思春期の悩み
お小遣いがあったので、皆のカラオケに参加する。
いつもと違ったメンバーには学級長や他のクラスの子もいた。
自転車組が先に行って徒歩と駅組の代わりに部屋をとっておくということだが、私はクラスの別の男子に自転車を貸して、女子のメンバーとしゃべりながらゆっくりと向かう。
千里はそこのカラオケのバイト店員なので、先発メンバーに加わった。
「何歌おうかな。皆は?」
「シャンソン」
「ホルモン」
「アニソン」
「ジャクソン」
誰が語尾をそろえろといった。
皆個性的だ。しかも今日のメンバーはそこそこ上手い人間が多い。
「アイダさんはなーにうたいましょー?」
「私は姉が歌っていた沖縄の歌手特集で行こうかな」
姉が今月のテーマとして料理中に口ずさんでいた曲を思い出す。
「おや、文ちゃん友達とカラオケかい?」
声をかけられると懐かしい顔があった。
「婦長さん」
灰色の髪の老婦人と呼ぶに相応しい女性。
私は頭を下げて、久しぶりに会う彼女と話をする。
「ヨーロッパではなかったですっけ?」
「ええ。今は息子夫婦のところで暮らしているわよ。今病院に行ったのだけど……」
私は彼女の戸惑いにうなづく。
「父と母が交通事故で亡くなりまして、先月の末に閉院しました。他の先生や看護士さんたちは祖父の系列の病院で働いています」
彼女との話は長くなる。先に行っておいてと友人らを促した。
婦長はその訃報に驚いたようだった。
「……亡くなった?あの二人が?」
「はい。それと姉が戻ってきました」
「史緒ちゃんが?元気かしら」
「ええ。今は一緒に暮らしています。よければ家にいらしてください」
婦長は口元に手を当てて、何か考え事をしてからつぶやく。
「気を、悪くしたら御免なさい。本当に綾史先生は亡くなられたの?」
「そのために自分の目で確認しました。私も、いまだに信じられません。また父が、いつもどおりに薬を飲ませに来そうな気がして」
この道から少し離れたところに見える病院の建物を見つめた。
一時閉院した父の城ともいえる場所は、この辺りでも有名な精神病院だった。
婦長は息子夫婦に呼ばれる2年前まで病院で婦長として働いていたのだ。
私や姉を孫娘のように接してくれた人で、母の付き添いもよくしていた。
母は、我が家と会田病院の入退院を繰り返していた。
精神異常というよりは意志薄弱の母は私の幼いころから口数少なくなり、姉が失踪したのをきっかけに喋れなくなった。
父はそんな母と共にいた。母も父の隣りだと幸せそうに笑顔をほころばせていた。
でも父はそんな母を治そうとはしなかった。
それが私には許せなかった。
口にすれば、父は黙ったまま私にいろんな薬を飲ませた。
姉には言葉で返したが、私には薬で返した。
いまだに、市販の風邪薬でも飲もうとすると拒否反応がでる。
私はそんな父の病院が嫌いだ。
例え亡くなった父の仕事場が少し懐かしくても。
合流したカラオケで学級長に首を傾げられた。
「アイダさんは会田系列のアイダさんなのですか?」
「父方の祖父が医者一族なの」
それだけ聞くと、彼女は興味をなくしたように曲探しを始めた。
カラオケの合間に話されるのは、やはり今日話題に出た球技大会の話。
各クラスの参謀型の人間がそろい合わせたように人を配置していた。
「そういえば学級長、花岡さんは?」
「スキャットマンしか歌えないからこないそうでーす」
「やだ、何その素敵な限定曲。吃音気にしなければ、いい声で話すし歌うのに残念」
花岡は唯一学級長と仲の良いクラスメイトだ。
私の中では彼女はラブレターの君とあだ名が決まっている。
吃音障害で、喋れなくなるが気の優しい良い子だ。
皆も気にしないでよくお弁当食べたりしているし。
「次誰ー?」
「あ、私」
マイクを取って、息を吸う。
口を開いたときに皆が固まった。
一人だけ、以前に私とカラオケに行ったことのある千里だけが気にせずリモコンをいじって曲を探していた。
「文、次某にゃーさん入れるから歌って」
「千里よどうしてあんたは高速歌唱曲を歌わせる」
「普通きけねーからだ」
「これは……びっくり事件だ。文ちゃんの黙っていれば伝説がまた一つ追加された」
「テンポどれくらいなんだろう今の曲」
ちょっと戸惑う。
「いつも、久星とかのメンバーで行くと歌う曲なんだけど変かな?」
「いやいや、驚いただけ。ちょっとおねーさん本気出すよ今日は」
その後、高難易度曲が多々歌われた。
途中で男子が参戦してきて、部屋が混沌とした状況になったので一度部屋の外にでた。
皆の騒ぎと店にかかっているBGMの音が混じる。
少しだけ、それが考えるのに最適なような気がした。
こうやって、皆でいるのは悪くない。
けれどもどうしてか落ち着いていられないのだ。
居心地の悪さ、焦燥感、罪悪感、そういったものだ。
姉はないと言った。
「お客様、どうされました?」
「いえ、少しだけ空気を吸いに外へ」
男性店員はちょっと驚いたように振り返った私の顔を見つめた。
「お昼の子だ。千里ちゃんと一緒に木でご飯食べてた」
「え。あの時小向先輩と会ってた西平の方ですか」
彼はうなづいて、私に水を差し出す。
「そう。シンの奴知ってるの?」
「ええ、まぁ」
水を受け取って唇を湿らせた。
「その答え方はあいつの挙動不審を知ってるな?中学で一目ぼれした相手が高校に入ってから、付き合い悪くてさ。心配になったから見に行ったんだよ」
「……小向さんをシンと呼ぶ方は初めてです」
「なじみだから。もしかして?」
そんな哀れむような目で見るな。
「あれ、どうにかなりませんかね」
「惚れてる相手を幸せにできそうな相手ができなきゃ直らない。そしてそれの条件は限りなく高い。俺もサシで殴り合って決着付けて認めさせた」
しばらく思い出した後、次の言葉を決める。
「あなたのせいですか。小向さんがウジウジして死に掛けてたの」
「は?」
「私、彼と会ったとき自殺しようとしていたんですけど。原因が惚れた女に男ができたとかで」
彼はしばらく目を白黒させたあと眉をしかめた。
「あいつそこまでへこんでたのか。どうりで何度もトミーが追っかけろって言って……」
独り言を呟いている彼は、まぁ小向先輩よりは美形度は劣るがなかなかいい男だ。
筋肉ついているのが制服の上からでもわかるし、姿勢がいいところを見ると武芸をたしなんでいると見た。
しかし、小向先輩が昔惚れていた女の人か。
どんな人なんだろう。
少しだけ興味がわいた。
「そういえば名前まだだった。俺は白糸義留。よろしく」
「会田文です。はじめまして」
その日はあいさつだけして彼と別れた。
今思えば、かなり珍しいことだった。
知人の知り合いだからって名前をすぐに話すなんて。
私の変化に自分が後で気づくようなことが起きたとある日。
どうやら、文には『黙っていれば伝説』があるらしいです
まだ一月と少ししか経っていないんですがね
小向とのフラグは文が折っても彼が再び立てるので無くなりません




