災厄を撒き散らすは、彼 03
ヒルは学校に通ったことがないらしい。
なので学校生活に憧れている、そう話したことがあった。
羨望を対象にどう向けるかが問題であって、腹の中で何を考えているのかはあまり問題が無いと思う。
学校の授業を受けているときに彼が何かをしたことは一度もなかった。
なので今日も安心して学校に向かう。
「お、は、よっ!」
そういいながら久星の背中に全体重を乗せる。
私とはかなり差はあるものの、三人組の中で一番背の低い彼は油断もしていたせいか、うまい具合に床に膝をついた。
「会田重い!」
「それより大事なことがあるでしょ?!何で近づいちゃうかな!君主危うき何とやら!」
「やめろ!ばか!」
こちらを体をひねって向いた久星のTシャツの生地をつかんで揺さぶる。
馬乗り状態になっていたこともあって彼の頭がよくゆれた。
それを防ごうと彼が足に手を添えて離そうとするが、力を入れてそれを防ぐ。
「アイちゃんストップ」
声の主が私を小さい子供のように両脇に腕をいれて持ち上げた。
足が宙に浮いたので、そのまま檜のほうを見て抗議する。
「檜にも言いたいことあるんだけど」
「いや、うん。けどねもうちょっと服のこと考えようよ」
「え?」
「ほら今日のスカート可愛いけど短めだからさ」
苦笑いした彼が私を床におろす。
確かにスカートはいつもに比べたら短めだけど膝丈だ。
めくれるってことはなかったと思うんだけど。
クラスメイトが久星に突っ込みをいれる。
「久星、お前さそれどうよ。いくら会田さんとの絡みとはいえ」
「は?」
「……生足どうだった?」
「ああ、そういうことか。女のふとももってすべすべで柔らかい」
「このラッキースケベ!」
「言葉の使用法としては間違っていますが同意します」
「わけわかんないし!お前らにもふとももぐらいあるだろ?」
そうだよな。ただのじゃれあいスキンシップ。
モスグリーンのスカートは表の生地は透けており下の生地の花柄が見えている。
動くと表の生地にプリントされた蝶が羽ばたくようになるのがお気に入りなのだ。
「檜も触りたいの?」
「違うから!そうじゃない!!」
スカートの裾を手でひらひらさせると顔を真っ赤にして彼は否定した。
昼食は強制的にいつもどおりにさせられた。
檜が小向先輩にはっきりと一言。
『今日はアイちゃんの説教はぼくらが受ける日なので邪魔しないでください』
『わかったよ。しかたがないな、しょんぼり一人でご飯を食べることにしよう』
よくやる、とその様子を見守っていた大月が独り言のようにつぶやいていた。
場所は教室なのであまりアレな話はできないがとりあえず文句は言っておく。
「あのね。彼にちょっかいだされることはないけどさ。彼を追う通称ワンちゃんがちょっかい出すことは多々あることで。ワンちゃんのうち何人かは私に会いに彼が来てること知ってるわけで」
「ワン?犬のことですか?」
「そう。檜、その海苔巻き卵ちょうだい」
「いいよ。カニさんウィンナーほしいな」
「交換成立。しっかりとした猟犬だからうっかり噛みつかれても文句言えない」
檜の海苔巻き卵焼き美味しいんだよな。海苔が違うのかな。
今回は警察さんが見張ってくれてるから誘拐は今のところないけどさ。
大月には解体した場所を聞いて地図に点をうつ。
これはてがかりになるかわからないので、いつもと別の色でつけた。
証拠を消したことを確かめて一安心してから持参した紅茶を飲む。
さすがに7月に入ったらホット紅茶が無くなってアイス紅茶だけになってしまった。
自動販売機の飲み物がすべて冷たいになってしまったので何もいえない。
これでカンコーヒーがあったら絶対抗議する。
「ところでヒルさんから、かなり色々あなたのことを尋ねられましたが」
「え、やだ、変なこと言ってない?」
「いつもどおりのあなたの話をしたら、大変喜ばれました」
「ああ、俺らに近寄らなくなったって話したら不器用だなって言ってたぞ」
久星が私の紅茶をカップに入れてさらっていく。
「なんでばらしちゃうかな」
「いや、アイちゃんたぶん普通にばれてると思うよ」
「それでも隠しているんだい」
そう呟くと檜が奇妙な顔をした。
「何」
「……アイちゃんってそうゆう趣味だったんだ」
「へ?」
「いや、うん。だったら会長とか放置もよくわかるよ」
「何か勘違いしてない檜?私の趣味とヒルの趣味」
いや、絶対してる。
「そりゃ好きだよ、ヒルは。彼は理想の大人であって、何だろう、家族になりたいっていうか、ランク的には姉の下かな。でもさ家族になりたくてもなれないときってあるじゃない。恋人とか旦那さんとかじゃなくて。私いたって父親と仲悪かったから余計に大人の男性で頼れるほど信頼できる人って憧れてて、ああゆう大人になりたいなって時々思うんだ」
素敵だと思っている大人の人はたくさんいる。
篠原さんとか笹部先生とか性別不明だけど足長さんとか。女の人だと師匠とか隣のおばさんとか。
その中でも特別。父や母、姉と同じぐらい。
「ようするに会田は年上の男好きっと」
「もう10年ぐらいたったら変わるわよ」
「チャンスはありますよ檜」
「ノゾちゃんはすぐからかうんだから。ぼくも憧れの大人ぐらいいるよ、アイちゃん」
「だよね。その人のこと考えるとほっぺた赤くなるのはきっとファンの心理だ」
「因みに檜の憧れは誰ですか?」
檜の口から出た名前は某ロックの有名人で、そういえば彼がロック音楽好きだったよなと思い出した。
そのまま話題は音楽の話に移り変わる。
何でも今度浅木さんと主都で行われるロックライヴに行くそうだ。
今回の謝罪に連れて行ってくれることになったらしい。
『ツテはありまくるからまかせて。何人かの胃袋を握ってる』
人さえ食わなきゃ本当にいい人だと思うよ。
姉が友人として付き合うだけはある。
放課後、面会人がいると呼ばれて社会科準備室に行くとコーヒーを嗜んでいる女性がいた。
ブラックストライプのスーツは細かく濃い灰色を色彩としてかもし出していた。
金の鎖がスーツに一筋たれていた。
彼女がコーヒーのカップから顔をあげる。
「やあお久しぶり文」
「あー。お久しぶりです。そういえばあなた笹部先生と……」
「そう大学同じでね。ヒルさん迷惑かけてない?」
「今のところは。精神ダメージは入ってますけど」
「そっか何か金品的損害があったらすぐに言ってね。会社のほうで保障するから」
「連絡取れていないんですか?」
彼女は困ったようにうなづいた。
「まいっちゃって。あの人すぐいなくなるから」
「渡辺さんもご苦労様です」
「おい緑、コーヒーのお代わりは?有料だけど」
「もらうわ。もちろん踏み倒す」
渡辺さんはヒルの秘書さん兼連絡係で笹部先生の元彼女だった。
ヒルのいる製薬会社で一番最初に彼の足取りを掴んだことから、異動となってヒル付きの社員として働いている。
軽口を叩きながらコーヒーを追加する笹部先生はどうして彼女と別れたのだろうか。
「渡辺さん」
「ん?何かしら?」
「ヒルが昨日まで確実にいた場所答えたら質問に答えてほしいんですけど」
「いいわよ。ここに来たまではすぐ掴めたんだけど、その後どこ行ったか」
例の解体場所を伝えてから、聞いてみた。
「どうして笹部先生と付き合って別れたんですか?」
「おいまて、文。それ思いっきり関係ないだろ」
「うん。あのね、笹部ったらそっちから付き合ってって言ってきたのに、浮気したから別れたの。簡単でしょ?」
「そうか浮気男だったんですね」
「だめよ、文はこんなような男に引っかかっては」
渡辺さん仕事人だから個人情報なら話してくれるんだよな。企業情報ははぐらかすのに。
「緑、用が終わったならさっさと帰れ」
「はいはい、まったくせっかちで早いんだから」
「何が早いんですか?」
「いいから文も帰れ!俺の個人情報嬉々としてばらすな!!」
「おほほほ。浮気の恨みは大きいのよ」
彼女が満足するまでからかうと笹部先生が再起できなくなってしまうので彼女を促して準備室から退室した。
「お話終わったアイちゃん」
「檜、待ってたの?」
「だってぼくアイちゃんと今日は帰りたかったから」
帰る方向逆じゃないか。
しかも久星と大月もいますか。
「あら、お友達?」
「はい。タフです」
「それでいいの。軟弱者は男として駄目よ。たっても使えない。そういう奴にかぎって薬をプライドで拒否して女を満足させる気がないんだから。」
時々下世話なことさらっといわないでください。
今のは私でもわかったぞ、下ネタって。
「そうだ、文。他社の犬行ってない?文誘拐されて生きて帰ってこれるか半々なのに仕掛けるのもいるかもしれないでしょう?こちらが処理しましょうか」
「あー、警察の人がついているので今のところそういう危機には遭遇していないです」
「ん。少ないにはこしたこと無いでしょう。片付けておくわ」
そういって渡辺さんは檜たちに笑いかける。
「頑張って守りなさい若い騎士さんたち。これで守りきれば男に相応しい度胸がつく」
これって犬処分するの手伝えってことだよな。
ちょっと残しておくつもりだったのにな。
渡辺さんが片付けちゃうと綺麗になりすぎるから。
下田さんたちに断って、カラオケボックスに行った。
受付で千里がすまし顔で立っている。
「千里、二時間ですみ部屋」
「いらっしゃいませ。ドリンクバーつける?」
「つけるつける。ちょっと騒がしくなるかもだけど許して」
「3階へどうぞ。今日このあと白糸さん来るから一般のお客さんには迷惑はかからない程度はいいよ」
「ありがとう」
機種はいつものにしてもらって、4人で3階へ向かう。
「会田さん。具体的には何を気をつければいいのですか?」
「うーん。催涙弾とか?カラオケボックスだと逆に閃光弾は使いにくいらしい」
「軍隊とでも戦うんですかあなたは」
「ヒルが私兵集団と戦ったとこなら見たことある」
「不老を求めてなんちゃらってお題目か」
「そうそう。久星わかってる」
4人で好き勝手に曲を入れていった。この4人のルールだと最後に曲を入れた人間がドリンクバーを取りに行くので、今回は大月だった。
「会田さん何飲まれますか?」
「この前のミックス以外で」
何でもいいと言ったらすさまじいドリンクを大月が作ってきたので、そう釘を刺しておく。
飲めなくはないけれども絶妙にまずいドリンクを作るのは彼が一番うまい。
「俺炭酸」
「ぼくお茶」
「わかりました。それをベースに作ってきます」
最近彼が作るのが楽しみで最後に選曲しているのではないかと思う。
久星がマイクをとる。どうやら今回の新曲らしい。
「檜、あのさこれの男パート唄って欲しいんだけど知ってる?」
「知ってるけど、何でこれ」
「いや、笹部先生の交際破局理由がこれだったから」
「そっか、浮気したんだ笹部先生」
土下座したってゆるさないというのを表現した曲。
それから時間は4人のローテーションが3週ほどした。
やっぱり今回も飲めなくはないけれど形容しがたい飲み物をなんとか飲みきると同時に電気がふっと切れて暗くなる。
電子ボードが妙に浮かんで光っている。
「来たかな」
「……移動しておきますか」
大月が扉側の席から壁側の席にうつる音を聞き終え、少しだけドアを開けると悲鳴がいくつも聞こえた。
やってるやってると思いながらドアを閉める。
「アイちゃん」
「うん、たぶん大丈夫」
ここはね。
再び電気がつくまでに3分ほどかかって千里が部屋にノックして入ってくる。
「終わった。ナイフあってびびった。ナイフごときで文が脅せると思っていることに驚いた」
「お疲れ。白糸さんにもお礼言っておいて」
「うい。強かった。戦いたくないぐらいに」
そりゃよっぽどだ。
今度直接会ってお礼言わなきゃ。
携帯電話に連絡が入る。渡辺さんも引き上げるとのこと。
「さて、ここからが本番」
パチリと電話を閉じて、どんな人間が来るか少し楽しみにしておく。
どうせ精神ダメージ入るのならそれまでの過程を少しでも気を楽にしておきたい。
カラオケボックスから出ていちよう3人に訊く。
「このまま帰れば今回は何も被害なく済むけどどうする?」
「送ってくよ」
檜がそういって私の隣についた。
「……ちょっとばかし危ないよ?それと死体がつくよ」
「平気」
正直檜には来て欲しくないんだよな。まるで自分を責めるように危ないことに足を踏み入れるから。
浅木さんが絡まなかったら少しずつでも戻せる自信あったんだけれども。
仲間が彼にはいるからまだしばらくは大丈夫かなと見積もってある。
「んーしゃあねえ、一蓮托生ってやつか。俺らも会田送っていく」
久星が私の頭をぐいと抱える。
「あの男は来ない?大月檜がどうも引っ張られる」
小声で尋ねられたので小声で返す。
「切り離すための今回の行動だから。来させないよ」
「そっか」
久星の腕が離れてくるりと大月のほうを向いた。
「いくぞ大月、ついでに会田の家でメシくってこうぜ」
「あのですね」
「ああ、史緒姉も喜ぶよ。待ってね今連れてくって連絡する」
ちょっと険悪ムードもそれできっと何とかできるから。




