1話 第二の人生、いざ開幕
目を開けると、知らない女性と男性。普通に考えて、彼らは夫婦で、僕の親だろう。
窓から暖かい日差しが溢れる。僕の目線は高くない。が、天井は女性の胸のあたりから見上げるように広がっている。僕は、母親だと思われる人物に抱き抱えられている。定番だなぁ。
「名前はもう決めたのか? ティナ」
男性が優しい眼差しで僕を見た。
「ええ……シアン。
この子の名前は……リツィルよ」
「いい名前だ、いや素晴らしい名前だよ」
「そう思ってくれて嬉しいわ」
名前、こんなに似ることある? 律からリツィル。偶然にしては出来過ぎだ。
いやなんにしても。
リツィル=シグリット。これが今世の名前。
僕は、無事に転生を果たし異世界に到着した、ということだ。なんとも夢のような話だろうか。
「しかし、この子なかなか泣かないなぁ」
父、シアンが眉を寄せる。
「そうね、少し心配かも」
「……おぎゃ、おぎゃあ!!」
なんとか出た。のどがちょっと痛い。赤ちゃんの声って、結構むずいんだな。世の中の赤ちゃん、尊敬しちゃう。
「あらあら、元気そうよ、良かった」
危ない。やっぱり泣くのが正常なのか。転生直後にボロがでそうだ。というか赤ちゃんのふりって結構きつくない?? 17歳が赤ちゃんみたいに泣いてる絵面って……やばくない??
これは、しばらく耐えなければいけない。そう、いつか話してもおかしくないぐらいの歳になるまでは。
***
赤ちゃんの体はすぐ眠くなる。子供を放っておくと危ないので両親はつきっきりでお世話してくれるが、少しプライドとかの面でしんどい。ほら、オムツ変えたりそういうの。
「リツィル、ここが私たちのお家よ」
「ぅー」
赤ちゃん声、きつい。
母、ティナに抱えられたまま、ではあるけど、家の中を少し見ることができた。母の部屋は本棚で埋まっていて、しかもそれ全部薬学の本。
医療関係の仕事なのかな。
父、シアンは何やらずっと座禅のようなポーズをしていた。でもよくみると、空気が揺れている気がした。魔力ってやつかな。
家はまあまあ広くて、庭もある。
たぶんちょっとした辺境街ってイメージ。転生ものによくあるやつだ。だから大きくなって特訓とかしても問題ない、はずだ。
ひと通り分析したところで、僕は行動に出ようと思う。何の行動か。
決まってる。探索だ。
もっと詳しい情報を手に入れるため1人で探索する。シアンとティナを引き離す。
作戦、開始だ。
***
「ぁーう!」
「うん? どうちたんだ、リツィル。お腹空いたのか?」
いま僕はシアンの近くに座らされている。ので、まずは坐禅のようなことをして目の前に水を浮かばせているシアンに声をかける。
魔法を使っているのか。普通にすごい。というかやってみたい。そりゃ前世で魔法とかなかったし。
「かわいいでちゅね〜」
シアンのために言っておこう。赤ちゃん言葉で話すおじさんは、少し、ほんのちょっとだけ、キモい。でも我慢することにする。
「ばぁー、ぁー、ぁあう」
「なんだなんだ?? リツィルは本当にかわ(略)」
ただ我慢して声をかける。そして集中力を削ぎまくる。そうすることで先ほどまで維持していた水は。
バシャアアアアアン!!!!
カーペットをびしょ濡れにする。成功。シアンの目が僕に対する色眼鏡で曇りまくってなければ、僕は悪い顔をしていただろう。
「何やってるの? シアン!!!」
当然、音を聞いてティナが飛んでくる。するとここからは簡単に予想できるが。
「いや、それはそのリツィルが」
「いつもカーペットの上で水魔法を使わないでって何回も──」
説教が始まる。そうすれば2人の世界に入ってしまうので、小さい僕がひとりこそっと部屋を出たところできっと気づかない。とても初歩的なことをしただけだが、これだけでも時間は稼げるだろうな。
前世の僕もこれで凌いだことがある。
よし。母の本棚へ行くぞ。赤ちゃんの限界に挑む時が来たのだ。といっても、そこまで難しいことをするつもりはない。なので。
僕は寝転がっている体を少し傾けて速度をつける。地面を横向きに回転。
ごろごろごろ。
うん、いけそう。時間はかかるけれど、これで移動はできる。
それなりに、順調に見えた。だが——、
[ちょっ、ちょっ、待ってくださいよ]
(何? というか誰? え、シアンとティナはまだそこに……)
[俺ですよ、俺。男神アストラル。やっと繋がったと思ったらガチか、あなた。赤ちゃんの体でそれは危ないって]
(あ、アス様か。いや人体的にはあまり問題は無いと思うんですけど)
なんかすんなり会話成立しちゃってるけどすごいな、聖紋って。この紋を通じて通信的な何かができるらしい。そんで相変わらずアス様の話し方は軽い。
[今回は俺が力貸してあげますから、2度目の人生、もっと大事にしてもらえます?]
(あ、すいません。調子乗りました)
とりあえず謝っておく。力を貸すとはどういうことだろうか。というかまずアス様の力って何なのか聞いてない。
[じゃ、とりあえず貸しますね]
いきなり、体に温もりと力が溢れるのを感じる。体の中心に、光が満ちていく。優しい、けれど揺るぎない力。
でも、もう少し準備をさせてくれてもいいのではないだろうか。
[はい、そのままリラックスして〜]
力を抜いてみる。すると、体が宙に浮かんだ。比喩ではない。文字通り宙に浮かんだのだ。
「びゅ、ぅー、ぁ!!」
変な声が出た。
[思った方向に進めるから、色々やってみてくださいね。あと力入れたら落ちるんで、そこだけ気をつけてもらって。じゃあ俺は忙しいのでこれで。
異世界ライフ楽しんで〜]
アス様の方がよっぽど危険な橋を渡らせようとしてるんじゃないか? これ。魔法使えてるみたいだし、まあいいけども。
ふわふわふわふわ………
移動すること数分。その間にドアの角にぶつかりかけたり、地面に落ちかけたりした。危ない。菜那はどうしてるかな、と集中力が落ちていたのは、まあ、内緒である。
ティナの部屋に着いた。図書館かというほどの量の本が、壁や天井に敷き詰められている。天井の本棚が落ちてこないのは、これも魔法を使ってるのかもしれない。
気になる本があった。革で出来たその本だけが、僕にはなぜか、輝いているように見えた。
本棚から抜き出してみる。
ふわふわと床に降りて、1ページをめくった。
「……すごい」
魔法理論。魔力の高め方。基礎魔法。この世界の常識。そこには全てが載っていた。
本によると、ここはルンダ王国という国の辺境で、人口は少ない。少し離れた所には首都やら遺跡やらがあるっぽい。
魔法は練習をすれば皆使えるが、才能や魔力にもよるらしい。
魔法は、水、火、雷、土、闇の5種類に属性に分かれていて、適正が関係するそうだ。
稀に生まれながらにギフトというものを授かる者がいると書かれていた。
ギフト、か。
そういえば、まだ確認していなかったな。
僕は、意を決して小さく言葉を発する。
「ステータス」
予想通り、目の前にウィンドウが開かれた。
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リツィル=シグラッテ
種族:人間 年齢:1ヶ月
HP:300
魔力:10000
知能:1000
体力:10
適正魔法:火、闇
スキル:
【転生者】
【簡易浮遊】
【暗神の加護】
ギフト:
【不老不死】
【???】
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「………うん、どゆこと」
赤ちゃんだから体力が低いのはわかる。まず知能1000と魔力10000ってなに。飛び抜けてない? そんで適正魔法は闇。そんなに厨二病が好きなのか、アス様は。スキルは、うん。やっぱり神なんだな。あの感じで。暗神て。
最後に、1番気になるのが。
「不老不死って、やばくね?」
リツィル=シグラッテ。
僕自身はまだ、ただの転生としか思っていない。
しかし僕の世界への介入は、この世界の未来を大きく変えることとなったのだった。
「今世こそは普通に過ごしてみせる」




