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距離と焦燥と恋慕 02

 父が施す薬と洗脳を使った記憶のフタ。

 それがいくつも重なって、私の今を作る。

 父はお前は弱いと何度もいったが、私にとってそれは言い訳にしか聞こえなかった。

 ハルキとはいったい誰なのか。

 妙な気持ち悪さが胃の辺りをぐるぐるしていた。


 朝ノックでは目が覚めず、姉が体を揺するのでやっと目がさめた。

「おはよう」

「……ん」

「眉間に縦線入ってる」

 姉に指摘されて、額を手で押さえながら起き上がる。

「今日、休む」

「何かあったんだね」

「そう」

 史緒姉はそれ以上は何も聞かず、着替えてご飯を食べに降りておいでと言うだけだった。

 うだうだ考えていたが、今日はむかつくので学校に行きたくない。

 着替えずに寝たので、シャワーを浴びてから着替えて台所にむかう。

 濡れた髪のままで席に座れば、こんがりと焼けたトーストとシリアルがテーブルに乗っていた。

 今日はどうやらイングリッシュファースト風ごはんらしい。

 フレッシュオレンジジュースやプレーンオムレツを無表情で食べる。

 味覚が麻痺しているのは何故かわからないが、味があんまりしない。

「学校には連絡しておいたからね」

「ん。ありがとう」

「それでだ、お姉ちゃんと一緒にお出かけしない?」

「どこに?」

「んーと、AIの事務所行って、適当にご飯食べてショッピングして、赤沼の仕事場に顔出して、沙門のところに遊びに行って帰ってくるの」

 半分仕事で半分遊びといったところだろうか。

 しかしそうなると都市部に遊びに行くということになる。

「いいけど」

 姉の車で遠出するのは初めてかもしれない。


 高速道路を使って3時間ほど。

 姉は何度も来ているせいなのかいつもどおりだったが、慣れていたが私は久しぶりの長時間乗車で体があちこちこわばっている。

「ここが?」

「そう。ちょっと都心部から離れてるので家賃も安い」

 名前も看板にでていない、古いコンクリートビル。

 姉は屋内に入るとサングラスを外して鍵を開ける。

「カードキーだ」

「まあね。防犯セキュリティは建物以外はしっかりしてる」

 二重のロックを外して入ると狭い部屋の中に3台のパソコンとデスクがある。のが目に入った。

 サイドには仕切りがされている区間があり、ソファーとテーブルがあり、そこが接客スペースとなっている。

 見た目は普通のオフィスだ。

「ちょっと座って待っててね」

 デスクの椅子に座って、姉が仕事する様子を眺める。

「……ねー、姉さん」

「何?」

「ハルキって人知ってる?」

「んー、知らないわね」

「だよね」

 やはり、姉失踪後で中学のときに知り合った人のようだ。

 誰だっけ。ハルキさんと小向先輩が呼ぶなら年上だ。

 年上なら、学校外で会っている人になる。

 先生だったら笹部先生に聞けばわかるし、明日学校に行ったら聞いてみよう。

 もし相談しているなら篠原さんに聞けばわかるかな。 

 寝てすっきりしたせいか、少しは記憶を手繰る方法が思いつく。

「ありゃ、社長に先越された」

「おはよう、リユウ」

「おはようございます。社長この美少女誰すか?誘拐してきたんすか?むしろ社長が誘拐されてんすか?」

 部屋に入ってきた男性が私を指差して姉にたずねていた。

 なんかロッカーみたいな人だな。鎖のタトゥーが右手に絡みつくツタのようにはっている。

「私の妹。今日はお休みで一緒にこっちに来たの」

「え?!これがイチゴの言ってた子すか?うわ、あいつがホイホイ遊びに行く理由がわかった」

「……こんにちは」

 いちよう挨拶しておく。

「こんにちは。文ちゃんだっけ?オレはリユウ。よろしくな!」

「よろしくです」

 タトゥーの刻まれた肌は感触が微妙に違うのを握手をすることでわかった。

「リユウ、はい次のお仕事の話ね。ちゃんと勤めてきて」

「あいあい。この手の護衛は得意すよーっと」

 姉から書類を受け取ったリユウさんはいくつか姉に質問し。

「んで、いつオレと付き合ってくれるん?」

「リユウが音楽作るのに死体使わなくなったらかな」

「つれない。それじゃ一生だめだ。オレは史緒で楽器作りたいし、死体から作詞作曲したい」

 軽口に聞こえたが、声は本気だった。

 本当に姉の周りは変態ばっかりだな。

「じゃあ、とりあえず妹ちょうだい」

「駄目。今度ライブ行くからそのときにまた話しましょう」

 リユウさんはそれにうなづくと私の頭をなでて、事務所を出て行った。

 その後も数名、仕事の人が来たけど、私の周りの人のほうがまだましだった。

 具体的に明記すると余裕で大人の話になってしまうくらいに。

 中でも一番強烈だったのが、姉と仲のいいらしい自称演出家の女性の一言だった。

「いっそのこと姉妹でスナッフに出ない?きっと史緒さんと文さんならその後の死体にも億の価値がでるはずよー。立派なお墓は立ててあげるから」

「「断る」」

「綺麗なのに。それを破壊できないジレンマってあるわよね。でもね、壊した時のカタルシスが観客に与えるものは口では説明できないぐらいにさかるのよ」

 思考から一般的なものじゃない。

 粘り強い勧誘もきちんとお断りして彼女が帰って一息ついた。

「史緒姉。あんなのばっか?」

「まだ女性だからいい。男にオカマ口調でいいよられたときはさすがに姉泣きました」

 テーブルに突っ伏した姉はうーうーうなっていた。

「だってね。気に入られる人紹介される人皆が皆、変人やら奇人やらサイケデリックやら殺人嗜好者で姉は文のことでいろいろ学んでなかったら死亡だったのよ。しかもその中で爆弾魔は爆発物贈りつけてくるし、馬鹿じゃないのー」

「……お茶いれようか」

「お願いー」

 給湯室でお湯を沸かすついでに冷蔵庫を覗いたが、中身については言わないことにする。

 うん、不法所持だと思われるものと、あきらかに法をかいくぐって手に入れたらしきものがあったよ。

 名前が書いてあったことから、社員さんの私物なのだろう。

「史緒姉、お茶入ったよ」

「んー。ありがとう」

 復活した姉がお茶に手を伸ばす。

「これ飲み終わったらお昼食べに行こうか。今日来ている仕事はこれで終わりだし。午後は有梨子が来るから」

「わかった。今井さんって大学生なんだよね。どうして姉と出会ったの?」

「んー、高校のときの後輩でね。すごく頭がいいのよ。私が入った専門学校に来たいっていったんだけど、その頭は使わないのはもったいないから国立大に行けって説得したの」

 ここらの国立大ってほぼ日本の大学のトップじゃないか。

「普通の可愛い女の子に見えるのに」

「まあ、そのかわりひとつだけ厄介事を抱えてるけど、まだ楽。話が普通に通るしね」

 普通の状態じゃわからない秘密があるようだ。

「ふーん」

「皆一癖も二癖もある面白い人たちよ」

 面白いの一言で片付けられるように姉はなったようだ。

 小さいころはいつもどうしてって首をかしげていた。


 史緒姉おすすめの喫茶店でサンドイッチを食べて、お腹を満たした。

 そのあと花柄の裏地が可愛いワンピースを私用に、姉は新しい口紅を購入してお買い物終了。

「次は赤沼さんの仕事場?」

「そう。頼んでおいた物の試作品が完成したから一度工房に来てくれって話なの」

 工房は街の職人工房街みたいな場所にあって、あちこちから加工音が聞こえてくる。

 何かわくわくするようなリズムから作られるものを想像してみた。

「工房、仙洞峡せんとうきょう……バトルマニア?」

「そう、そっちの戦闘狂は裏のほうの当て字よ。こんにちは」

 金属の看板がついた扉をあけて、姉は工房の中に入る。

「あ、いらっしゃいませー史緒ー。赤沼の兄貴に用事かい?」

 金属板を叩いていた女性が保護用フェイスメットをあげて、顔をこちらに向ける。

「どうも。ニャーさんこれお土産です、食べてくださいな」

「毎回ありがとねー。赤沼の兄貴なら親父と奥で仕事してるから好きに入って。そっちの美少女は?」

「初めまして」

「私の妹の文。今日は一緒にお出かけしてるの」

 ニャーさんとまるで猫のように呼ばれた女性はメットをはずして、その長い茶髪をかきあげる。

 顔に傷がある、ワイルドな美人さんだ。女海賊頭領みたいな雰囲気。

「史緒の妹か。初めまして、ニアっていうの。史緒みたいにニャーって呼んで」

「ニャーさん?」

「そうそう。区切りもいいしお茶でも入れるよ」

「ニャーさんよろしく。赤沼と会ってきます」

 姉は工房の奥へと消えていった。

 たしかに奥のほうでは、妙に気迫のこもった金属音がきこえてくる。

 あれは赤沼さんの奏でている音なのだろう。

「文こっちよ」

 工房の片隅に設置された休憩スペースでニャーさんはお湯を沸かし始める。

 何か手伝おうかと思ったが、逆に危ないから座っていてといわれた。

 しょうがないのでスペースに座って辺りを見回す。

 あるものは金属にまつわるものばかりで金属加工を専門にしている工房にしか思えない。

 金鍋からとても大きな風見鶏まで種類は様々だ。

「奥に工房があるんですか?」

「工房っていうか、ここじゃ扱えない気難しいブツの作業所がね。私はこっちが好きだからさー。赤沼の兄貴が親父の弟子になってくれて本当ありがたいわー」

 タオルで汗をぬぐう彼女の手は赤沼さんと同じ火傷だらけ。

「手袋しないんですか?」

「ああ、しないしない。繊細な作業が難しいし、慣れるよ」

 緑茶を受けとってすする。

「そっかー。史緒の妹かー。これだけ美少女なら史緒ちゃん可愛くないって思っちゃうよな」

「姉は可愛いし、美人ですよ?」

 そう素で返すと、ニャーさんはじーっと私を見つめる。

「なるほど。お互いコンプレックスなわけか。にゃるにゃる」

「ニア、無駄な勘繰りは製品の質を落とすぞ」

「きゃっ」

 赤沼さんがニャーさんの頭をつかんで握力で締め上げる。

「いだいいだいいだい」

「お前はだから師匠にガキガキいわれる。よくきたな、文」

 つなぎを着た赤沼さんが一人でやってきた。

「史緒姉は?」

「試作品を見てる。師匠と話しているからしばらく時間がかかるな」

「わかりました」

 彼は私の隣に座ってニャーさんからお茶を受け取った。

「学校はどうした」

「……さぼり、です」

「ケンカでもしたか」

 するどいな、この人は。

 私と小向先輩のことは知らないはずなのに、まるで知っているように何に困っているのか当てた。

「あたり。いいんです。どうしても気まずかったので。明日はちゃんと学校行きます」

「手遅れにならなければいいがな。その一日が足りないことは稀にある」

「嫌なことばかり言いますね」

 嫌味か、とつっこもうと思った。

「数年前、それで年下の友人を亡くした。年上の話はよく聞いておけ。姉も含むな」

 卑怯だと口に出そうだったが、飲み込んでうなづく。

 ……間違いは起きないはず。

 自分に言い聞かせる。


お悩みにストレートストライク赤沼投手

そういえば、彼と今井の人物紹介書いていない

今度二人がそろったときに書きます


赤沼が何でも見透かすようなのは彼が客観的に史緒やAIのメンバー、そして文を見ているからです

単純に年の功もあります、彼は史緒たちより一回り以上年上ですから


そして久しぶりに誰かの独白

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