食人鬼による殺人事件 08
「ひーのーきー」
檜の後ろから声をかけると、二人はこちらを見た。
露骨に反応したのは若いほうだ、年の功で反応が薄いのはもう一人。
「あら、刑事さんたちだ。お仕事お疲れ様ですー」
檜はその一言でちょっと驚いたようだ。
「アイちゃん、知り合い?」
「うん。手伝いとか怒ったりとか、ガキが手を出すなとか言われた」
「文、何でここにお前がいるんだ」
私は付けたエプロンをひらひらさせる。
「これからお料理教えてもらうところだったんですよ。湯本さん、篠原さん」
何度も顔を合わせたことのある彼らに笑いかけた。
「だからどうしてこの家に」
どうやら意味を履き違えていたらしい
「ああ、檜君は友人なんです。同じ高校に通っています。今まで料理していた母が亡くなったので、自分でもできるようにと思いまして。」
篠原さんは私の顔をじっと見る。
「文、こいつから何か聞いてる?」
素直なところは嫌いじゃないよ篠原さん。
「私と同じだと。両親が不在という意味で受け取りましたが」
「……そっか。実はな、檜君のお父さんが行方不明なんだ」
なんとなく想像できた。
「檜君のお父さんって教師でしたっけ?」
「うん。今年の4月の半ばから行方知らずなんだけど」
疑われているのか。たしかに行方不明の学校関係者なら捜査上の容疑者にあがるよな。
「いいえ。……お二方、あまり私の友達いじめないでくださいね?檜の目の下クマできてかわいそうですから」
「う、ばれてた」
バレバレだよ檜。
黙っていた湯本さんがちょいちょいと手招きする。
「何です?湯本おじさん」
「ちゃんと千里のやつは飯食ってるか?」
その問いに奈須さんががっくしとひざを落とした。
「湯本さん仕事中ですから、娘さんの心配しないでください」
そう、湯本さんは千里のお父さんだ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと今日はご飯食べて、シフォンケーキも食べました」
「そうか、事件につっこみすぎて家に帰れていないからな」
「昔みたいに完全に放置してたらすぐわかりますから、頑張ってくださいお父さん」
湯本さんが頷く。
「檜君、お父さんが戻ってきたら連絡よろしくね。何度も来てすまんが、お願いしますよ」
「わかりました」
「何、文ちゃんが事件に関わると解決するのが早いからもうすぐ来なくなると思いますよ」
おじさん、余計なことを。
二人が去ったあとに檜に問われた。
「アイちゃん、ぼく話してないよ親父が教師ってこと」
「ああしておいたほうが都合がいいと思っただけ」
調理時間中に話すネタができた。
一緒に作るメニューはそろそろ暑くなってきたので、カレーにしました。
「ひき肉で作るタイプかぁ」
「姉はシーフードカレーだから、いいかなって」
「うちは鶏肉使ってる。食べにくいけど手羽とかだと美味しくて」
このまま夕飯を一緒に作って食べて帰ろう。
「お父さん行方不明でいなかったんだね」
「うん。だからああやって刑事さんが来てくれて、食人鬼の事件と重なって、疑われてる」
「それで私のけものにしたんだ」
「ごめん」
理由がわかったので別に構わないよと答えた。
「お父さん探すのに3人で?」
「……違う。ぼくが不甲斐ないから、2人が傍にいてくれたんだ」
バンダナを巻いて、前髪を上げている檜を観察する。
もうほとんどなくなっているが、まだ微かにすれたような傷が残っている。
……なんか引っかかるな。
「そっか。持つべきものは友ってところかな」
「うん。アイちゃんそろそろ玉ねぎ以外も入れていいよ」
これぐらいになったら他の野菜を入れるのね。
「アイちゃんは、刑事さんと何で知り合ったの」
「湯本さんが千里のお父さんってのはわかったよね」
「うん」
今度は私が彼の質問に答える。
「千里はね、小学校からお父さんとお母さんの不仲で拒食症になっててさ。今こそ脚線健康美人だけど、昔は酷く痩せてて。中学で私と一緒に不登校してたの」
「アイちゃんが?」
「姉がいなくなったのを引きずっていてね」
当時、私もまだまだ幼かった。
「ああ、この子食べさせないと死んじゃうなぁって思って。そのために拒食症の原因になった不仲を何とかしようと考えた」
でも中学生になりたての子がやれることなんて限られている。
学校休んで、二人で毎日のように警察署に通った。
湯本さんの時間がゆるされる限り、一緒にお昼を食べた。
「湯本さんもね、娘が自分といるとご飯を少しづつだけどちゃんと食べるの見たんだ。離婚寸前だったけど、千里がなんとか拒食症で二人を繋ぎとめていることに気づいて」
ある日、私がガッシガッシとお弁当を食べている横で湯本さんが千里にきいた。
『お母さんのご飯うまいか』
『お父さんとお母さんのお弁当食べるから美味しい』
『そうか』
『でも、お母さんもここに加わったらもっと美味しいと思う』
しっかり聞いていた私は、その次の機会に私のお弁当を千里の母に作ってもらい、緊急事態といって千里母を警察署に呼び出した。
「娘と3人で食事して、娘の幸せそうな顔を両親ともに久々に見たって顔してたなぁ。何度も話し合いして、人を間にはさんだりもした。中学2年のときかな、千里の拒食症が治ったの。その関係で刑事さんに知り合いがいる」
「そっかぁ。あの湯本さんがそんなことあったんだ」
「まだ修復可能でよかったと思う。二人とも娘のこと大事にしていたしね。子はカスガイとは言ったもんだ」
千里がこれ以上壊れてたら、取り返しつかなかっただろうし。
「私が、人に対して努力するようになったのはその3人の姿を見たせいもある。家族ってああいう風に努力できるものなんだなって。うちは無理だったし、あきらめてた」
「……ぼくも、かな。お袋が病気で亡くなって、親父がおかしくなって、実は今いなくなってちょっとホッとしている」
「大丈夫、おそろい。おかしくもなんともないさ。それでも不思議なもので、つい懐かしくなったり、ちょっと後悔したりする」
「本当に、不思議だよね。でもアイちゃんもそう……なんだ」
答えずに、彼の背中をポフポフと軽くなでる。
「玉ねぎ目にしみたら、水で流すといいよ」
「うん」
男の人が泣いているところは苦手だ。
むしろ、他人が泣く姿は見るに耐えない。
夕飯の後、レシピノートを借りて西平高校の前まで送ってもらった。
「遠いのにありがとう。もうここでいいよ」
「何かあったらぼくいやだしねぇ。家まで送らせて」
「心配性だなぁ」
確かに西平から先の道は暗いのだけど。
そんなに心配する必要はないと思うのだ。
「でも、最高のボディーガードだ」
「ありがと、もうちょっと体格以外に性格とか直したいところもあるけどぅ」
明るい会話を交わしながら、
暗闇の中から手が伸びてきた。
いきなりすぎて、反応ができずに立ち止まる
「っ」
「檜?」
バチリと感電するような音がした。
檜の巨体が倒れこむのをなんとか支えようと手をのばし、手についた温かい液体。
「一手間かかったな」
何が起きたか判断する前に意識が飛ぶ。
あと数十メートルの距離。
家の灯りがすぐそこに見えていた。




