第2話 スキル2個って何ですか?(後編)
翌朝。冒険者ギルドに登録しに行くことになった。まずは着替えから——なんだけど。
◇
ちなみに、着替える時に「見るな」と全力で念じたら、コメント民の視界が遮断された。
『真っ白になった!』
『映像復旧しろ!』
『プライバシー保護機能とかいらん』
いや要るでしょ。トイレでも自動で遮断されるらしい。プライバシー機能、ちゃんとあるじゃん。
◇
王宮を出て、冒険者ギルドに向かう。
外に出ると、異世界の街が広がっていた。昨夜は暗くてよく見えなかったけど、昼間の街は活気に溢れてる。石畳の道に屋台が並び、獣耳の人や、ローブの魔法使い、ごつい戦士がうろうろしてる。
空は青くて、太陽は1つ(月は2つなのに太陽は1つなんだ)で、空気がきれい。
「リルア、行こっか」
「うんっ!」
リルアが嬉しそうに私の隣に並んだ。
そして、当然のように手を繋いできた。指と指を絡めるやつ。
「り、リルアさん?」
「だって、迷子になったら大変だもん」
「手の繋ぎ方がちょっと……」
「ダメ?」
上目遣い。うるうる。後光がしょんぼり。
「ダメじゃない! ダメじゃないです! 行こう!」
「えへへ」
すれ違う人たちが微笑ましそうにこっちを見てる。おばちゃんが「あらあら、仲良しねぇ」って。
「ひなたちゃん。なんだかカップルみたいだね」
「なっ……! カ、カップルって、リルア知ってるの?」
「さっきすれ違った人が言ってたの。"あの二人、カップルかしら"って」
「違うよ! ただの女神と勇者だよ!」
「女神と勇者って、カップルじゃないの?」
「じゃないよ!?」
「そっかぁ。ざんねん」
残念なの?
残念って言ったの今?
『カップルです(断定)』
『手の繋ぎ方が恋人のそれ』
顔が熱い。異世界の太陽のせい。太陽のせいだから。
◇
冒険者ギルドは、街の中心部にある大きな木造の建物だった。酒場みたいな雰囲気。扉を開けると、ガヤガヤと賑わってる。
受付カウンターに向かうと、栗色のポニーテールの女性が座っていた。
制服姿で姿勢がよくて、すらっとしてて、切れ長の目が知的で――。
あ、きれいな人。
「いらっしゃいませ。新規登録ですか?」
「はい。王宮からの紹介状があります」
紹介状を渡すと、受付嬢さんが目を通した。
「……R女神の召喚勇者。スキルは――"無料10連ガチャ"と"コメント欄"」
声に出して読まないでほしかった。周囲の冒険者が数人チラッとこっちを見た。
「エルナ・フォーチュンと申します。この支部の受付を担当しています」
「桜庭ひなたです。よろしくお願いします」
「桜庭さん。一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「"ガチャ"というのは……もしかして、毎日引けるタイプですか?」
……ん?
目の奥で何かに火がついたような。
「え、はい。毎日0時に10連が引けます」
「10連……!」
エルナさんの声が裏返った。事務的な仮面が剥がれて、別人みたいな表情になった。
「排出率は……?」
「N90%、R9.994%、SR0.005%、SSR0.001%です」
「0.005……! SR0.005……!」
エルナさんが両手でカウンターを掴んだ。身を乗り出してきた。近い。顔が近い。切れ長の目がキラキラしてる。
『なんだこの受付嬢』
『急にスイッチ入ったぞ』
「天井はありますか? ピックアップは? 期間限定は?」
「えっと、たぶんなくて……」
「天井なしの0.005%……。それは、ロマンですね」
「ロマンっていうか地獄っていうか」
エルナさんが咳払いをして、事務的な顔に戻る。……戻りきれてない。
「失礼しました。私事ですが、前世で……いえ、なんでもありません」
今「前世」って言いかけたよね?
エルナさんの目がほんの一瞬だけ遠くなった。懐かしいものを思い出してるような、それでいて少しだけ痛そうな目。
「あの、エルナさん。もしかして――」
「い、いえ! なんでもありません。忘れてください」
エルナさんが髪をさっと直して、姿勢を正した。受付嬢モードに戻ろうとしてる。……でも目の奥にまだ、さっきの熱が残ってる。
ソシャゲの排出率を聞いた時の食いつき方。「前世」という言葉。あの目。
この人、絶対に何かある。
でも今は追求しないでおこう。初対面で踏み込みすぎるのはよくない。ソシャゲーマーの勘が「この人は味方だ」と告げてるから、それでいい。
エルナさんの目がやわらかくなった。切れ長の目に、ほんの少しだけ親しみが滲んでる。
「……桜庭さん。排出率を聞いただけなのに、こんなに嬉しいのは初めてです」
「え?」
「い、いえ! 今のは忘れてください。と、とにかく! 登録を進めましょう」
頬がほんのり赤い。
この人、仮面の下にすごい熱量を隠してるタイプだ。
リルアの後光が、ちょっと暗くなった。
横を見ると、リルアがむぅっとした顔をしていた。
「……ひなたちゃん、あの人と盛り上がってたね」
「ガチャの排出率の話しただけだよ?」
「はいしゅつりつ……? 私の知らないお話で盛り上がってた……」
後光がさらにしょんぼり。
「リルアにも今度教えるから。ね?」
「……ほんと?」
「ほんと」
後光がじわっと戻った。嫉妬バロメーター、敏感すぎない?
◇
登録手続きが終わって、ギルドカードが発行された。
……灰色だった。
カード全体が灰色。背景も灰色。文字も地味。
ソシャゲのNカードと同じ配色。
「あの、エルナさん。このカード、色って選べます?」
「ランクに応じて自動です。Fランクは……その、灰色です」
「ですよね」
「ちなみにSSRランクの方は虹色に光ります」
「その情報は聞いてない」
レクトちゃんのカード虹色なんだ……。
リルアが私のカードを覗き込んだ。
「わあ、ひなたちゃんのカード!」
「灰色だけどね」
「でも、ひなたちゃんの名前が書いてある! 私の名前も! "所属女神:リルア"って!」
「……そこ喜ぶんだ」
「だって、ペアだよ? カードでもペアなんだよ?」
リルアが灰色のカードを両手で持って、きゅっと胸に抱えた。
……灰色でもいい気がしてきた。
エルナさんがそのやり取りを見て、柔らかい目をしていた。
……少しだけ、寂しそうな目でもあった。
「……桜庭さん」
「はい」
「その、毎日のガチャ結果なんですが。私にも教えてもらえませんか。データを……まとめたいので」
頬がほんのり赤い。
「いいよ、もちろん! ガチャ仲間だね!」
「ガチャ仲間……!」
エルナさんの目がキラキラ輝いた。事務的な仮面がまたちょっとずれてる。
「ありがとうございます。毎朝、楽しみにしていますね」
リルア(後光暗め)「……私も楽しみにしてるのに」
「リルアが一番だよ?」
後光復活。
◇
ギルドを出た頃には夕方で、空がオレンジ色に染まっていた。
宿に戻って、ベッドに倒れ込む。
異世界2日目。
スキルは2個。ランクはF。ギルドカードは灰色。
でも、ガチャ仲間ができた。女神さまは隣にいる。
悪くない、のかな。
「ひなたちゃん」
リルアが、もじもじしながら私のベッドの横に立っていた。
「あのね……お願いがあるの」
「うん」
「今夜も……一緒に寝ていい?」
「え? リルアのベッドあっちにあるよ?」
「あるけど……ひとりは怖いの。暗いと後光がしょぼくて余計に暗くて……」
リルアの後光をちらっと見た。ロウソク。確かにこれじゃランプにもならない。
「お願い……ダメかな?」
上目遣い。指先で私のシーツの端をぎゅっと掴んでる。
こんな顔されて断れる人間いる?
「……おいで」
「! いいの!?」
「いいよ。おいで」
布団を持ち上げてあげると、リルアがすごい勢いで潜り込んできた。
そしてすぐに私の腕にくっついた。
「えへへ……ひなたちゃんのベッド、ひなたちゃんの匂いがする」
「嗅がないでよ恥ずかしい」
「いい匂い。安心する匂い」
「……もう」
コメント欄が流れてるけど、「見るな」と念じた。
『また真っ白に――』
『おい大事なとこだろ!』
『プライバシーフィルター仕事しすぎ』
『視聴者はモヤモヤしてます』
騒いでるけど、知らない。
今は、二人きりがいい。
リルアが私の腕に顔を埋めた。銀色の髪が広がって、後光がふわぁっと柔らかく光る。
さっきまでロウソクだったのに、今は暖炉くらいの温かさ。
「ひなたちゃん」
「ん?」
「今日、鑑定でスキルが2個って言われた時……悲しくなかった?」
「うーん……ちょっとだけ」
嘘。ちょっとじゃなくて、すごく怖かった。
でもそれは言わない。
「ごめんね」
「リルアのせいじゃないよ」
「でも、セラフィーナちゃんのところは7個で……私のところは2個で……」
「リルア」
「……はい」
「昨日言ったでしょ。推しは性能じゃないって」
「うん」
「スキルが2個でも7個でも、リルアが私の女神さまなのは変わらないよ」
リルアが顔を上げた。
近い。すごく近い。
青い目がうるうるしてて、後光がぽわぽわ光ってて、唇がちょっと震えてて。
「ひなたちゃんは……すごいね。私、今まで誰にもそんなこと言ってもらったことない」
「そう?」
「うん。"Rだから"って、"どうせハズレだから"って、みんな見向きもしなかったの。でもひなたちゃんは……私を見てくれる」
「……見るよ。だって私のたった一人の女神さまだもん」
言った後で、ちょっと恥ずかしくなった。
リルアが真っ赤になった。
後光がぼわっと明るくなって、暗かった部屋が一瞬だけ昼間みたいに照らされた。
「わっ、まぶしっ!」
「ご、ごめんなさい! 勝手に光っちゃった!」
慌てて後光を抑えようとするけど、ぽわぽわ明滅が止まらない。
嬉しい時は光って、悲しい時は暗くなって、照れると暴走する。
感情ダダ漏れ後光。
「ね、寝よう! 明日は0時にガチャだし!」
「う、うん! ガチャ! 楽しみ!」
リルアが私の腕にぎゅっとしがみついて、目をぎゅっと閉じた。後光が少しずつ落ち着いていく。キャンドルくらいの光量。
ちょうどいい明るさだ。
……今日、鑑定室で感じた「怖い」は、まだ消えてない。
スキル2個で、この世界を生きていけるのか。ゲームの知識だけで、本当に戦えるのか。
わからない。
でも隣に、あったかい女神さまがいる。
それだけで、もうちょっとだけ頑張れる気がするのは、たぶん甘えだ。
でもまあ、今はいいか。
「おやすみ、リルア」
「おやすみ、ひなたちゃん。……明日も一緒だよ?」
「一緒だよ」
「……えへへ」
R女神の後光に照らされながら、異世界2日目の夜が更けていった。
明日はガチャ初回。
N90%。ゴミの山が来る。
でも、ソシャゲで3年間やってきたことを思い出す。
ゴミに見えるアイテムの中に、誰も気づいていない使い道を見つけること。それが私の戦い方だった。
低レア攻略の専門家は、低レアスキルで異世界を生き延びてみせる。
……たぶん。
おやすみ。




