2話 おかしな家庭
僕はよちよち歩きができるようになった。
それも生後3ヶ月で、である。
「すごいわね、天才よこの子」
「もちろんだ。なんてったって俺たちの子だからな」
「それもそうね」
シアン、ティナ。こいつらちょろすぎる。もう少し喚いたり、おかしい子だと言ったりしても別に不思議ではないと思う。いや原始歩行だと思われているのかもしれない。
「今日も本、読みたい?」
「あ……」
「うん、じゃあ昨日の続きから読むわね」
どうもコミュ力なくてすみませんね。なにも言葉が出てこなかったけど、ティナにはなにかが伝わったみたいだ。
最近は、ティナが寝る前に本を読み聞かせをしてくれる。のだが。
「トリカブトは、キンポウゲ科トリカブト属の総称である。有毒植物の一種として知られる。そしてーー」
この親はなぜ生後3ヶ月の子供に毒性植物の図鑑を読み聞かせているのだろう。不思議でたまらない。というかトリカブトってこっちの世界にもあるのか。
「ティナ……何を読ませてるんだお前は」
シアンが部屋に入ってきて、本の表紙を見た。
「いいじゃないの。他にも毒性の植物というと……って、あれ? 今この子、頷いた?」
「内容を、わ、わかっているのか?」
うん。詮索はやめて? もちろん中身高校生だし理解できるけど。3ヶ月児が“猛毒”って単語を知ってるとか思われたくないから。
僕は無言でシアンに目を合わせる。発揮する。この赤ちゃんボディのかわいさを。
「か、かわいいでちゅ」
「ええ、気のせいよね。じゃあ次はこの本を読みましょうか。魔物や魔獣に対する心理学について。
まずは────」
だめだこの母親。少し常識が抜けている。ちなみに、昨日は銃火器の特集本だった。おかげで僕の脳内には“硝酸カリウム“という言葉が染み付いていた。
***
俺の息子は、家の中を余裕で歩き回れるぐらいになり、言葉も喋れるようになった。まだ1歳だけど。たぶん天才。だから、俺の特技もそろそろ教えていいのではないか、と思えてくるのだ。
「シアン〜、朝ご飯にするわよ〜」
「ああ、いま行く」
妻のティナは普段はとっても優しいが、怒ると怖い。文字通り殺しにかかってくる。彼女は、暗殺者、なのだから。
うちはダイニングのテーブルで優雅に飯が食べられる。貴族様ほどじゃあないが、なかなか裕福だと思う。俺は目の前に座る息子をチラリと見た。
「な、んですか、シアン、さん」
「シアンさんじゃなくて、父さんでいいんだぞ」
俺の視線にすぐに気づいてくる。ちょっと嫌そうではあるな。嫌われてるのかな。元冒険者の俺からみるに、この子は頭がいいし、素質もある。少し育てればなんだって一流になれるだろう。
最近は、ティナの部屋に篭っている。
以前、何をしているのだろうと覗いてみると、本を読んでいたのだ。既に字を理解しているのか、それともただ眺めているだけなのかもしれないが。ほんと、うちの子はすごい。
だからこそ。
「そういえば、2歳になったらステータスを教会に計りに行かなきゃいけないわね」
朝食が終わり、リツィルが部屋に篭った後、ティナが切り出してくれた。その通り。ステータスってのは、将来を決める可能性もある重要な要素だ。
「大丈夫かな。リツィルって妙に普通じゃないとこあるから、ステータスもどんなものが出るか……」
「心配ないわよ、きっと。悪いようにはならないはず」
「いや!! 違うんだ、ティナ」
「何よ」
ティナは訝しげにこちらを見る。
「良すぎたらどうするんだ!! 貴族の連中にいいように使われないか、心配なんだよ俺は!」
「ふふ、大丈夫よ。そんな心配。だって、あなたがいるでしょ? 英雄級魔術師のシアンさん?」
「いやいや、それを君に言われてもねぇ……王国暗躍部隊の元隊長さん」
「もう。煽てても何も出ないわよ。
心配は要らないわ。私、あと数ヶ月が待ちきれないもの」
「俺もだよ」
そうだな。心配はない。
リツィルは俺たちの息子だから。
ティナは“王国暗躍部隊”にいた頃、任務で百人以上の命を刈り取ったらしい。信じられないが、キッチンに立つ彼女がたまに包丁を投げてくる精度を見ると、妙に納得してしまう。それでも母親が板についてきた。
俺も少しは父親らしくしなきゃな。
昨日“おんぶ”の仕方を本で調べたのは、言わないでおこうと思う。
***
僕は、ティナの部屋で本を漁る。
「なんか喋ってるな……」
部屋まで聞こえてくる話し声に、頬が緩む。内容までは聞こえないが、両親がイギリスに移住していた僕は、こんなに平和な家庭を知らない。
もちろん、菜那がしっかりしていたから、僕も普通に暮らしてこれたというのが大きい。
「さてと」
言葉はわかるけど、字を覚えるのは大変だ。翻訳アプリとか日本から持ってきたい。
というかまずスマホがほしい。
この前勝手にティナの部屋に侵入した時は、アス様の力を借りていたようで字が読めていた。その時読んだ文章を思い出し、本と照らし合わせる。
根気のいる作業だが、記憶力は良いつもりなのでなんとかなるだろう。
「なるほど。日本語の漢字みたいな複雑な文字はないみたい……とすると英語が近いな」
昔から言語の習得は得意だ。30カ国語話者の高校生とかいってテレビに取り上げられたこともある。そんな時、ピッ、とメッセージ音のような音が脳内に響いた。
《涼風律・リツィル=ジグリットの魂の情報をインストール。スキル【超速学習】【通訳】【人間逸脱】を獲得。【人間逸脱】を元に、大賢者への進化が可能》
《進化しますか?》
ウィンドウが現れ、はい、といいえ、のボタンが現れた。いやさすがに理解が追いつかない。
ふと本に目を戻す。
すると、記号のように見えていた文字が、“意味“として頭に入ってきた。
「すごい。これが【通訳】スキル……」
これは便利だ。
しかしやっぱり【人間逸脱】スキルが意味不すぎて怖い。このタイミングで進化は早すぎる。
僕はウィンドウ上のいいえ、のボタンに軽く触れた。
《選択を保留。必要時、再提示します》
画面が閉じたのを確認して、ほっとする。
タイミングよく、部屋のドアが開いた。ウィンドウを見られなくてよかったな。
「またこんな部屋にお前は……。ティナに似て本が大好きなんだな。もう文字を読めてたりして」
うん、その通り。さすがシアン。
「さすがにそれは気が早すぎるわよ〜。でも読んでるかもしれないわね、この子天才だし。
さ、リツィルはお昼寝の時間よ」
「わ」
突然持ち上げられて、回収される。歩けるようになったというのに解せないな。だがそれといった抵抗もできないので大人しくティナの腕に収まる。
そんな時。
ドンドンドン!!!!!
家の扉を叩く音がした。
「なにかしら? シアン、見に行ってくれる?」
「ああ」
シアンが様子を見に行き、しばらくすると汗を掻きながら慌てて帰ってきた。
「大変だ!! 魔物の集落が現れてこの町を襲ってるらしい!!!」
それやばいじゃん。
転生イベントだとしても早すぎるって、早く逃げなければ。
そう思ったが、ティナは落ち着いていて動く気配はない。それどころか嬉しそうな気がする。
なんで?
「シアン、よかったじゃない。わざわざ家の中で練習しなくても、これで心置きなく魔法が使えるわよ」
「ああ、行ってくる!! 留守番頼んだ!」
「いってらっしゃーい」
どこからどうみても和やかな家庭の風景。
会社に遅刻しかけたサラリーマンの夫を見送る妻と子供、のような日常の一コマ。ドラマにありそう。
シアンが駆け出した勢いで、家の中に砂埃が舞った。
「けほっ、、早く帰ってくるのよ〜」
嘘だろおい。
学校のテスト期間なので1週間ほど消えます。
現在『最強少女の魔法奇譚』の連載も止めています。
ですが!!! どうか、どうか、どうか!!!
読者様が戻ってきてくださると幸いです。
ブクマや評価もしてくださったら泣いて喜びます。
勉強の合間に気まぐれで投稿するかもしれないので、そこはご了承ください。