5話 適当すぎる
ステータス測定後、数日経った。
僕は、剣術、魔術を習う事となった。両方とも、主にシアンから。魔術は本を読んで知識として蓄えていたので、さほど難しいものではない。
少し意識すると、体を魔力が駆け巡る。それが物質に変換されて現実世界に現れる。
簡単に言ってしまうと魔法理論はこれだけ。
いまは玄関前の庭で魔法の練習をしている。
軽く手を振ると手のひらから炎が弾ける。僕の体より大きい火の球をシアンに投げつけると、彼は水属性の魔法で相殺した。じゅわぁ。爆ぜる音とともに、白い蒸気が立ち込める。
「も、もう覚えたとは…リツィルはやっぱり習得が早いな!! 5歳になる頃には既にA級魔法ぐらいまでマスターするかもしれないぞ……!! そしたら俺が教えられる事はもうほとんどなくなるけどな……」
「あり得るわね……その時は英雄級魔法も教えちゃったらいいんじゃないかしら?」
シアンのぼやきに、家の窓枠に身を乗り出したティナが答えた。
「……うっ…それまで教えたら本当にリツィルに追い越される気がするから嫌だ」
「大人気ない……追い越されるのが楽しみね」
「ちょっ……ティナまで……」
ちょくちょく出てくる◯◯級魔法というのは、まあランクみたいなものだ。
◯魔法・ギルド指定ランク制度
D級〜S級:一般的なランク
英雄級:国単位に相当する戦力
天災級:災害指定レベルの戦力
魔法の区別だけでなく冒険者や何らかのギルドに所属している人も同じ区分でランク分けされるらしい。ゲームっぽくて覚えやすい。
「それはそうと、お前、ギフトを持っていたようじゃないか。【物理干渉無効】、だったか? それ相当すごそうだが、どんなギフトなのかわかるのか?」
そういえば【不老不死】なんて大層なギフトを【隠蔽】無理やり隠そうとしてそんな名前になったんだった。物理干渉無効…ある意味合ってるのかもしれないけども。
僕は小さく首を振ってみせる。
「んー、そうかぁ……ま、追々考えような。
一旦休憩にしよう」
庭の芝生に寝転んだ。この辺りはそよそよと吹く風が心地よい。目を閉じると、僕の意識はゆっくりと遠のいていった。
*****
「リツィルさーん……」
「……律さーん? おはようございまーす……」
目を開けると、青と黒が混じった長髪の男が、上から覗き込んでいた。
「……え?」
「え?」
彼は怠そうな死んだ瞳でこちらを見返す。
「えっと…何をしてるんですか……アス様…? あと…僕はなぜまたこの場所に?」
僕は既視感のある質素で暗い部屋の冷たい床に寝ていた。そこは転生する時にアス様と出会った場所だった。
横には裸足のまま胡座を欠いているアス様。初めに会った時も思ったが、背中の美しく大きな羽を除けば、ニートと悪い大人を足したような男にしかみえない。そう、顔面だけは無駄に良いのだ。
どちらかといえば、悪魔や堕天使と名乗られた方がしっくりくる。
「いま失礼なこと考えてますよね? ……まぁ別にいいんですけど」
「いいんですか」
「まぁ、はい」
「それで、なぜ僕をここに連れてきたんですか?」
ずっと感じていた疑問を口にした。アス様は「んんー」と考える仕草をして首を傾げる。
「さっきまでマルチしてたんですけどね。誰かの通信が切れたおかげでデータ消えて。なんか萎えたんでモニター壊したんですよ」
「へぇ」
「……そしたら……なんか何もやる気でなくて」
「あの僕、理由を聞いたんですけど」
「え…なぜでしょう。人間に癒されたかったんですかね?」
「僕に聞かれても」
僕は愛玩動物か!! そしてそれだけのためにこの世界に呼ばれたとでもいうのか。
癖のあるイケボで顔も良いのに、性格だけでここまで印象が変わるとは。
突如、部屋のドアが勢いよく開かれ、女の子がこちらを覗き込む。頭の輪に、真っ白な羽。その姿に1つの言葉が頭に浮かんだ。
天使。
初めて見たが、すごく、ものすごくかわいい……いやだめだ。僕はロリコンじゃない。
シアンみたいなおっさんにはならない。
「もう、暗神様っ、また部屋に篭っているなんて!! 少しは働いて…ひゃぁ!!?」
アス様が片手を振ると、自動でドアが閉まり、その天使は部屋から追い出された。
「……いまの子、無視していいんですか?」
「いいんですいいんです、あんなのは。そうでした。俺からのギフトと加護、ちゃんと見てもらえましたか?」
「あぁはい。ギフト【不老不死】とスキル【暗神の加護】でしたっけ」
「んじゃ一応説明しますけど、無理に覚えなくてもいいですからね」
めちゃくちゃ簡潔で適当な説明を受けた。とりあえず要点をまとめると、こうだ。
◯ギフト【不老不死】
時間の経過と共に体の成長はするが、自分の好みの時期の体で過ごすことができる。
文字通りの不死。ギフトを付与した神の意向以外で死ぬことは決してない。
再生能力もある。
◯スキル【暗神の加護】
暗神アストラルが授ける加護。闇属性の効率が350%上昇し、暗神アストラル召喚とか、なんかいろいろできるようになる。
アス様らしい雑な説明をどうも。“なんかいろいろできるようになる“って何だ。あまり役に立たない情報、といったら失礼だろうか。
「あ、やべっ…時間みたいです」
「え……? なんのじか……」
*****
「ん……?」
「リツィル〜、もう夕方だぞ〜」
覗き込んだのは美しい神ではなく、シアン。
僕は思ったよりも随分長く寝ていたらしい。
さっきのは夢……いや、ありきたりなところで言えば、精神世界といった感じか。
「こんな所で寝てたら魔物に襲われちゃうぞ〜、な、なんてな。ティナ、そんなに怖い顔をしないでくれないか?? 冗談だぞ?」
「目を離した隙にリツィルが魔物に殺されでもしたら……私があなたを殺すわよ」
「わかってるよ……リツィル、父さんが命に代えても守ってやるからな」
縁起でもないことを言わないでほしいです。
普通に生きたいのに、なんか神様に目をつけられてる気がするし。
「はぁ〜っ……」
自分の部屋のベッドに寝転がると大きくため息をつく。
そうだ、せっかく1人なんだし、さっきアス様が説明してたものを検証してみよう。方法とかは全く教えてもらえなかったけど。
姿を変えられるということは、この幼児ボディからの脱却もあり得るかもしれない。
《ギフト【不老不死】を使用し、肉体変化を行いますか?》
宙にそんな文字が浮かび、はい、といいえ、のボタンが現れる。僕は、迷わずはい、のボタンに触れた。何が起こってもいいように覚悟を決め、ぎゅっと目を閉じる。
「……変わった…?」
恐る恐る目を開ける。視線が高い。既に懐かしい気持ちが胸の奥から湧き上がる。
そう、僕は転生する前と同じ、つまりリツィルの17歳の姿に変化したみたのだ。
「思ったとおり、未来の姿でもいけるのか」
リツィルより低い、声変わりを終えた声。
部屋にある姿見の前に立つと、茶色の蓬髪に赤い瞳、約170センチの細身の男。服のサイズもご都合良く変化させてくれている。
元々の髪と瞳は黒色だが、それ以外は前世と何も変わらない。体型も魂か何かと同時に引き継いでいるのだろうか。しげしげと眺めていると、突然ノックの音が聞こえる。
「リツィル〜、ご飯出来たわ。入るわよ〜?」
「やばっ」
慌ててサイズを変えるが、焦ったせいでうまく戻れなかったかもしれない。その証拠に、ティナが目を見開いていた。
「……リツィル……よね…?」
ティナの声は震えていた。
その目は確信と、ほんのわずかな戸惑いを湛えていた。