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災厄を撒き散らすは、彼 06

 千里がキャメル色のショートパンツから、美脚をさらして待っていた。

 上着は夏の空に合うはっきりとした水色に白のシースルーカーディガン。

「健康美人になったな千里」

 駐車場に車を止めて降りたヒルがそう千里を褒める。

「何もでない。いきなり文の電話でかけてくるな、びっくり」

「言葉遣いは相変わらずだな」

「こどもじゃないんだから頭なでるな!」

 ヒルは手袋越しに千里の頭をワシワシと強めに撫で、周囲を見渡す。

「千里大丈夫?はいクシ」

「髪の毛ぐしゃぐしゃ……」

 口からはため息がこぼれる。

「湯本さんには?」

「いったよ。父さん今日は仕事に追われているからこれないけど。連絡はした」

「そっか。迷惑かけるね」

「いいんじゃないかな。ヒル自体の犯罪の証拠を見つけられれば儲けもの、むしろ彼を捕まえにくる人間が起こす犯罪のほうが民間人を巻き込むんだから」

「あら。アイダさんにユモトさんじゃーありませんか」

「……千里、いやな予感がする」

「同感」

 二人で同時に振り向くとそこには学級長と花岡が立っていた。

「巴、園子準備に手伝いをつれてきた」

「ああ、ヒルさんが連れてくるといったのはアイダさんたちでしたか」

「文、千里いいこにお手伝いがんばれよ」

「ヒルは?」

「仕事が終わったらな。巴の母さんのメシはうまいぞ」

 彼はゆっくりとした動作で手をふって、準備の人ごみの中に消えた。

「投げっぱなし。学級長、なに手伝えばいい?」

「それではソノコと一緒に来場したかたに案内をくばってくださーい。私は別の作業してきまーす」

 コンサートの準備は口実だな。

 ヒルは、小向先輩の名を出さなかった。

 何が起きることやら。


「花岡は学級長の手伝いするの?」

「う、うん。お花のこと詳しいから、よく」

 ホールのスミに仕事を終えて皆で立ちながら雑談をしていた。

 席はすべて埋まっており、立ち見の人も何人かいる。

「あ……」

 花岡の言葉を待つ。

「ん?」

「あ、会田さんはヒルさんと知り合い?」

「あー。うん」

「そっか、だからなんだ」

 何がだろう、学級長が笑いをこらえている。

「……訊かれたの。ヒルさんに君が知る一番の美少女に贈るに相応しい花は何があるだろうって」

「それで、私に合う花の名を上げたの?」

「うん」

「やるね文」

「さすがですアイダさん」

 学級長のはともかく千里のは皮肉にしか聞こえなかった。

 開会の言葉を聞いていると肩を叩かれた。

「ヒル」

「しーっ」

 3人にジャスチャーで私を借りることを伝えるとヒルは私の手を引いていく。

 ホールを抜け出たところで尋ねる。

「どうしたの?」

「この前のプレゼントがいまいちなのはわかっていたから」

 彼が私を中庭らしき場所に連れて行く。

 同時開催のチャリティーバザーはホールの前のスペースでやるのでこちらに人はいない。

 おそらく花岡が手入れをしているのだろう。

 来年以降にもう一度来ようと思いながら花の小道を抜ける。

「花岡に聞いた。花を尋ねられたって」

「彼女のセンスはなかなかだ。いい友人を持ったね文」

「まあ、結構好きよ花岡は」

「文がすきそうな人間だ」

 花の香りが鼻をくすぐる。

 あの子がほめられたのに何故か私がむずがゆくなる。

 小道を抜けた先に花壇とは違う花の色が見えた。

「これなら文が気に入ってくれると思って」

 ヒルがそういって立ち止まる。

 すべてが白い。

 百合に薔薇に芍薬、それにカスミソウが大量に。

 香りにうずまる骸骨が着ているのは刺繍の凝っている白のワンピースだった。

 場所柄かまるで彼女の結婚式か葬式を想像させ、幻想的だとは思う。

 やっぱり彼のセンスは独特だが素敵なものをまとめるのは得意のようだ。

「きれい」

「よかった。風で花が散るのと持って帰れないのが難点だな。次回の課題にしてみよう」

「頭部だけならバスケットに収まるかしらね」

「そうだなそれがいいかもしれない」

 ヒルは何かのゲル状の物体を骸骨に振り掛けるとマッチをすって落とした。

 高温色の白炎があがる。

「もしかして、これの手伝いに小向さんに連絡したの?」

「彼は頼めばきちんと仕事をこなすから。少し自己嫌悪に陥っているが」

 ヒルの指の先に、炎をじっと見つめている彼の姿を見つけた。

「最初の犠牲者がいい、か」

「コムがいった?」

「うん。それだったら、きっと私は先にヒル殺してるって思ったよ」

「文がオレを殺してくれるならば、それはオレの価値が上がるし。コムの中では一生勝てない存在になるんだろうな」

「大事なのは最後に誰を相手にしたのか、だと思うんだけどな」

「だからコムは待つと言ったんだろう。好きか?」

 好きだけど、ヒルのほうが好きだ。

 口には出さない。

「昔よりは」

「ならいいさ。文の望みをできるだけオレは叶えてやりたい」

「私だって、ヒルのお願い叶えてあげたい。かなり無茶苦茶だけど」

「なら、コムに声をかけて。コンサートを見に行きなさい。犬が入り込んだから片付けていく」

 手袋を外すヒルを見ながら、彼のその手をつかんだ。

 ざらりとした感触に額を寄せる。

「文?」

「ヒルのバカ、ヒルのバカ、ヒルのバカ。………よし、いってくる」

「どんなおまじないだ、それは」

 苦笑さえも嬉しくて、それが悲しいぐらい辛かった。

「文、いこう」

 小向先輩が差し出した手を、彼をつかまなかった左手で握り返した。

 馬鹿だ私。本当に馬鹿だ。

 優しさに甘えてる。


 チャリティーコンサートが終わり、バザーも少し手伝うと昼過ぎに学級長のお母さんのご飯が出た。

「母です、俗に言うマミーです」

「若い」

 千里が私の心情を口にしていた。

 紹介された彼女はどう見積もっても20代後半にしか見えない。

「ありがとうー」

 ニコッと笑う彼女はエプロン姿で給仕をしてくれる。

 何でも元シスターさんで今は義父の戸谷神父の手伝いをしているとのこと。

 あれまてよ、シスターさんになるのも色々あるし、結婚できないんじゃないか?

 だから元シスターなのか?

「私養女ですから」

「学級長、それ爆弾発言。思ったけどね」

「巴さん。もう少しあなたは事実をはぐらかして答えることを覚えなさい」

 そして神父さんの横で強烈な違和感を発しながら座る僧侶さんが彼女をたしなめる。

 この人も若い。

「ですがダディー。事実を間違われるほうが、困惑されるのです」

「正しい日本語がうまく使わないのがその一因ですよ」

 僧侶は巴の父親らしい。養父と養母が僧侶とクリスチャンか。

 エセ外国人宣教師の理由の一端がわかる気がした。

「ちゃんとしゃべれば誰もが慕う少女なのですが」

 そのとおりだ。神父さんが苦笑して学級長を見ている。

 学級長も黙っていればタイプだしな。

「戸谷神父、講堂の片づけが終わりました」

 何も無かったかのように戻ってきたヒルは空いてる席に座る。

「ああ、ありがとうございます。ヒルさん」

「いえ、寝屋を借りている身ですので」

 どういう設定で教会の部屋を借りているのか非常に気になる。

 そもそも彼はクリスチャンだったのだろうか。

 普段の様子からはどう考えたって悪魔の囁きを語る人間じゃないからな。

 容姿や病気の件で苦労してると思わせたら優しい人間は同情するだろう。

「さぁお祈りをして食べましょう。」

 教会のお祈りは仕方がわからないが、感謝することは大切だ。

 千里はちょっと場になれずに戸惑っているが、花岡や小向先輩は意外としっくり馴染んでいる。

 食事をとりながら学級長の家族を観察する。

 家族構成は祖父(母方)・父・母かな。

 それにしても学級長父どこかで見たような……。

「父がどうかしましたかー?」

「いやなんでもない。学級長の愛がキリスト教式なのか仏教式なのかで一考してただけ」

 言いつつも、彼が両親の葬式で庵住さんの送迎と手伝いに来た人だと思い出した。

「……アイダさんはそこが素敵」

「思考が飛ぶと本質が見えなくなるのよ」

「そんなことありませんよ」

 学級長もヒルに毒されているな。

 微妙な変化に気づいたので、方向を変えた。

「それにしても花岡は本当に学級長と仲がいいのね」

「はい!それに、ここだと庭いじりさせてもらえますし。うちアパートですから」

 にっこりとはにかみ笑う花岡はいつみてもかわいい。

 癒しだね。自然とこの場の空気も和むよ。

「学級長も妹できたみたいに思ってたりして」

「ああ。それすごくわかる」

 千里がパンをかじりながらうなづいた。

 学級長の頬が珍しく緩む。

 アルカイックスマイルなんて澄ましたものじゃない、ごくごく自然な表情。

 ビンゴ。


 ヒルはこのあとも手伝いがあるからということで、帰ることになった。

 聞きたいことがあったのだけれどもしかたがない。

 千里を家に先に送ってから、小向先輩の自転車に乗せてもらう。

「小向さん」

「何だい、文」

「今日はヒルの手伝いしていたんですよね?」

「そうだよ。いきなり何かと思えば花屋に行って花を受け取って来いって言われたからさ」

「……だいぶ煮えてきたんだな」

「煮え?」

「うーん、ヒルが外に出ているってことを知るところが多くなったという意味です。情報が煮出されて流出していく」

 ダシをとるような表現だ。

 ヒルの思う壺なのにどうして情報を流してしまうのか。

 新参者か個人的に恨みがあるのか。

「ヒルが取りに行かなかったのはその動きが掴まれていたから。必要なら花屋に配達させてもいい量をあえて使わなかったんですからね。まったく人を何だと思ってるんだか」

 トセの関わった一件もあるし、気をつけるかな。

 煮えてくるころは私以外にちょっかいを出す組織が出てくる。

 二年前もそうだった。あの時は母が捕まったんだよな。

 ……あれ、あの事件時どうやって解決したか思い出せない。

 記憶がノリづけされてフタされてるってことは父が関わっているのかな?

「文」

「ああ、すいませんつい」

「ボーっとするのはいいんだけどね、後ろ気づいた?」

「え?」

「曲がるからその時バランス崩したふりして見てごらん」

 言われたとおりにすると白塗りのセダンがいた。

「教会からずっとついてきてるんだよ。知り合い?」

「いえ、警察で教えてもらったナンバーじゃないですし、運転席の人は知り合いじゃないですね」

「了解。ちょっと巻く」

 学生はなんだかんだ言って裏道に詳しい。

 市街地はいたって車が通れないような道も一方通行の道も数ある。

 完全に整備された都市部とは違うのだ。

「このままどこか遊びに行こうか」

「いえ、ちょっと姉がヒルに強制的に寝かせられたまま連絡ひとつ入っていないのでまだ寝てるか違うのか確認取りたいんです」

 書置きに起きたら連絡欲しいと書いたのだが電話が来ないし出ない。

「お姉さんか。まだ俺あったことないんだよね」

「そうでしたっけ?そうですね、一言で言えば強化版花岡が一番わかりやすいかな?」

「……文の評価は独特だ」

「何でですか。可愛いじゃないですか花岡。花岡から可愛げをとって、妙な馴染みのよさを特化させればいいんですよ、能力的には。ある意味私と正反対なんです、姉は」

「わがまま的な意味で?」

「そうですよ?姉がわがまま言うのは私ぐらいです」

 小道を走りぬけて、川沿いの道に抜ける。

 しばし距離はあるがひたすら行けば家の近くにでる。

「私のワガママは我が儘に、文字通り私であるために言うしごねるし嫌ならテコでも動きません。姉のワガママは甘えのワガママです。言えばいいんですよ、周りの人間もそれを望むのにわかってないんだから」

「なるほど、文がシスコン気味なのはよくわかったよ」

「……まあ、姉に抱いた愛情と劣等感は両立させながらも存在しますし、別枠で恐怖のオマケもついていますよ。小向さんはわかりますよ、私の母に会ったことありますでしょ?姉ってどちらかと言えば性格母似なんです顔は父似ですけど」

「姉妹で逆なのか。バランスがいい」

 私は性格父似の顔が母似。

 家について、まず庭から中を覗く。いない、か。

「待機してようか」

「お願いします」

 カギ、開いてるな。かけておいたのに。

 姉の車もあるし、靴もあると。

「さてと。こりゃ確実かな」

 史緒姉に手を出すとはいい度胸だ。

「携帯電話でこーりんぐ、とね」

 沙門さんに繋がる番号を鳴らす。

「もしもし?どうしたんだい文ちゃん」

「沙門さんですか?姉がさらわれたようです」

 新しくできた書置きを見ながらそう伝える。

『本日夜9時にヒルを以下の場所に連れて来い さもなくば姉の命は無い』

 それは脅迫状ともいう。

「本当にいい度胸だ」

 笑みをこぼしてしまいながら、読んだ文面の場所以外の内容を電話の相手に伝えて電話をきった。

 千里を帰しておいて正解だったな、また困った顔されてしまう。

 9時まであと6時間近くある。

 部屋に上がって再びかかってきた電話を黙殺し、部屋の偽造本の中に入れておいたSDチップを取り出す。

 携帯電話にそれを差し込んで読み込めば、私のもうひとつの電話帳が開く。

 これを再び使うことになろうとは。

 昔の電話帳を写し返しておいて正解だったな。

「本当に死んでばっかりだな」

 史緒姉の救出に力を貸してくれそうな人か。

 近くで姉が慕っていた人間は死んだって話だから、おそらくハルキさんタイプの人間は5年前に全滅しているだろう。

 なら、ここらへん。

「史緒姉は普通の交友関係と思っていてもそうじゃないことがままある」

 例えば、行方不明になって家に何度も来た友人たちとかね。

 姉専用カードだ、いちようヒルに連絡しておいて味方だと伝えておいて、そうしたら沙門さんの電話に出よう。

 姉の好かれ具合に呪いのような因縁を感じつつも彼女たちに連絡を取る。

 

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