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プテリディジェノン

 プテリディジェノンは小さいが活気のある街だった。


 馬を預けて砦の門を潜り抜け、マイカはアウラの後に続いた。

 護衛は二人だけになり、残りの護衛たちとルベルムは砦の警備に戻った。この街は国境近くなので、街は砦と組み合わせられて要塞化している。

 掘が空堀だが、いざというときは水を引き込めるらしい。普段から水を張っていない理由は、山から引く水源が温泉なので、腐食と湿気の被害が街に及ぶから、という事だ。

 飲み水は湧水と井戸でまかなっている。街のあちこちに井戸が設けられ、人々の憩いの場となっている。

 街並は疎らで、空き地が目立つ。家屋が少なめで、街の造りにゆとりが見える。

 

 産業はガラスの収穫ということもあり、質素な家にも小さいながら窓ガラスが嵌っている。

 また、街角のあちこちにガラスを扱う作業場がある。馬車に載せられたガラスなど、マイカには見慣れない光景だ。

 地球のガラス産業では、作業場にるつぼ窯があるのが普通だが、ここでは吹きガラスなどの加工は行っていないらしい。

 板ガラスの切り分けと、砕いて出荷するための作業場が多い。

 ガラスの材料は普通は珪砂や石灰ソーダなどだ。しかし、ここではガラスが既に出来ているわけなので、色や質ごとに分けて細かく砕きカレット状にして、袋に詰め出荷するだけですむ。

 板ガラスは大きさを整えて出荷し、現地でまた合わせて切る。

 あくまでそういった一次加工が主で、ガラス製品を作っているというわけではないようだ。


 ガラスの女王が住む山では水晶や瑪瑙も取れるらしく、大切な産業だとアウラは説明してくれた。マイカは知らなかったが、水晶もガラスの材料になると言う。

 

 マイカは産業を担うガラスの女王の山を見上げた。


 キラキラと夕日を浴びて赤く染まる姿は、赤富士を思わせる。


 ガラスの女王が住む山は、隣の国との国境にもなっており、侵攻を阻む険路であり、そしてガラス収穫の地だ。

 女王が国境にいるなんて、珍しい王国だ。マイカは異世界の社会形態が不思議で堪らない。

 君臨するとも統治せず。だけど産業と防衛まで担っている女王。

 なんとも変わった国家である。

 

 アウラはここの領主と言っていた。

 マイカは数歩前を進むアウラの背を見つめた。

 後ろからなので顔は見えないが、きっと涼しい笑顔で、この街を闊歩しているに違いない。

 行き交う人々はみな、アウラに敬意を込めた挨拶をする。日本でいう目礼と膝を落とす動作を合わせた挨拶だ。バレエの挨拶にも似ている。

 そして異邦人であるマイカにみな驚いて、戸惑いがちの挨拶をしてくる。

 確かに、日本人顔の彼女は珍しい存在だ。だが、少し驚きの度合いが大きいような気がする。


 みな畏れているような表情で、目を合わせようとしない。異人種が珍しい国柄なのだろうか。

 そうだとすると、マイカの生活は大変になる。


 帰れるまで安心して暮らせるだろうか?

 マイカの不安はつのる。


 やがて曲がりくねった道を進み、家も大きな邸宅が増えてきた。しっかりと塀に囲まれ、木と石を組み合わせ、堅牢でデザインも凝らした作りだ。


 邸宅の門の前を進み、やがて一際大きいお屋敷の門の前に辿り着く。

 アウラの到着を待って、鋳物の厚い門が開け放たれる。


「さあ、ここが俺の家だ」

 アウラはマイカを門の中に招きいれ、前方の家を指し示した。

 

 アメリカの植民地時代の建物に似ている。二階までは真四角で細かい格子窓が規則正しく並び、三階部分は傾斜があり出窓がやはり並ぶ造りだ。

 太い煙突が左右対象に六つ並び、逆さまにしてもしっかりと立ちそうである。


 さらにその奥、邸宅の背後では石造りの城らしき建物が建築中だ。


 玄関前には使用人とメイドたちが並び、アウラの帰宅を直立不動で待っている。出迎えで二十人も玄関先に並ぶ光景を、マイカは見たことがない。


 無事に……とは言えないが、怪我を負いながらも帰宅したアウラを、使用人たちが安堵の表情で迎える。綺麗に一礼する仕草は、街の住人とは違う。マイカも見慣れた挨拶だ。

 

 エントランスを潜ると、またも待ち構える使用人とメイドたちがいた。いったい、何人いるのだろうか。

 

「おかえりなさいませ」

 初老の男性が、アウラに一礼した。眼前にアウラが歩み寄るまで礼をしないところを見ると、普通の使用人とは格が違うのかもしれない。

 よく見れば服装も違い、役人のような衣装だ。


「彼女はマイカ。アオキ・マイカだ。南の領内で俺を助けてくれたお姫様だ。くれぐれも粗相の無いように」

 アウラはマイカを躊躇なく姫と紹介する。

 慌てて否定しようとしたが、アウラの笑顔を見てそんな気も消え失せた。彼の言葉を、否定するのも無礼に思えたからだ。彼の言う事ならば、受け入れないとならない。そんな思いがマイカにあった。


「かしこまりました」

 初老の男性が合図を送ると、二人のメイドが歩みでて、マイカの両サイドに立つ。


「まずはお召し物を」

 メイドに言われて、はっとマイカは気がついた。

 そういえば、制服にエプロン姿だった。しかもエプロンは園芸使用の分厚い生地だ。ポケットには剪定鋏や小さい草刈鎌、結束バンドなどが入っている。

 いくらなんでもこれでは恥ずかしい。今までなんで、こんな格好でいたのだろうか?

 マイカは自分でエプロンを脱ごうとするが、メイドの有無を言わせぬ手付きで脱がされてしまう。

 さすがプロ。ゆるゆるとしかも早々と脱がされてしまった。

 こちらの手を掻い潜って服を脱がせる姿は、武術に通じる動作を思わせる。

 

 このまま制服も脱がされるのではー! と、内心ドキドキしていたが、そのような事はなく、控えの間へと案内される。


 アウラも着替えてくると、反対側のドアへと消えた。

 しばしの別れは不安だが、ここの人たちも悪い人ではない。

 

 マイカは寄る辺なきこの地で、アウラに縋るほかない。情けない事だが事実なのだ。

 遠慮をしたとて、なんの意味もない。

 マイカはメイドが促すまま、控えの間に入り、なされるがままに服を脱がされる。

 人に服を脱がされるなど初体験なので、ムズ痒くて仕方無い。


 不思議な事に、これがより一層、異世界へいる実感を湧かせる。

 メイドに服を脱がされ、ドレスに着替えさせられるなど、日本にいたらまず経験できない。

 

 初めてマイカに異世界だな、と思わせた事柄は、アウラの美しさでも暴漢の襲撃でもルベルムの魔法でもなかった。

 メイドに着替えさせられる。

 これが、マイカにとって異世界体験だった。

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