文と友と協力者
「欲しいもの一つ、愛する人の愛の囁き」
生徒会執行部の手伝いを、小向先輩の隣でする。
お姉さんの話をしてほしいとお願いしたら、頼まれた。
書類をまとめてホッチキスでパチンと留める。
「欲しいもの一つ、狂おしいほどの束縛」
小向先輩は同じ作業をしながら、書類一束に一つの言葉を口に出す。
「欲しいもの一つ、悲しみに裂かれた心」
「……生徒会長、会田さん静かに聞いているけどそろそろ本題に戻れ」
自分の世界に浸っていた彼を顧問の松林先生が引き戻す。
「それが、失恋した姉が自殺する前に残した言葉だ」
さらっと伝える彼の周りの空気が凍る。
やばい、地雷踏んだ。
しかも特大サイズの。
「どうも、俺の家は愛に傾倒しのめり込むタイプでね。下の姉はそれで大恋愛して今は幸せに暮らしているのだけども、上の姉はそうもいかなかった。俺がまだ小学校低学年だったからかな、今になってわかる苦悩を俺だけに話してくれていたよ」
「愛に生きる人、ですか」
「うん。俺のほうが姉のことが好きだというと、嬉しそうに悲しそうに笑う人。恋人が事故で死んで、相手の死体の前で喉を刃物でスパッと。オレは見てたよ。姉が好きだったからね」
重い、めっちゃ重い。
いや、二人きりのときなら耐え切れる。
なんで生徒会活動中に話すんだ、この人は。
「でもさ、きっと姉の恋人はそれを望んじゃいなかっただろう。本当に愛していた女なら幸せになってほしいと、そしてそれが出来るのは自分自身だけだとも思っていたまま死んだのだろう」
彼の手元の書類が無くなると、今度は私の手元の書類に手を伸ばす。
「下の姉は、それを踏まえていた。いっそのこと心中してしまおうかと呟く義兄に大泣きしながら許さないと義兄が謝るまで頬を叩き続けたらしいよ。そこから義兄は頑張って、無事に結婚したけどね」
パチンパチンと作業の音が妙に響く。
「本当に恋人のことが好きだったのなら、愛し方を間違えてはならないと思った。本気で恋しても失恋したのならば、それこそ乗り越えるべきだと思った。皆、恋多き時期だよね高校生って」
これは私に言っているのではないと、肩の力を抜く。
きっと、生徒会の中で面倒な恋愛事情が起きているのだ。
芯の無くなった先輩のホッチキスを取り、芯を詰めてもう一度彼に渡す。
「どんなときに恋をしても、力いっぱいすれば本物だ。ただ、それはどうやって相手に注ぐのかだ。俺は全力投球しか会田さんにできないからさ、なるべく邪魔にならないようにアタックは放課後だけと決めているし、振られたってめげたりしない。卑怯だけど、それが彼女が俺に対して返してくれた愛の結果だから」
「先輩ですから」
「でも、こうやって共にいて喋れる瞬間が愛おしいし、きっと後悔はしない」
「……馬鹿ですね。昔からですか」
「そんな馬鹿でも会田さんは昔俺が自殺しようとしたら止めてくれただろう?」
地雷発言その2を言ったところでこめかみを私は揉む。
「その言葉は二人きりのときに言うべきでした。私教室で待っていますので迎えに来てください」
立ち上がって、生徒会室を後にする。
私はどうして彼に惚れられているのか、雨音が響く教室で一人考える。
「何を彼に言ったっけ」
言った本人にとって他人に投げかけた言葉なんてそんなもので。
しかも私がかけた言葉だどうしても、綺麗な言葉を投げかけたとは思えない。
「文」
「終わりましたか」
「うん、ありがとう。これで生徒会内の厄介ごとが一つ消える」
「いいですけどね、最後の一言はのろけですか」
「あはは、気づいた?じゃあ帰ろう」
先輩は何気ない動作で私に手を差し出してくる。
私はそれを受け取らず、代わりに飲みかけのミルクティー缶を渡す。
「ケチ」
「恋人じゃないと何度言っていますか」
カサを手に取りながら廊下を歩いて階段を下りていく。
その後ろを先輩がついてくる。
「懐かしいな、初めて会った時もくれた。飲みかけの缶紅茶」
「私は大分記憶が薄れているので、小向さんに紅茶渡したことしか覚えてませんよ」
「ひどいなぁ。本当に覚えてない?」
「大真面目に」
先輩は笑って、当時私が言った言葉を声真似までして言う。
「『私の前で死ぬな。ってか寝覚めが悪いからもう二度と自殺未遂なんてするな』普段の文からじゃ、どういじったら出るのか分からない言葉だ」
「それで生きようと思う、小向さんも分からない人です」
「俺はわかってるよ。結局姉とは違う理由で他人を俺と同じ気分にさせようとしていたことに気づいたんだ。もっとも、それを飲み込んで生きようと思うにはもう一手間文の言葉が必要だった」
カサで赤と黒のモザイクカラーを開く。
もう一つ何か言ったかな、私。
「いいんだよ、文の言葉はちゃんと俺の心の中で生きている」
「私、姉妹の会話のネタを探したくて話出しただけなんですが」
「お姉さんには感謝してるよ。文が彼女のために他人の話を聞いて考えてるの見ると。ちょっとは俺の話を聞いてくれるチャンスがあるんじゃないかと思えて」
分かれ道で立ち止まる。
それってどういう意味だろう。
「うん。必要だよ、文にはお姉さんが。帰ってきてよかったね」
それじゃあ。と先輩は今日はあっさりと別れて帰った。
彼の後姿に私は自分の疑問の答えを見出せない。
車が無いのを見て、黙って家に入る。
届いていた郵便物をチェックすると、見慣れた上品な封筒を見つけた。
「足長さんだ」
そういえば4月から手紙を出してなかった。
いつも私が出していたからな、珍しいけど心配されたか。
部屋に上がって、彼に貰ったペーパーナイフを使って封を開ける。
丁寧な字が縦書きで綴られる。
足長さんは小学6年の春に父が紹介してくれた文通相手だ。
ちなみに性別は不明だ。
『いい奴だから一度挑戦してみろ。俺は文の心がわからないが、奴ならわかるかもしれない』
文通している間に足長おじ(おば)さんと名称をつけたところ、そこまで年寄りじゃないので足長さんにしてくれとのお願いから足長さんになった。
『お久しぶりです、文。ご両親のことお悔やみ申し上げます。事情があり、参列できなかった非礼をお詫びします。』
それでも足長の名前で代理の人が香典を持ってきてくれた。
姉に聞かれたので、父の知り合いで文通相手と話してある。
『お姉さんが戻られたようで、安心しました。何か困ることがあったら何でも手紙で相談してきてください。何があろうと私はあなたの味方ですよ』
さらっと味方だと言える彼の人は事実、両親に言えないことを相談したとき何でも答えてくれて大人の回答や、時に必要な道具を贈ってくれた。
悔しいが、彼のおかげで私は五体満足で今生きているといっても過言ではない。
手紙でのやりとりなのでどうしても少し日が開くのが難点だが。
頼ってもいいかな、と思っている人の一人だし、事実頼っている人である。
『落ち着いたらでいいですので、またお手紙をください。』
そのあとに続く言葉を最後まで拾い集め、私はレターセットを久しぶりに取り出す。
この人に頼るとつい、答えが導き出せる道までわかってしまうからな。
どうやって、自分でわかるようにヒントだけ貰おうか。
自殺は考えたことは無いが、人生に絶望したことはある。
今になって思えばどうしてそこまで落ち込んだのか分からないが。
姉がいなくなったときだった。
両親は、私を支えきれなかったので、他の大人が支えた。
父なんか忘れてしまえ、と言ったからな。あの馬鹿親父。
3人いた。
一人が足長さん。
一人が隣の家の幼馴染のおにいさん。
最後の一人が中学に入ってからの笹部先生。
もう少し、両親に迷惑かけて甘えておけばよかった。
そうしたら少しだけでも姉に甘えるにはどうすればいいかも分かったかもしれない。




