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因習村?

 目を開けると黒猫がこちらを覗き込んでいた。

「おはよ」

「…おはよ」

 とりあえず返事をして辺りを見回す。見慣れた宿の畳の部屋だった。懐かしの我が宿。

「ねえ、お願いがあるんだけど。」猫が言った。

「…いきなりですね。」

「今度またあの子が来たら、ちゃんと私に引き合わせて欲しい。」

 よくわからないのでとりあえず起き上がった。

「あの子とは?」

「ニコ。あのゴールデンレトリバーの。」

 脳裏に満面の笑みを浮かべた金色の犬が浮かんだ。ああ、あの子は実在っぽいよな。なんか突然現れてすぐどっか行ったけど。

「えっと…あの犬はまだ生きてるんだよね?」

「失礼ね。まだまだ生きるわよ。」

「死んだらここに来る?」

「呼んでって言ってんの。」

「俺が?」

 猫は当然だろという顔で俺を見た。

「…客は勝手に来るもんであって、別に俺が呼んでるわけじゃないんだけど。」

「そうなの?じゃあ私が呼ぶからちゃんともてなして。」

 さすがにちょっと苛々するな。

「あのさあ、わかるように喋ってくんない?俺は記憶喪失の上に病気の疑いもあんの。頼むから全部最初から説明して?まずなんで猫が喋ってんの?」

「えー、そこからぁ!?」

 猫は面倒くさそうに後ろ足で耳を掻いた。

「猫が喋る理由はー…そりゃ、死んでるからでしょ。」

 え、そうなの?驚いて猫を見るが死んでいるようには見えなかった。試しに触ってみようと手を伸ばすと、するりと逃げられた上に睨みつけられた。

「触んないでよ。」

 言い方にすごくトゲがある。

「すみません…えっと、じゃあ成仏待ち?あ、お客さんだったんだ。」

「客でもあるしー、里帰りでもある。ここ、私の実家だもん。」

「じっか」

「そうよ。なんであんたお姉ちゃんのことわかんないの?」

「おねえちゃん?」

「なに?」

 猫が俺のお姉ちゃん?つまり俺も猫?

 固まっていると黒猫は盛大に溜息をついて話始めた。猫の溜息は鼻から出るんだな。

「元々ここは両親と私とあんたの四人で住んでたの。でもあんたがまだ小さい時に両親は死んじゃったの。それでまぁ、色々あって私は就職して結婚して陽斗を産んで、死んだの。」

「端折り過ぎだよ…つまりあなたは…一回死んで、猫になって、また死んだってこと?」

「そういうことね。」

 猫は軽い感じで頷いた。猫が姉かぁ…

「あの、甥っ子は?陽斗は親が猫になってるって知ってんの?」

「知る必要ある?あの子の母親はもう死んでるよ。」

「いや、親子の情とか…」

「全くないわけじゃないけど、あの子は父親もちゃんといるし伯父さんもかなり面倒見てくれたしねぇ…ちゃんと育ったみたいだしいいんじゃない?」

「え、陽斗って父親いるの?生きてんの?」

「いるよ。住んでんのは町の方だけど。」

「俺、陽斗しか身寄りがないって聞いた気がするけど、伯父さんもいるの?」

「伯父さんは少し前に死んでる。えっとねー…ここが村だったっていうのは覚えてる?」

「覚えてないけどみんなここを村っていうね。でも今は市なんでしょ?」

「そうそう。かなり前に吸収合併されてとっくに宮山村の名前は消えてるんだけど、住んでる人間にとっちゃまだ村なのよ。村の中・外の意識が強いから外の人間はカウントしないことがあんの。」

「え、ひょっとしてここってヤバい村?外から来たやつは殺す的な?」

「昔はね……なんて冗談だってば。」

 猫の冗談は真顔だからよくわからない。

「実際はうちの財力を当てに集まってきた奴ばっかりの村よ。」

「財力って、うち金持ちなの?」

「かなりね。だから多少の法律違反なら見逃してくれるよ。」

「えぇー…嫌だなそういうの…」

「そういう家に生まれたんだから仕方ないでしょ。」

 猫の言い方は言い慣れていて、なんだか母親味があった。

「現実味があるなあ。」

「そうね、現実はそんな感じ。でもあんたにはあんまり関係ないでしょ?」

「そうかなぁ……って、誰か来たね。」 

 何者かが山を登ってくる気配がする。

「あれはミエコね。わざわざこんなとこまで、ご苦労なことで。」

「ミエコって誰?知り合い?」

「村の子。今は看護師やってるはず。前も来てなかった?」

「あぁ、あの子か。何の用だろ。面倒くさいな、居留守使おうかな。」

「別に悪い子じゃないわよ。ちょっと玉の輿に憧れてるだけなんじゃないかな。」

「えぇー…余計嫌だ。」

「贅沢言わないの。あんた、あの子以外で生きてる若い女の子と知り合う機会ないわよ。」

「どういうこと?!」

「だってあんた半分しかこの世にいないんだから。」

 姉の言葉に頭を殴られた気がした。わかってる。わかってた。ここは半死半生の宿、管理人だって半死半生だ。

「それは…大変だな。」

 俺は立ち上がり、靴を履いて玄関を開けた。すでに玄関の二メートル手前まで来ていた女がビクリと立ち止まった。

 地味な女だ。でも若い、二十代前半ぐらいか?今日も一升瓶を抱えている。

「あ、どうも…お元気…そうですね。」

 女の笑顔は引き攣っていた。それを見た瞬間、俺の中で何かのスイッチがはいった。

「いやーどーもどーも。こんな山の中まで恐縮です!今日はどうなさいましたか!?」

 揉み手をせんばかりの勢いに内心自分でも引いている。引き篭もりは加減ってものを知らないんだから…

「あ、えと、ご機嫌伺いと申しますか、あの、陽斗に聞いても大丈夫としか言わないんで…」

「ご機嫌伺いですか!元気ですよ私は!さあ、どうぞ中に入ってください。今お茶をお淹れしますね!」

「あ、いえ、私はここで…」

「あぁこれは失敬!一人暮らしの男の家なんて不安ですよね!ではこちらへ、ささっ、どうぞ!」

 急いで庭からガラス戸を開け、縁側を差した。女は恐る恐るといった表情で縁側に浅く腰掛けた。怯えているようなので充分な距離をとって俺も縁側に腰掛ける。お茶は淹れてる間に逃げられそうなのでやめることにした。

「あの、これ…院長からです。手紙も入ってますので、よろしければ。」

 風呂敷で巻かれた一升瓶には白い封筒が刺さっている。でもそんなことはどうでもいい。

「これはこれは!結構なものを頂きまして。院長さんにも御礼をお伝え下さい。」

「はい…あの、お身体はお変わりないですか?何度か病院からご連絡さしあげてるんですが、陽斗にブロックされてるようでして。」

「お身体は大丈夫ですよ!記憶の方は、まぁ、なんとなくわかってきた所です。」

「そうですか。差し支えなければ一度病院の方に来られませんか?院長も挨拶したいと申しておりまして。」

「いやいや、院長先生に診てもらうほどじゃないですよ。」

 俺の言葉に女は曖昧に笑った。あ、これは違うやつだ。

 少し気まずい沈黙が流れた。

「あ、あの、礼の犯人が捕まったって聞きました?」

「あ、はい。そうみたいですね。」

「ご存知でしたか…実はあの男、他に何人も殺してるらしいってのは聞きました?」

「いえ。そうなんですか?」

「ワイドショー情報ですけどね。もう大騒ぎですよ。そんな奴がここら辺まで来たなんて怖いですよねー。おや…宮山様は大丈夫でしたか?」

 おや?

「俺は大丈夫でしたけど…あ、いや、しばらく意識不明だったんですよね。」

「あー、あれは意識不明っていうより寝てるだけって感じでしたけどね。休みの日のお父さんみたいに本当はちょっと起きてるけど絶対に起きないって決めてるみたいな…あ、すみません。」

 女はうっかり喋りすぎたたいう風に口を押さえた。ちょっと可愛いかもしれない。

「ははっ、普段からよく寝る方なので、それでかもしれませんねー。」

 二人とも笑顔のまま一瞬目があった。これはいい雰囲気なのてはなかろうか。

「み、ミエコさんは殺人鬼がうろついてるって時は怖くなかったですか?お住まいこの辺なんですよね?」

「いえ、私は病院の近くで一人暮らししておりますので…」

 あ、やべ。前にそんなこと言ってた気がする。

「実家のままだったらきっと外に出してもらえなかったと思いますー。実際人いなさ過ぎて怖いですしね。街灯も少ないし。」

「そうですねー」

 知らんけど。

「宮山様もお一人で寂しくないですか?」

 ミエコは俺の顔を覗き込むようにして笑った。なんだかオフェンスが始まった気がする。

「いえ、俺は…」

「いつでも呼んで下さいね。私は村の人間てすから。」

 笑顔が肉食系で怖い。とりあえず笑って誤魔化していると、ミエコはまた来ると言って帰っていった。それを愛想笑いで見送った後、一気に疲れて縁側に倒れ込んだ。

「…何やってんの?」

 頭の上から心底馬鹿にしたような猫の声が聞こえる。これは間違いなく姉の声だ。弟を叩きのめすことに特化した姉の声。

「あんなんじゃ嫁どころか茶飲み友達も無理よ?」

「どうしたら…いいんですか…?」

「知らない。」

 この取り付く島もない感じ、知ってる。人間の姉の姿は思い出せないが、この冷たさは身に覚えがある。

 しばらく自分の無様さを反芻してジタバタした後、ミエコが置いていった一升瓶を手に取った。刺さっていた院長からの手紙を読む。

「なんて書いてるの?」

「病院を改修したいから金よこせってさ。お前の親父は出してくれたぞだって。」

「放っときなさい。」

「これさ…大金を出す代わりにあの子が俺専属の看護師になるとかにならないかな?」

「きっも!」

 猫は大声で言うと俺を威嚇した。

「きもい!あんたそんなこと言うキモエロおやじになっちゃったの?いっこちゃんいっこちゃんって言ってた可愛い子はどこ行っちゃったのよ!?」

「いっこちゃん?」

「うるさい!もうがっがりだわ!馬鹿!」

 猫はそう言うと台所の方へ消えて行った。

 馬鹿とかエロおやじとか神とか、人を好きなように呼びすぎじゃないだろうか。一体どれが事実で、どこまでが現実なのか。

 なにもわからない

 目を閉じると闇の中に体が浮かんだ。

 ここは半死半生の宿。迷子たちがくるところ。たぶん。




明日で完結です

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