怨念がおんねん
「何しに来たんだ。」
「酷いなぁ、ここ宿でしょう?なんか歓迎されてないみたいだけど。」
メガネは門を通らず裏山の方から来たようだ。無礼者め。
相手の歩みを止めようと立ち上がると、なぜか玄関の戸が空いているのが見えた。慌てて玄関の前に立ち塞がってメガネの侵入を防いだ。
「入れてくださいよ。」
「駄目だ。帰れ。」
「帰るとこなんかないですよ。入れてくださいよ。」
「駄目だっつってんだろ!」
メガネの体を押そうとしたが、抵抗されたためそのまま揉み合うことになった。メガネはひょろひょろだが身長は俺より高い。体重はあまり変わらないかもしれない。
そんなことを思いながら体重をのせてメガネを地面に転がした。転がったメガネはすぐに立ち上がった。これはちょっとヤバいかもしれない。
起き上がってきたメガネの両腕を押さえながら頭突きで顎を突こうとして躱された。仕方なく右に体重をかけて突っ張らせてから、足払いで左に倒した。もう完全に息が上がっている。ヤバいぞこれは。
ゆっくりと起き上がってきたメガネの顔から笑みが消えていた。多少は効いているようで助かる。でも無表情なのはそれはそれで不気味だ。
拳を固めてメガネの顔面を殴ってみた。殴った拳がすこぶる痛い。参った、これは無しだ。おまけに全然効いてなさそうだ。
再び向かって来たメガネの両腕を押さえて頭で前進を止める。力を緩めればすぐにでも押し切られてしまう。結局また体重で押し切ってメガネを地面に転がした。
もう立っているのが辛いが、膝に手を置いて耐える。ここは絶対に通しちゃいけない。この男が宿に居座れば、絶対に成仏しない。そして俺も二度と眠ることなく、こいつと此処に明けない夜のまま閉じ込められることになる。絶対に嫌だ。おとぎ話のハッピーエンドの逆バージョンだ。
二人はいつまても闇の中で暮らしましたとさ★
勘弁してくれ。絶対嫌だ。
メガネはノロノロと立ち上がろうとしている。最初よりスピードが落ちているので、多少体力は減らせているらしい。だが俺の体力も減っているのでどっちが先に倒れるかはまだわからない。
チラリと後ろを振り返るとさっきの女が置いていった一升瓶が見えた。手繰り寄せてメガネのどこを殴ればいいかを考える。普通に殴れば側頭部か、頭頂部か。顔面にいって目を潰すという手段もあるが…嫌だなぁ。血とか見たくないし、そもそもそんな、暴力とか好きじゃないんだけど。
そんなことを考えながら、立ち上がろうと中腰になったメガネの頭を瓶で殴りつけた。反動で手が滑り、一升瓶は庭の何処かへ転がっていった。気がつけばもう辺りは真っ暗だ。暗闇の中でうずくまる男を見ながら俺は尻もちをついた。しんどい。引きこもりニートに格闘は向いてない。しかも相手は死人だ、無限に起き上がってくる可能性もある。
「そういや…なんで死んだの?」
俺の問いかけに返事はなかった。暗闇の中の更に黒い物体(死体)。怖い。
息を整えながら男が起き上がらないことを祈った。でもそんなの無理だってことも知ってた。立ち上がろうとする男に、こちらも急いで立ち上がって前蹴りしようとしたが、足を掴まれて逆に地面に倒された。
そのまま玄関に入ろうとした男を羽交い締めにして無理矢理ぶん投げる。それと同時に俺も再び地面に転がった。
駄目だ、息が、できない。
咳き込みながら空を見上げる。屋根も木も薄っすらとした輪郭しか見えない。こんな暗闇の中で、これからを過ごすのか。汗のような涙が零れた。どうすればいい?どうやったら、あいつを倒せる?
呻きながら上半身を起こす。倒れている場合じゃないのはわかる。男は転がったままだが手足が少し動いている。その内また立ち上がるだろう。どうすればいい?
台所から包丁でも持ち出して首でも切るか。いや三徳包丁で首は切れないか。普通の人間なら首の動脈を切れば死ぬだろうが、こいつはもう死んでるし…あれ?どうすれば勝ちなんだっけ?目からビームとか出せばいい?
はぁ…はぁ…
全然整わない息のまま考える。なにもわからない。助けて欲しい。誰か…神様とか、いないの?
チリン♪
どこかで聞いたような鈴の音だ。なんだっけな。
見回すと少し離れた所に猫のシルエットがあった。神様かな?
「助けて…下さい。」
俺は猫に向かって頭を下げた。そのまま地面に倒れ込みたかったが、男の動く気配に体を留める。もう無理だ、助けてくれ。
しばらく待ったが静かなまま俺の荒い呼吸音だけが響いた。え?幻覚?
じっと見つめると猫の輪郭がゆらゆらと揺れ出した。なんなんだよ、いるのかいないのかどっちなんだよ。
必死で見てるのに何も起こらない。猫はいるのかいないのかわからない。
「クソがあっ!!」
俺は立ち上がりかけた男に突進して地面に押し倒すと、馬乗りになって顔面を殴った。両手を使って何度も殴った。男はすでにメガネどころか顔まで失っていた。黒い影、質量と怨念だけの存在。手は痛いが効いてるかどうかわからない。
殴り疲れてまた玄関前に転がった。さっきと同じ黒い屋根、黒い木、黒い空。こんな世界は嫌だ。助けてくれよ。誰か、助けて、下さい。
「しっかりしなさいよ。」
女の声が少し闇を明るくした。
「もうちょっと他にできることあるでしょう?」
できること…そうだ、車がある。車でこいつを轢いて、ロープかなんかでふん縛ったあと車にのせて町まで行けば…どうだろう?うーん、車に乗り込んでる間に宿に入られそうな気がするな。先に足でも切り落とすか…そこら辺の石で切り落とせるかな。
「だからぁ!」
女の苛立った声はやはり猫の方から聞こえてくる。
「あんたここの管理人でしょ!? 管理しろって言ってんの!」
「言ってねーわ。わかるようにゆえやぁ!」
「そいつを処分しろ! 管理者権限をもって!」
「はぁ!?」
管理者権限てなんだよ。パソコンかよ。じゃこいつはウィルスかよ。
しばらく考えて特に綻びがないことに気付いた。ウィルスか…ウィルスなら排除できそうな気がする。イメージができる。
男は地面に丸まって少しずつ起き上がろうとしている。ほとんど黒い影にしか見えないこいつを消すには…光が必要だ。でもここに光源はない。
じっと自分の手を見る。この世界にあるのは、俺と、闇と、猫だけだ。その内で頼りになるのは、俺だけ。
もう一度男を見る。どうすれば消せる?つーかこいつマジでなんなの?なんでここに来たの?しかも二回も。二度と来させない為にはどうしたらいい?
決まってる。影も残らないほど叩き潰す。俺がこいつの獲物ではないと証明する。狙うなら頭か胸だ。あのドス黒い怨念の元はどこだ…
上半身を起こし立ち上がりかけていた男の喉元を押さえて押し倒した。激しく暴れて色んな所を殴られるがそれどころじゃない。どこだ?やっぱここか?
右手を男の胸に押し当てて気合をこめた。オレの右手は光を放ちながらゆっくりと体の中に入っていった。手探りで探す。
どこだ…わからん。でももう、ムカつくから全部壊す。
ハッ!と気合をいれると、男の体はゴムの人形のようになった後さらさらと崩れて消えた。終わったらしい。
地面に仰向けに倒れてまた空を見た。まだ暗いけどさっきよりも生き物の気配がするような、そうでもないような。
チリンと音をさせて黒猫が近づいてきた。赤い首輪も目視できるのでやはりさっきより明るくなっているようだ。
「おつかれ」
お前は見てただけだから疲れてないだろ。まあいいけど。
「うん、おつかれ…手からビーム、でたよ。」
「あれってビームなんだ?」
「知らんけどまぁ…ビームなんじゃない?」
猫はふーんと言いながらどこかへ行ってしまった。え、それだけ?他になんか言う事あんだろ。
何かを言いたかったが、もうひたすらに眠くて俺はそのまま寝てしまった。




