バイエルンの妖精Ⅱ
母であるゾフィー大公妃の思いとは別に政治的圧力でフランツ・ヨーゼフ1世の結婚相手に非常に苦慮していました。
まず
プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の姪にあたるマリア・アンナ王女が候補に挙がった。
母の妹の嫁ぎ先の傍流の王女でフランツヨーゼフ1世も気に入っていましたが、宰相ビスマルクの強い反対にあい表向きは宗教上の理由が原因でまとまらなかった。
そこでバイエルン王家であるヴィッテルスバッハ家傍系バイエルン公家の公女から候補者を選ぶ事でした。
しかしフランツ・ヨーゼフ1世の暗殺未遂もあり、しばらく流れた後、バートイシュル滞在で表向きは親戚の訪問を受けるという口実にお見合い的なティーパーティが開催されたのです。
森を抜けて、林を、丘を時に可愛らしい村をとおり、ザルクガンマーグートの素晴らしい景色を見ながら
綺麗な景色にとても興奮したわ。
異国バイエルン王国から出た事のない私には新鮮だった。
でもネネはすごく緊張していたわね。
こっちもドキドキしてしまって覚えていなかった。
16日馬車はようやくイシュルのグランドホテルに到着した。
可愛らしい町で一気に好きになったわ。
ママは疲れ切っていたけど、オーストリア皇帝と自分の敬愛する姉をこれ以上待たせられないと慌てた様子だった。
着替えもせずに隣のオーストリアホテルの2階の1室に入った。
広くはないけれどこじんまりした落ち着いた部屋だった。
私は緊張してあまり覚えていないけれど。
伯母様はこの出会いの後でザクセン王妃の双子の姉に手紙を出していたそうなの。
「優美さと気品が溢れ、自分では全く意識しておらず。一層よい印象を呼び起こしました。
喪服だったにもかかわらず……簡素なハイネックの黒服を纏ったシシッは魅力的でした」
って。
でもおそらく政治的な表現のニュアンスね。こんなに立派な皇后を迎えます的な。
でも本心じゃない。
ママは賢まりながら、皇帝にお辞儀をしたわ。
皇帝陛下もにっこりと微笑んでいたわ。
隣の伯母も微笑んで、でも目は笑ってなかったの。その視線はネネに注がれていた。
なんだかすごく値踏みした視線では不快に思ったわ。
ネネはお辞儀をして皇帝陛下は微笑んだ。
その後、皇帝陛下と私と視線が合った瞬間。
驚いた様子で私の顔をじっと見ていた。
伯母様がまたザクセン王妃に送ったお手紙にこう書いていたそうよ。
「あの子の顔が輝きました。
喜んだ時のあの子の顔をご存じでしょう。
あの愛らしい娘は自分がフランツに強い印象を与えた事にまったく気づいていませんでした。
……恥じらいとはにかみでいっぱいでした」
伯母様お手紙の内容が私に対してとは全然違う事を書いてるわ。
何故かしら?
どちらが本当の伯母様の気持ち??
恥ずかしくなった私は皇帝陛下に握手する為に腕を差し出した。
皇帝陛下のお顔はぱっと明るくなったかと思うと、こちらから恥ずかしくなるほど私を見つめていたの。
そして私の手を握って握手したわ。
その様子を隣で厳しい瞳で睨んでいる伯母の視線をこの時は知らなかった。
というよりも見る余裕がなかったの。
あまりに陛下が私を見つめるから。
後の事は覚えていない。
彼はこの時饒舌に話をして、私は俯いて黙っているだけだった。
時折、伯母様が皇帝陛下にしきりにネネの事を話題にしようとしているのがわかった。
「ねえヘレーネは美しくなったと思わない?
この前会った時はまだ少女だったのに。
落ち着いて威厳さえ感じるわ」
「そうですね」
陛下はそれ以上話題を進めない。
なんだか重い空気だけが流れている。
その日は遅くなったのでお開きになった。
その夜は3人ホテルに戻ったけれど、ぎこちなく今日の事は話題に振らないでいる。
夜一緒に来ていた従兄妹カールルードヴィヒが伯母に言ったそうよ。
「兄の。
あの楽しそうな姿を見ましたか?
確実に恋をしています。
僕が気にいったものはいつも陛下がとってしま
う。
いつだって弟は2番手だ」
伯母は未来の皇后が私と想像するだけでぞっとしたそうよ。
「母上シシッはとても可愛らしい。
シシッに惹かれた」
「フランツあの子はまだまだ子供です」
「いいえ。とても魅力的だ。妖精のよう」
「なんて事。
我儘で見たでしょう。
礼儀知らずで、発音もバイエルン訛り。
とてもつりあいがとれません。
ネネは美しい。それにあの落ち着き。
フランツ!
あの子は皇后には相応しくありません」
「母上結婚相手は自分で決めます」
「フランツ!!」
「この事は自分で決定します」
「……わかりました。でもフランツ。
そう結婚を焦る必要はありませんよ。
じっくり考えなさい」
次の日は昼食を皇帝陛下一家と頂くことになったいた。
そこには私はいなかった。
私と家庭教師はその部屋の隣に2人だけ昼食をとらないといけないと言われたの。
「何故?私だけ食事を共に出来ないの?」
「お姫様。
そんなに怒らないでください。
奥様の指示です。
お怒りにならないで隣に聞こえます」
「そんなの知らないわ!!
何故なの??」
そうすると部屋続きの扉が開いて、その前には皇帝陛下が立っていた。
「こちらで召し上がってください。
従兄妹殿」
陛下が優しく微笑んでくれた。
私は得意げに差し出された彼の手をとって、ママ達がいる部屋へ入っていった。
椅子が引かれ私は席についた。
それからは皇帝陛下が楽しそうに会話をして、時折私を見て微笑んでいる。
ママとネネは場が悪そうに何も言わない。
変な空気が部屋を包んでいたのは知っていた。
その日の舞踏会だったかしら。
ネネは用意されたドレスを着て、私は素朴なピンクのドレスで会場に入った。
そこにはバートイシュルにいる上流階級の人々の参加するパーティー会場だった。
普段は皇帝陛下はダンスを踊らないのが一般的だそう。
陛下はダンスを眺めていた。
誰とも踊らない。
ネネとさえ。
ポルカの激しいダンスの時間になった。
陛下は侍従のヴックベッカー氏に「エリーザベト嬢をお誘いして」と耳打ちしたらしいの。
侍従と踊った私。
侍従は思ったみたい。
「どうやら私は未来の皇后陛下と踊ったらしい」と。
そしてその後は皇帝陛下と踊ったわ。
まだダンスは習得出来なくて、苦手だったわ伝統的なダンスは。
また伯母様はザクセン王妃に手紙でこの時の様子を知らせたのよ。
「皇帝と寄り添ってコティヨンを踊る姿はまるで太陽の光を浴びてほころぶ薔薇の蕾のようです。
私の前では子供らしい遠慮がちな様子でしたが、皇帝には自然に振舞っていました」
最後の時、今宵の参加した女性に皇帝陛下から捧げられる全ての花束を陛下は私だけに差し出した。
ほとんど求婚の証だったようだったって。
私はまったく気がついていなかったけれど……。
私は恥ずかしくて花を受け取った後、俯いてお辞儀をして舞踏会は終わった。
翌日6人の昼食の後、ザンクトウォルガングに遠出した。
フランツの前に私が座る。
会話はほぼない。
ひたすら見つめてくる皇帝陛下に私はただ恥ずかしかった。
ぎこちない何とも言えない道中だった。
その夜は伯母様と皇帝陛下の話し合いがされたみたい。
「シシッは可愛らしい。
あの殻から零れるアーモンドの実のように新鮮で、冠の様に編んだ髪が可愛らしい顔を縁取って、
なんて可愛らしく甘い、苺のような眼と唇でしょ
う。
彼女と結婚したい。
どうか彼女に結婚の申し込みをしてほしい」
「なんて事?
よく考えなさい。
陛下あの子はまだ幼い。
皇后が務まる訳はありません」
「いいえ。
母上。
彼女以外とは結婚しません」
「フランツ!!」
彼は生涯初めて母親に逆らった。
フランツ・ヨーゼフ1世には年少時代から母大公妃の用意した衛生係という名の婦人方が立ち代わり性教育が行われていたので、親しい若い少女が少なかったのでしょう。
一番下の妹アンナは年少の頃持病で死亡していました。
なのでちょっとロリコン気味だったようです。
愛人三人(一人を除き)とも若い。中には15歳の人妻でシェーブルグの庭園でナンパされたと秘密の愛人アンナが日記に残していました。