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三度目の男

 一瞬だけ目を閉じたはずだったのに、ガラス戸の向こうに薄っすらと雪が積もっていた。冬だ。空は一面に雲で覆われていて、昼なのに薄暗い。

 よく見ようとガラス戸を開け庭に出ると、門の所に男が立っているのが見えた。客だ。呼んでないのによく来る客だ。

「こんにちわ」

 眼鏡の男は愛想よくそう言って近づいてきた。

「なんでまた来るんですか…」

「いや僕も来ようと思って来てる訳しゃないんですよ。でも気がついたらここに来てるんです。」

 男は人懐っこく笑った。俺は溜息をついて、縁側に座るよう促した。残念ながら今回はちゃんと客だ。追い返すことはできない。

 しばらく二人で並んで腰掛けて何を話そうか考えた。こいつに関しては俺は部外者じゃないと思う。

「なんか…人殺したそうですね。」

「え?ああ、そうですね。」

 男は軽い調子で頷いた。

「何人殺したんです?」

「そんな大した人数じゃないですよ、数人です。」

 男は笑顔を絶やさない。やだな、深入りしたくないな。

「そうてすか…ところでなんで俺を轢いたんです?」

「轢いてませんよ。そこは訂正させて下さい。あなたが勝手にひっくり返っただけですよ。」

 まぁ正直に言うと俺も轢かれた記憶はない。

「じゃあなんで人の車勝手に持っていったんです?俺が困るのわかってたでしょう?」

「そこはあんまり興味がなくて。」

 男は照れたように笑った。照れる意味がわからない。

「あの時の僕は家に帰ろうとしてたんです。不思議な話ですよね、家に帰れば捕まるに決まってるのに…あの、最初から話していいですか?なんか無性に話したい気分なんですけど。」

 聞きたいような、聞きたくないような気がする。でもたぶん、これを聞くのが俺の仕事だ。俺は渋々頷いた。


 僕はね、たぶん人より性欲が強いんです。…そんな顔しないで下さいよ。大事なことなんで…僕だって多少の後ろめたさはあるんですから、少々の言い訳を交えさせてください。

 まあとにかく、あのウロ山の近くに父方の本家があるんですよ。盆と正月は家族で泊まりに行ってました。と言っても僕と歳の近い子がいなくて毎回退屈でねぇ、よく一人でウロ山を探検してたんですよ。大きい山ですから道をちょっと外れると丸一日人と会わずに遊べるんですよ。岩の上で寝てみたり、野池の魚に石投げてみたり、僕なりに田舎を楽しんでました。田舎まで来てゲームをするのは邪道だって思ってましたしね。

 それで、十五の時もそうやって一人で山の中にいたんです。受験生だったけどここにいる間は一切勉強しないって決めてて、でも他にやることもなくて苛々してたんです。言い訳ですけど。

 で、暑いしそろそろ帰るかと思ってたら女の子が話しかけてきたんです。「なにやってんのー?」って。見たことのない低学年ぐらいの子で、最初お化けかと思いましたよ。でも話したら普通の子だったんで、もうほっといて帰ろうとしたんですよ。そしたら「一緒に遊ぼう」って。

 面倒だなあと思いながらその子が喋るのを一通り聞いて「あれ何?」とか「あっち行こう」とかにも散々付き合って、もういいだろうって帰ろうとしたら、そいつ地面にひっくり返って泣き叫び始めたんですよ。手足もバタバタさせて、もうこいつ頭おかしいのかと思って、とりあえずうるさかったから馬乗りになって口を塞いだんです。そしたら手に噛みついてきたから首を締めたんです。そしたらぐったりしちゃったんで殺しちゃったって思って放心してたら、割とすぐに目を開けたんですよ。良かったと思って話しかけたら、視線は合うけど返事をしなくてね。口を半開きにしたまま真っ黒い目で僕を見上げてて…なんだか、すごく色っぽかったんです。

 言っときますけど僕はロリコンじゃないです。子供に興味はありません。でもなんだかその時は、すごくドキドキしましてね。気がついたらまた首を締めてました。苦しそうな顔をしたらすぐに手を緩めて、こっちを見たらまた締めて、とにかく大事に大事に殺さないように首を締めてたんですよ。むちゃくちゃ興奮しました。こんな楽しくて気持ちいいことは他にないってぐらい夢中で首締めてたら、いつの間にか死んじゃってました。そりゃそうですよね。

 さすがにこれはヤバい思って色々考えたんですけど、中学生だし、穴を掘る道具もないし、車も免許もないし、捕まるのは絶対イヤだしってことで、女の子を死体を野池に捨てたんです。近かったんで。

 そうやってから本家に戻って夜は宴会に付き合って寝ました。それで次の日最初からの計画通り家に帰りました。家に帰ってから親にあの辺りで女の子が行方不明になっているけど見なかったかって聞かれました。俺は見てないって答えて、この件はそれきりです。それで終わったと思ってました…長いですか?

 男は苦笑しながら俺を見た。

「長いっていうよりも、内容がひどい。」

「すみません、でもこれ、繋がってるんですよ。」


 まあとにかく、僕はその後高校に行き大学に行き資格に受かって働き始めました。何年かして仕事にも慣れてきた頃、一人の女性の猛烈なアピールで付き合い始めました。最初から怪しいことは気付いてたんですよ?喫茶店でわざと水をこぼされたり。偶然何回も町で会ったり。ただ金持ちだと思われてる職業なんで、まあ金目当てなんだろうと思って気にしてなかったんです。

 それで付き合い始めたのに、どう考えても彼女、僕のこと好きじゃないんですよ。口では好きだとかいうくせに、触ると無茶苦茶嫌そうなんです。正直僕そういうの大好きなんですよね。もう堪んないっていうか。それでプロポーズしてみたら彼女泣いちゃってね。でもどう見ても嬉しくて泣いてるってわけじゃないんです。面白いなーと思って見てたらそのまま帰っちゃって。しばらくしたら急にドライブに誘われたんです。結婚前に一緒に行って欲しい場所があるって。

 当日彼女は運転中ほとんど喋らなくてね、どこ行くのかって話しかけてもこっちを見もしないから、諦めて助手席でウトウトしてたんですよ。そしたらいつの間にかウロ山の近くにいたんです。もう日は傾きかけてました。

 急に彼女が喋り始めましてね、自分には歳の近い従姉妹がいた、十歳の時あの山で殺されたんだって言ったんです。殺したのはあなただって。証拠あんの?って聞いたら夢で本人から聞いただって…それはちょっとねぇ、無理があると思いません?

 車は問答無用でウロ山の中に入って行って、人けのないところで止まりました。そこで彼女は言うんです。あの子の死体はまだ見つかってない、でもこの山のどこかにある筈だ、言え!ってね。証拠もないのに。

 随分長い事責められた気がします。言ってることは支離滅裂なんですよ。本当は信じたい、でもあの子が許してくれない。こんな事になるとは思ってなかった。あなたは優しい、でも怖い。結婚したい、でも許される訳ない、辛い。

 デモデモデモデモ、うるさいんですよ。頭痛がしてきて車の外にでたら追いかけてきて、遺体さえ出てこればみんな納得する、場所だけでもを教えてって縋り付いてきたんです。

 思わず振り払ったら、彼女地面に倒れて…スカートが捲れて白い足が見えた時、思ったんです、前と一緒だなって。

 彼女の首を締めて殺した後、懐中電灯の光が近づいてきました。彼女の名前を呼ぶ声と、車がある!って叫ぶ声と…急に怖くなって僕はその場を逃げ出したんです。後ろから怒鳴り声と追いかけて来る足音が聞こえたんで、しばらく必死で走りました。十年以上も来てない暗い山です。方角すらわからないまま走って走って…向こうの方が明るいぞと思って藪の中に飛び込んだら、ここの家の裏庭にでたんですよ。


「あ、ここ?」

 急に舞台が繋がってびっくりした。

「えーとつまり、ウロ山ってここの裏山のことですか?」

「たぶん違うと思います。この辺の景色は全く知らないので。それに夜中ずっと山を走ったというのも体力的に無理があると思うので、ワープでもしたんじゃないですかね。」

 ワープってそんな、ゲームじゃないんだから…

「じゃあ偶然俺を見つけて、ヒッチハイクしたんてすか?」

「そうですね、その時は家に帰らなきゃって思っていたので。…でも車の中で財布を拾って、僕の荷物は全部彼女の車の中だって思い出したんです。」

「ほう」

「それでどうしようと思ってたらホームセンターが目に入って、とりあえず下着が汚れてて気持ち悪いから着替えようと思って。」

「はあ」

「服を買ってトイレで着替えて、車に戻ろうと思ったら誰も乗ってなくて丁度いいなって。」

「待って、それ買ったのって俺の金?」

「他になかったので。」

 男は全く悪びれずに言った。そうか、こいつに倫理観を求めても無駄だった。

「…続けて。」

「その時もまだ僕は家に帰ろうとしてたんですよ。ここから逃げて、安全な自分の家に帰らなきゃって。でも車を走らせてるうちに、家がどっちの方向かも知らないって気づいたんです。しかも帰った所で警察がいるに違いないって。もうどうしたらいいのかわからなくなって、しばらくコンビニの駐車場にいたんです。で、ふと助手席を見たらロープがあったんですよ。レシートによると僕がホームセンターで服と一緒に買ってました。全然覚えてなかったけど、見てたらなんか、そういうことだよなって思って。」

「…それで?」

「人けのない所へ移動して、首を吊りました。自分で自分の首を絞められたら良かったんですけどね。それはさすがに無理だと思ったんで。」

「そう…その後またここに来たのはなんで?」

「その後?今のことですか?」

「いや今じゃなくて…俺にビームで倒されたこと、覚えてない?」

「ちょっとよくわかんないです。」

 とぼけているわけではなさそうだ。となるとアレは人間じゃなかったのか。まぁあからさまに人ではなさそうではあったな。

 縁側で足をブラブラしながらしばらく待った。寒そうなのに息が白くならないのはつまらんな等と思ったりしながら、もうしばらく待った。

「…で?」

「はい?」

「一通り喋ったんだから、成仏するなり地獄に落ちるなりしないの?」

 男は困った顔で首を傾げた。

「それ自力でやるんですか…?」

 あれ?あれは自力じゃないのかな…俺が何もしてないのは確かになんだけど。

「成仏、できるならしたいです。よろしくお願いします。」

 男は俺に向かって頭を下げた。よろしくされてもなー。てか成仏とか図々しいな。

 その時突然冷たい風が吹いた。庭に目をやると暗闇にいくつかの赤い光が浮かんでいる。いつの間にか夜になったらしい。

「…何ですか、あれ。」

 男の顔が少し強ばっていて、思わず顔がニヤけた。

「輪郭から察するに、人だね。」

「人…怒ってるように、見えますね。」

 俺はもうニヤニヤが止まらない。

「そうだね、あんたのことを恨んでんじゃない?」

「いや、まさか…あんなに多いわけないですよ。」

「殺したの本当に二人だけ?」

「そりゃ、何人か攫って首絞めたりレイプしたりしましたけど…殺してません。ヒッ」

 男の悲鳴に俺は声を上げて笑った。

「アハハ、増えたね!あれ生きてる人も混ざってるよ、よっぽど恨まれてんだね!」

「そんな…生きてるなら別にいいじゃないてすか!」

「いいかどうかをお前が決めるな。」

 暗闇から憎しみの目を向けているのはざっと二十人ぐらいか。老若男女、色々な人間が目から血の涙を流している。

「お前が滅茶苦茶にした人間もな、誰かにとっちゃ大事な娘だったり孫だったり従姉妹だったりしたんだよ。あと殺していいのは一人だけだからな?しかも殺したら速やかに自分も死ぬのがルールだから。」

「知りませんよ、そんなルール!」

「それこそ知らんがな。」

 男は立ち上がって逃げようとしたが、庭はすでに赤い目で一杯だった。増えてる。後ろには俺もいる。笑っちゃうね、こいつにはもう逃げ道はない。

「助けて…助けて下さい…」

 男が俺の足に縋り付いた。

「それ、女もお前に言ってなかった?」

「助けて下さい…助けて下さい…」

 男はうずくまって動かなくなった。つまらん。俺は男の襟首を掴むと庭にぶん投げた。

 男の悲鳴と何かがボキボキと折れる音が聞こえる。俺は手を叩いて大笑いした。面白くて面白くてたまらなかった。笑いすぎてでた涙を拭うと、庭は元の灰色に変わった。夜から曇天の昼間に戻ったらしい。つくづくここの時間の流れは適当だ。

「あーあ、面白かったのに。」

 男も、血の涙を流す人達も、きれいさっぱり消えてしまった。つまらないな。

「悪魔みたいね」

 女の声に目をやると、庭の隅に黒猫がいた。あの猫は姉なんだって、笑える。

「俺、やっぱり頭がおかしいのかな?」

「そうかもね」

「あなたの息子は俺を神だって言ってたよ?」

「そうかもよ?」

「俺は…俺こそが、迷子なんじゃないの?なんで俺は成仏できないの?」

「死んでないからよ。」

 唇が震えてうまく言葉が出ず、代わりに涙が落ちた。

「じゃあ、ころs…」

「ばーか!」

 姉が優しく言葉を遮った。

「あんたがあんたを見つけるまで、迷子は迷子のまんまよ?」

「ひど…ひどいよ、いっこちゃん…」

「ひどくないの、そういうものなの。」

 喋り方は泣けるほど優しいのに、内容はちっとも優しくない。

「いっこちゃんは…そばにいてくれる?」

「しばらくならね。」

 やっぱり優しくない。こういう時は嘘でもずっと一緒って言うもんじゃないの!?

 目をゴシゴシ擦って顔を上げると、猫の姿は消えていた。だからぁ!優しくしてって言ってんじゃん!

 庭をウロウロしても猫の子一匹でてこなかった。諦めて宿の玄関に立つ。半死半生の宿と書かれた大きな看板がかかっている。

 ここは俺の居場所、俺の牢獄、俺の妄想。

 ここは半死半生の宿、迷子たちがくるところ。

 いつかどこかへ、帰れますように。





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