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距離と焦燥と恋慕 独白2

 彼女はどうしてか、屋上でぼーっとしていた。

 綺麗な髪を風になびかせて、整ったあどけない顔に憂いを満たして。

 あっちが俺に気づいて立ち上がるまで俺もあっちに気づかなかった。

 痩せた親友と少し似ていると思ったときには彼女は俺の体を床に倒していた。

『私の前で死ぬな。ってか寝覚めが悪いからもう二度と自殺未遂なんてするな』


 親友の一言とはまったくもって違う、自己のためとする他者の救済。

 彼女はそういう人間だった。

 どこまでもエゴイストで、それに自分も気づいている。

 同じ年かそれより幼く見える、彼女はため息をついたあと埃を払って床から立ち上がる。

 最初の一言で姉のことを思い出した。

 姉が死んだとき自分や家族がどれだけ悲しんだことかを。

 きっと、それは親友も感じる悲しさだろう。

 危うく、自分が幸せにと願った人を不幸にするところだった。


 最後まで燻っていた小さな自死の火種を消す一言が彼女からこぼれ落ちてきた。

『死にたいなら、自分のためと自分のため以外に生きて死んで。さっき寝覚めが悪いから死ぬなって言ったからもう無理だけど』

 矛盾した無茶苦茶な言葉が、彼女の優しさだった。

 本人も無自覚な、お願い。

 彼女に手を伸ばしたら、飲みかけの缶紅茶をくれた。

 俺にはそれが宝物のように思えた。

 有償のように見える無償の慈しみがそこにあった。


 彼女は不登校で、自分より年下と知ったのはどれぐらいたってからだろう。

 毎日会うのに、彼女は俺を知ろうとせず彼女も俺に知らせようとしない。

 寂しさを覚えて、こちらを向いて欲しくてその首に指をかけた。

 抵抗はされなかったが、わずらわしそうに俺に向けてくる視線が嬉しかった。

『小向さんロープ』

 それから何度も言われるようになった、そのセリフを初めて聞いたのもそのときだ。

 彼女は俺を否定しないし肯定しない。

 絶対的基準は彼女が許すか許さないか。

 生死の危険と彼女の心さえ許せば好きなだけ何をやってもよかった。


 その場にいることを当然のようで、自分もそれが当然だと思っていた。

 それが恋だと気づいたのは首ではなく、体を抱きしめたときで。

 心地よさとドキドキが素敵な体験だった。

 一緒にいたいと思ったんだ。


 彼女のことは彼女からではなく彼女の周りの人から聞いた。

 まず驚いたのは、ストーカーの多さで。

 最初以外は俺が必ず先にいたし、彼女が後で来て先に帰っていったので気づかなかった。

 その中で、彼女の姉の知人と名乗った男性がいた。


 俺よりもひどい性癖の男たちと顔を並べたことがある。

 こいつらから彼女を守ろうと思った。

 それを話したら、彼はひとつひとつそういう人間の対処の仕方を教えてくれた。

 短い間だったけど彼には多くのことを学んだ。

 彼の勧めで武道も改めて強くなるように身を入れて修行した。


 彼が死んだと知ったのはテレビでだった。

 夕方にも関わらずいつも彼女がいたビルの屋上にむかった。

 黄昏の中に身を沈める抜け殻のような彼女がそこで空を見上げていた。


 話を聞いた。

 『自分のためと自分のため以外に生きて死んで』の言葉とおりに死んだ彼の話を聞いた。

 そして彼女は忘れないでと俺に頼んできた。

 私は忘れるから、忘れてしまうから、忘れさせられてしまうから。

 半狂乱になる彼女を抱きしめて、落ち着くまで何度もその背をなでた。


 実のところ、彼がうらやましかった。

 ほとんど他人に関心をよせない彼女が、忘れないでと頼みごとまで言わしめた人。

 でも、この泣き方には記憶があったので賛同できなかった。

 俺が姉の死のときに見た、もう一人の姉の慟哭。

 彼女のために俺は死ねないと思った。


 次の日、彼女はさっぱりと彼のことを忘れていた。

 いつもどおりの表情で空を見上げている。

 死んだ彼に話してもらったように、忘却させられたのだ。

 だから、俺は彼女が彼のために泣いたことを胸に秘めて彼女の隣りで空を見上げた。


 彼女は自分の呼び寄せてしまった相手によってできたハリを身にまとっていた。

 ハリネズミのジレンマではなく、それで人が死ぬことを防ぐために必死だった。

 人が彼女の目の前で死んで忘れるたびにその傾向は強くなった。


 高校の入学式に彼女を見かけたとき、声をかけたくなったけどグッとこらえた。

 俺に見せてた姿よりも、周りの人に合わせる彼女を見てしまった。

 人に普通の対応ができることから、俺はあの中に参加してはならないと理解した。

 普通じゃない人間とずっと一緒にいるしかなかった。

 根本から違う覚えてきた思考を彼女は必死に普通にあわせようとする。

 耐えられそうにないときだけ、俺は手を差し出すことにした。

 俺は気づけば、彼の人と似たような思いの注ぎ方をしていた。



 でも無理。

 感情を押し殺して理性で愛するなんて、若い俺にはできなかった。

 好きなんだもん、彼女のことが。


 散々そっぽを向かれたって平気だった。

 彼女の隣りはどの場所よりも居心地が良い。

 少しの時間そこにいればよかった。

 嫉妬で眠れない夜も何度すごせばいいんだろう。

 好きなのに好きなのに好きなのに。

 

 彼女は時々思い出したようにしか振り向いてくれない。

 生殺しもいいところだ。

 そこが彼女の魅力だけれど。


 抑えきれずに口づけを落とした。

 そこから今までの何かが壊れた。

 けれど、俺は彼女のことが本当に好きで。

 守るぐらいに愛してるんだ。


 お願いだ。

 どれでもいいから、俺の気持ちを欠片でも受け取ってくれよ。

 文。

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