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災厄を撒き散らすは、彼 05

 新聞を掲載される事故記事や死亡記事。

 地方都市にしては異常な数のそれらが連日新聞を賑わす。

 誰かがリークしているのか、警察の発表より詳しい場所が書かれていた。

「文、ヒルがどの事故起こしたとかわかるのかしら?」

「スマートな犯行だったらだいたいヒルが関わってる」

 しかも犯人が捕まっていないようならその確率は上がっていく。

 ヒルは与えるだけなのだ。

 例えば犯罪がばれることで躊躇う人には完全犯罪に近い計画を。

 面倒を嫌がる人にはそれさえ超える理由や簡単な計画を。

 彼は罪悪感や倫理以外の戸惑いを他人の心の中から簡単に外す。

 それで人が味をしめちゃうと二件目で発覚することが多いのはご愛嬌だけど。

 本当に気をつける人は、そのまま暗くて息の音さえ聞こえる闇に潜ってしまう。

 そうなったらもう警察では追いきれないだろう。

「文があくどい顔をしている」

「え、そんなことないよ」

「してるわよ」

 史緒姉がピザトーストから口を離していった。

 姉とは仲直りはしたが、彼女の仕事は難航している。

 浅木さんが骨折で動けないのに加えて姉に対して警告を出した。

『史緒、今回は手を引くか様子見しながらサポートに回ったほうがいい。オレや赤沼とは別の意味で悪徳を好む男だよ、彼は。ぞっとするぐらい人当たりがいいんだ。文さんが惚れたのもよくわかる』

『惚れてないです』

『嘘言え。とにかく純粋に力量は上。それに普段悪いことしているオレでも気に入ったんだ。一般の輝也さんは引き込まれそうだったし、望さんも文さんが忠告してなければ好意を抱いたままだったろう』

『わかったわ、浅木は今井のサポートに回って』

 厳しい姉の声を思い出す。

 ……今度姉とヒルを会わせてみるといいかもしれない。

 そうしたら少しは姉も彼への対策を考え付くかもしれないし。

 新聞と地図で場所を確かめて、今朝も私は地図上に点と線を書き加える。

 じわじわと浮き上がるそれをまるで連続ドラマのように眺めるのだ。

 書き加えたところで私も姉の作ったピザトーストに舌鼓を打つ。


 例のベーコンは檜の手によって届けられた。

 昼休みに彼によって強制的に連行され体育館の日陰で昼食になった。

 もちろんベーコンは食べるつもりだったのでちょうどよかった。

「んー、美味しい」

「平然と食べないで、文」

 千里は少し距離を置いてひんやりとしたコンクリートの上に座ってご飯を食べる。

 彼女は元々食が細いし、食人についてはあまりいい顔をしない。

 まあ当然なのでこちらも気にしないけれども。

 ついてきたのは彼女だ。

「女の人のほうが美味しいんだなぁ」

 そういってベーコンをかじる檜はもうヒルのことでおじ気ない。

 いや、いつもどおりご飯を食べれるのはいいことだけどね。

「浅木さん直伝の方法だからが大きな要因だと思う。」

 これスープにいれたらくどすぎるかな、なんて考えてもうひとつつまむ。

「あのさアイちゃん。キューちゃんとノゾちゃんが聞いてほしいっていってたんだけど」

「なにをー?」

「ヒルってどんな人?」

「プロフィールとか経歴話せばいい?」

「たぶん」

 檜のお弁当をつまみながら、話し始める。

「ヒル、年はたしか60代。特殊な接触感染タイプの病気を持った人間で、触れられたり血液が体内に入ったりするとと相手が激痛にのた打ち回って死ぬ。普段は全身包帯に身をつつんで生活をしている。その抗体を持っていて平気なのが私。彼の身柄はいちようとある製薬会社の社員ってことなんだけど、その実は人体実験の素体で貴重な薬を得られる金のなる木。国内外の企業が彼を欲しがっているのは確かだね」

「人体実験って、ちょっとまって60代って言った?!」

 ああ、そうかそこが予想外か。

「彼、病気の実験の中で特殊な能力を持ったの」

「特殊?」

「ほとんど不老不死」

 それが、皆が彼を殺すことができない理由。

「頭も心臓も吹っ飛んだの見たことあるけど、生き返ったんだよね。もうミンチにするしか死ぬ方法ないんじゃないかしら。声とかは30がいいとこよね」

 彼が会社の実験病棟から脱出したのは10年前だと聞いた。

 それからは国内を転々したらしい。

 この市に彼が来たのは父に会うためだ。

「父の患者でね。たまたま抗体があったし、不登校してたころだったから世話を私がしてたの。外にも一緒に出かけたし、いろいろ教えてもらった」

「文のあのころ無茶苦茶だったよ!私と笹部先生何度ヒヤヒヤしたか」

 千里の悲鳴から檜が何かを察した。

「アイちゃん無自覚の危険を犯してたんだね」

「確かに、外でたら知らない黒スーツの男に誘拐されそうになったり、ノーライフキングの後継者とか言われて殺されそうにはなったけど。そんなに危険をおかしたつもりはないよ」

 死にそうな攻撃はヒルが防いだし。

 かわりに目の前で臓物パラダイスなんて精神ダメージが入るものはくらったけど。

 それが危険だ、と二人から突っ込まれた。


 与えるだけの人だった。

 何も奪おうとしない人だった。

 だから、私からも好意を表に出せたのかもしれない。

「お悩みですねー。アイダさーん」

 誰もいなくなった教室でイヤホンをしてミュージックプレイヤーで音楽を聴いていた。

 モーツァルトの怒りの日が耳から離れる。

「ディエス・イレ」

「学級長、何か用?」

 いつも帰宅が早い彼女がまだ明るい教室でたっていた。

「ソノコの代わりに様子を。ソノコが関わると残念な結果が見えましたので。お悩みですか?」

「少し、ね」

 学級長が私に缶紅茶を渡して自分はコーヒー缶のプルタブを開けていた。

「ずばり愛足りてますかの問題でーす」

「愛……なのかな。わからなくて、憧れとかはあるし哀れみはないし。確かに好きだけど」

 缶を開けて、一口喉に落としこむ。

 声をかけるのを少し待っていたのだろうか、紅茶があまり熱くなかった。

「変なことしない安心感はあるよ」

「具体的には相手のどういうところが好きです?」

「わからないよ。ただ、私が一方的にってわけじゃないし、彼についていきたいとも思う。2年前に自分から別れを切り出したのに、もう二度と会いたくなかったのに」

「どうして?」

 言葉が途切れる。

 するりと出た言葉がこの場での答えだった。

「認めたら答えで。私、そうしたらここからいなくなる。だから認めたら負け。学級長、必ずしも自分の欲望のままに行動しては駄目なことはあるでしょう?それと同じで、でもやっぱり苦しい」

「アイダさん」

「大丈夫、嬉しいのは確かだから。私はこっち側にいたいから。犯罪者にはならないから安心して学級長」

「難儀な方ですね、普通には相手が悪い」

「いいの。相手の中で普通というもので私に接してくれれば少なくても私はその人に嘘ついて接さなくて済むもの」

「……アイダさんにはやはり愛が足りません」

「学級長に言われなくても、わかってるよ。でもありがとう。心配してくれることがわかるだけで、選択が間違っていないと思えるから」

 学級長と少しだけ話して、ほんの少しだけ愚痴をいって少しだけ心が軽くなった。


「文。一緒に帰ろう」

「小向先輩、足はもういいんですか?」

「平気。歩くぐらいは特に問題ないよ」

「では、私はここで」

 学級長と昇降口に行けば小向先輩が当然のようにいて、彼と一緒に帰ることになった。

 ほてほてと少しゆっくりめに彼と歩いて帰り道をいく。

 彼が時々後ろに目をやったので、私は刑事がついていると説明する。

「目を離していたほうが被害が多いですから」

「そっか」

 その後は無言で歩くしかなくて、私は彼の服の裾を掴むしかできない。

「怒ってますか」

 無言の理由を怒りという感情なのか問う。

 その問いさえも身勝手に思えた。

「いいや。もしあるならそれは自分に対してだ。文のこと守りたいと思ったのに、2年前と同じで。文をあいつから離すことは出来なかった」

「ごめん、なさい」

「ありがとう。でも謝られたら俺はヒルに勝てないし、みじめだよ文」

「…………ぁ」

 言葉が出ずに息だけが吐き出た。

 それはうまく、風が強く吹いてかき消してくれた。

「ヒルに会った?」

「はい」

「誘われただろう」

 はい、といわずに結果を伝える。

「……行けませんでした」

 どうしてかは答えられない。

 彼が立ち止まって私のほうを見ていった。

「文がそっちの道に行くなら、最初の犠牲者は俺がいいな」

 たっぷりとした空白のあとに口を開く。

 馬鹿と言いたかったのに口からでるのは別の言葉で。

「どうしてそんな言い方しかできないんですか」

「それが俺だから。文に嘘はつきたくないんだ」

 以前のように叩きたかったけど、それはできなかった。

 ぎゅっと握りこぶしを作るだけに留める。

「嫌です。それが出来るなら、私はヒルのお願いを叶えている!!」

 どちらかを選べと言われても絶対に叶えたくなかった。

 今まで中途半端にいつだって選べずにいるのに。

 精神ダメージだけが、またひとつひとつと溜まっていく。


 次の日は休みなのでその晩ゆっくりと寝たらある程度考えがすっきりした。

 別に誰が悪いってわけじゃないと思うし、人生って時たまそういうことがある。

 欠伸をしながら居間におりると、台所の椅子にヒルが座って新聞を読んでいた。

「おはよう、文」

「おはよう、ヒル。史緒姉は?」

「ずいぶんと寝てないようだから、無理やり寝かせた」

 居間のソファでは上掛けをかぶって寝ている姉の姿が見えた。

 普通の薬で彼女は眠れないので、何を使ったのか気になる。

「物理的に?」

「文の姉に薬が効くかわからなかったからな。検査をしていなかったから触れてない」

 どんな評価なんだヒル。

「コーヒー飲むか?」

「飲む」

 彼の前の席に座って、彼がいれてくれたコーヒーに牛乳を入れて一口すする。

「美味しい」

「浅木に入れ方を習った。香りが好きだから飲むんだが得したな」

「あの人は……」

 とことん自分の食の美学に素直な人だ。

「ベーコン、美味しかったよ」

「そうか。文より少しばかし年上の素体で心配したが問題なかったようだ。味覚があまりよくないからな、塩気が強すぎないか気にはなったがレシピはやはり尊い」

「レシピ通り作れば大概食べれるものができるからね」

「それでベーコンエッグの好みは?」

「半熟が今日はいいな」

 彼の料理姿を眺めながらパンをトースターで焼く。

 人肉ベーコンエッグを出されたので、パンと一緒に食べる。

「史緒さんと話した」

「姉、何だって?」

「優しい人だな。妹のことをよろしくお願いします。だけだったぞ」

「そっか。それにしても、よく来る気になったね」

「史緒さんの会社の営業の男性がオレの会社に取り次いでくれてな。GPS装置の取り付けを条件に自由が手に入った。ベーコンが出来るのを待っている間に随分と動いたな」

 沙門さんか。あの人考えがあるって言っていたし。それが会社の利益。

 あの人やっぱり人を商品にする商売しているや。

「研究者たちは早く戻ってきてほしいようだが、オレの研究データはオレ自身が持ってきたからな。破棄されたくなかったら譲歩するしかない」

「ヒルって引きこもってたのに、妙にインテリだ」

「仕方が無いだろう。拾った親も育てた親も薬畑の人間だ。多少は理論が通じるように育てないと諭せないからな。きちんと教育は受けたし、読む資料は娯楽以外になるとオレ自身を理解するための材料だ。引きこもりというが、いちよう死にかけたところを拾ってもらった恩は果たしたぞ。前にも話したと思うが、オレが研究所を抜け出したのは拾った会長と育てた所長が死んだ後だ」

 妙に義理堅いよ、ヒル。

 そこが好きな理由でもあるけれど。

 私が殺しちゃだめって人は殺さないようにしてくれるしさ。

「そういえば初日に何で子供の心臓なんて持ってきたの。今みたいに食べるつもりじゃなかったでしょうに」

「ああ。何か土産と思ってな、研究所の中で一番文が気に入りそうなものを選んできた。保存が利かないのが難点だな。プラスティネーションするには時間も道具もなかったし」

「ウジがうごめくのはいいけど、においが。腐敗臭はかすかなら甘いけど強いと鼻について。香水もきついと異臭になるのと一緒で」

 つまり視覚より嗅覚のほうにきたのだ。

「ミイラにするには内臓は水分がありすぎるからな」

 そうこう会話している間に朝食を食べ終えて、私はお皿などを洗い桶につっこんで片付ける。

「文、コムと千里の連絡先は知っているか」

「知っているよ。二人誘ってどこかにいくの?小向さんヒルのせいでへこんでいるのに」

「そこが可愛いんだろうコムは。アレは己が欲望と自分の理想と永遠に行き来しながら悶える男だ。それに応えられるのは文だけだからな。何か進展は」

「……私が付き合って言うまで付き合わないって」

 ヒルはのどの奥で笑って、コーヒーを飲み干して洗い桶にカップを入れる。

「成長したな。いいことだ」

「それで、連絡とってどうするんですか?」

「世話になっている教会でチャリティーコンサートがあるからそれの手伝いをさせようかと思って」

「どこにいるかと思えば教会」

「携帯、借りるぞ」

「持ってくるからちょっと待って」

 彼のカップも洗って、エプロンで手を拭きながら姉の横を通る。

 気持ちよさそうに上掛けに包まっている姉の姿は見ていて和む。

 目の下のクマだけはいただけないが、こうやって無防備に眠る様子をみると妙に心穏やかになった。

 ちゃんと彼女に書置きを残していこう。

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