第六幕 その五
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ラ・シィルフィー号の食堂に集う天女たちを眺める。
超人族で元聖騎士のシルビート・スイン。
超人族と人魔族の混血であるルミアン。
老魔導師に育てられた精霊族のユーズ・セルフィラ。
人魔族と精霊族の混血たるネルレイヤー。
変獣型獣人族のセルレイン。
人魔族で技法術の天才たるシズミル・ローダー。
セセレア生まれのセセレア育ちたる超人族のパルア。
……よくよく考えたら、とてつもなく異常な光景なのよね……
帆船がまだ海の主役だった頃、船は男だけの世界だった。
だが、星渡る船が発掘され、帆は水進機や風進機に打って変わり、操船も単純化され、男並に力のある女が進出してきた。
飛空船が空を飛ぶようになってから100年経った今では、女の飛空船乗りはそれ程珍しくはない───のだが、異種族が集まり、まだ少女が操っているとなれば、このラ・シィルフィー号しか存在していないでしょうよ。
「……これでどうやったら地味に生きられるのよ……」
いくらあたしが想像力豊かでも地味に生きている光景を思い浮かべることができない。その反対なら脳がとろけるくらい想像できるのに……。
「お姉さま?」
「どうしたの?」
おっと。いつの間にか我を忘れていたようだわ。
「なんでもないわ。それより、今後の方針を話すから食べながら聞いてちょうだい」
杯に注いだ宝石酒を一気に飲み干し、卓の上空に空神の翼たる真っ赤なラ・シィルフィー号を幻術で生み出した。
「10日後、謎の組織、『メサイアル』が造り出したラ・シィルフィー号と決着をつけるわ」
「……ラ・シィルフィー号対ラ・シィルフィー号、ですか……」
セーラの重い呟きに天女たちの表情が堅くなる。
……若干1名は、関係ないといった顔でお酒を飲んでるけどね……
「機動性は、あっちの方が上だったね」
「攻撃力も上だな。とくに、魔砲が凄まじかった。あんなのまともに食らったら重装甲の戦艦でもひとたまりもないぞ」
環境が環境なだけにシズミルとパルアは良くわかっている。
「そうね。性能もさることながら、1番の怖いところは、操っている者らの熟練度ね。並の飛翔戦艦だったとしても勝てたかわからなかったでしょうね……」
ほんと、生き残れたのが奇蹟でしょうがないわ。
「……まあ、唯一の希望はうちのラ・シィルフィー号が魔力炉を2基積んでるってことね……」
「でも、お姉ちゃん。あっちのラ・シィルフィー号、1基でも2基分の出力だったよ。それでどうして希望になるの?」
「あっちの……面倒だからあっちのはエルラーザにしましょうか」
真っ赤なラ・シィルフィー号を縮小させ、あたしたちの翼を出現させる。
「見てなさい」
先日の空中戦を再現して見せる。
若干1名を残し、天女たちが空中戦を食い入るように見詰めていた。
戦いが繰り広げられ、あたしが烈光剣を突き刺したところで幻を消去した。
「ってことよ」
「───全然わかんないよっ!」
ふむ。技術面は天才でも戦いの方はそれ程でもなかったか。
「例えるならこちらのラ・シィルフィー号は、鎧を纏った剣士。あちらは槍1本で戦う槍士。ってことね」
意外なところから予想外の答えが出てきた。なぜだ、酒好きの用心棒よっ?!
「姫さまがそう説明してくれたの」
驚くあたしにシルビートさんが簡素に答えた。
「お姉さま、どういうことなんですか?」
いろいろ聞きたいことが増えたが、今はこちらを優先だ。
「えーと、ラ・シィルフィー号は、攻撃力防御力ともに均衡した船で、エルラーザは、攻撃力重視の船なの。もう1度見せるわよ」
いって烈光剣を出す前から空中戦を再現させ、烈光剣が刺さる寸前で幻を停止させる。
「ラ・シィルフィー号級の魔力壁を展開していたら烈光剣が船体に刺さる前に魔力干渉現象が起こるのに大した反応を見せてはいないわ。多分、エルラーザの防御力はラ・シィルフィー号の半分以下。3分の1ってところかしらね?」
また空中戦を再現して見せた。
「そうか間合いかっ!」
「だから剣士と槍士なんですね!」
パルアもルミアンも武器での戦いを心得ているからシルビートさんの例え話を理解した。が、他は全然わかってないようね。
「まあ、深く考えない。剣には剣の長所があり、槍には槍の短所がある。つまり、ラ・シィルフィー号にはラ・シィルフィー号の戦い方があるってことよ」
空になった杯に宝石酒を注ぎ、また一気に飲み干した。
「まあ、詳しいことは訓練で説明するわ。まず、担当と配置を決めるとしましょうか」
「わたしも入るの?」
酒好きが呟く。
「もちろん」
「……気のせいかしら? 船長からなにか邪悪な意思を感じるのだけれど……」
「気のせいです」
まあ、万が一のときの肉弾にはなって突っ込んでもらいますけどね。そうなったときまでナイショです。
「まず船橋から。ルミアンは今まで通り操縦、つまり体を担当しなさい。セーラは支援席で盾となり槍を防ぎなさい。ネルレイヤーは眼となり槍を見極めなさい」
3人が緊張の眼差しで頷いた。
「続いて支援船橋。副操縦にセルレイン。機関席はシズミルに任せるわ」
「───アタシ、操縦なんて自信ないですっ!」
目に涙を溜めて訴えるセルレイン。
「副操縦ならパルアで良いんじゃないの?」
「そうシズミルがいっているけど、そうする?」
脅えるように縮こまる黒い瞳を見詰めた。
あたしから逃れるように視線をルミアンに向けるがルミアンはなにもいわない。続いてセーラにも向けるがセーラもなにもいわない。いうべき言葉を出すまでセルレインを見詰めていた。
セルレインのさ迷う視線が卓へと向けられるが、誰もなにもいわない。ただ、待った。
「……アタシ、皆のように戦えない。役にも立たない。けど、皆といたい。もう1人はヤだ……」
まだ視線は卓へと向けられたままだが、生きたいという意志があるのなら今はそれで十分。あたしといるのなら嫌でも強くなるのだからね。
「よろしい。しっかりあたしたちの側にいなさい。それがセルレインの仕事よ」
「───はいっ! お姉さまっ!」
顔をあげたセルレインは目に涙を溜めてしっかりと頷いた。
生きようとする意志こそ最高の武器であり最強の盾でもあるのよ。
「そして、最後。剣を担当してもらうのはパルアとシルビートさんね」
立ち上がって抗議しようとするシズミル(いわれた本人らは平然としてるわ)を制し、卓の上空にラ・シィルフィー号の骨格図とシズミルの傑作、魔艇機『シャトゥー1世』と『シャトゥー2世』の姿を出現させた。
「なんど見ても見事としかいいようがないわね」
烈鋼砲4門。空雷弾12発収容。脱着式の4発式噴進弾筒。超小型魔力炉搭載。18もある制御用風進機。飛行形態から魔鋼機形態に変型合体(なにかしらこの血を燃やすような熱い響きは?)可能。なにより見事なのは『意志航法』を採用したことだ。
究極の操作法とされる魔眼航法も魔力がなければ動かすことはできない。そこで魔力がない者にも動かせるようにと、とある技導師が生み出したのが『意志航法』───『意志変換伝達機』だ。
とはいえ、まだまだ発展途上な技術であり、魔眼航法に大分劣るものなので一般的にはないのよね。
「飛行は操桿。白兵戦は意志操作。どこから出てくるのかしらね?」
しかもそれを可能とするんだからたまったもんじゃないわ……。
〈それゆえに狂才なのでしょうね〉
「まったくだわ!」
「……お、お姉ちゃん、感心してないで話を進めてよぉ……」
おっと。こりゃ失礼。
「とまあ、ラ・シィルフィー号にはラ・シィルフィー号の戦いがあるとはいったけど、このまま戦えばあたしたちはまず間違いなく負けるでしょう。ならどうする? 剣を魔剣にして戦いましょうか」
シャトゥー1世とシャトゥー2世を合体。船首上下格納庫(ちなみに上が第1でフィルシー。下が第2でダルナスが収まっているわ)に収容させた。
「ドゥ・シャトゥーがッ!?」
「そっ。ドゥ・シャトゥーが第3の魔力炉にしてラ・シィルフィーの攻撃とするわ。どうかしら、機関士どの?」
格納庫に収容されたドゥ・シャトゥーを睨みながら唸り出すシズミル。
しばらく思考の海から帰ってこないだろうからパルアへと視線を移した。
「飛空船操縦だから勝手が違うでしょうが、なにか問題はあるかしら?」
「少々の誤差や空間把握はこれからだが、そう難しくはないはずだ。ようは感覚の問題。馴れるさ」
なんとも頼もしいセリフじゃないの。どこかの酒好きに見習ってもらいたいもんだわ。まあ、嫌でも見習ってもらうけどネ。
「それで結果───は、まだのようね……」
どこから出したのかくたびれた手帳を開いて格納庫の設計を始めていた。
……こうなると話しかけても耳に届いてないし、納得するまでほっときますか……
「では、船橋組は銀騎の指示で訓練。魔艇機組はパルアに任せる。シルビートさんに鍛えてもらうなり鍛えるなりしてちょうだい。セルレインは蒼騎とお勉強。ということだから、今日はしっかり食べてしっかり寝なさい!」
「「「「───はいっ!」」」」
天女たちの返事(頷きとため息が混ざってはいたけど)に、あたしは満足気に頷いた。
その強い意志がある限り、どんな過酷な場面が訪れようとも必ず切り抜けられるのよ。
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