序章 その二
「できることならやっておる。だが、わしも歳を取りすぎた。空を翔る元気はない。しかし、この熱い思いはなくなってはくれぬ。そこでわしは思った。できぬのならできる者にやってもらえば良いとな」
「だったらお姉様の誰かにやらせればいいでしょうっ! あたしみたいな技術屋にじゃなく戦いの本職にッ!」
長女のクレアお姉様と次女のアリーナお姉様は、お母様の剣と盾。3女のリリアお姉様は、公国騎士団の団長。4女のシリエルお姉様は、帝国魔導研究院の才女。5女のイリスお姉様は、第5魔法戦士団の副団長。危険な冒険をさせるには申し分ないわ。
「駄目だ。あいつらは融通がきかん。強さだけでは冒険者はできん」
「だったらジュリアスにさせなさいよっ! 誰よりも冒険者に憧れているんだから!」
ファイバリー家の長男は、16歳にして魔導法士試験に合格し、剣術もリリアお姉様に匹敵する。
「ジュリアスを連れてきたらシアラにここを破壊されるだろうが」
……うんまあ、ジュリアスはお母様1番のお気に入り。黙って……じゃなくても連れてきた時点でお父様の命はない。それどころかこの一帯が焦土かす。怒ったお母様は、もはや天災だからね……
「まあ、それにだ。育てるより育っている方がなにかと良いだろう。いわゆる時間の節約だ」
「変なところでケチるなッ! それなら冒険者組合に行けばいいでしょうっ! 世の中、冒険者なんて腐るほどいるんだからさっ!」
必死で抵抗するあたしに、お父様が鼻で笑った。
「……お前、まだバレてないと思っているのか?」
見えない剣があたしを突き刺し、よくわからないところが凍てついた。
だが、顔には出さない。態度にも現さない。訝しげな顔でお父様を見返した。
「知っておるか? 2年前、僅か17歳にして帝国魔術士試験を主席で合格した少女がいることを。もっともその数日後に起きた魔術士反乱でうやむやになり記録は抹消になったが、ジャン・クーという騎士がドロシー・ライザートとなる者が協力してくれたから解決できたといっておったよ。おお、そうだ。幻想作家にして幻法師にもドロシー・ライザートという者がおったな……」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
それでもあたしは訝しむ。それが身についた習性だから。
「フフ。さすが幻法師。ここまでいっても崩さぬか。だが、そんなもの無駄な努力でしかない。わしはなんでも知っておるぞ。なんなら語ってやろうか? 売れない作家をしながら技法師で生計を立てながらその裏で行われておる戦いの数々を。売るときは三流の"捕獲者"に売ったが、確実に三大悪に流れるように細工を施し、お前がどう逃げるのかを観察もしておったぞ……」
「…………」
自分の顔から鉄面皮が剥がれ落ちて行くのがわかった。
「まったく、お前には驚かされてばかりだ。19という身で5つもの称号を得るばかりか上伯爵に匹敵する財を築き上げ、それを上手く隠蔽する。裏では三大悪を狩り、1億タムという前代未聞の賞金首になる始末。シアラが知ったら団体で説得にくるぞ。ファイバリー家から大魔導師を。それが悲願だからのぉ」
……だから隠しているんじゃないのよ……!
大魔導師の道ほど険しい道はない。ファイバリー家始まっての大天才(大天災)といわれたお母様ですら筆頭魔導師と呼ばれるのが精々。帝国の守護賢者と呼ばれる『7賢者』にも成れなかった。そんなお母様に及ばないあたしが挑むなんて時間の浪費でしかない。なによりあたしにはあたしの夢がある。他人の夢などに付き合っている暇はないのだ。
「シアラには黙っててやる。だからおとなしく、だが胸踊る冒険をしてくるが良い。ドロシーどの」
冗談ではない。これ以上あたしの幸福を奪われてたまるかよッ!
「死ねぇえぇっ!」
激痛と怒気で我を忘れそうになるが、根性で堪え腐れ外道に襲いかかった───が、あっけなく剣魔の杖で叩きの落とされてしまった。
「やれやれ。同じファイバリー家の子供として生まれたのに、なぜお前だけが逞しくなるのかのぉ~?」
それはテメーが売るからだろうがっ! お陰で嫌ってほど世間を知らされたわ!
「ゴルディ───」
───ゴメシッ!
またもや剣魔の杖が脳天に命中。世界をキラキラ星で散らばせた。
「さすが17回も逃亡し、12回も襲撃……いや、強奪しただけはある。まったく躊躇がない。まさか炎の精霊獣まで宿しておるとは、な───」
これぽっちも容赦せず剣魔の杖であたしの左の甲を叩き突け、ゴルディを封印してしまった。
「うむ。念のためだ、リィズも封印しておくか」
右の甲を叩き突けた。
「それだけ元気なら十分じゃない! テメーで冒険しやがれッ!」
「お前を捕まる技術はあっても音速に耐えられる肉体がない。なので元気で若いロリーナに任せるのだ。幸いにして"維持"と"報告"に長けておるからのぉ~」
……完全にあたしにさせる腹だったんじゃないのよ……
「しかし、問題が1つある。ラ・シィルフィー号の建造するのに全財産を注ぎ込んだことだ」
確かに、飛空船を建造するなど並みの財力では不可能だ。ましてや星船型飛空船となれば天文学的数字になるだろう。公国の魔導とはいえとても用意できるお金ではないはずだ……。
「……な、なにがいいたいのよ?」
と、懐から竜の皮で作った小袋を取り出した。
ほれとあたしの前に落とした。
音からして金貨。重さからして100タムと見た。
「当分の資金だ」
沈黙の海に沈んで行きそうな意識を無理やり繋ぎ止め、腐れ外道を睨みつけた。
「な、なにかの、冗談?」
「そう思うか?」
……そう思いたい気分でいたっぱいよ……!
それで馬1頭を1年間維持することはできりるでしょう。だが、馬100頭は無理。そんな状況に置かれているんですよ、あたしは……。
「……そ、それだけ……?」
「いや、魔石を買う金もなかったのでな、お前の騎士から拝借させてもらった。まあ、補助石は取っておらんから安心しろ」
お父様から視線を外し、ラ・シィルフィー号に移した。
全長約60メローグ。重量は少なくとも300ドガ以上。加えて魔進機。それらを満足させる魔力がどれほどのものか。考えるだけで胃が痛くなってきた……。
「技導師たるわしでも魔石なしでは翔ばせんからなのぉ~」
んなの当たり……へ? あれ? 今、この腐れ外道はなんていった? なにか"技導師"とか聞こえたんだけど……?
「ん? なんだお前、わしが技導師の称号を持っておるのに気がつかなかったのか、あれほどわしの書斎を漁っておって」
そ、そういえば、魔導師のお父様にしては技術書が多かったな……。
「ルベンダーを卒業後、帝国飛翔艦隊の技法師で働き、なんやかやで技導師になっておったよ」
その称号を得るには帝国飛翔艦隊で目覚ましい働きを見せたものだけが光人の遺産には触れられない。そして、光人の技術を1つでも解読できた者に贈られる名誉と才能の証だ。
「……なんでよ。なんでここにいるのよ……」
それだけの能力があるなら7賢者どころか大魔導師だって不可能じゃない。公国の魔導師に甘んじてることじゃないわ……!
だが、お父様は答えない。それどころか優しい眼差しを見せていた。
「……人材や資材の調達はお前に任せる。好きなように染めるが良い」
あたしの視線から逃れるように背を見せた。
……な、なんなのよ、今の眼差しは……!?
「そ、その資金はどうするのよっ」
「いつものように奪え。六騎団もお前の武器も積んである」
……どこまでも腐れだな、この外道は……!
「それであたしが素直に従うと思っているの?」
「まったく思わんので特別な式組を丹精込めて仕込んでおいた。消去するなら十分気をつけるんじゃぞ」
「……………ッ!」
悔しいが光人の遺産を学んできた技導師の式組など、今のあたしでは太刀打できないだろう。
だがしかしでありる。式組を消去できないのなら残る手はこのば自爆させるのみ。この腐れのことだ他にも悪辣な仕掛けが施されてるに決まっている。ならばここで自爆させるのみっ!
「ゴーハ───」
メゴシッ!
手加減のない一撃を受けて壁まで吹き飛ばされた。が、それが狙い。かかってくれなければ泣くぞ。
「まったく、親が与えた体をなんだと思っておる」
ケッ! こんな体に生んでおいて良くいうよ。こうでもしなければ生き残れないのを知ってるクセにっ!
左右の義手(とはいっても完全な義手ではない。三大悪の1つ、サリバラが開発した生体義手である)から甲殻の糸が噴き出し、体を覆った。
あたしが開発、錬金した『甲殻繊維』は変幻自在。鎧にもなれば剣にもなる優れもの。魔術師たるあたしが纏えば魔導師にも負けはしないんだからっ!
「やれやれ。口でいってわからない子は態度で教えるしかないかのぉ……」
ケッ! やれるものならやってみろッ!
「グア・ロード!」
「グア・ロード!」
ファイバリー家の夫婦喧嘩は天災級だが、親子喧嘩は史上最悪の人災であった。