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ガチャ爆死で異世界召喚されたけど、スキルが『無料10連ガチャ(99%低レア)』と『コメント欄』しかない ~ゲーム知識でがんばります~  作者: ころにゃん


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第5話 R女神の入浴事情(中編)

お湯の中で、何かが変わり始めていた。



体を洗い終わって、浴槽に入った。


広い。二人で入っても余裕がある。肩までお湯に浸かると、じわぁっと疲れが溶けていく。4日分の疲労が、全身から抜けていく感覚。


「はぁ~……」


「はぁ~……」


二人で同時にため息をついた。顔を見合わせて、ちょっと笑った。


リルアが隣に座って、私の肩に頭をもたれかけてきた。


湯気の中で、銀色の髪がお湯の表面に広がってる。後光が水面に反射して、きらきら揺れてる。


きれいだな、と思った。


「ひなたちゃん」


「ん」


「ねえ。前から聞きたかったんだけど」


「なに?」


「ひなたちゃんは……前の世界に、帰りたい?」


「…………」


帰りたいか。


考えたことがなかったわけじゃない。でもこの4日間、忙しすぎてちゃんと向き合ってなかった。


帰りたい場所が、あるだろうか。


6畳の自分の部屋。バイト先のコンビニ。誰とも喋らない教室。スマホの画面だけが光ってる、夜中の部屋。


「桜庭さんは一人でいる方が好きなんだよね」——クラスメイトにそう言われた時、否定しなかった。否定するのも面倒だったし、たぶん半分くらいは本当だった。


でも残りの半分は。


残りの半分は、ただ人と話すのが苦手だっただけだ。


「……あんまり」


「あんまり?」


「帰っても……待ってる人、いないし。バイト先の人は私の名前覚えてないし、クラスでは透明人間だったし」


言ってから、ちょっと後悔した。暗い話だ。お風呂で言う話じゃない。湯気のせいで口が緩くなってる。


でもリルアは、暗い顔をしなかった。


「……一緒だね」


「え?」


リルアが湯気の向こうでふわっと笑った。


「私も、待ってる人いなかったから」


「リルア……」


「私ね、配布女神なの。ひなたちゃん知ってるよね」


「うん」


「配布ってね、いつでも手に入るってこと。誰にでもつくってこと。だから……特別じゃないの」


リルアの声が、静かになった。後光がロウソクよりさらに弱くなってる。マッチの火くらい。


「別の世界でね、何人もの勇者さんのところに行ったの」


「え……何人も?」


「うん。配布だから。勇者さんが召喚されたら、最初に私がつくの。でもね——」


リルアがお湯の表面をそっと撫でた。指先から小さな波紋が広がっていく。


「みんな、すぐに他の女神さまと交換するの」


「……交換?」


「召喚して最初につくのは私。でも、冒険を始めてすぐに、もっと強い女神さまが来てくれるの。SRとか、SSRとか。そうしたら——」


リルアが笑った。笑ってるのに、目がぜんぜん笑ってなかった。


「『ありがとう、リルア。もう大丈夫だよ』って」


「…………」


「優しい人は、そう言ってくれたの。ありがとうって。でもそれって——」


「もういらないよ、ってことでしょ」


リルアが頷いた。


「優しくないひとは、何も言わなかった。気づいたら、別の女神さまがいて、私は女神の世界に戻されてた」


胸が、ぎゅっと痛くなった。


「何回?」


「……数えてない。数えたくなかったから」


リルアの後光が、消えかけていた。お湯の温かさの中で、リルアだけが冷たくなっていくみたいだった。


コメント欄が、珍しく静まり返っていた。


『……配布って、そういうことだったのか』


たった一行だけ、ぽつりと流れた。


「だからね……ひなたちゃんに『推し』って言われた時、すっごく嬉しかったの」


「リルア……」


「推しって、ずっと好きでいてくれるんでしょ? 交換しないんでしょ?」


「しないよ。絶対にしない」


「えへへ……」


リルアが私の肩に顔を埋めた。お湯の中で、小さな体がぎゅっとくっつく。


あったかい。


「ひなたちゃんのところに来た時ね、最初は……また交換されるんだろうなって思ってた」


「……うん」


「だってひなたちゃん、Rランクの女神なんて外れでしょって顔してたもん」


「してないよ!? ……してた?」


「ちょっとしてた」


「……ごめん」


「ううん。だって普通はそう思うよ。SSRが欲しいに決まってる」


リルアが顔を上げた。


濡れた銀髪が頬に張り付いてて、青い目がうるうるしてて、湯気の中で後光がかすかに揺れてる。


「でもひなたちゃんは、『推しは性能じゃない』って言ってくれた」


「……うん」


「『引いたカードで戦う』って言ってくれた」


「……うん」


「誰も——今まで誰も、そんなこと言ってくれなかった」


涙がぽろっとこぼれた。お湯に落ちて、波紋が広がった。


「だから私、決めたの。今度こそ、交換されないようにがんばるって」


「リルア。がんばらなくていいよ」


「え?」


「交換されないために頑張るんじゃなくて。リルアはリルアのままでいいの。私は——」


言葉が詰まった。


恥ずかしいことを言おうとしてる。わかってる。でも今、言わなきゃいけない気がした。


「私は、リルアがいてくれるだけで嬉しいから」


リルアの後光が、ぶわっと明るくなった。


マッチの火だったのが、一気にランタンくらいに。湯気が金色に照らされて、浴室全体がやわらかい光に包まれた。


「ひなたちゃん……!」


「わっ、まぶし——」


リルアが抱きついてきた。


お湯の中で。


裸で。


「ちょ、リルア——!?」


「うれしい! うれしいよひなたちゃん!」


ぎゅうっ。


やわらかい感触が全身に押し付けられた。滑らかな肌とお湯の温度とリルアの体温が混ざって、頭がぐるぐるする。


肩に顔を埋めてるリルアが、泣いてるのか笑ってるのかわからない。たぶん両方。


「リルア、ちょっと、離れ——」


バランスを崩した。


お湯の中で足が滑って、咄嗟にリルアの体を支えようとして——


手が、やわらかいものを掴んだ。


…………。


ふにっ。


「ひゃぃっ……」


リルアが、声を出した。


甘い声。耳のすぐ近くで。吐息みたいな、ちょっとだけ色っぽい声。


脳が一瞬で真っ白になった。


手のひらにある、やわらかくて、あったかくて、信じられないくらいやわらかい感触の正体を、私の脳は正確に理解している。理解してしまっている。


おっぱいだ。


リルアの、おっぱいを、掴んでいる。


「——————」


離す。今すぐ離す。手を離す。離すんだ私の右手。


——離そうとした。本当に離そうとした。


でも。


リルアが、離れなかった。


「…………リルア?」


「……っ」


リルアの肩が震えてる。私の手の上から、自分の手を重ねてきた。


離さないで、と言うみたいに。


顔を上げると——リルアの目が、いつもと違った。


青い瞳が潤んでて、頬が真っ赤で、唇がかすかに開いてて。


「ひなたちゃん……」


「り、リルア……? あの、手が……」


「わかってる……でも、もうちょっとだけ……」


リルアの声が震えてる。恥ずかしそうで、怖そうで、でもその奥に——何か別のものがある。


胸のやわらかさが、手のひらに密着してる。お湯の熱さとは別の熱が、リルアの肌から伝わってくる。心臓の鼓動が、手のひら越しに感じる。速い。リルアの心臓が、すごく速い。


私の心臓も、同じくらい速い。


コメント欄のことが、ふと頭をよぎった。


でも——


「見るな」って、念じた。


全力で。


プライバシーフィルターが完全遮断を起動する。10分。たった10分。


その10分が、今の私には永遠みたいに長くて、同時に短すぎた。



湯気が濃い。


二人きりの浴室。壁の魔法の明かりがぼんやりオレンジ色に揺れてて、リルアの後光がそれに混じってぽわぽわ光ってる。


コメント欄は遮断されてる。


世界に、私とリルアしかいない。


「……リルア」


「うん」


「手、離すよ?」


「……うん」


そっと手を離した。リルアが小さく息を吐いた。名残惜しそうな、でもほっとしたような。


向かい合ってる。お湯の中で。裸で。


リルアの鎖骨のあたりまでお湯に浸かってて、湯気越しに白い肩が見えてて、銀色の髪が水面に広がってて。


「……ごめん。事故だったんだけど」


「うん。事故。……でもね」


リルアが、もじもじした。


「……気持ちよかった」


「……え」


「えっと、なんていうのかな。びっくりしたけど……ぞわって、して……あったかくなった。ここが」


リルアが自分の胸のあたりを、お湯の下で押さえた。


「怒ってない?」


「怒ってないよ。だって……ひなたちゃんだもん」


ひなたちゃんだから、いい。


その言葉に、胸の奥がきゅっとした。


それは友達だからいいのか、パートナーだからいいのか、それとも——


「ひなたちゃん」


「……なに」


「さっき私が泣いた時、抱きしめてくれたよね」


「うん」


「あの時もね、胸がぎゅってした。嬉しくて、あったかくて。……でもさっきのは、それとちょっと違った」


リルアが、自分の頬に手を当てた。赤い。お湯のせいだけじゃなく。


「……なんだろう。お腹の下の方が……きゅうってなった。知らない感覚」


「っ——」


その言葉を聞いた瞬間、私の体にも同じ熱が走った。


知ってる。この感覚を、私は知ってる。前の世界で、夜中に、一人で——


違う。今は違う。目の前にリルアがいる。


「……リルア」


「うん」


「私ね、リルアのこと……」


言葉が出てこない。喉が締まる。


代わりに、体が動いた。


お湯の中で、リルアの肩に、そっと触れた。


濡れた肌が、するりと指の下を滑る。お湯よりも熱い体温。


「ひなた、ちゃん……?」


リルアが目を見開いた。でも、逃げない。


青い瞳が、まっすぐ私を見上げている。湯気の向こうで、後光がぽわっと明るくなった。


——胸の奥が、ぎゅっとなった。


それが何の気持ちなのか、もう自分でもわかってる。たぶん、リルアも。


「リルア」


「うん」


言葉にならない何かを、ふたりで交わした、気がした。

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