サマープリンセス
成されるがまま、慣れないドレスに着替えたマイカは、軽く髪を纏められる。
ここまでくると肝座るもので、メイドの髪を纏める手付きをじっくり眺める余裕がある。二人のメイドは手馴れた物で、マイカの長く癖のある髪を見事に纏め上げてしまう。
後でコツを教わりたいと、考える余裕すらある。
全て終わると鏡の中には、見違えったマイカが立っていた。
毛先が跳ねる癖のある髪は、上手く丸く纏められている。毛先は装飾されたネットに包まれ、後ろに可愛らしく収まっている。
軽く目の回りに化粧を施され、愛らしさを強調された。低い鼻も誤魔化すラインを入れられ、薄い口紅で全体の印象も明るくなった。
こうして見ると、自分もなかなか悪くないな。などと、マイカは調子に乗り始めた。この姿をアウラに見てもらえるのが楽しみでならない。
借り物の衣装だけど、綺麗だと言ってくれるだろうか? 可愛いと子供扱いするだろうか?
着替え終わり、控えの間から出ると、アウラを出迎えた背の高い役人風の男が待っていた。
「家司のバツフ・アーカーマスです。リリウム家の家政を任されております。以降、何かありましたら私におっしゃってください」
一礼して、バツフは名乗った。
家司という職が何か分からないが、恐らく家令や執事の事なのだろうとマイカは納得する。
「は、はい! 私はマイカといいます。よろしくお願いします」
マイカは深々と頭を下げた。バツフのような畏まり優雅でいて、それでいて儀礼的な礼とは違い、慌てて頭を下げたような仕草だ。
それでもバツフは好印象を受けたのか、冷たい役人の顔を解いた。
「いえいえ、こちらこそ至らぬ事あるかと思いますが、お見知りおきを。マイカ様」
様付けで呼ばれ、マイカはそろそろ夢ではないかと疑い始めた。
異世界とか、銀髪赤目の美青年とか、魔法とか、ガラスの女王とか、そもそもおかしい。自分が様付けで呼ばれるなど、夢にも思ったことがない。
夢にも思ったことがないのに、夢かと思うのもなかなか変な話しだ。
暫く夢が覚めないようにと願いながら、バツフに食堂へと案内される。
バツフは扉の前でマイカに道を開け、一礼とともに一歩下がる。
その立ち振る舞いに見とれていると――。
「さあ、お入りなさいな」
乾いているが強い口調の声が、食堂内から響いた。
ハッとして見た先に、マイカは視線を奪われる。
銀髪赤目の女性が、凛然と立ってマイカを待っていた。
アウラにそっくりな色。アウラと同じアーモンドアイ。高い鼻に小さな口。シャープな顔つきと意志の強い眉。
だが、アウラと違い微笑すらない幽鬼のような立ち姿。
悪魔というものがいるならば、彼女に違いないと思わせる雰囲気だ。
アウラにはアルカイクスマイルがあるからこそ、容貌魁偉な姿も美しく魅力的に感じるのだ。
彼女にはそれがない。だから鬼か悪魔に見える。
でも笑えば、とても綺麗な人だろう。
アウラの笑顔を重ね見て、マイカは心から思った。そう思えると不思議な物で、彼女が美しく憧れるような姿に見えてきた。
きっと彼女はアウラの母親なのだろう。顔貌と年齢からみるならそう思える。
マイカは食堂に招かれ入ると、嬉しそうに女性の前に歩み出て頭を下げた。
「はじめまして。わたしは青城マイカといいます。アウラツムさんに招かれてお邪魔いたしました」
明るく楽しげな挨拶を受け、女性の放つ圧力が少し弱まった。
戸の外にいたバツフも、続いたメイドも、女性の様子に気が付いて戸惑いを見せた。
「……話はアウラからきいているわ。あの子を……息子を助けてくれたそうで。感謝に尽きないわ」
女性の纏っていた雰囲気と、立ち姿が変わった。
圧力が消え去り、マイカを受け入れるような雰囲気に変わっている。
「私はアウラの母。カサブランカ・リリウム。都合を聞きませんでしたが、心ばかりのお礼で食事を用意させていただいたわ。どうぞ」
カサブランカは硬い表情を崩さず、だがマイカに何かを譲るような態度で食堂の席を薦めた。
五メートルはあるかというテーブルの席に座ると、すぐさま給仕がナプキンをマイカの首に巻き、水が用意される。アルコールも置かれたがそれは断る。
まず差し出された料理は、多肉植物をソースをかけたサラダのような物だった。ハーブに似た香りが漂い、マイカの食欲を刺激する。
外はまだ明るいが、時間的には既に夕食の時間だ。マイカの胃袋も我慢できない。
「あの……頂いてよろしいのですか?」
小市民のマイカは、念のため確認した。
「ええ、もちろん」
カサブランカは反対側の右の椅子に座り答えた。
ふと彼女はマイカの真正面の席に目をやり、そこに用意された食器に気がつく。
家主の席。つまりそこはアウラの席なのだろう。そこに誰もいないことで、マイカが遠慮してるのではとカサブランカは思い当たる。
「もうすぐ、アウラもくると思いますわ。流石に泥で汚れた姿で食事の席に着くなどできないで、時間はかかるでしょうが」
アウラは乱闘に巻き込まれたせいで、髪も泥で汚れていた。傷は塞がっていたが、血で身体も汚れていた。確かにちょっと拭いて済むような姿ではなかった。
先に頂いても構わないと言う事なので、マイカは手を合わせていただきますと料理に手を付けた。
不思議な味だった。アロエのような食感かと思ったら、サクサクとしていて束ねたレタスのようでさっぱりとしている。深い味ではないので、ドレッシングではなく何かのソースを掛けたのはこのさっぱりさにコクを与える為なのだろう。
続く料理も流石、異世界という物だった。
特にパンが違った。
給仕の説明から想像するに、ソテツの種を処理したでん粉が材料らしい。
一般的にマイカの世界では、毒を持つソテツだが処理して食べられないこともない。救荒食物として活躍した時代もあった。
花が無いということは被子植物が無いという事だ。
果物もなければ、米、ムギなどの穀物もない。ジャガイモだってない。
「これは思ったより過酷だ……」
美味しいけど、食生活の違いは体調にも精神にも影響がでる。
観賞用に育てていた夏苺のサマープリンセスの収穫も視野に入れなくてはならない。
酸っぱくて甘味の少ないサマープリンセス……か。
ふと、カサブランカの横顔見て、サマープリンセスの姿が重なる。真っ赤な外見に反して、切ってみると果肉は大部分が真っ白なサマープリンセス。
酸っぱいけど、ほのかな甘味が鼻腔をくすぐる。
カサブランカは、ちょっととっつきにくいけど、多分とても優しい。そう感じた。
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そのぶん精査してないし、推敲も甘いかもしれませんが勢いも大切。
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