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西平の異様な人

 夕焼けを通り越し、藍色の闇に変化した空。

 それをいつまでも見上げる一人の少女。

 家の窓から見つけて、彼女は1時間以上橋の上で微動だにせずにいた。

 つい観察してしまった自分は、風に髪をなびかせるその子の元へと向かう。


 異様なほど細い体は一時期の千里…拒食症を思い出させるほどだった。

 生命を極限まで人から削ぎ落として残ったような体にまとうのは西平の制服。

 わざと電球が切れた電灯の下で、彼女は橋によっかかっていた。

「……何してるの?」

「待ち人を少し。今日は良く動いてくれたと思う。学校にも行ったし」

「西平に行ったんだね、英理えいり

 名前を呼ばれたことで彼女はそのときやっと私のほうをむいた。

 父に良く似た笑い方をする彼女が、私はその笑みをするときだけ嫌いだった。

「文か。史緒戻ったんだってね。きいた」

 父の病院に長く入院していた彼女は、私が父と険悪な関係になると同時に会わなくなっていた。

 英理は体を橋から離して、私と対峙するように両手を広げる。

「なんとか、生きてるよ。困ったことに」

「そう」

「つれないな、文。まあいつものことだ。先生のひっつき虫してたころから変わってないものがここに」

 淡々と吐かれる言葉は微風にさえかき消されそうな枯葉のような声。

「うち、来る?」

 おいておけなくて、そう提案した。

「あなたが望むなら」

 彼女の薄い笑みが、生気のない顔に浮かぶ。

 昔のように、英理の手を引いた。


 何故か、西平の進学コースに入学した彼女は休みながらもちゃんと学校に通っているらしい。

「史緒姉、もうすぐ帰ってくるから」

「……お邪魔します」

 億劫そうに彼女は靴をぬぎ、そろえてから中に入る。

「お手手、合わせていい?」

「いいよ、そっちの部屋。ローソク使ったら火消しておいて」

「マッチ直でつける」

 私がお茶を入れている間に、英理は明かりも付けず幽霊のように仏壇に手を合わせてリビングにやってくる。

 相変わらずだ。どうして生きているのか不思議でしかたがない。

「はい、お茶」

「ありがとう」

 それでもちゃんとお礼を言えるようになったのは、あれから大分時間がたっていることを気づかせる一つの要因だ。

 昔は徹底的に無反応で本当に幽霊出たかと思って、姉に泣き付いた。

「昔、幽霊に間違われたね。あいさつはするようにした」

「わかりやすくていいわ」

 英理は紅茶を一口すすって、むせる。

「熱い」

「あいかわらずね、そういえばあなたは姉以上の猫舌なのを忘れていた」

「ちょっと待つ」

 麦茶を出したほうがよかったかなと思いながら紅茶を飲む。

「史緒、元気?」

「元気。何やってるかわからない仕事してるけど」

「らしい」

 英理は笑って口元に手を当てていた。

「変わっていない」

「文は美人さんになった。こっちは……ちょっとだけ変わった」

「どこがだ」

 身長は伸びたと思うが、その細身と生気のなさは昔と同じだ。

 髪の色は黒から茶色に変わっている。

 この手入れは彼女本人がしているものではないのはわかった。

 それが変わったことだろうか。

「彼氏ができた」

 うそだ。と出掛かった言葉を飲み込む。

「英理に?」

「うん。今度の球技大会に紹介する」

「どんな人?」

 思わず予想外な話につい疑問の言葉がこぼれてくる。

「文は史緒の前とこんな時に素直だ」

 質問に答えず彼女は私の髪を手に取った。

「中学の時の同級生。なじみとも言う。」

 ということは一つ上か。

 英理は私の髪のゴムを解いて、ストレートに髪を戻す。

「よし、お茶のめそう」

 姉以上に謎の行動の多いな。

「謎の行動が増える傾向は文にとっていいことだ。たとえばここにいる存在を橋まで迎えに行って招き入れることとか。変化、流動、積重」

 枯れそうな言葉が妙に耳にしっかり聞こえる謎とかね。

 私の思考を読む傾向は彼女は父のようだ。

 でも、英理は滅多に一人称を使わない。

 妙な言い回しでそれを避けているのを、幼い記憶の中で覚えていた。

「まだ、私っていえないんだ」

「一度だけ。応えた。十分」

 紅茶はぬるくなっているほど時間がたっていたが、気にしない。

 英理の前だと全てが遠く遅く思える。

 存在するだけで異様と他の入院患者に言われていた彼女は嫌いではなかった。

 歳も近かったせいもあるだろうけれど、無言で二人で遊ぶのは好きだった。

 千里といるのとはまた違う楽しみがある。

「ただいまー。史緒帰宅ですー」

「お邪魔するよー浅木が馳せ参上なのだ」

 余計なのがついてきた。

「お帰り」

「文、女物の靴があったけどお客さんって……エリーだ」

「こんばんわ、史緒」

「橋に立ってたから拾ってきた」

 姉は嬉しそうに彼女に抱きついた。

 浅木さんは一歩居間に入るのをためらった。

「幽霊」

「失礼よ浅木。元気だった?」

「それなりに。高校にあがってからは投薬もやめて、たまに栄養補給の点滴だけ」

「元気になったよ。いつもカラカラ下げてたからさ」

 カラカラとは点滴スタンドのことである。

 英理はひたっと浅木さんのほうへ指をさした。

「ん?浅木がどうしたの」

「変な男がいる」

「英理も変な女だと思うよ」

「それもそうだ。納得。なんたってここに姉妹がそろっている」

 私たち二人がいるということに、英理は嬉しそうに納得してうなづいていた。

 携帯の着信メロディが鳴る。

「ん、時間が来た。迎え」

「彼氏?」

「エリーに彼氏?すごいじゃないか」

「彼氏。凄い人で尊敬できる。先生の次に」

 彼女は立ち上がってペコリと頭をさげる。

「さようなら。史緒、文、知らない人」

 セピア色というよりはモノクロームな彼女が家を去ると、いつも通りの時間の流れが戻ってくる。


 ちゃんと橋まで戻れたか気になって、二階から橋をのぞむ。

 自転車を手に押している男子生徒が、ゆっくり歩いていた英理に手を振っている。

 英理はマイペースながらも彼の傍まで歩いて、自発的に彼の自転車の後ろに乗った。

 あの子もちゃんと変われたのだ、そう妙な感心がおきてしまう。

 私も何か自分から自発的に行動を起したい。

 そう思うぐらいに。 


変な女子がもう一人


会わなくなっただけで何気に文が気に入っているようです

もちろん史緒も彼女を妹のように可愛がっていました

ただ、浅木は別のことを感じ取ったようですが

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