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災厄を撒き散らすは、彼 04

 自転車をこがずに歩いてだらだらと家に向かう。

 わざと人通りの少ない川沿いを歩いていたが、7月の日は長く、まだ明るく視界は十分だった。

「新作映画にその女優さんが出るんだ」

「それで見に行こうって話になったわけですね」

「キューちゃんはどうする?」

「俺あの監督好きじゃないんだよなぁ。心理戦に重きを置いて脚本のトリックあっさりにするじゃん」

「確かに」

 話題になっているアクション映画について、4人で話しながら進む。

 この3人と一緒だとどうしても男の子の話題になるんだよね。

 花岡や千里と話す内容とは変わったものになって、気に入っている。

 皆の趣味が見事にばらけているので意外な情報も手に入るのだ。

「会田」

 久星が転がしていた自転車を止めて私の名を呼ぶ。

 前方へ視線を移すと黒のバンと数人の男の人たちが立っていた。

 タバコを吸っていたり何やら話しているが、あきらかにカタギの雰囲気ではない。

「……」

 ま、カラオケの件で下田さんたちいないし、わずらわしいライバルたちは渡辺さんが片付けちゃったから誘拐するならいい条件だろうよ。

 馬鹿だなぁ。

「うわっ近づいてきた」

 檜が彼より体格のいい男性がこちらに近づいてきたのをみて私を自分のほうに引き寄せる。

「元気そうだな会田文」

「あれ、私あなたのこと知ってましたっけ?」

「ああ。お前のおかげで腕が取れた」

 男が義肢の右腕をあげながら私の腕をぐいとつかんだ。

「思い出した。腕切り落とされた人だ」

 二年前の生き残りのようだ。

 この人も本当についていないな。

「とっとと来い。今回は前回のようにいかない」

「っ」

 腕に痛みが走った。

「ギミックとはなかなか素敵」

 腕を引き抜いて刺さったままの注射針を自分で抜いた。

 何か打たれたな、気持ち悪い。

「ただの麻酔薬だ。生きていないと意味がないからな」

 ま、いいけどね。

「アイちゃん!」

 よろめいた私を自転車を倒しながら檜が支える。

「逃げる……」

「化物」

 ちょっと大月の発言が気になって彼の視線の先をたぐる。

 宙に赤い血しぶきが噴水のように噴き散らされていた。

「檜後ろに跳んで!」

 この場合、川沿いの整備された土手道の中だった。

 檜はガードレールを越え、後ろにひっくり返るようにすべり落ちる。

「あたたた、アイちゃん無茶いうんだから」

 きっと擦ってしまったのだろう。背中を押さえながら彼は体を起こす。

「ごめん私も擦りむいたからゆるして」

 吐いている音がするが大月だろう。

「檜はみなかったみたいだ」

「何を?」

「見ないほうがよかったもの。うっかりトラウマになるからさ」

 死体はともかくね。

「おい文。助けたのはオレなのに別の男を抱いているな」

 化物と大月に呼ばれた彼を見上げる。

「くわえタバコと歩きタバコはしない」

「いや、アイちゃんツッコミどころが違う」

 トセは血まみれの頭を軽くふって新しいタバコに火をつけた。

 ジッポを持った手にはナイフのようなものが指と指の間に挟まっている。

 彼の背後で大男が腕を振りかぶる。

「後ろ」

「わかっている、そう急くな」

 サイドステップでトセはひょいっと避けると、彼は男の膝を蹴り上げた。

「げ」

 足をすくわれた男がこっちに落下してきた。

 檜が道路側の斜面に私を引き寄せたので彼の落下体当たりをくらうことはなかった。

「檜!会田!」

 久星が青い顔してこちらを覗いてきた。

「トセ!友人たちにケガさせたらゆるさない!!」

「ちっ」

 今久星に仕掛けようとしてたな。事故を装おうたってそうはいくか。

 舌打ちした彼が視界から姿を消すと何かを荒く踏む音とひしゃげる音が聞こえた。

 檜と共に斜面をあがってガードレールをまたいで道に戻る。久星が上がるのに手を貸してくれた。

 他の男たちはどうなったのだろうと息を整えながら見れば、さっきまで黒のバン前でたむろっていた人が約半数死んでいた。

「う、わ」

「あいかわらずえぐい」

 檜の顔から一気に血が引いていく。

 半数は腕がたったのでトセがさっさと殺すことを選んだのであって、ある意味認められた人たちだった。

 心臓、喉、動脈、即死から死ぬまで数秒という攻撃を受けて死んだ遺体は血まみれなの以外はきれいなものだった。

 それ以外はトセのお遊び。

「相変わらずね、トセ」

「ほめるな、薬しかでない」

「正当な殺しと遊びの技術評価よ」

 彼はうめき声をあげる男の一人の髪をつかみあげると殺さないように刃を首のラインにそって入れていく。

 血は流れるのだが、動脈を避けているせいかなかなか死ねないようだった。

「首何度までもつと思う?」

「180度」

「骨は折れるが死なんと思うぞ」

 止めてくれと男が懇願の目をこちらに向けてきていた。

 ま、私ぐらいしか止められないだろうさ。

「興味ないもの。薬打ってくる相手に慈悲をかけるほど善人顔するつもりないし」

 ガードレールに腰掛けてそう伝える。

 打たれた場所に口をつけて、にじむ血を舐めとった。

 せめてもの行動は、彼の死に様を心の隅に収めることだろうか。

「檜、見ないほうがいいよ。人の死を目の前で見るのは堪えるから」

 トセが声をあげて笑いながら男の首を回し始めた。

 友人らは忠告を無視してその様子を食い入るように見つめる。

「聞いただろう!あれがお前らが手を出した女だ」

 少しずつ回すので首の主の恐怖は相当のものだと予想がつく。

 骨が折れる音、肉が引きちぎれる音、絶命の悲鳴の重奏。

 絶望に染まり、泡をこぼし、目をそっくり返らせた顔。

 トセの技術に拍手を送った。

 拍手ってどうも一人きりだと味気なくて嫌いだ。

 義肢の男が這い上がってきた。

「悪魔だ……お前らは。どうして薬が効かない?!」

 そりゃ体の事情です、よろめく位の弱体化はしている。

 首の骨でも折れたかと思ったけどそうはいかなかったらしい。

 まあ受身さえ取れればそんな急な斜面でもないしな。

 所詮河川の土手。

 男は殺気立った目でトセに狙いを定めていた。

 トセを狙ったギミックの攻撃をペットボトルを投げて阻害する。

 中身が炭酸だったので、それは振られたこともあって派手に散った。

「あら、うまくいった」

 せめて顔にあたるだけでもと思ったんだけど、相手が握りつぶしてくれたので拡散したのだ。

「会田文ぁ!!!」

 彼がまともな言葉を発することができるのはこれで最後だろうと思ったので返す。

「私の攻撃力の無さを忘れて、最優先除外者から目を離した時点で死亡確定だよ。ってもうお仕舞か」

 トセの放った柳刃の投げナイフが3本目の前の男性に突き刺さる。

 激痛が走ったのだろう、彼が悲鳴を上げながら地面を転がった。

「ヒルからのギフトだ、味わって死ね」

 トセの片手には血の入ったボトルが持たれており、それが誰の血でどんな効果があるのかはあらかた予想がついた。

 見れば他の生きてる人間にも同じナイフが一本ずつ刺さっていた。

「何だ、トセ単独の行動かと思ったらヒルが黒幕か」

「好きなら行動で示せと言ってきた」

 仕事の後の一服を彼は心底美味しそうに吸う。

 10分にも満たない惨劇の会場を一めぐらしさせ、3人に声をかける。

「血を踏まないように自転車移動できる?事情聴取なんて受けたくないでしょ?」

「文、友達と言い張るならコムぐらいの男を連れて来い。こいつらはただのガキだ」

「馬鹿だな、ただの男の子だから友達なんじゃないか」

 檜を立ち上がらせながらそう返した。


 結局トセに自転車を血の道から普通の道まで痕跡を残さないように移動してもらって帰宅した。

「いたたたたた、いたいいたいいたい、しみるってば!」

「我慢するの」

 一番被害の大きかった檜の背中の擦り傷に消毒用オキシドールをぺしぺしコットンで叩いていく。

「大月君、平気?」

「……」

 完全に血と肉による視界の暴力に負けた大月は姉に冷やしタオルを渡されてソファーに寝転がっている。

 意識はあるようだが、失神したほうがいっそのこと楽かもしれないなぁと思った。

「夢に出そう」

「大丈夫、夢でも解体できたら一人前だ」

 久星も今回ばかりは軽口がたたけずにいた。

 浅木さんが片足で立ちながら器用にフライパンを動かし、男二人で料理を作る。

「史緒さんー。見てきましたけど匂いが少しするだけであとは何も残ってませんでしたよ」

 今井さんが偵察を終えて帰ってきた。

「おかえりなさい」

「ただいま。文ちゃんも肩のところケガしてる」

 背中をみれば確かに左肩のところを擦ったのか白のシャツが別の色に染まっていた。

 何か痛かったのはこれが理由か。

「んー、檜はい」

「うん?」

 新しいコットンとオキシドールのボトルを渡してシャツのボタンに手をかける。

「檜消毒よろしく」

「……アイちゃんさ。女の人に頼もうよ」

「何で?」

 半分脱ぎかけのまま尋ねてみる。

「アイちゃんって無防備とかよく言われない?」

「特に今まで言われたことはないけど。別にいいじゃない裸じゃないし自分だとうまくいかないし」

「ってことは周りの男どもは黙って眼福してたわけか」

 浅木さんがぼそっとつぶやいた。

「……今井。私もう少し妹に恥じらいとかを教えてあげればよかったのかな」

「いや、史緒さんも結構足りないと思います」

「そっか、足りてないんだ私……」

 外野の言動は放っておき、檜に背中を向ける。

 タンクトップの横にできた傷を彼に見せてお願いした。

「ほら、はやくー」

「うん、わかった」

 冷たい感触が肌に伝わる。染みたが声を上げるほどでもなかった。

 少しこのまま乾かしておこう。

「他にはない?」

「膝お願い」

 一瞬の空白と檜の硬直。

「ごめん、それは勘弁して」

「え?」

 頭を下げて謝られた。

「檜、こいつ一回殴っていい?」

「何で久星が殴るわけ?!っていったい!」

 久星が本気でないにしろ頭をたたいてきた。

 いい音が鳴ったがあまり痛くないけれどもびっくりはした。

 むしろその後のヒールフックと呼ばれる間接技のほうが痛かった。

「きゃああああ!いたたたたたいたいってば!」

「檜コットン大月に渡せ。会田間接技してれば膝のしみるの我慢できるよな?」

「そりゃできるけど!きゃん?!」

「お前はな、男に対しての色々な配慮が抜けてるんだよ。女扱いしていない俺に言わせるな、まったくバカか」

 そういいながら久星は大月を呼び起こした。

 幽霊のようにこちらへやってきた彼の目に生気が戻った。

「これは、なかなかそそる図で」

「やることはわかるな」

「もちろんです、あくまで治療ですから安心してくださいね会田さん」

 私はわけのわからない悲鳴を上げて二人による治療を受けることになった。

「……やべえ、ちょっと文さんにかけてもらおうかな。あの格好のまま」

「その発想が変態です、浅木」

「だってスカートだぜ、膝丈の。凛さんも役得すぎるだろ」

「あれ、どうみたって子供のじゃれあいじゃないですか」

「……史緒ー。ちょっとお願い」

「断る」

 治療中、私の耳に断片的にそんな会話が入ってきた。


 本日の夕飯。

 五目チャーハン、回鍋肉、エビマヨ、中国風卵スープ、バンバンシー、餃子、デザートは胡麻団子。

「いただきます」

 浅木さんの音頭から夕飯が始まる。

 いつもどおりご飯を食べていくが男が多い分今日の夕飯の品数は多い。

「オレさ、文さんいじめたら食欲復活した望さんのほうが変態だと思うんだ」

「あきれてお腹がすいただけです。久星、ラー油とってください」

「ん。さすがにびびったけど、会田見てたらどうでもよくなった」

「何それ」

 3人組に全て持っていかれそうになったバンバンシーを一定量確保してから、卵スープを口にする。

「アイちゃんがタフって話」

「……別に、精神ダメージは馬鹿みたいに入るけど、それを表に出して喜ぶのは相手のほうでしょ?思い通りにいかせるかってだけ。それに薬打たれるとたとえワクチンだろうが半日は気分最悪なのよ」

 インフエンザの注射は毎年打たされたけど、その日は布団で休んでたし。

「薬、ダメなのか」

 久星にたずねられた時にエビマヨが口の中に入っていたの首を縦にふった。

 飲み込んで改めて言葉にする。

「だめだめ、精神的にね。麻酔だって効かないから事故で手術ってなったら、発狂するんじゃない?」

「それで昔鍼ハリ打たれたわね文」

 だって、治療薬ことごとく効かなかったんだもの。

 会田系列の病院で東洋医学メインで治療して効いたからよかったけど。

 煎じ薬は少しずつだけど効果あったからな。

 おそらく体が薬物という異物にたいして拒否反応を起こして無効化してしまうんだろう。

『お前が娘に過剰投薬するからじゃ』

 祖父が父を唯一説教していたのを耳にしたときがそれだった。

 もともと父も薬が効きにくい体質だと聞いたことがあるから遺伝の可能性もある。

 史緒姉も睡眠薬はプラシーボ効果ぐらいを望むしかないみたいだし。

「文、考え事はいいけれど餃子なくなっちゃうわよ?」

「無くなるの早いよ!」

 いや、男どもが食べるのが早いんだ。

 そういえば小向先輩もよく食べるし、男女差なんだよな。

 体格がかなり変わっちゃうし。

「文ちゃんは小皿に先に取り分けておいたほうがいいかな」

「そうみたいです」

 今井さんの提案を受けて、小皿を一枚追加し、食べれる分の料理を取って改めて食事に集中することにした。


 じゃんけんで負けて、大月と後片付けをする。

 背後では浅木さんが持ってきたゲームで一喜一憂する声が聞こえた。

「会田さん」

「ああ、それは真下の引き出し入れて」

「……ヒルさんはあのレベルの方なのですか」

「そうだよ。私が巻き込みたくないのわかるでしょう。平然とアレを受け入れることができたなら、たぶんまともって言葉は当てはまらなくなってしまう。そして私は基本的にアレを受け入れてしまう」

 全て洗い終わって、手をエプロンでぬぐう。

「千里は無理だった。暴力沙汰は好きだけど、あの以上は受け付けれない。私もあの子もわかってるから一定の絶妙なライン引きをして一緒にいられるから親友といってもいい友達」

 いつでもベタベタしているだけが友人関係ではない。

 そして、全て自分の領域に引き込むだけが仲良くなる方法でもない。

「僕には、無理です。おそらくあの領域に踏み込めるのは久星だけでしょう」

「でも、彼はそこまで人生に特別を求めたりしないからさ。あとは檜さえしっかりできれば大丈夫」

 3人の中でもっとも適正があるのは大月の見立てどおり久星だ。

 一番いやがる解体も担当してしまうぐらいだから、もともとそういう倫理感が他人よりずれているのだろう。

 けれども、こちらの世界に深く入り込んでしまうのは檜。

 どうも父親が目の前で事故で亡くなったことが自傷行動のような無茶につながっている気がする。

 昔の千里と似た目をしているからわかるのだ。

「本当に大月が一般人で助かってるよ」

「それは皮肉ですか」

「まさか、本心だよ」

 おかげで私は貴重な普通の友人を失わずにすみそうだ。

「……だいたいさ、私がやばい人間といると好きな友達がいろんな原因で死ぬの。例えば余命半年の女の子と友達になったり、虐待されてた男の子とかで結局そのまま亡くなったり。せっかくできた友達を何度もなくして、自分以外の理由は仕方が無いけど、自分のせいで失いたくない」

 ぽつりと本音をこぼした。

「死にませんよ。僕も檜も久星も」

「うん、だから私がんばるわ。それに高校生活充実したものにしてみせるんだから」

 やかんに水を入れてお湯を沸かす。

「お茶、飲んでから帰らない?」

「ぜひ。……もう少し常識を身につけましょう。そんなことだから黙っていれば伝説が増え続けるんですよ」

「いろいろ教えてね望君」

 微笑んで改めてお願いすると大月がためらいなく頬をつねってきた。

「この娘さんは本当に勘違いされるような語彙を多種多様にそろえていますね」

「いはいー」

「遺灰じゃありません。このもち肌ほっぺ」

 褒められているのかけなされているのかよくわからない言葉がふってきた。

 けど、あのスプラッタ現場見て数時間後には平気になっているのちょっと浅木さんの裏レポートと関係しているよな。

 変なところに勧誘されないといいんだけど、と心配になってしまった。

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