プロローグ
僕は天才だと思う。
少なくとも、そう呼ばれる程度には。
成績は常にトップ、運動も人並み以上で、私立育ちの17歳。
両親はイギリスに渡航していて、中学生の妹と2人、気ままにアパート生活をしている──。
ということで、今、下校中。
終礼が終わり、いつものようにそそくさと教室を出ると、ざわめきが起こる。
「人と関わらないとか、クールだよねぇ」
「そんなところが魅力でもあるよね〜」
後ろから足音が聞こえてくる。振り返れば今日も5人ぐらいの女子生徒がなぜか律儀に列になって歩いていた。まぁ、簡単にいうとめっちゃモテてる。
はいはいそういう妄想だろと思う人もいるだろうが、事実だ。しかし、そんな僕にも欠点はある。
絶望的なほどのコミュ力の無さ。
彼女たちには悪いけど、クールにしようとしてるわけじゃない。喋れないだけ。
というかあんなに癒される妹がいる上で彼女なんて望まない。別にほしくないわけじゃない。でも付き纏われるのとか嫌いだし、やっぱ1人の時間はほしい。
わざと裏道を通り、遠回りをし、家に着くまでにはなんとか撒いて僕の家に帰る。
そのアパートは特に新しくも古くもないような平凡なもの。
「おかえりぃ、律お兄ちゃん!!」
「ただいまぁ、菜那」
僕の妹の名前は菜那。
ソファに寝転び、テレビでアニメを見ているみたいだ。でも何もしていないわけじゃない。僕の食事はきちんと作ってくれてるし、充分満たされてる。優しくて可愛くて気の利く素晴らしい妹だ。
「あー!! ごめん、お兄ちゃん、頼まれてたアイス買ってないや!! ついでに私のお菓子も買ってきといてくれない??」
僕が隣で一緒にアニメを見ていると突然思い出したように菜那が叫んだ。いつも家事を手伝ってもらってるし、買い物くらい僕がいかなきゃいないだろうな。
「わかった〜」
とりあえず返事をして、よいしょと立ち上がる。いってくる、と軽く頭を撫でてやると、やめてよ、と頬を膨らませて怒られる。…………菜那もお姉さんになったんだな。
「今度私もお菓子買ってあげるから〜!」
「はいはい」
エアコンもろくに効かず、こんなに蒸し暑い部屋の中長く待たせるわけにはいかないだろう。そう思い、走って玄関を出た。僕達の部屋は2階にある。階段を3段飛ばしで駆け下り、近くのコンビニへと足を速める。
飛び出した先は、道路だった。
「お兄ちゃん!!! 車!!!」
玄関まで出てきていた菜那の叫び声が聞こえると共に、爆音のクラクションが耳を裂いた。
「あ」
視界が暗転する。
「申し訳ありません、涼風律さん。
あなたは手違いで、お亡くなりになりました」
──そんな声が聞こえた。
死ぬんだ、僕。いざってなると、あまり恐ろしくもないんだな。薄っすらとぼやけていく視界に駆け寄る菜那を見てほほ笑みながら静かに目を閉じる。菜那には、随分と迷惑をかけてしまったな。
僕は天才だ。たぶん、誰がどう見ても。でも、僕は、普通に生きたかった。
目立たず平凡で平和に菜那と過ごすことができていたら。
ただ、それだけで良かったんだ。
***
「目が覚めましたか?」
「うわっ」
突然の声に驚き、飛び上がる。
辺りは白く、神秘的で美しい。まさに海外の宮殿のような場所。
で、あってほしかったんだけど。現実はそうではないらしい。辺りは薄暗くて、なんか埃っぽい。蛍光灯の灯りが点滅している。というかこの感じは。
「尋問……?」
刑事ドラマによく出てきそうな個室。
壁はコンクリートようなもので出来ていて、少し高い場所に鉄格子がある。僕が座っているのはパイプ椅子。しかし、目の前に座っているのは、白い羽を生やした、いかにも神だった。
「すいません、ほんっと手違いで。えーと、涼風律さんはどんな感じの世界がご希望?」
いかにも神、じゃない。美しい白い羽。だけど、想像していたのとはまるで違う。
「あの、男……ですよね?」
恐る恐る訊く。違ったらとんでもなく失礼なことを訊いていると自分でもわかってる。いやLGBTQを重視する時代だ。まず相手に性別を聞くのも失礼なのではないか。
なかなか答えない神にやはり何かいけなかったか、とぐるぐると思考を巡らせていると、そんな僕を見透かしたような瞳で、こてんと首を傾けた。
「はい、女神じゃなくてすいませんね。こっちも人手不足なんで」
「えっ、こちらこそなんかすみません」
やっぱ女神じゃないのか。そりゃそうだ。僕の目の前にいるのは、神秘的な要素があるっちゃあるといえる野暮ったいイケメンお兄さん。日本のどっかでニートしてても多分気づかない自信がある。
「というか、そこまで頭回るんだ」
「え?」
「ほら、初めて死んだ人間って、もっと混乱するでしょ。俺が死んでるわけない!! とか」
「ああ、なんか、死んだなって思いました」
そのままの感想を言う。死んだ時って実感湧かないと思っていたけど、実際死んでみると適応が早い。もうすんなりと受け入れてしまってた。
「そなの。で本題だけど」
「あ、はい」
たぶんこの人、同類だ。人と話すのにそこまで慣れてないというか、心底興味ないのだろう。彼はデスクに置かれた古びた手帳を手に取ると、ぱらぱらとページをめくる。何かを探すこと数十秒。お、あったあった、と呟いたかと思うとそこで手を止める。
「いやー、ミスっちゃって。君、車道に飛び出すタイミング良すぎて。完璧すぎて? 神の手帳にも書かれてなくて」
「まじですか」
うん、神も手違いとかあるよな。人間に崇められてるだけで、神は神だろうし、別に全員が全知全能なわけじゃないはずだ。淡々と事情を喋り謝る気もなさそうな目の前の男に、考える気力を削がれる。
「で、これ君は特例なんだけど、転生先の世界を選べるようにしたんですよ……いま空いてる部屋が、こんな感じ」
彼が手帳を閉じると同時に、ブィィイン、とウィンドウが宙に浮かぶ。
初めて見た非現実的な現象で、驚きを隠せない。だけど、言い方がホテルの空室みたいなのは少し気になった。うん、どれどれ。
僕はじっくりと画面を眺めた。
画面に映し出された世界は3つ。どれもありきたりながら、なかなか個性のありそうな世界だ。
「左から順番に、遊牧と農業の世界。のんびり平和にスローライフしたい人向けね、コレ」
ラノベにありそうだな。でもさほど日本と変わらないだろこれ。
「真ん中が、暗黒と闇の世界。これちょうど君ぐらいの年頃の日本人に人気ですよ」
知らんがな。厨二病が多いのは認めるよ。
「右のが、魔法と剣の世界。ど定番ですね。もう説明いいでしょ。全部名前の通りの世界だから、ちゃちゃっと決めてほしいんだけど、どれがいい?」
「…………魔法と剣の世界がいいです」
異世界といったら魔法。というか他の2つに比べて絶対にわかりやすくて暮らしやすい世界だと思う。僕は即答した。
「え、そっち?? 厨二病じゃなくて??」
驚いたように神が言うが、僕は断固として遠慮させて頂く。転生した瞬間恥ずかしさでしぬ自信がある。
「はい」
「決まったら変えられないよ? 左手に包帯巻いて封印とかしても白い目で見られるだけですよ?」
「まあ、大丈夫ですよ」
どれだけ僕を厨二病にしたいんだろうか。僕は別にジャッジメント・なんとか・サンダー!とかやりたいわけじゃないから、なんの問題もない────はずだ。いやほんとに興味ないよ?
「あそうなの。じゃあステータスの説明。ステータスの基本は、その人自身の魂に潜在する能力によって大体決まる感じです。君の魂はまあ見たとこ問題なさそうですね」
「魔法と剣の世界なら、基本的に、HPと魔力、知能、体力、適正魔法、あとスキル、ギフトが表示されます。あ、ギフトはさすがに着いてからのお楽しみだから。それは、こっちで付けときますよ」
「ありがとう、ございます?」
どこまでも軽い様子の彼に微妙に反応しづらいが感謝しておいた。
「実際行ってみて、“ステータス”って言えばステータス見れるはずだからやってみて。あと言うことは……そうですね、ちょっと手、出して」
言われた通り、手を前に出す。すると神は僕の右の手の甲に人差し指を向ける。なにをするつもりなんだと身構えるが、次第に手の甲がじんわりと温かくなり、模様が浮かび上がって輝いた。少しするとその光は収束していき、何事も無かったように消え去っていく。
「今のは……?」
「聖なる紋、聖紋って言ってね。加護みたいなものです。俺、君の担当になったから。困ったことあったらそれで俺と話せるってことね。いつでも呼んで」
自身に満ちたどや顔が少し勘に触らなくもないが、なんかこの神意外と頼りになりそうだな!? 最初ニートっぽいとか思って申し訳ない。絶対口には出してやらないが心の中で謝罪しよう。
「あの、あなた様の名前は…………?」
「俺は男神アストラル。アスでいいですよ。
じゃ早速だけど心の準備とか、よさそうです?」
「大丈夫、です」
「大丈夫ってどっちの?」
「準備できてるって方です…………」
前言撤回。いちいち面倒くさいなこの神。体が明るい光に包まれ、軽くなる。だんだんと辺りが白く霞んでいく。やったあ、尋問室からおさらばだ!! 少しの怖さもあるなかで、僕の気持ちは昂っていた。
アス様の気怠げな声。
「では、無事をお祈りしております。ご武運を? 定型文忘れちゃった。ま、いってらっしゃーい」
僕は、齢17歳にして異世界転生を果たす。
ブクマ感想くださったら泣いて喜びます。
「最強少女の魔法奇譚」という連載もしているのでぜひ読んでみてください☆
並行連載で、これからどうぞよろしくお願いします。




