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食人鬼による殺人事件 09

 湯本さんの話していたジンクスは、中学時代に築いてきた。

 自分でも気づいている。

 私が片付けるんじゃなくて他の人が片付けるんだけど。

 皆して過保護すぎるのだ。

 私はそこまで軟弱者じゃない。


 目を覚ますとご機嫌な様子で野菜を切っている男性の後姿が見えた。

 なんかマスクかぶりながら、鼻歌を歌っている。

 ……動けない。しっかり拘束されてるな。

 壁に寄りかかっていて、吊るされていないだけましとしよう。

 騒がないようにクツワされてるし。

 自由な指で手に爪をたてて、二度寝しそうな頭を覚醒させる。

 まだ彼は私が起きたことに気づいていない。

 実力行使してくる奴は嫌いだ。

 我を通すことについては異論はないが、怪我をさせた檜に引け目を感じてしまう。

 絶対に、ぼくのせいだ……って呟く様子が目に浮かぶ。

 しかしまぁ、服を剥ぎ取られて裸だとこみ上げてくる恥ずかしさがあるな。

「っ!」

 まずい、寒さに負けてクシャミがでた。

「お目覚めかな」

 マスクの男がこちらを振り返って声をかけてくる。

 うーん、知らない男性の声だ。

「ん~」

「ごめんごめん、冷えたかな。もう少しで仕込みが終わるから待っててね」

「ん」

 彼は傍にあった私のジャケットを肩にかける。

 素直に頷くと彼は私の頬を何度かなでて、仕込みに戻っていった。

「4月の頭に元気に君が自転車で学校に通うのを見つけてね。いつもそれを楽しみにしていたんだ」

 さようですか。

 拘束しているのは綿ロープだ。頑張れば、何とかならなる。

 近くにナイフとか使えそうなものがないか視線をスライドさせていく。

「今夜はいい日だ。君が暴れたらどうしようかと思っていたけど、そんな心配も要らなかった」

 暴れないのは慣れてるせいだ。

 あ、グラスの破片発見。

「私も教師だからね。学生に泣かれるのは心苦しい。教え子が卒業式に泣いているのとは別で」

 足をのばして引っ掛けるように手元に持ってくる。脱出道具確保。

「ああ、そうだ君は焼き方の好みは何かな。どうしても人肉はウェルダン気味に焼かないと」

 動きを止めてしばし考える。

 何を焼くかにもよるけど、人肉なら揚げたほうが美味しいと思う。

 檜のから揚げ美味しかったな。

「ん~む~」

「ああ。後で聞くよ。考えておいて」

 わからないようにそっと、見た目でもばれないようにも気をつけてロープを切っていく。

 しばらく挑戦していると、視線の上あたりで音がなった。

 思わず体が強張る。

「おや、やっときたか。失礼、もう一人がやってきた」

 彼が音源の物を手にとってその部屋から出て行った。

 階段があるらしい、足音が上るか下るかしている。

 その音を聞きながら思う。

 危機的状況に対峙しても、醒めている。

 食べられたら、少しはこの心も波立つのだろうか。

 どうしようもなくむなしくなった。

 しばらくして、階段で何かを引きずる音がごとごとして戻ってくる。

「あーやさん」

 顔を覗かせたのは浅木さんだった。


 ドサリとモノを置いて、彼は足の拘束をナイフで外してくれた。

「お待たせ。ちょっと物を持ってくる必要があって遅れちゃったよ。あぁ自分で外そうとしてたのか。史緒よりやっぱり一枚以上上手だ」

 私がガラス片を持っているのを見て浅木さんは笑った。

 やっとクツワが外される。

「檜は?」

「大丈夫。ちゃんと治療してる。オレがここにいるとまずいから、10分ぐらいこいつといて上に上がって警察に電話して」

 よかった。無事か。

 こいつと呼ばれた犯人は見事にナイフで頚動脈さばかれていた。

 血の道ができており、よくよく見れば浅木さんはかなり返り血を浴びている。

「わかりました。口裏は?」

「理解早くて助かる。『知らない声の人が、犯人を倒したからこれで縄切って通報して。っていった。』ってことで。これそのための目隠しとカッター」

「はい」

 彼は血まみれの手で私の頭を撫でた。

 嫌な気分ではないが裸が見られるのは嫌だ。

「仕事完了。っとこれはオマケ」

 火の元へ行くと彼は沸騰していた鍋の火を切った。

 その後何かをする様子で、一度血がつかないように手袋を別のものに換えて、冷蔵庫に何かを奥にしまった。

「じゃあね。警察来る前にちゃんと服を着るんだよ」

「わかってます」

 死体と私だけが取り残される。

 そして考えをしばしめぐらせた。

 姉の住む世界がどんな世界なのかを。

 ……とりあえず服着よう。破れていても着ていないよりましだ。


 警察に保護されて、事情聴取を受けた。

 婦警さんに服を借りて、タオルも借りた。

「やっぱり事件解決だ」

 取調べをした湯本さんがそういうので、私は眉をひそめる。

「何が嬉しくてこんな目に遭いますか」

「自分で言うな。それと、お姉さんの史緒さんだったか。今連絡受けて、病院からこっちに来るぞ」

「病院?」

「文ちゃんさらわれた時檜君といただろう。彼がなそのときにケガしたんだけど、それを心配して外に探しに出た史緒さんに見つけられてな。彼の治療で病院に行ってそのまま調書受けていたんだ。」

 そういうことか。

「檜、大丈夫でしょうか?」

「内臓まで切れてないし、単純な傷口みたいだ。何針か縫って、家に帰れるって話だったな。そのあとお前のほうに来たから」

 よかった。と心の底から呟く。

 後日詳しい調書とのことで部屋から出る。

 湯本さんが小さな声で話しかけてきた。

「そうそう、これはまだ公に出すなよ。犯人の冷蔵庫にな、檜君のお父さんらしき肉があった。」

「食べられてたってことですか?」

「まだわからないけどおそらくな。あの子、支えてやれよ。彼女」

「彼女じゃないですから。友人です、大切な」

 ろうかを歩いていくと、姉と檜がいた。

「姉さん、檜」

「お帰り、文」

 姉に抱きつき、安心して力を抜く。

 後ろにいた檜と目があった。

「……ごめん、アイちゃん」

「いいの。よかった檜が無事で。本当によかった」

 姉から離れて、檜の腕に抱きつく。

「胴体は抱きつかないであげてね。縫ったばかりなのに行くって話きかなかったから」

「刑事さんに聞いた。……ありがとう檜」

「そしてね、お姉ちゃんそれ友人の高校生男児に対しては少々過度なスキンシップになると思うよ」

 史緒姉の声があきれていた。

 檜はどうしていいのかわからず固まっている。

「大事な友だもんね」

「いや、うん。あのね、文。男の子の事情も色々察してあげようね」

 かつての姉の行動を真似しているだけなのだが、姉も成長したということか。

 申し訳なさそうに、彼女は私と檜を引き剥がした。

食人鬼A死亡

敗因は浅木との純粋な場数の差でしょうか


もうちょっとだけこの話は続きます

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