6話 大切なもの
おおおおお、お久しぶりでっす!!!!
最近暑くて何もやる気が起きませんね……。
皆さんも体調管理お気をつけて!!
※多少の残酷な描写あり。グロ表現あり(?)。
「えぇとこれは……その、発育早熟?」
「リツィル?」
われながら無理のある弁解だったことは認めよう。ティナの訝しげな表情が僕の体を眺める。慌ててサイズを戻そうとして、その方向を間違えたのだ。
細い足に柔らかな唇。ぱっちりした瞳。
誤解されては困るが、趣味ではない。
細身なので体格はさほど変わらないまま、可愛らしい高身長女子の姿になっていた。
「おーい、ティナ、リツィル何してるんだ?」
丁度運悪くシアンが部屋の前にやってきた。
「ぐはぁっ!!!」
わざわざ効果音を吐いて沈没した。わかるよ。普通、家に美女がいたらそうなるよね。
放心状態だったティナが現実に返ってくる。
光を反射し輝かせた瞳にはワクワク感が滲んでいるようにみえた。
「シアン!! 自慢しに行くわよ」
「はぁ……???」
*****
「シアンさん誰ですかこの子!!」
「わぁ、かわいい!!!」
いつの間にかドレスに着飾られ外に連れ出されていた。
シアンとティナは本当に人気者のようで町民たちが次々と駆け寄ってくる。
そして僕は、見せ物にされている。
「こんなに大きな娘さんもいらっしゃったの?? 赤い瞳も綺麗で可愛らしいわねぇ」
「ちょっ、ティナさん、僕、どうすれば……」
僕が混乱しながら上を向いてティナを見た時、
「見つけた」
そう、一言呟いた声が群衆の中から聞こえたその途端、衝撃が空気を揺らす。無数の薄い風の刃が飛び回り、1人の女性へ戻った。
その女性は、人間ではなかった。
背中には黒い烏のような翼が生えていて、その瞳は墨のように、混沌の全てが合わさったように、夜の闇を宿したように、黒く、暗く、体の芯の底から恐怖を掻き立てる色。
腕の感覚がない。さむい。いや、あつい。腕だけじゃない。体全体がだ。動かない。
何があった? 状況は? シアンは? ティナは? 町のみんなは?
霞む視界に意識を集中させ、すぐに周囲を見渡した。呼吸を整えて這いつくばっていた体をゆっくりと起こしていく。
「何だ、これ」
僕の目は街の残骸を、瓦礫を捉えた。
ピロン。
耳鳴りの止まない中、無慈悲に思えるような軽い通知音が鳴った。
《リツィル=シグラッテ、HP、500から2000。魔力、1万から4万。知能、増減なし。体力、100から500》
感情の無い電子音。
《HPの著しい減少により、スキル【超反応】、スキル【魔法耐性】を獲得》
いまだ意識が朦朧とする中で、黒翼の女性がゆらりと近づいていた。彼女は口角をあげて頬を染める。
「あら、あら、あら、生きていたの??
そうよね、そうでなくちゃ、あの暗神アストラルの回し者だものねぇ」
呟くように紡がれる女性の甘い耳障りな声が脳を刺激する。吐き気とひどい頭痛が僕を襲い、抗うことは不可能だ。
女性の指が僕の首を静かになぞり、命を掴まれたかのような感覚。
平和な日本で感じることのなかった耐えられない恐怖に、瞳孔が開き、呼吸が止まる。
瞬間、女性が横から吹き飛ばされた。
「リツィルから……離れなさい!!!!」
現れたのは2本のナイフを構えた僕の母。
血に塗れ負傷している。だがいくつもの死線を潜ってきたのだろう、彼女からは微塵の恐怖も感じない。綺麗なその目を細めて黒翼の女性を睨みつける。
「ティナさん……!!!!」
「リツィル、早くここから逃げなさい。シアンと私でこの女を殺したらすぐに追うわ」
「いや、でも……それ盛大なフラグ……」
「リツィル!!!」
シアンの有無を言わせない叫び声に、僕は震える体を無理やり稼働させて敵と反対の方向に駆けた。
「それでいい。逃げるの。それでいいのよ」
静かに微笑んだティナの声が微かに聞こえた。僕は人々の死体が転がる町をドレスが汚れるのもお構いなく、全速力で駆け抜ける。ティナたちが見えなくなった所辺りで角を曲がった。
2人を置いて自分だけ逃げよう。どうせ勝てない。
自分の命を守らなければ……なんて、この僕が考えるわけないだろ。
ずっと、他人を傷つけるのが怖かった。暴力ではなく、それが言葉だとしても。
妹の菜那に指摘されてから人と話さなくなった。元々よく話す方ではなかったけど。
しかし、恐怖に打ち勝つにはこういうのの方が効く時もあるはずだ。
ティナたちの傷ついた姿が僕の負けず嫌いに火をつける。
静かに深呼吸をした。
そして、引き攣る頬を強制的にあげて、自分に言い聞かせるように呟いた。
「予習復習と分析は得意分野なもんでな。万全の策立ててあの女……」
「絶対、ぶっ殺してやる」
*****
「……自分の子供を逃して囮になるなんて。人間はどうしようもなく愚かで、無能で、愛らしい……でも私の目的はあの子だけ」
黒翼の女性は言葉を切り、表情を落とした。
シアンとティナに向き直る。
「いま命乞いをすれば、命だけは助けてあげるけど、どうしたい?」
そう言い切った女性にティナは不敵な笑みを浮かべ、2本のナイフをその女性に向けた。
「それは私の台詞よ……いま投降するなら手足を削ぐぐらいで勘弁してあげるわ」
「物騒だな……まあ俺もそのつもりだったけど」
シアンが指で宙に何やら模様を描くと、いくつかの魔法陣が浮かび上がった。
「いくぞ……ティナ」
「言われなくとも」
ティナとシアンは打ち合わせた様子もなく呼吸を合わせて動き始める。ティナがナイフや毒で近接戦闘を仕掛け、後方のシアンは魔法で援護。
鋭い風の刃と金属の当たる不快な金属音。魔法による広範囲攻撃はシアンが魔法の盾で防ぎ、ティナが攻撃に専念するスタイル。黒翼の女性は軽くステップを踏むように後退しながらその猛攻を捌いていく。
「ものすごい連携……。王国暗躍部隊ティナ=シグラッテ……あなたの技術は相当ね。それに英雄級魔術師シアン=シグラッテ……この速さに適応して支援できるのも素晴らしい……」
「だけれど……」
「避けろ、ティナ!!!!」
(刃が、更に早く……!??)
スピードを増したその風の刃がティナの目を掠めた。
ティナがほんの少しだけ体制を崩したのを、黒翼の女性は見逃さない。
「……可哀想。2人とも正面突破は苦手よねぇ」
さっきよりも濃度の高い魔力が女性の手に収束され、扇のように形作られていく。目を掠めた一瞬のロスにも動揺しないどころか、ティナは充血する瞳を開き、躊躇わずに前へ踏み出した。
(間合いの内側に入ってしまえば……!!)
「……残念ねぇ……でも、これでおしまい」
魔法は囮。黒翼の女性の、背中に隠した片方の手には細い針が握られていた。
敵を殺せると油断した時が1番の隙。
女性の予想に反してティナは嬉しそうに微笑み、シアンが近くの屋根の上を見て口角を上げた。
釣られてそちらに視線を送ると。
女性の瞳に赤が映った。少女が、弓を構えている。ただの弓ではない。
炎で作られた、燃え盛る弓。
「C級火属性魔法……【炎天絶中】」
ドッッ!!!!!!
「……上出来よ」
魔法の矢は、彼女がティナに針を刺すよりも先にその脳天を貫いた。
「リツィル」
ティナは屋根の上に立つ少女、僕を見上げて嬉しそうに、誇らしげに呟いた。
炎の弓矢は静かに火の粉となり消えていく。
呆気なく地面に鈍い音を立て倒れ込み、激しい火傷、そして頭部からの出血。女性は暫く呻きもがいていたが、ティナに心臓の前にナイフを付けられて動きを止める。
「簡潔に答えなさい。あなたは何者?? なぜリツィルを狙ったのかしら?? わかっていると思うけれど、黙秘権はないわよ」
「……誰が、負けたと言ったのかしら?」
危険を感じ取ったシアンと僕が駆け寄るが、シアンが風の魔法によって体中を斬り刻まれる。
彼はその場に崩れ落ち、小さく痙攣した。
女性は脳天から血を流したままティナのナイフを素手で握り、自身の心臓に突き刺した。
そのままティナを抱き寄せ、
「何を……!?」
口を軽く開けて、深く首筋を噛む。
「やめ、なさい!!」
ティナは苦悶の表情を浮かべ無理に引き剥がそうとするが、女性の力が増幅しているのかびくともしない。再び僕の心に恐怖が入り込んでくる。助けなくちゃという使命感と正義感がせめぎ合っていく。
どうして、どうして、どうして、なんでこうなった? 僕は助けに来たんだろう?
この女を、ぶっ殺しに来たんだろ!?
「あ"ぁっ、ぁぁぁああああああ!!!!」
ティナの悲鳴で、頭が真っ白になった。いや、不要な感情が抜け落ちて、空になったというべきか。
昔、酔っ払いが菜那に絡み暴力を振るうのを目撃した時以来。
それ以上の憎悪と怒り。
相手への配慮。凍えるほどの恐怖。目立たず穏便に。
僕がごちゃごちゃと悩み葛藤し恐れていたものは、とうに消え去っていた。
「……お前……どれだけ……」
少女の体とは思えないほど低く、無感情な声が僕の喉から、肺から、心から流れ出た。
「どれだけ僕の家族を傷つければ気が済むんだ……このサイコ野郎」
「まあ、まあ、まあ、まあ、恐ろしい。そんなに睨みつけないでほしいけれど……そういう泥臭いところ、人間らしくて大好きよ?」
ティナの首筋から口を離し、舌なめずりする彼女が僕を見据える。
「何が目的かは知らないけど、心底どうでもいいな。地獄に、堕ちろ」
《スキル【原悪】を獲得。使用しますか?》
僕に呼応するように響いたその声を、何の躊躇いもなく許容しスキルを使用。
この力は僕に従うと確信していた。
「闇属性スキル……」
僕を中心に円形の魔法陣が広がり、それが二重、三重、四重、五重と重ねられていく。
「何、このスキル……見たことない。いえ、けれど【暗神の加護】の特権ならば有り得ない話じゃ………」
怯える表情から一転、女性は狂ったように目を血走らせて叫んだ。
「心底嫌いにならせてくれるじゃないの、屑ニートのアス……!!
この死神眷属、ドゥエリの名にかけて……あなたを殺してやるわ!!」
女性、ドゥエリが片腕を掲げると突風が巻き起こる。
徐々に形が変化し、鎌となった。
「こんな上級スキルを持っているみたいだけど、あなたってとっっっても不幸!! この鎌は闇属性の攻撃を無効化するの……」
ドゥエリは僕に鎌を振り下ろす。が、取得したばかりのスキル【超反応】により回避。
「これを避けるなんて……!?」
魔法陣の重ねがけが20を超えた辺りで、両手の指を軽く合わせた。
「【原悪】」
空気が、物質が、無制限に圧縮された。魔法陣の内側にある瓦礫も人の死体もお構いなしに。その中にはもちろんドゥエリも含まれていて、魔法陣の中心に吸い込まれ、物に圧迫されて肉体を潰していく。
「もう……これ以上は…………しんじゃうからぁ!! ねえ、やめ」
焦点の合わない目で助けを乞うように僕を見るが、解放する気がないことを悟る。
「お師匠、様…………!!!!」
魔法は空気が捻じ曲がるような音を立てながら全てを吸い込んでいく。
衝撃波が周囲を駆け抜けたかと思うと、僕の周りには何も残っていなかった。
魔法陣の外側で倒れている両親に目を向ける。2人に近づきしゃがみこみ、首に2本の指を当てる。
僕は眉を顰めた。
既に、死んでいる。
「……シア……。いや、父さん、母さん。ドゥエリという女は僕が倒しました。どうか」
「安らかに眠れますように」
原型を留めず破れたドレスを軽く叩いて立ち上がる。
3歳(+17)の僕は、両親と故郷を失った。
明日から、、期末試験だ、、、。
ということでまた日が開いてしまうと思います。
もう一方の連載作品「最強少女の魔法奇譚」も読んでくれるとめちゃくちゃ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。