表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/24

足元の色


 ――あなたの足元は何色ですか?


 マイカは真っ暗な空間の中で、優しい問いかけを耳にした。

 聞き覚えのない声だ。

 マイカは暗闇から声の主を探す。


 ――あなたの足元は何色ですか?


 再び問われて、マイカは声の主を探す事を諦める。そして足元に視線をうつした。

 真っ暗だ。

 暗闇の中では、せっかくの花畑も色がない。

 裏庭に街灯を増やそうか。ソーラー街灯だけでは物足りない。

 そんな事を考えていると、自分が立っているのか横になっているのか分からなくなってくる。

 闇の中では平衡感覚を失う。体がぐらついて、倒れてしまいそうになる。


 倒れまいと地面に手を伸ばしたとき、マイカの脳裏にパンジーのイメージが浮かんだ。


 咲き誇る色とりどりのパンジーたち。

 マイカが小学生の頃、初めて植えた花はパンジーだった。

 ポット入りで八十円。既に咲いている花で、寄せ植え用に母が買ったものだった。

 それを一株分けてもらい、造成中だった裏庭の一角に植えた。

 パンジーの面倒をみるマイカの姿を見て、気を良くした祖父が裏庭を孫娘用に造成してくれた。以来、裏庭はマイカの花畑だ。

 

 脳裏に浮かんだのイメージ通り、パンジーたちが姿を現し足元に咲き乱れた。倒れずにすんだマイカは、咲き誇るパンジーを見渡した。

 オレンジ、紫、赤、青紫、白青、スミレ色。一つの色を選べない花々たち。

 色とりどりの中、立ち尽くすマイカに声が降る。


 ――わたしの足元は無色透明。


 


     *


「気がついたか!」

 目を開いたマイカの顔前に、アウラの美しい顔があった。切迫した様子で、笑顔がない。


「は、はい!」

 アウラの腕の中で返事をした。

 肩を竦めて両手を胸に寄せ、アウラの手に支えられて小さくなる。


「よかった。恩人にもしものことがあったら、俺は……」

 よほど心配しているのか、アウラの微笑が消え去っている。

 そういえば、私はどうしたのだろうか?

 アウラの腕の中、夢見心地で考える。


 そういえば、砦の前で……。

 ルベルムさんに驚いた馬の上でバランスを崩して……。あ、アウラさんの腕の中!


 正気を取り戻したマイカは、真っ赤になってアウラの腕から逃れた。


「あ、あのごめんなさい! ごめんなさい!」

 

「なんで謝る。謝罪するのはこちらのほうだ」

 マイカの無事を見て、安心したアウラが頭をさげる。そして彼が目線を横に逸らすと、その先に正座したルベルムがいた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 ルベルムは光を失った瞳で、抑揚のない謝罪の言葉を並べている。

 誰に向かって……といった様子ではない。硬直して自動的に誤っている。

 マイカは彼女の異様な雰囲気に驚いた。そして、周囲も異様な空気に包まれていることに気がついた。

 護衛の人たちが怯えて、視線をアウラから逸していた。馬も離れた位置で、怯えた様子だ。


 畏怖の対象。それを探すとアウラに集まる。


 銀髪赤目で華奢なアウラを、ルベルムと屈強な者たちは畏れている。


 だが、アウラは得意のアルカイクスマイルを浮かべ、溢れる周囲の畏怖を否定しているかのように立っている。


「あの通り、ルベルも反省している。許して上げてくれないか?」

 気を失っている間に、何があったのだろうか?

 訪ねてみたいが、怖い……というより、聞いては悪いような気がする。


「いえ、私の馬術が未熟だったせいもありますので……。ちょっとびっくりしただけです」

 マイカはアウラたちの謝罪を受け入れた。


「よかった。本当にすまなかったよ。許してもらえて良かった。ルベル。もう、彼女を危険な目にあわせるなよ」

 微笑のアウラが叱責すると、ルベルムの身体がビクリと震えた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい……」

 あの勇壮なルベルムが、見る影もない。

 心配になって声をかけようとしたマイカは、自分の足元に花を見つけた。

 パンジーだ。砦の門正面の硬い道に、マイカを中心として、色とりどりのパンジーが咲いている。

 咲き誇るという程の数ではないが、ちょうどマイカの脚で一歩分の範囲。といったところか。

 この世界に花はないと聞いたのに……。


「あれ? これって夢でみた……」

 マイカがつぶやくと、アウラがやはりそうかと首肯いた。


「キミが気を失っている間に、その花が急に現れて咲いたんだ。急激に育ってね。ここに咲いている花は、夢で見た花に間違いはないかい?」


「はい。夢で見たのと同じ花……あの、その、ど、どういうことなんですか?」

 異変に驚くマイカに、アウラは努めて優しく語る。


「おそらく、これは……。ガラスの女王と同じ力を、マイカ。キミが持っているということだ。ガラスの女王が夢に見たガラスを造り出すという話しはしたね? おそらくそれと同じだと……思う」

 そう説明されても、マイカにはいまいちピンとこない。

 気を失っている間の事なので、実感がないのもあるが、花が急に咲き出すなど信じられない光景だ。


 植物とは手間のかかるものだ。種を蒔いて水をくれればいいというものではない。

 ごく自然に山や森で植物たちが茂っているから、どこでも育つと考えがちだ。だが、それらは激しい競争と運の結晶だ。植物たちは、入り乱れて争い、奪い合って、時に譲り合い、そして耐え抜いて育っている。

 人が、人にとって都合よく、そして望むように育て、咲かせるとなれば相当な労力が必要となる。

 パンジーのようなアンダープランツとして優秀で、強い種とて例外ではない。


 それがこうも簡単に、短時間で咲くなどありえない。とても受け入れられない。


 植物は手軽に育ち、安易に茂り、簡単に咲く物ではない。


 これが、こんな物が自分の力などと言われて、マイカは戸惑った。


「そんな……。な、なにかの間違いじゃないですか?」


「そうかもしれないが……」

 アウラもマイカの戸惑いに気がついたのか、強く断定できず口ごもる。

 

「あ、あのー……お兄様」

 正座していたルベルムが、気まずそうに手をあげた。


「どうした? ルベル」


「ガラスの女王と同じだとしても、問題はないと思います。この花が咲いたとき、マイカに向かって力が飛んできてました。多分、ガラスの女王の力です」

 魔法使いであるルベルムは、ある程度、状況を理解しているようだ。

 アウラは説明を続けろと促す。


「恐らく、ガラスの女王がマイカの存在に気が付いて、交信を試みたのかと思います。推測ですが、交信で共感した女王の能力が、マイカの夢と反応して実体化しただけで、基本的にはガラスの女王の力です」


「つまり?」


「ガラスの女王が力を送って、マイカが端末になった。ということです」

 ルベルムは断言した。


「交信するつもりで送った力が強すぎ、結果として花を咲かせてしまったのか、それともそのつもりだったのかわかりませんが、マイカの力ではないと推察します」


「なるほど。あくまでガラスの女王自身の力というわけか」

 アウラたちは合点がいっているようだが、マイカはさっぱり分からない。

 

 わけがわからなすぎて、パンジーを掘り出し植え代えたい気分の方が強くなってきた。この世界の気候はわからないが、あきらかに日当たりが良すぎるし、土も悪い。季節も違うだろうし、ここに咲いていては踏まれて可哀想だ。


「あの、なにか土を入れても構わない器をお借りできませんか? 花を植え代えたいので」

 意を決し、マイカは願い出た。腰に下げていた移植ゴテを取り出し、輝く目で構える。


「え? あ、ああ、誰か砦の瓶をいくつか持ってきてくれ」

 アウラの指示を受け、護衛の男たちが砦の中に走り込む。

 ルベルムは、マイペースなマイカを見て、正座しまま深い深い溜息を付いた。

 

「結構、剛毅というか、大物ですわ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ