第二幕 その五
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皆が寝静まった頃、あたしと銀騎は上甲板にて襲撃計画を練っていた。
シルビートさんから聞いた『ナイタル』の隠れ家(古城)を幻術で作り出し、銀騎を攻め、あたしは守りで疑似攻防戦を繰り広げているのだ。
腐れ外道により『三大悪』に売られたが、1番多く売られたのが魔獣屋であり生命法学に長けた『ナイタル』だ。
そこの警備はほとんどが魔獣で、まるで見本市かと思うくらい多種多様な魔獣を配置しているのだ。
更に、戦う爆弾こと『魔神獣』まで放っているのだから参っちゃう。1匹自爆するだけでちょっとした街が吹き飛ぶんだもん、始末に終えないわ。
〈また負けた。少しは手加減してください〉
最後まで激闘していた雷騎が魔神獣の自爆に巻き込まれた。
「やーよ」
〈交代です〉
瓦礫と化す隠れ家を消し、元通りに復原させ、手元に六騎団を並べる。
銀騎の前には魔獣の群れと魔神獣を4体並べる。
それらを各所に配置し、隠れ家全体に死王円の結界を張り、隠れ家を覆う森に爆雷陣や多種の防衛陣を敷設した。
「では戦闘開始」
六騎団だけで相手していた銀騎とは違い、あたしは、隠れ家の3方から3使徒を出現させた。
〈卑怯じゃないですか〉
「そ。あたしは卑怯なの」
19年生きたあたしと4年しか生きてない銀騎とは年季が違う。腐れ相手に正々堂々してる義理はない。そっちが腐れたことしてくるならそれ以上の腐れ攻撃で潰してやるのがあたしの流儀よ。
3方から放たれる核石弾。闇より濃い森を灼熱の炎が焼き払った。
続けて6方に散った六騎団が出力最大の魔砲を死王円に放った。
「ほら、死王円が崩壊しちゃうわよ」
銀騎が結界に意識が移った瞬間、隠れ家の上空に超小型魔力炉を搭載した『魔甲鎧』を纏ったあたしが転移。集束魔砲を放って死王円を破壊した。
〈行け、魔神獣〉
隠れていた魔神獣が襲いかかる。が、足下がお留守。山に隠れていたラ・シィルフィー号が飛び出し、特大の魔砲を発射した。
これで隠れ家の擬装が剥がれた。これで地下施設に入りやすくなったわ。
あとは簡単。六騎団が襲いかかり、24体の甲殻兵を放って制圧完了。まっ、あくまでも殲滅を目的にした襲撃計画だけどね。
……救出作戦もこれだけ簡単なら楽なんだけどね……
〈良くいえば疾風迅雷。悪くいえば鬼畜ですね〉
後者の方がなによりの誉め言葉だわ。
「……そんなところにいると風邪引いちゃうわよ」
気密扉の向こうで躊躇する気配に向けて語りかけた。
「……良く、わかりましたね……」
しっかりとした"ミナス語"に答えるように、指先に炎を宿らせる。
「精霊魔術!?」
「そ。人魔族とはいえ精霊魔術が使えない訳じゃない。もちろん、精霊族が魔術を使えない訳じゃない、ってね」
「……魔力、ですか……」
ふふん。なかなか賢い子じゃない。ミナス語を放ち、魔術を心得ているだけはある。
近寄ってきた精霊族の少女に、羽織っていた防寒用の外套をかけてあげた。
「魔術は誰に学んだの?」
「わたしを拾い、育ててくださった老師さまです」
「ふふ。さぞや風変わりな老師だったでしょうよ」
不思議そうな、尋ねるような目であたしを見てくる。
「……知っているんですか、老師さまを?」
「いいえ。知らないわ。でもね、その人を見なくても、会ったことがなくても、あたしの目の前にいる女の子を見ればだいたいは見えてくるものよ。精霊族の子を拾い、育てるなど『捕獲者』にケンカ売ってるようなもの。物好きか変わり者でなければ見なかったことにしてるわ」
ここまで気配を消し去る子ですもの、とっても偏屈で、とっても強くて、とっても愛情深い人でしょうよ。でなければ人魔族のあたしの前に現れたりしないわ。
「あなたも、ですか?」
思わずキョトンなり、次に笑い出した。
なかなか人を見る目があるじゃないの。うん、おもしろいわ、この子。
「フフ。そうね。でも、あたしは物好きの方だから間違えないでね」
〈自覚があるなら控えてください〉
ここぞとばかりに銀騎ちゃんが責め立てる。
作家って生き物はね、皆物好きなの。でなければ好奇心の花が咲かないわ。
「それだけで『ナイタル』と戦うのですか?」
「半分はね。残りは、材料調達に資金調達に嫌がらせかな?」
「…………」
なんとも不思議な生き物を見る目であたしを見詰めている。
あたしも至極もっともなことをいっているのでニコニコ微笑み返した。
「あ、そういえば名前を聞いてなかったわね。教えてくれる?」
「ユウズ・セルフィラです」
名前が後にくるのは精霊族の伝統だ。老師さまも精霊族に詳しかったみたいね。
「セルフィラか。ならセーラね。"翠玉"さん」
「精霊語にも詳しいのですね」
「色々勉強したからね。じゃあ、捕まっているのは土の一族なの?」
「いえ、火の一族、赤竜族です」
赤竜族?
確か、精霊族でも好戦的な部族だったはず。でも、赤竜族ってもっと西方で暮らしているはず。こんな何千リノも離れたセセレアにいる一族ではないでしょう……。
「マレナ山脈を知っていますか?」
「ええ。ルミナス王国にある山脈でしょう」
別名、神の山と呼ばれる有名な山脈だ。
なんたって、『魔石』に『マグナ』に『命の実』という『三種の奇蹟』が採れる場所なんだからね。
「そこに精霊族の国ができたんです」
セーラの言葉を理解するのにしばし時間を要した。
「……だってそこ、ルミナス王国の所有地でしょう……?」
魔王軍ですら侵略できない最強国になんで精霊族の国ができるのよ? 精霊族って絶滅に瀕している種族よ。とても侵略する兵力なんてないじゃないのよ!?
「わたしも聞いたときは信じられませんでした。でも、半年前、精霊族の長でもあるミーコさまがマレナに集えと念波を送ってきたんです」
───聖賢者アルフミーツ・ミナコ───
あたしが無条件で尊敬できる『覇王ミーコ』さまは、精霊族でありながら大魔導師を遥かに超える魔力と七賢者にも勝る知識を持ち、四大魔王の2人を倒して歴史から消えたが、奇蹟の姫と剣姫の冒険で、100年ぶりに表舞台に出てきた。
「……なるほど、奇蹟が起きた訳か……」
しかし、奇蹟の姫もメチャクチャなことするわね。忌み嫌われる種族であり、不老長寿の妙薬になる精霊族を取り込むなんて、どれだけの種族を敵にしたかわかってるのかしら……?
「ますます奇蹟の姫に会ってみたいわ。いったいどんな人物なのかしらね?」
「船長のようなお方よ」
と、まったく気配を感じさせずにシルビートさんが横にいた。
これでも気配読みや魔力感知には自信がある。なのに、全然わからなかったわ……。
「失礼。いつもの癖で近寄ってしまいました」
「いいえ。聖騎士さまを見くびっていたあたしが愚かなだけです。気にしないでください」
セーラがいるなら守るシルビートさんがいて当然。それを見落としたあたしが馬鹿なだけ。以後、気をつけろよ、あたし。
「あたしにといいましたが、それ程奇蹟を振り撒いた覚えはありませんよ」
「姫さまも自分が奇蹟を振り撒いているとは思ってないわ。ただ物好きで、人好きで、とうしようもないくらい人がいいだけよ」
「だから人が集まる、ですか?」
「ええ」
王族でありながら生命精力たる『氣』がなく、特殊な力も存在しない。なのに、人を惹きつける力だけは凄まじいと聞いたことがある。それが奇蹟だって。
「シルビートさんも奇蹟に惹きつけられた口ですか?」
「いいえ。わたしは追い出された口よ。未熟者はもっと修行してこいってね」
自分を嘲笑っているのに、なんて妖艶な笑みを浮かべるのかしら……。
鋭い眼光なのに、なぜか寂しげな雰囲気を滲ませる亜麻色の瞳。哀愁を秘めた戦士の魂。片目片腕にも関わらずその生命力は少しも衰えてない。まったく、この人の全てが幻想記になるわね。
「……ほんと、物好きで、人好きで、とうしようもないくらい人がいいのが2人もいるなんて思わなかったわ」
物好きと人好きは別として、人がいいのはどうだろう? 『ナイタル』を襲うのはあたしの利益になるから。必要だからするんであって慈善で動いている訳じゃない。
そう反論しようとして止めた。なんだか墓穴を掘りそうな気がしたからね……。
「なら、あたしのところで修行してみませんか? 奇蹟の姫ではありませんが、その剣を振るう敵なら沢山いますよ。もちろん、タダとはいいません。これも奇蹟の姫ではありませんが、1日8タム。食事つき。危険手当として1月50タムを支払いますが?」
たった1つの亜麻色の瞳が可笑しそうに笑っている。
……フ。あたしには一生できない大人の笑みね……。
「そこにお酒飲み放題がつけばこちらからお願いしたいわ」
「商談成立。では、準備金と支給品をどうぞ」
懐に仕舞ってあったマグナの短剣と腐れが寄越し100タムが入った皮袋を放り投げた。
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ミーコは『彼女とサバイバル』に出てきた魔女です。奇蹟の姫は、ニトラの孫です。夕太郎が繋いでミーコはこの世界に帰ってきました。
わからなければ気にしないでください。こちらの呟きで、たんなる裏設定です。




