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閑話 恋文の君 01

 せっかくの休日で街へ出てきたのに雨に降られた6月。

 私が初めて彼に会ったのはそんなお天気に裏切られた日のことだった。

 

 午前中は晴れていたのでカサも持たずに出かけ、今後悔している最中で。

 あっという間に淀んで降ってきた雨はあっという間にコンクリートの色を濃くする。

「駄目だ、これは夕立としてしばらく待つしかないや」

 人を前にして喋ったり、選んで言葉を口にするとつまるのに、こういうときはするりと独り言がでた。

 突然の雨に少し濡れてしまった。

 白のワンピース一枚で来たのもまずい、上に羽織るものがあれば肌寒さも違っただろうに。

 私はきょろきょろと周囲を見回してみかけた喫茶店に入ることにした。

 レトロなコーヒー色の木目が美しい内装だった。

 カウンター席とテーブル席とがあって、ちょっと迷ってからテーブル席に座る。

 ふう。とため息をついて荷物をおろしてメニューを眺める。

 何にしようかと迷う時間にさえ娯楽は含まれている気がする。

「いらっしゃいませ」

「え、っと。ブレンドひとつ、ください」

 ゆっくりと発音して、マスターと呼ぶに相応しいような口ひげを作った男性に伝える。

 老いた髪をまとめるのに使っている整髪料の匂いは無香料のものだと気づいた。

 ……無香料でもかぎ分けられる鼻は自分でも利きすぎだと思う。

 おかげで香水もコロンも自分がつけるには花の香りひとつが限界だ。

 外国製のものは濃すぎるし変わる香りにいちいち気づいてくらくらする。

 巴や文はつけていないから、気にしなくていい。

 友人の匂いについて考えていたが、ちょっと変な人になってしまうので頭を少し振って中断する。

 カバンからハンカチを取り出して髪についた水気をぬぐった。

「ひどい雨だ、そう思わない?」

 それが私に投げかけられたものと気づくのにしばらくかかった。

 ナナメ横の椅子、トナリのテーブル席にいた男性。

 私より少し先に来ていたのだろう、テーブルにかけたカサが水滴を床にこぼしていた。

 反応を返そうとして言葉がつまったのでコクコクと何度もうなづく。

「う、うらぎられ、ました」

「うん。悲しいよね、裏切られるのは」 

 茶色に染めた男の人にしては長めの髪にはシャギーが入っている。

 外の派手な赤の和柄シャツの内側に黒のタンクトップ着ているせいなのか、完全に軟派な雰囲気には見えない。

 年は20代ぐらいかな、としかわからない。30代には見えなかった。

 ちょっと遊び人風の装いというのが適当で、それでも普段なら私が絶対に話さないタイプだ。

 そんな彼が席を移動してきて私の前に座ってきた。

 予想外の行動に固まると、彼は少しだけ眉尻を下げた。

「気にしないで。ちょっとお話をしたかっただけなんだ」

 なんだかこちらが悪いような気分になってしまう。

「しゃ、しゃべるの苦手、で」

「そんなことないよ。かわいい声じゃないかな」

 えっと、ナンパなのでしょうか。たぶんそうだよね?

 巴的にはこういう相手には愛を説けばいいなんていうけど。(でもそれ私違うと思うよ)

「レイ、ナンパはよそでしなさい」

 マスターがコーヒーを持ってきて、そういった。

「どうぞブレンドです」

「ありがとうございます」

「ひどいな叔父さん。オレはただ、気になって声をかけただけだ。よこしまな気持ちなんて欠片も無い。久しぶりに顔を見せた甥に対して言うセリフじゃないよ」

「それは悪かったね。でもレイ、お嬢さんが困っていますよ」

 マスターが助けに入ってくれて、正直内心では安心していた。

 男の人は苦手です。

 女の子も苦手ですが、今巴と文で耐性をつけるところから始めているから。

 おでかけだってリハビリみたいなものです。

 レイと呼ばれた男性はちょっと子供みたいに口をつぐんでからもう一度私のほうを見た。

 目線があってしまって、あわててコーヒーに目を落とす。

「……可愛い」

 落ち着け園子、この人はきっとナチュラルに好きとか言っちゃう文みたいな人なのだ。

 優しいからこそ優柔不断で女の敵みたいな人ということにしておこう。

 巴もそうやって男性とお話ししろって言ってたし。

 それでも可愛いなんて男性に言われたのは父以外に初めてだったので頬が染まる。

 緊張でコーヒーの味がしないや。

 香りはいいのに。……あれ?

 私は目の前の男性に目をむけた。

「どうしたの?」

「いえ。ケガされてます?血の匂いが」

 彼は目を大きく開いた。

「よくわかったね。いや、オレじゃなくてさっきまでいたお客がなんだけど。グラス割ってさ。血の始末してからここに戻ってきたから」

 私は彼のウソを見抜いた。

 この喫茶店には血の匂いが残っていない。

 コーヒー一色の店内で血の匂いが残れば嫌でも鼻につく。

 でも彼からはしっかりと独特の臭気がしていた。

「……鼻がいいので。ご、ごめんなさい」

「あやまらなくていいって。心配してくれてありがとう。そういえば名前は?オレはレイ」

 彼の指がつっとテーブルに置いた片手に伸びる。

 触れはしないが、今にもつかまれそうな距離だった。

「私は……」


「ラブレターの君」

 私は先ほどと違ってすぐさま振り向いた。

 ラブレターの君なんて妙に長くてあだ名に適さない名前を素で呼ぶ人は一人しか知らない。

「あ、あい、あいださん」

 文と心の中で呼んでる彼女はレイを睨むと彼をどけるようにずらして、今まで彼が座っていた席に腰をかけた。

「ひどいな文」

 レイが文のことを知っているようだった。

「ラブレターの君、名前はまだあいつに言ってない?」

「え?あ、ああうん今ね答えようと」

「言わなくていい。……間に合った」

 安心したように、彼女は深く安堵の息を吐く。

「文、知り合い?」

「そう。同級生。あ、マスターさん私ホットミルクください」

「わかったよ、タオル貸そうかい?」

「お願いします。どこかの馬鹿のせいで雨の中全力疾走ですよ。まったく」

 文は濡れてしまったバッグを床に置いて、顔にへばりついた黒髪をすいた。

 レイは残念そうに苦笑してから奥に行ってタオルをマスターから受け取る。

「な、なにか、私悪いこと」

「してないしてない。でもお願い。私のためにあいつに本名教えないで」

 彼女は黙って、自分の鼻を軽くたたきながらいった。

 レイに感じた違和感を警告にしろということだろう。

 文は私の鼻が利くのを知っている。

 うなづいて、コーヒーに口をつけた。

 今度はしっかりと味と香りが楽しめた。

「ほら文。ふいてあげようか」

 許可も取らず指を伸ばし、レイは嬉しそうに文の濡れ羽色の髪に触れた。

「好きにすれば?」

 黙っていれば生け花のような趣や雰囲気をかもし出せる文はいつもぶっきらぼうに言葉を発する。

 それでブレイクスルーするのは男性の恋愛フラグとかもっと大事なものとか定評が彼女にはあるのだ。

 有名なのは3年の不良先輩が、つまらない男の一言で一蹴されてその後に(あくまで噂だが)彼女を長年慕っている生徒会長に男として再起不能にまでされて退学させたことだろうか。

 彼女の発言はなんにせよ、他に影響を与えることが多い。

 私もそれで変えられた一人でもある。

 そしておそらく、中学生から彼女を知っている人以外に文のことを知っている人間だろう。

 話しているときの彼女と手紙の中の彼女には表と裏ぐらいのギャップがある。

 それに気づいたときは驚いたものだ。

「いいな。文の周りは女の子も可愛くて」

「あなたも、でしょう?」

 ぴりりとした文の低い声に観察思考から彼女とレイのほうをむく。

 こんな彼女ははじめてみた。

 以前、病院でお茶会をしてたまたま泥棒に遭遇したとき対応した態度より冷たく、官能的という表現が当てはまるような表情で笑う。

 誘っている、そうとれてしまう変化。

 レイもそれに呼応するかのように、今までの柔らかな笑みを恋人に向けるかのような熱を帯びたものに変化させた。

 ああ、今ものすごいもの見ちゃってる。

 ドキドキしながらその様子を見守った。

「駄目よ。私の周りでうろつかないで」

「飛び込んできた小鳥に少し興味を持っただけだよ。もっとも君が今すぐにも差し出してくれるなら大事にできるのだけれども。もしかしていいのかな?」

「そんなこと言うと思う?」

 ……探り合いで、一見恋愛の駆け引きをしているようだった。

 でも違う。文の目はただ目の前の男を静観しているだけ。

 自分の心を凪いだ湖面のようにして、相手の様子を水鏡に映すように。

 彼女がなぜそんなことしてるのかといえば、私のせいだと気づく。

「だ、駄目です。あいださんは私の大事な文通友達ですからあげません!」

 二人の間に割り込むように言って、テーブル越しに文の体をぎゅうと抱きしめる。

「おーお。ごめんってラブレターちゃん。いや、でも女の子にやきもち焼かれるのは嬉しいな」

「私にやきもちじゃなくてあんたにやきもちでしょうに」

「それが、さ。女の子だったらオレは一向に構わない」

 文がぽんぽんと私の背中をなでる。

「ありがと」

 囁かれた言葉で行動が正解だったことに胸をなでおろす。

「でも何でラブレターなのさ」

「私がうっかり彼女にもらった最初の手紙をラブレターと勘違いして赤っ恥かいたから」

「ご、ごめん。あれは私も言葉が足りなかったよ」

 巴にすすめられて行動に移してみた手紙は、彼女とその友人らを巻き込むトラブルに発展してしまった。

 手紙なんて書いたことが無かったから下手したら話すより駄目駄目だったかもしれない。

 手元に一番最初に送った手紙がなくてよかった。

 黒歴史が捨てられず残ってしまうところだった。

「文のネーミングセンスって変だよな。どうしてラブレター単体でもなく、の君って付けるか」

「いいじゃない。私しか呼ばないし」

「せめて後半のあれと統一して恋文の君とかにしようよ、よしオレはそう呼ぶ」

 文はそれに頬をふくらませて、マスターが持ってきたホットミルクをもってそっぽを向く。

 レイはニヤっと笑って今度は私のほうを向いた。

「あ、オレのことはレイって呼んでな。さん付け嫌いなんだ」

「れ、い。ですか?」

「そう。よろしくな恋文の君」

「よろしくお願いします」

 何故か連絡ちょうだいと電話番号を渡された。

 文がその番号が書かれた紙を捨てたそうにしていたが、レイに防がれる。

 彼女は絶対に名前は教えちゃ駄目と念を押して、電話番号の件をあきらめた。

 私の携帯の電話帳に不思議な男性の名前が増えた日。

 父以外の初めての男の人のアドレス。


閑話ということでいつもの文視点ではなく花岡視点

ナンバリングしましたが、続かない

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