災厄を撒き散らすは、彼 08
いつもの黒い帽子に黒いコートに黒い皮手袋、それと対比するような体中に巻かれた包帯。
いつもと違う血の匂いと赤に染まった花束。
「文、どうぞ」
「ありがとう、ヒル」
元は白だった花を受け取って血生臭さと花の香りのコンビを楽しむ。
やっぱり腐敗臭よりもこちらのほうが断然好みだ。
数箇所コートに穴が開いていたが、彼は平然と座っていた。
「撃たれた?」
「ああ、少し。警察に撃たれるぐらいならいいんだけどな。たまに蘇生するのをいいことに強酸とか強アルカリぶっかけてくるのもいるから」
どうやら警察が相手だったらしく、おそらく最後の句読点のところで見つかったのだろう。
私だったらまず生きていられないだろう。
「実験が終わったからお茶したら移動する。ちょっと派手にやりすぎたから今度は大都市の影でこそこそやるつもり。ついてくる?」
「やだよそんな魅力的なお誘い。私は小市民でいいの。ヒル、今度は私が会いに行くよ。だからお元気で」
「ああ、もちろん。死なないからね」
彼に対しての絶対の安心感ってきっとどんなに壊れても生き返ることなんだろう。
「それでさ、ヒル。相談してみたいことがあるんだ」
「お姉さんのことかい?」
やっぱ言い出せなかったことをわかっていたのだろう。
ヒルはすぐに察してくれた。
「そう、端的にデータというか気になっている単語をあげていくから推理してほしいんだ」
「どうぞ。文も少し考えれば答えは出せると思うのだけど」
「だめ、姉に対して先入観がありすぎて答えがつかめないの」
ヒルに聞いてみたくてチャンスがなかったお願いをしてみる。
回収してきたキーワードを口に出していく。
せめて時系列には並べておこう。
「姉の失踪に繋がる爆弾魔と送りつけられた爆発物の存在。姉の彼らへのお願い。爆破されることになった姉を愛した協力者たち。その夏から今も続く不眠症。姉を拾った男の真意。姉ネットワークで掴めなかった足取りを逃走後三月で再補足する爆弾魔。AIの結成。姉が爆弾魔を仕留めれなかった理由。男が一段落させたと言った意味。姉が戻ろうと思った理由。仕事を続ける意義。姉の私に対しての本心。私が抱く恐怖の本体。……そんなところかな」
「文、びっくりするぐらい答えに近い情報がいくつもあったのにそれでもわからない?」
え、あったかな?しかも複数?
「すげえ愛憎劇」
レイがコーヒーをヒルに出しながらぼそりとつぶやいた。
この人もわかったのか。
眉をひそめて今一度考えてみたが答えが出ずに首をかしげる。
「今のは時系列順だよね?」
「あ、うん。前半の男性と後編の男性は人が違うけど」
「2年前に聞いた話だとお姉さんも奇人変人に好かれるタイプなんだよね」
「ええ、傾向は違うけど。姉のは私よりグレードが上がって、命を普通に狙う人間が多かった」
ヒルの解説がはじめる。
「ならば、爆弾魔もその一人だろう。爆弾は愛の形でそれを他の人間に解体されるのをどう思う?」
「……愛が別方向?」
「文さぁ……。いや、だからオレら強引に行くんだけど」
なんだかヒルだけでなくレイやトセにも呆れられている。
「一番強い感情は憎悪と殺意だろう。だからお姉さんの周りの協力者を爆破した。大量の爆薬とお姉さんを含む情報を把握する力があるなら、相当の権力者かお金持ちだね」
「そうか、学校行ったりしてたら情報はそこからもれる」
「それでだ、文はお姉さんがどうして爆弾魔を殺せなかったと思う?協力者とも呼べる人を爆破し殺し、自分の人生を狂わせた男に対して」
「すごいお人よしだから。姉は他人のために自分のキャパシティを増やし続けた人だ」
「違うよ。」
ここで私の決定的な勘違いがあったようだ。
「だったら彼女は今も不眠症を続けている必要なんてない。そこに良心の呵責が発生しないからね。その話だともう死んでいるみたいだし」
「自分のせいだって姉なら考えると思う」
「じゃあ文、人はなんで不眠症になるんだと思う?」
「……身体的生理学的要因は別にして、ストレスとか不安とかあとは精神的にショックを受けたとか」
父の書斎の本から得た知識をフル稼働させて答える。
他人よりそっち系には詳しい。
一時期英理と話すのに何が必要か永遠と考えていたときに拾ってきた。
「ヒルヒル、これであってる?」
レイは紙にいくつか文章を書いてヒルに見せている。
「当たり」
「これは文に解けないよヒル。文はここらへんのやり取りを無意識の感覚でこなすから」
紙の文面を指差しながらレイはヒルに伝えた。
さっきからレイに散々言われている気がする。
「わかってるよ。文、話題を変えよう。文はオレのことは好きだけど一緒には行けないと思った。この状態を一般的になんと表現することができる?」
「えっと、あーしたいけどこうできない、だから葛藤?」
「葛藤も不眠症の原因になるよね」
たしかにそうだ。人間って矛盾を抱えるくせにどうしてもそれにダメージを食らう。
「姉の心に葛藤が今も起きている?どうして」
「……文さ、昔親父さんに抱いてた感情ポロっともらしたことあるじゃん、それ」
そこでなぜ父に飛ぶのかわからなかったのでレイの言葉を理解するのに時間がかかった。
父に抱いている感情、って好きだけど嫌いって話したような。
でもこれって程度は違えど成長過程でありえる葛藤なんだよな。
ん?葛藤?
……ちょっと待て。
「いやいやいやいや、何でさ?!」
「わかったかい?それだと説明がつくんだ。彼女が殺さなかった理由も戻ってきた理由も仕事を続ける理由も不眠症が治らない理由も。そして文がお姉さんに抱く恐怖の核も」
「オレの予想だと隠れている決定的な爆弾魔の行動があるけどな」
「じゃあ何さ?!史緒姉、爆弾魔のこと好きだったの?!」
思わず姉の本名を出してしまうぐらいの驚きだった。
この喫茶店にいるのがマスター含む5人だったのは幸いだった。
「だろうね。ケリを付けようと思ったのに最後の最後でそれに気づいてしまったら、人間殺せないものだ。今までの実験でも結果として出ている」
いくつもの言葉を思い出す。
『しかもそれに無理矢理気づかされた相手が、とんでもない奴で。まだ克服していると思えないから』
浅木さんがいったそれとは、好きという感情だったら。
『一段落させた。オレがな。見るに耐えなかったから』
赤沼さんが見るに耐えないほど、姉は愕然として自分の感情を見つめていたのだろう。
『やっと、あいつを見つけて、勝って。でも知らされた。両親が事故で死んだって、彼に。ごめん、私トドメはさせなかったよ。あいつに背を向けて文のところに戻ってきちゃった』
好きな人を殺せるほど姉は壊れた人間の思考をしていない。
けれど、今まで爆弾魔の件で死なせてしまった人たちのことを思えば自分を許せなかったはずだ。
ゆえに、ごめん。
『頑張って解除して解除して解除して、でも一人も助けられなかった』
努力していた昔が未来で気づいた真実の前に押しつぶされる。
まだ、そのころは愛とか好きとか恋とかの感情なんてなかったはずなのに、それさえも否定しまったのだろう。
自分を好きな人を守れなかったことと、好きな人を殺した相手に向けたかった嫌いという感情がうまくいかなかった。
「それならそれでいいのに」
私は首を横に振りながらつぶやいた。
ただ少し、彼の好きの表現方法と行動の矛先をずらしてやればあとはたやすいから。
姉はそれができなかったのだ。
気づいたときには遅く。こんなんで良いわけあるかと思ってしまったのだ。
『文、ヒルはあなたに酷いことはしない?』
『なら好きでいいと思うわ。ごめんね、変なこと聞いて』
だから、自分にも他人にも死を差し出す人を妹が好きになっていないか確かめた。
背中を寒気が這い回って指先が冷えていく。
別方向から見える答えの羅列。
姉のAI周辺の環境にはそういう人間しか残っていないとしたら。
その中で一番好きでいられたのが爆弾魔だったとしたら。
予測に口元から悲鳴がこぼれそうになったのを両手で押さえた。
史緒姉さん、今まで何をしてきたんですか。
姉さんは優しいから5年前までその部分を私が背負ってきたのに。
みてしまったから、笑うしかなくなったのですか。
私が怖いと思うほどに。
ヒルに何度か呼ばれて、口元に当てていた手を解いた。
体が冷えてしまった。ここ最近一番の精神ダメージが入っていた。
「……だから信用出来なかったし、あんな態度しか取れなかったんだな私」
「文は理論より本能先行制御タイプだから。妙に第六感が冴えてるんだ」
レイに言われて頭を押さえた。
やばい、はやくあの姉何とかしないと姉が壊れる。
「ヒル、また連絡する」
「わかった。一人で無茶するのだけはやめるんだよ」
「……うん。多分一人じゃAI解体できない」
「解体まで視野か」
トヤのつぶやきにうなづく。
そしてそこまで馬鹿でもない。
「トヤ、解体したらいくつかあなたの吸ってるもの口にしてもいいよって言ったらどうする?」
「お前を変えるほどの人間か姉の存在は」
驚いている彼の目をじっと見ながらうなづく。
「シスコンでもいいよ。これは私のミスでもあるから」
いつか離れる姉に自衛策や思考を持たせなかった。
「レイ、AI解体できたらデートしてもいいよ。恋人できるまで無制限で」
「まじで?!……いや、でもな」
「足りないならもっと出すけど。他のやつに殺されてもいいなら凄いの」
真剣に悩んでいる彼らを放っておいて、ヒルに手を伸ばした。
彼をぎゅっと抱きしめて、お礼の言葉を述べる。
「ありがとう、ヒル」
「協力したら、文はオレを殺してくれる?」
「してもいいけど、ダメ。それは私がヒルに対して一番したくないことだもの」
「そうか、そうだね。取引で君から何かを貰うのはオレも嫌だ」
だから抱擁だけしっかりと交わして、立ち上がった彼に釣られるようにたつ。
「元気でね、送りはいい。彼女たちがここに来た」
姉たちか。
カランと扉が開く振動でテーブルの上のグラスの氷が音を立てた。
「やっぱりここにいた」
「姉、私ここって朝伝えてた」
ひょっこりという表現がぴったりな姉の出現。
いつも通りの笑顔の姉の後ろには沙門さんがいる。
そうだっけ?と姉は首をかしげていた。
頭痛に気をとられて覚えてないな。
「お仕事終わったの。だから皆でお疲れ様会しようと思うんだけど文も一緒にって」
「うん。一緒に行くよ」
いつもの笑顔で姉に返した。
「じゃあ、文。君に幸多き日々があらんことを。オレを売って得た情報を大切にな」
「あはは、把握しているヒルが好きだよ。大丈夫、調べる手間を簡略化させるだけの情報だし。プライベートな情報なんて今回撒いた種のことばかりだ」
ヒルは帽子を外して私の手に口付けを落とした。
レイが口笛を吹く。
「いくつかは芽吹いた。オレのメッセージは受け取ったか?」
「受け取ったけどラテン語読めないよ」
「巴に聞いてごらん。回答編を任せておいたからね。大事にするといい、まあ残念なことに彼女もこちら側の人間なのだが」
まあ私や千里に興味を持つ人間ってよくて変人悪くて悪人傾向だし。
「大丈夫、学級長は花岡といる3年間の間に矯正可能なレベルとみた。千里と一緒」
ヒルは再び帽子を深くかぶると史緒姉に軽く頭を下げて彼女の横を抜ける。
「文、最後にひとつ」
「ん?」
「殺すならどちらだ?」
何がだ、てか誰をだ。主語がないと広がりすぎる回答になるぞ。
彼の背中を見つめる。
「父なら心の中の奴」
「父親を出すな」
「精神科医としては一流だった」
「……ならば、カインにだけはなるなよ」
小さくうなづいて、彼を見送った。
わかってますよ。でも心配してくれるのは純粋に嬉しい。
本日はカレー屋さんに来た。
男性陣が3人頭並べてカレー以外に何を頼むかであーだこーだ言っている。
「文ちゃん、カレー半分個にして別々のもの頼もうか」
「いいですよ」
姉は激辛カレーを頼むのを知っていたらしい。
どうしてかカレーだけ激辛。
「史緒あっちに座れ」
じゃんけんで負けたらしい赤沼さんが私の横に移動してくる。
どうやら姉のカレーで嫌がらせするらしい。
「赤沼!お前そっち座ったら楽しみの文さんと史緒のツーショットが見れない」
「知らないな」
「浅木さんご飯のときに騒がない」
一蹴して、パカリと携帯電話を開く。
「赤沼さん携帯電話持ってます?」
「あるが、それがどうした」
「メアド交換してください。ちょっと今回みたいに姉誘拐時沙門さんしか連絡取れないの嫌だ」
「……」
赤沼さんが私でなく対面の席の沙門さんと浅木さんを見る。
なんか面倒そうな顔しているな。
「オレか」
「赤沼さんです」
「今井じゃダメか」
「ダメです」
欲しいのは赤沼さんの私用の電話番号なんだよね。
AIの個人情報は連絡先など直接連絡とれる情報はもらっていないから。
その後無事にきたカレーを今井さんと半分にして食べながら、姉の様子を観察する。
なんかさっきから目が合うな。
「何史緒姉」
「何で赤沼なのよ」
「……変態二人」
ピッと目の前の男二人を指示す。
赤沼さんを指す前に今井さんを頬を突っつく。
「未知数」
「え、そんな評価」
突かれて嬉しそうだった表情が変化して少し不満そうな顔に変わる。
「……」
赤沼さんには笑顔を向けて、彼の差し出した携帯電話を受け取った手を引っ込める。
「だから」
「いや、わかんないって!」
浅木さんが突っ込んでくる。
「どうするつもりだ」
水を飲み干した赤沼さんに携帯電話を返して伝える。
「寝かしておくだけですよ」
しばらくはそのままがいい。
実際この番号を使うのはずっと後でいい。
それまでに、彼はこの交換の意味を悟ってくれるといいんだけれども。
当面の心配事が無くなったので、軽い足取りで学校に行き学級長に例の短文の意味を聞く。
「hora incerta.ですか?」
どうやらあのラテン語はホーラ・インケルタと読むらしい。
「そうそれ。ヒルが回答編は学級長に任せたって」
「直訳すれば、時は不確実、でーす。この前にMors certaとつきますねー」
モルス・ケルタ、ホーラ・インケルタ。
「死は確実、時は不確実です。つまり死は確実に訪れますがその時がいつなのかは定まっていない、アンダースタン?」
「理解しました。ありがとう」
格言をポンと置かれてしまうと、その意味についてつい考えてしまう。
そしてひねり出した答えに妙な精神ダメージが残るのだけれど。
私は彼の置いていった言葉の真意を探るのは苦ではなかった。
彼は私に与えるだけで、奪おうとは思っていないから。
しばらく史緒周辺の話は遠のきます
史緒周辺の思考の推敲に時間がかかったので
しばらくはお気楽スプラッタな文周辺です




