙を受け取ったのでしょう?」
「はい、こちらがお嬢様からの手紙です。」
珍しく手紙を二通手渡された。
「まぁ。」
乳母に宛てた手紙の封を開け読み始めた。
「これは・・・!!」
手紙を読む彼女の顔が一瞬にして凍り付く。
「え・・・?」
「大変だわ。旦那様に今すぐ!!」
手紙を握りしめたまま飛び出していった。
それから蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
何のことでこんなに騒がしいのかわからなかったが、あの手紙にはとんでもないことが書かれていたに違いない。
彼女は今の状況を良く理解しておらずぽけっとしている。
「貴女、ぼけっとしてないで掃除の続きを。」
「はい。」
先輩侍女から掃き掃除を続けるよう言われ再び玄関の掃除を始めた。
そのそばをとぼとぼと帰る男が居た。
「とうとうその日が来てしまったのね。」
「はい。」
「いつか来るとは思っていたが、こんなに早くとは。」
当主夫妻の寂しそうな顔を乳母は見逃さなかった。
それはこれから始まる話のおよそ1年前の話である。