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最高と最低に。

作者: 万里

 私の趣味は、本屋に通うこと。

 本が好きなのだということもある。小説はもちろん、雑誌や漫画でも何だって読む。それ以上に、本屋という空間が好きなのだ。本に囲まれたその静けさは、他の場所とは異なった雰囲気がある。

 本屋には週5回通う。それだけ通ってれば店員さんにも顔を覚えられるわけで、よく本の話もする。でも、何よりおば様方が好きなのは、世間話だ。

「もう、中学3年生なのね。年が過ぎるのは早いわ。私たちも年をとったのね」

 ちなみに私は小4の頃から通い続けている。確かに時が過ぎるのは早い。私ももう中学3年生だ。

 とりあえず分かってほしいのは、私はそれだけ本屋が好きだということだ。


 なのに、ここまで最低なことがあるだろうか。せっかく本屋にいるのに。今日は、人生最大の嫌な日だ。

 悲しいとかそんなものじゃない。吐き気がする。

 なぜ、竹内祐二がいるのだろう。ありえない。今まで3年間、一度も本屋で見かけることはなかった。嘘だと思いたい。

 竹内祐二は、同級生で家が近所で幼馴染だ。でも、大嫌いだ。ことあるごとに突っかかってきて、しかもとんでもないバカだ。学校では、体育以外全然ダメだ。頭を開けて、脳を見てみたい。開ける前から分かっている。あいつの脳は、ツルピカだ。

 だが、腐れ縁というものだろうか、幼稚園から中学校までクラスがずっと一緒だ。こうなると本当に先生を恨む。あいつのせいで、授業は進んでいない。あいつ1人のせいと言ったら、少しひどいかもしれないが・・・・・・。いや、あいつが悪いのだ。

 そんな奴が本屋にいる。あまりに場違いだ。漫画を買うのか?中3の男子は餓鬼だから漫画を買うかもしれない。

 でも、それは無い。いつだったか、自分の母親とあいつの母親が玄関先で話しているのを聞いたことがある。

「祐二ってば、どんな本も読まないんですよ」

「そうなんですか。やっぱり漫画とかを読むんでしょう?」

「いいえ。漫画さえ読まないんです」

 何でも、直ぐ飽きるからだそうだ。読む気ゼロらしい。本屋なんて、来ることは無い。でも、来ている。

 私もそれなりに興味関心はある。普段行わないことを、唐突に始める人間にはとても興味がある。それがその人の本質だと分かるからだ。

 本棚の横から顔を出して、祐二を探す。視界に捕らえたが、それが祐二だと決め付けることができなかった。

 目をこすって見てみる。少し高めの背、くせの目立つ短い毛、左足にだけ重心をかける立ち方、確かに祐二だ。だけど、信じたくない。

 祐二はなぜそこに立っているのだろう。

 そこは、高校入試の参考書のコーナーだ。


 祐二は、先生に怒られるたびに言っていた。

「勉強なんて絶対役に立たない」

それだから勉強ができないのだ。

 せっかく有賀君が親切に「勉強教えてあげようか」と言ってくれたのに、それも断っている。有賀君も呆れているだろう。

 有賀君は、スポーツ万能で勉強もでき、クラス委員を務め、おまけに誰にでも優しく周りからの信頼も厚い、いわゆる完璧人間だ。第一志望の高校は、県内でもトップクラスの進学校で、先生達の期待も高い。彼氏にはこんな人がいいもんだ。お分かりの通り、私の片思いの相手だ。

 そんな彼の誘いを断っただけではなく、「そんなに勉強好きなのかよ」と鼻で笑ったあいつを、許すことはできない。あいつは勉強しなさすぎなのだ。今に「最低ランクの高校にも行けません」と言われて泣いていろ。

「高校生活は大いに満喫する」

なんて言ってたが、叶いそうもない夢だと諦めてしまえばいいのに。

 でも、今となってやっと己の実力を思い知ったのだろうか。勉強しなければ、高校に行けない。今更勉強したって、どうにもなるものじゃない。

 もう一度覗いて見る。かろうじて、表紙に書いてあった文字が見えた。

 『中学校問題集英語』『高校入試問題数学』・・・・・・。

 何冊も何冊も左腕に抱えている。ずいぶん重そうだ。

 だけど、何で勉強する気になったんだろうか。


 人間の真意って分からない。祐二だけに限らず、なぜ毎年毎年受験生は参考書に群がるのだろう。第一、こんなものを作ったのはどこのどいつだ。それよりも、勉強をし始めたのは・・・・・・、きりがないので止めよう。

 本屋に通いつめている私だが、一度も立ち寄ったことがない場所、それが参考書のコーナーだ。

 なぜこんなのを読む気になれるのだろう。おかしいと思う。参考書なんて、有賀君が手に取ったものでも絶対に触らない。私の中の恋する乙女にも打ち勝った参考書。ある意味すごいではないか。

 言っとくが、私はそこまで無理をして高校に行こうなんて思っていない。高いレベルを目指すなんてとんでもない。授業を受けていればそれなりに知識はついてくるのだから、それに合わせて高校を選べばいい。

 有賀君と同じ高校を目指そうとも思ったが、諦める。勉強すれば狙えないこともないが、相当努力が必要らしいから、そんなことなら行かない。

 私の欠点は、嫌いなことはやらないことだと思う。

 でも、みんなそうだと思う。みんなみんな、嫌なことはしたくない。

 こういう時だけ、祐二と気が合う。祐二も努力はしないタイプだ。

 そう思っていた。だから、信じられない。好きな人でもできたか。いや、あいつは他者への興味関心はゼロだ。あの母親に叱られたか。でも、それくらいで折れるやつではない。

 ずっと観察していると、祐二はどこかへ行ってしまった。帰ったのかなと思っていると、店員さんを連れて帰ってきた。

「これとこれ、どっちの方が役に立ちますかね」

参考書を両手に持って店員さんに聞いている。その表情から、かなり真剣さが伝わってくる。

「えらいわねぇ。受験勉強するなんて」

「・・・・・・目指しているところがありますから」

伏し目がちに言った。

 あいつには目指しているところがあるのか。

 私はなんだかとても悔しい気分になった。初めて祐二の下に立った気がした。


 私はあいつと同級生で近所に住んでいて、さらに幼馴染で、だけど一度も負けたことはない。祐二ほど子供でもない。小さい頃、よく祐二の面倒を見ていた。そうでもしないと、あいつはしっかり物事を行うことができなかったからだ。

 それなのに、今はどうだろう。自分で道を決めた。

 腹立たしい。祐二より下というのは、屈辱でしかない。

 それどころか、そんな祐二をかっこいいと思ってしまった。今まで思う必要性がなかった言葉の出現に、心が乱される。

 私は何もしてない。

 そう思いたくない。私は祐二の上に立っていた。ずっと今までそうだった。これからも変わらないものだと思っていた。

 だから、悔しい・・・・・・。


 決めた。

 私も出来るだけのことをやってみよう。

 目指すは有賀君と同じ高校。目指せないところではない、頑張れば。一緒の高校行って、片思いを続ける。いつか隣に並びたい。

 頑張ってみよう。

 あと受験まで一年もない。やらなければならないことがたくさんある。今から取り戻さないといけないのは、きついかもしれない。

 でも、諦めるのはかっこ悪い。

 頑張ろう。


 多分、分かっていると思うが、言っておく。

 私が頑張るのは、有賀君と同じ高校に行くためだ。


 決して、祐二に負けたくないからじゃない。

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