シダの花
マイカが肉料理に差し掛かった頃、アウラが食堂に姿を現した
花の無い世界でも肉ならば同じと安心して食べていたマイカの咀嚼が止まり、見違えったアウラの姿に見惚れてた。
ワイルドに乱れていた銀髪も整えられ、より神秘性の増している。男前さは変わらないが、品の良さと育ちの良さがより一層際立っていた。
がっしりとした乗馬服から薄い生地のシャツと細いボトムに着替え、細いながら逞しい胸元を覗かせてマイカの目に悪い。
「やあ、食欲があってよかった。こちらの料理が口に合うかと心配していたのだが」
自分の魅力に気が付いているのかいないのか、アウラはマイカに爽やかな笑む。
「はい! 先に失礼ながら美味しく頂いています!」
両手のフォークとナイフを握り締め、舞い上がり気味にマイカは返事をした。頬を染める乙女らしさに相反し、精神年齢が少し下がったような仕草だ。
「じゃあ僕も貰おうかな。オードブルは抜きで頼むよ」
アウラはメイドの引いた席につくと、その彼女にスープをまず持ってくるように言いつけた。メイドは一礼して下がり、程なくしてスープがアウラの前に運ばれる。
アウラが口を付けるまで、マイカは静かに待った。そしてアウラがスープを一口飲んだ事を確認してから、自分の肉料理を再び食べ始める。
それを見たアウラが、ニコリと微笑んでくれた。食事を微笑ましく見てくれて、嬉しいような恥ずかしいような子供扱いされたようなと、どの感情を選んだらいいかと迷って顔がくるくる変わる。
「時間的に、お礼も兼ねて食事を先にしたほうがいいと思ったけど正解だったようだね」
「え、ええっ! おなかぺこぺこだったので、助かりました!」
素直な気持ちで言った途端、マイカは顔を紅潮させた。意地汚いと思われただろうか? でも食事を用意してくれたのは先方だし。と、困ったように肩を竦める。
そんなマイカの動揺に気がついたカサブランカが、ナイフとフォークを置いた。
「儀典に法り、言葉や態度で礼を重ねるのも良いですが、人と時と場所を見て対応するのもまた礼」
カサブランカは肉料理を最後にして、少ない食事を済ませたようだ。口元を拭いて、静かな口調で語る。
「もちろんこのあと礼節に則り、退屈なお礼を重ねてもあなたには必要のないことなのかもしれませんね」
きつそうなカサブランカだが、意外とマイカに気遣いしてくれているようだ。
「むしろあなたなら、こういったお礼の方が喜ぶかもしれませんし」
そう言って合図すると、メイドがテーブルワゴンに色取り取りのお菓子を載せて、食堂に現れた。
「わあぁ……」
正直、色合いにかけていた料理が続いていた中、目も楽しませるお菓子の登場にマイカの心も踊った。
「お菓子は、ガラスの女王も力入れてね。千年の間に、大分改良されてキミ達の世界にも引けを取らない出来になっていると思う。是非、賞味してくれ」
アウラが薦めるお菓子はどれも美味しそうだった。
並べらていくお菓子たち。
マイカは力強く肯き、マカロンのようなお菓子に手を伸ばした。
見た目は小さいがずしりと重い。マカロンのような軽さはない。
一口サイズのそれを放り込み、マイカは目を白黒させた。
「おいしい! けど、これ餡子だ!」
洋菓子をイメージして食べたので不意を付かれたが、味は和風であった。
最中皮のようで、香ばしさは日本のものより強い。少々硬いが、それも風味と思えばこれはこれで良い。
そして何より中身の餡が驚きだ。
花の無い世界ならば、サトウキビも小豆もないはずだ。しかし食感も味も餡子と変わりない。
ほんのわずかな風味の違いは、恐らく甘さの透明度だ。よく研いだ砂糖の甘さに似ている。
メイドが説明してくれたが、糖分は多肉植物を抉って樹液と樹肉を集め、煮詰めて濃縮し発酵した際にでたアルコールを絞って抜き、余った樹肉をまた煮詰める。それを何度も繰り返して出来た糖分を使っているという。
発酵食品には詳しくないが、恐らく良質な糖分を発酵させる過程で、まろやかな糖分が出来上がるのだろう。
小豆のような粒は、広がる前の硬いシダの葉だという。割ってよく見れば、細かい葉のようなものが潰れて小豆の皮のように残っている。
他のお菓子も、地球のお菓子に似ている物や、独自のフレーバーを持つお菓子もあった。
お菓子を一通り楽しんだころ、アウムは食事を終えてお酒のグラスを傾け始めた。
「では、改めて礼を言いたい。キミの御陰で俺は助かった。キミが元の世界に戻る準備も、こちらでの生活と保護も、我がリリウム家が責任を持って務めさせてもらう」
「そ、そんな……いえ、ありがとうございます。でも、その……本当に異世界なんですか? どうして私、こちらに来たのでしょうか?」
お腹が一杯になったマイカは、自分の境遇に釈然としない物を感じて気持ちを飲み込めないでいた。
「そうか、そうだね。その辺はゆっくり説明しないといけないか」
アウラはメイドにお茶の用意をさせると、マイカに勧めた。
柔らかいフレーバーのお茶を貰い、マイカは一息つく。その様子を確かめてから、アウラは努めて冷静に、そして優しく語りかける。
「この世界にガラスの女王という女性が、千年前に迷いこんだ。戻れないと思った彼女はここで生きていくと決め、多くの恩恵をこの地に与え、このイワンクパーラ王国を建国した。そしてときより彼女は自分のために、ある時はこの世界のために、チキュウという元の世界から人を呼び出すんだ。キミのように」
優しく言ったのは彼の優しさなのだろう。マイカがショックを受けないようにと、真摯な眼差しで見守り言葉を選ぶ。
「だが、安心してくれ。みな、ガラスの女王の意に叶えば元の世界に帰れた。逆を言えば、ガラスの女王の要望に応えられなければ帰れなかったのだが……。キミなら大丈夫だと思う」
アウラは事実をいうと、マイカの表情を真正面から見つめた。
だが彼の心配は杞憂のようだった。マイカはさほどショックを受けた様子がない。
「じゃあ女王様は、私に何を望んでいるんだろう?」
素直な疑問。自分が帰れなかったらという心配をしている様子はない。
マイカの気丈さと楽天さにあてられて、アウラは顔を隠した。
「さあ……。なんだろうね。すぐにでもガラスの女王に謁見できればいいのだが……。陛下はここ数百年、数ヵ月も眠り、数日起きるという生活の繰り返しで、それも叶わない。だが安心してくれ」
顔を上げたアウラは、自信を持って言う。
「キミの花と騎士を大切に思う心を、女王は欲していると思う。花をこの地に根付かせて欲しい。きっと陛下は、そう望んでいるに違いない」
スラヴ系のお祭りに、聖ヨハネにちなんだ正教会のイワン・クパーラという祭典があります。
その祭典日……だったかな? その日にシダの花を見つけたら幸せになれるという神話があります。もちろん咲くはずはないのですが。
イワンクパーラ王国はここから取ってます。