3話 ステータス
「遅いわね。念の為、様子を見に行った方がいいかしら……リツィルも行く?」
「ん」
まだ5分しか経ってないけど、行く必要があるんだろうか。まずシアンは無事なのか。そう思いつつ、ティナの手を握り後に続いた。
僕たちは外に出る。僕にとっては初めての外出で少しだけ緊張があった。
するとその瞬間、町中から大きな歓声が聞こえてきた。何かあったのだろうか。魔物が暴れてたりでもしたら僕はどうすれば……。
シアンが走ってくる。
「悪い、遅くなった!!」
「もう何してたのよ、こんなに汚れて」
「すまんティナ……町のみんなに説明するのに手間取っちゃって……」
そう言った彼の姿は返り血で汚れている。魔物の返り血だろうか。周りをみると、冒険者らしき人たちがシアンを囲んでいる。
「すげえよおたくの旦那さん!! 一瞬で全部の魔物を吹き飛ばしちまった!!! やっぱ頼りになるなあ……!」
「いやいや、これくらいはなんとも。それより見てくれよ俺の息子! かわいいだろ」
おいシアン、それを僕を見て言うな。
「な!? あんたいつの間に息子なんか出来たのかよ……こりゃ期待できるな!!」
シアンに集まっていた好奇の目が僕に移った。なんてことをしてくれるんだ。大勢の顔が僕に近づく。
「へえ……この赤眼は親譲りだな。ギフト持ちか?」
中でもシアンと親しそうな男が顔を覗き込んできた。反射的にティナの後ろに隠れる。
「リツィル、こいつは俺の友達だから、そんな緊張しなくていいぞ?? アルト、リツィルのギフトはまだわからない。なんたってまだ1歳だからな!!」
「1歳って……。こんな俊敏に動く、というか逃げるもんなのか……すでにスキルもいくつか持ってるみてえだし」
アルトと呼ばれたその男は、強引に納得した様子でまじまじと僕を見る。だからそんな見ないで。てかスキルの有無とかわかるの。
「そんなに隠れないでくれ……俺は【鑑定】ギフト持ちでな。まあ何のスキルかまではわかんねえが、相当素質あるぜ、この子」
「本当かアルト!!!」
「だがまあ、1歳でこれとはな……恐れ入るぜ。なぁシアン、リツィルをちょっと借りてもいいか?」
「なぜだ?」
シアンは警戒、というふうでもなく、純粋に疑問を持ったようだった。それだけアルトとの信頼が厚いのだろう。
「ちょっと、2人で話してみたいんだよ。な、リツィル」
僕に微笑みかけられ、冷や汗が出る。ムリムリムリムリ絶対ムリ。同級生ともろくに話したことない僕が知らん初対面のおっさんと話せるわけないだろ。
「ティナ、さん……助け」
ティナに助けを求める、が期待はすぐに裏切られた。ひょい、とシアンが僕を持ち上げ、アルトに受け渡したのだ。
「ほらよ、存分になでなでしてみろ。リツィルの髪、ちょー触り心地いいから」
あの親バカもう許さない。
まず子供を初対面のおっさんに受け渡すのもおかしい。強制的に2人きりにさせられ、少し家から離れた場所で腕から降ろされた。
***
「なあリツィル。お前何者だよ?」
「え」
唐突な質問に言葉を失う。何者ってなんだ? まさかギフトやスキルがバレて……?
いや内容までは見えないと言っていたはずだ。じゃあなんで。いや、ここは普通を努めよう。
「リツィル=シグラッテ、シアンとティナの息子です」
そこまでを慌てて持っていた羊皮紙に書き込んだ。アルトに見せた。声は……うん、やっぱ出てこなかった。だがそれは失敗だった。
紙を見せてから自分の浅慮を後悔する。
「お前……読み書きができるのか……!? あのシアンのことだからどれだけ異才でも“天才”の一言で済んじまうだろうが……これは思った以上だな……!!」
しまった。読み書きができることがバレた。
「よく聞け、リツィル。お前は、はっきり言って異常だ。ステータス測定は、まだなんだったよな?」
こくり、と頷く。というか初耳である。
「シアンの友達の俺だから良かったけど、まだ他の奴らにそれを知られるのは早い。スキル【隠蔽】は持ってるか?」
持ってないです。そう書こうとした時、ピロンと頭の中で音が鳴った。これは。
《スキル【隠蔽】を獲得》
なんで? いまなんもしてないよ僕。
[俺もなんもしてないですけど?]
「ひぇ」
変な声を上げた僕をアルトが不思議そうに見た。
「ん? どうしたんだって、スキルが減ったな。やっぱ【隠蔽】持ってんのか〜。ほんとスペック高いな」
アルトが何か言っているがそれどころではない。忘れもしない、僕をこの世界に雑に放り込んだあの男神アス様の声が割り込んできたのだ。
まじで心臓が止まるかと思ったし、もうやめてほしい。
[あ、なーるほどなるほど。]
[あなたの魂のインストールが完了したって通知、届きましたよね? その影響であなたが元から持ってる能力がステータスに含まれたみたいですわぁ。あーびびった。また何かミスったかと思った。
んじゃ、今度また見にくるんで]
なんだろう。話し方が軽すぎて地味に癪に障る。というか、元から持ってる能力ってなんなんだ? 記憶にもないな。まさか………いや、それはないか。
「おっと、もう帰った方がいいだろうな。
とにかく普段は【隠蔽】スキルで他のスキルを隠すんだ。意識すればスキル欄からスッと消える。後で確認してみろ。いいな?」
僕はこく、と頷いた。彼の手が頭に伸びて僕の髪に触れ乱雑に撫でた。あまりいい気分ではなかったので、ちょっと距離を取る。
「確かに、触り心地がいいな。……抱っこしてもいい??」
アルトの言葉に精一杯の拒絶として首を強く横に振る。彼は残念そうにしていたが、強引に抱え上げるつもりはないようだった。
人とのパーソナルスペースは守りたいので、アルトの1メートルほど後ろを歩いて家まで帰ったのであった。