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距離と焦燥と恋慕 01

 学校から帰って自室に戻ると手紙が机の上にある。

 姉が仕分けして、私宛のものを置いたのだろう。

 上品な封筒は足長さんのものだ。

 球技大会の後に送った手紙の返事だ。

『こんにちは、文。もうすっかり夏の暑さを感じる季節になりましたね。意外かと思われるかも知れませんが、夏は私が一番好きな季節です。こちらに越してきてからは特に。例えば夕立の雨音、子供たちの歓声、蝉の合唱。』

 足長さんはもっと他の季節が好きそうなのにな、冬とか。

『男の先輩の話を聞いたとき、あなたが何か面倒なことの対象にされないか心配しましたが、どうでしょうか。いじめなどの被害にはあいませんでしたか?』

 大当たりです、足長さんさすがだ。

『先輩とはあの後会っていますか?会ってもちゃんと話をしないのではないでしょうか?文の話を聞くがぎり、彼は拒否されると自分から話しかけられない方だと思われます。もしあなたが許せるなら文のほうから声をかけてあげてください。そして、彼に謝罪の機会を。』

 勉強机の椅子に背中を預ける。

 別に、声をかけるのは構わないが悪化しないだろうか。

『仕事は彼がします。今は落ち込んでいるだけだと思いますよ。文のことを好いているのならきっと彼は奮闘することでしょう。』

 でも、そしたらまた調子づくと思うんですよ足長さん。

 その繰り返しからいい加減に脱却したいから相談しているのに。

『また同じことが続くのではないか?なんて思っていませんか。答えは違います。何故ならあなたが変わろうとしているからです。この数ヶ月、文には多くの変化が訪れました。あなたも変化を望んでいます。そういった人間には天運がめぐってきます。私自身も何度もそういう機会に恵まれてきましたから、文にもそろそろやってくることでしょう。』

 私は変わったのだろうか。

 千里や小向先輩や私の中学時代を知る皆はそういうけれど、いまいち自覚がもてない。

 英理と会ったときは少しは変わったかなって思えたけど。

『せっかく立てた計画がこのまま頓挫してしまうのはもったいないと思いませんか?計画に困難はつきものです。どうかあきらめずにがんばってください。応援していますよ。』

 計画を立ててくれたのは足長さんだ。

 普通の高校生らしい行事をしたいけど普通って何?と手紙に書いたら提案してくれた。

『追伸 ヒントは文の周りのファンです。彼らと先輩の違いがわかればきっと大丈夫。』

 ファンってストーカーのことかな。

 そういえば、東泉に入ってから会う機会がめっきり減ってしまった。

「……そういうことか」

 思考の回答のための線ができたので、椅子から立ち上がる。

 姉は今夜は仕事で帰ってこない。

 夕飯は自分で作らないと。

 扉を開けたときにはもう今夜のメニューのことしか考えていない。


「失礼します」

 2年生の教室のドアを昼休みに開ける。

「どこぞの馬鹿生徒会長さんはいらっしゃいますか」

「あ、はい。そこにいます」

 馬鹿呼びした小向先輩の前に立つ。

 今まさに友人らとコンビニ弁当に手をのばそうとしたところだった。

「小向先輩」

「は、はい」

「これ食べてください。放課後お弁当箱は返しに来てください」

 それ以上は何もいわずに、私より一段多いお弁当箱を彼に手渡しその場を去る。

「小向君!会田さんがフォローしてくれたわよこれは!」

「お前これ逃したらもう二度とあの子に許してもらえないと思えよ?!」

「とりあえず食え!そして最悪になった友好値上げに行け!」

 小向先輩は本当に友人に恵まれている。

 でも声は大きいと思います。

「笹部先生ー預けておいたお弁当食べにきましたー」

「ああ。さすがにここにいたづらしに来るやつはいないぞ」

 一時避難場所となっております社会科準備室。

 いつものようにお茶を入れてもらい、お弁当を広げる。

「小向はなんとかなりそうか」

 松林先生に話しかけられ、箸を手に取りながらうなづく。

「彼がその気なら。生徒会に支障が出てました?」

「少し。他のメンバーも優秀だからな。多少士気が落ちたぐらいだ」

「私のせいじゃありませんよ。いつもならそれでへこまないのが彼ですから」

 その会話を聞いていた小梅先生が笑いながらつぶやく。

「信頼しているのね、小向君のこと」

「へ、私がですか?」

「じゃないとその言葉はいえませんよ」

 私は首をかしげた。

「文はそういうところすっ飛ばすから。ひとつづつ考えると頭痛するかもな」

「松林先生小梅先生、文は妙なところで本能に忠実です」

 笹部先生と千里の言葉にさらに訳がわからなくなってしまう。

「できなかったら置いておくだけじゃないですか。何かおかしいです?」

「……笹部、これはお前が作ったか?」

 何故か松林先生の矛先が笹部先生のほうへ向く。

「まぁ、生かすために」

「お前……」

「俺は嫌ですよ、まだ若い未来のある少年少女が自殺したり殺されたりするの。そうならないように軸はなくても人への対応はできるようにしました」

「そういうやつが詰むんだ」

「社会に出る前に詰むほうがもったいない」

 その教育論の対立をとめるのは年長の彼女だった。

「二人とも、子供は教師のおもちゃじゃないですよ。机上の空論をするのはおやめなさい」

「「小梅先生」」

「生徒が見ていますよ」

 私は箸を動かすのを止めていなかったが、耳はしっかり二人の言い合いを聞いていた。

 笹部先生は自分でいれたお茶をすすり、松林先生は腰を下ろしてお弁当に手を付ける。

 さすが年の功。

 二人の言い合いの根本を理解してたんだろう。


 別教室の授業が終わって、ろうかを歩いていると先輩の後姿が見えた。

「小向先輩」

「会田さん。お弁当ありがとう、美味しかったよ」

「ほかに何かいうことは?」

「文、もっと言葉選んで」

 千里が横からつっこんだが無視。

「あ、の、さ。お礼に何かおごりたいから一緒に帰らない?」

「いいですよ。それと今度のデートの件も話しましょうね」

 小向先輩の表情が明るくなる。

「それじゃあ、下で待っているから」

「はい」

 彼の背中を見送りながら、頭をかいた。

「文」

「何、千里」

「今史緒さんいないでしょ」

「なんでわかるのさ」

「わかるさ」

 千里は目を細めて私の頭をつかむとおさげを二つとも解いて手櫛で髪を整える。

「どうするの?」

「どうもしないよ。ただいつもどおりをしにいくの」

「……そう」

 彼女の手によって、髪は三つ編みで一つにまとめられた。

「おまじないのまとめ方」

「昔のまとめ方なだけじゃ……、行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

 仲直りとはニュアンスが違うけれど、そういうことだ。


 小向先輩が連れていってくれたのは、最近女子校生の間でよく話しにあがる(とクラスメイトが教えてくれた)開店したてのアクセサリーショップだった。

「ここおごる場所じゃないですよね」

「うん。でも興味はあるんじゃないかと思ってつれてきた」

「まあ、人並みには……」

 安価な髪留めから高めなジュエリーまでそろっている。

「もう少し、可愛い髪留めしたら似合うよ」

 手に取っていたをものを見て小向先輩はアドバイスをくれる。

 可愛い、ね。

「これとかですか?」

「うん、でも色は白のほうが似合うかな」

 クリスタルでできた白百合と白鳥の髪留めの値段を確かめる。

 今月のお小遣いが飛ぶなぁ。

「買ってやったら、シン」

 男性店員が話しかけてきたと思ったら白糸さんだった。

「バイトですか?」

「そう、オープニングバイトで短期でさ。元気かい文?」

 営業用スマイルで彼は私たちにあいさつをする。

 小向先輩は白糸さんの言葉を聞いてじーっと私の手の中の髪留めを見ている。

「それと、ごめん。さっき文のカバンに人がぶつかってブレス入り込んだから」

「え、あ。本当だ。引っかかってる」

 カバンのサイドポケットに引っかかったブレスレットを彼に渡す。

 小向先輩の妙なよそよそしさに気づいたのだろう。

 白糸さんはブレスを定位置に戻すとなじみにたずねる。

「なんかあった?」

「ここ数日俺は文に嫌われてました」

「まあ、あれはやりすぎだろう。反省したと見たから文はお前と今日ここにいるんだろうし」

「いつまでもウジウジしている男は嫌いです。おかげでやっかいごとが増えて増えて」

 白糸さんがちょっと眉をひそめて小向先輩を見た。

 先輩は先輩で白糸さんを睨み返す。

 はい、と私は白糸さんに髪留めを渡した。

「買わせないんだ」

「自分で欲しいと思ったものは自分で手に入れないと嬉しくないです。行きましょう小向先輩」

「違いない。またの来店をお待ちしています」

 白糸さんに見送られて私は小向先輩と店を出た。


 いつもどおりとは少し違う空気が二人の間で流れていた。

 小向先輩の中で何かが壊れかけてる、そんな気がした。

 それがどうしてなのかわからず、ただ気まずい時間がお茶によってにごされる。

 ……思い出せない。昔にもあったことに思えるのに。

「怒ってる?」

「怒ってません。私も、少し反省してます」

 いくら勝ちたいとはいえ、彼に対して誠実ではなかったかもしれないとは思っている。

「昔もあったな」

「……?」

「だんまりしてお茶飲んで。あの時は5人だった」

 覚えていないことだった。

「ハルキさんが――――」

 記憶の奥底に隠されていた名前を彼は口にした。

「ハルキって……誰?」

「っ、いや今の無し」

 知っているけど、思い出せない。

 このフタのされ方は、誰がやったか知っている。

「はるき、ハルキ……」

「文、思い出すな。思い出さなくていい」

 立ち上がった小向先輩の腕が私の頭を抱く。

「小向さん?」

「忘れてくれ。たのむ」

 彼の腕をほどいて、私は彼に疑惑の目を向ける。

 壊れかけていた、それを払い捨てる。

「……さよなら」

 自分でも驚くぐらい、冷たく彼に言ってしまった。

 でも心の違和感が小向晋作を拒絶していた。

 手を伸ばした彼が、何も言わずにその手を引っ込める。

 思い出せない思い出せない。

 それが涙が出る理由なのだろうか。

「帰る」

 背中を向けて涙をぬぐいながら走る。

 彼は追いかけてこない。

苦い変化という薬

文はそれを薬にしてしまうのか

それとも毒として壊れるのか


ヒントは足長の言葉の本当の意味の中に

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