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妄想の人

 朝だから、目が覚めた。

 俺は寝床で感動した。客が来たからではなく、朝だから目が覚めるというのは、なんというかとても人間らしくて素敵だ。

 布団を跳ね除け襖を開けると肌寒さを感じた。甥っ子にもらった白シャツは半袖だったので、きっと今は季節の変わり目なんだろう。なんだか少し楽しくなって開けたことのないタンスを開けてみた。すると男物の服がずらりと並んでいた。これはちょっと…知らない人のタンスを除いているようで怯む。指でつまみながら色々探した結果、赤いチェックの長袖シャツがちょうど良さそうだったので着てみた。程よいサイズ感だった。

 なんとなく新鮮な気分で家の中を見て回る。なんと、壁だと思っていた所に引き戸ができていた。恐る恐る開けてみると、洗面所になっていて洗濯機まで置いてあった。奥に二つあった扉を開けるとそれぞれ浴室とトイレだった。

 なかったよなぁ…いや、あったのかなぁ。俺の記憶にある限りこの宿で風呂もトイレも使ったことはないけれど…なんか急に生々しくなってきたなぁ。

 台所は以前と変わっていない気がする。冷蔵庫を開けるとぽつんと味噌だけが冷えていた。電気代の無駄だなと思いながら冷凍庫も開けてみる。氷しかなかった。確認のために水道の蛇口を捻ってみた。普通に透明な水が流れた。ガスコンロを捻ってみた。カチカチと音がして青い炎がついた。

 つまりこの家は、電気ガス水道が通っていて、しかも料金も支払われている。

 なんとなーくモヤモヤする。別にいいんだけど。あった方がいいことなんだけど。なんだか釈然としない。

 裏口から裏庭へでてみた。山から水を引いた生簀があるのは記憶のとおりだ。生簀の中では魚が三匹泳いでいた。水は綺麗だけど魚が泳いでるとこの水を飲むのってちょっと抵抗あるな。

 振り返ると家の壁に大きなガスボンベが二本立てかけれれているのを見て腰が抜けそうになった。プロパンガスだ。この家は、定期的にプロパンガスのボンベを交換してるんだ。ちゃんと業者がここまで来てうぃーすとか言いながら取り替え作業するんだ。

 目眩がしてしばらくしゃがみ込んでしまった。しんどい。なんでこうなってしまったんだろう。ここはこんな場所じゃなかったはずなのに。

 フラフラと家の横を通って前庭に行った。白い軽自動車はちゃんと家の横に停まっていたし、そこかしこに手入れされた草木があった。玄関の横には半死半生の宿と書かれた看板もあったが…俺はそろそろ現実を見ないといけないのかもしれない。

 縁側に座って庭を眺める。山の中の一軒家なんてあっという間に草木に侵食されるだろうに、ここにはそれがない。俺は今までそれを不思議な力が働いているせいだと思っていたが、現実世界にそんなものはない。つまり誰か人間がやっているということだ。可能性は二つ、俺か甥だ。もちろん第三者の可能性もあるがなんとなくあの様子を見ていると甥がしている可能性が高い気がする。

 そもそもあの甥は誰だ?そういや名前も聞いてない気がする。甥ということは俺に兄姉弟妹がいて、その息子ということだ。そもそも俺が存在する時点で父母もいるのが確定する。まっったく覚えてないけれども!

 ここはやはり覚えていることを考えた方が良い。昨日の甥の行動はやはり普通じゃなかったように感じる。一生面倒をみるとか、退院手続きをほとんど代わりにやったとか…通常の成人男性にすることじゃない。

「つまり俺は…要介護者?」

 残念ながらそう考えると辻褄が合う。三十歳らしいので老人性のものではないのだろう。若年性痴呆とか?体は元気だと医者が言っていたのできっと精神的なものなのだろう。この記憶の曖昧さもそれで合点がいく。死人がやってくるなんていかにも病人の妄想っぽい。つまり甥は成年後見人か…きっと俺の障害年金の管理なんかもやってくれてるんだろう。その代わりに俺の生活の世話を…

 なんだか一気に疲れが出て俺は縁側に倒れ込んだ。しんどい。こんなこと知りたくなかった。あのまま、夢のような世界を彷徨っていたかった。

 寝そべったまま空を見上げていると、昇ってきた太陽がジリジリと俺を焼いた。いつもならこうしてぼんやりしているとすぐに眠ってしまうのに、今日はちっとも眠くない。

 それはきっと、現実だから。

 泣きたくなったが涙は出なかった。これから俺はどうしたらいいんだろう。今の自分は割とまともな様に感じているが、端から見たらやはり異常なのかもしれない。それにいつまたあの夢うつつのような状態に戻るかもしれないので、やはりここでじっとしているのがいいのだろう。甥もそんなこと言ってたしな。そうか、だから甥は怒っていたのか。俺が勝手にここから出たから…余計な手間を掛けさせてしまった。申し訳ない。

 考えれば考えるほど気分は落ち込んだ。その間も太陽は容赦なく照りつけてくる。喉は渇くし干上がりそうだ。だが俺はささやかな自分への罰として、その場を動かなかった。まぁ動くのが面倒だったのもあるけど。

「ごめん下さーい」

 聞き慣れない女の声がした。客?どっちだろう、生きてる方か死んでる方か。生きてる方なら知り合いなのかもしれない。けど俺に女の知り合いがいるんだろうか。

「あの…ご気分悪いですか?大丈夫ですか?」

 女の声が勝手に近づいてきたので慌てて体を起こした。若い女だ。どこかで見たような気もする。返事をしようとしたが喉がカラカラで咳きこんでしまった。

「大丈夫ですか?!」

 女が駆け寄ってくるのを反射的に手で止めた。近づいてきて欲しくなかった。

「…大丈夫です。すみません、ちょっと今事故の後遺症で記憶が混乱してまして。あの、どちら様でしたでしょうか?」

「私はミエコと申します。看護師をしております。先日入院された病院にいました。」

 女はにっこり笑って言った。

 あ、いたね!ナース服じゃないから気づかなかったけど、いた!覚えてる。なんか横でずっと一人で喋ってた人だ。

「その節はお世話様でした。おかげさまで無事退院できました。」

「いえいえ、そんな大したことは…あ、でも、私空き時間に何度もおやま様に話しかけてたんですよ?それが良かったのかもしれないですね。」

 おやまさま?

「何度か目は開けられてたんてすけど、覚醒とまではいかなくて、医者も理由がわからないって言っててーほんとに心配したんですよぅ?」

 女はシナをつくって喋り続けていたが、あまり頭に入ってこなかった。おやま様って何だ?俺のあだ名か?呼ばれると胸の奥がずーんとするのはなんだろう。悪口なのか?あんな媚売るような喋り方で嫌味か?

「あの…やっぱり具合悪いですか?」

 女が再び近づいてこようとしたので慌ててとめる。本当に気分が悪くなってきた。

「いえ大丈夫です。お構いなく。ところで何の御用でしょうか?」

「あ、えっと…お見舞いです。私も今は出ているとはいえ村の人間ですから。おやま様のことが心配で。」

 本当に心配そうな顔をしているのがなんだか怖かった。

「ありがとうございます。ただ申し訳ないのですが今日の所はお引き取り下さい。」

 愛想笑いもできないままそう言うと女は困った顔をしながらも、ずっと抱えていた包みを玄関前に置いて帰って行った。小さくなっていく足音を聞きながら俺はまた縁側にひっくり返った。女が置いていったのは風呂敷に包まれた一升瓶で、たぶん酒だ。退院祝いに相応しいとは到底思えない。

「おかしいのは本当に俺なのか…?」

 案外まともなのは俺だけで、俺以外が全員おかしいのでは? あーでもそれだと世の中が俺をおかしいと判断するので結局俺がおかしいことになるのか…世の中って多数決だもんな。

 そんなことを考えながら長い事空を見ていた。あの背の高い木の上に丸い雲がある。けれどちょっと目を離しているうちにあっという間に雲は移動してしまう。俺から見たら数メートルの移動だが、実際は何キロも移動しているのかもしれない。結局世の中ってそういうことなんじゃないだろうか。

 気がつくと夕日も消えかかっていた。いい加減起きるかと思っていると、ソレが山から降りてくるのがわかった。

 これは間違いなく俺の客だ。

 立ち上がって身構えた俺の前に、眼鏡の男は笑顔で現れて言った。

「こんばんは。泊めてもらえますか?」

 指名手配犯がなんか言ってらぁ。

「泊めません。」


 ここは半死半生の宿。迷子たちがくるところ。

 でもお前は別だ。

 






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