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鴎は弧高の世界へ 乗馬編Ⅲ

フランスのイギリス旅行の目的はヴァレリーの健康の為、ビーチで泳いだり、乗馬もするがある日落馬事件が。


そしてノルマンディーへ向かったの。

フェカンに到着してサスト・ル・モーコンディ館に滞在するのだけれど、私を見たいという欲求が飛んでもなくて。神経をイラつかせたわ。


外出する度に追いかけまわされるのよ。

海水浴するもの一大事で、とうとう私は館から海岸のビーチまで幕を張らせたの。


海水浴次は乗馬よ。

しかも障害物乗馬よ。


私は馬に跨り、スピードを増して目の前の障害超えようと馬を踏み込ませた時だった。


馬は着地の時に前足がからまり、膝を折った状態で着地してしまったの。


私は柏の茂みにそのままほおりなげられてしまったわ。


激しい衝撃が身体に叩きつけられる。


馬はそのうち立ち上がりびっこを引いて歩き始めた。

私は動けない。


「皇后様!早く医者を。庭で事故が!!!」

馬丁が叫ぶ声をマリーが聞いたの。

心臓が飛び出すくらいお驚いたそうよ。


私は口を切って、額に黒いあざができていて意識がなかったのだけど、なんとか意識が戻るけれど視線がただよっていたわ。


「わたしはどうしたのかしら?」


「馬から落ちたのです」


「馬など乗らなかったわ。今何時?」


「今は10時30分でございます」


「朝の…そんな時間に馬なんて乗る事がないのに…どのにいるの?」


「ノルマンディでございます陛下」


「フランスで何をしているのかしら?

 本当に馬から落ちたなら馬鹿ね。皇帝陛下を驚かせないで」


しばらく頭痛と吐き気で静かにしている必要があり、それでも思わしくなけでば手術という事らしい。


でも一日で状況は良くなってアザも薄くなり始めた。

よかったわ。


当然フランツの元にこの悪い知らせはすぐに電報されて彼ったら動揺してすぐにフランスに行くといいだしたの。


何とか侍従が止めてシェーンブルグ宮殿で焼きもきして過ごした翌日私が好転したという連絡が入ったそうよ。

「どんなことになったのか想像するのも恐ろしい。私の天使 君がいなくなってしまったらどうしたらいいのか」


そして彼に手紙を書いたわ。


驚かせてしまって残念ですが、二人ともこういう事故が起こるのはわかっていた事です

身体の具合はずいぶんよくなりました

ヴィダーホーファー(医師)は厳しいですが出来るだけ早めに旅行許可を貰おうと思います



その通り数日後パリに入った。

パリでも事故の事なんかなかったみたいに乗馬をしたわ。

勿論観光とパリにいるアランソン公爵夫人のゾフィーと会ったわ。

そしてパリを堪能した後帰国したのその地はゲデレー城よ。


狩りに興じていた後に悲しみが待っていた。私のシャドーが亡くなったの。

悲しすぎて部屋に籠ってしまったわ。

私のシャドー……。


でもいつもの旅行熱が再発したの行先はイギリスよ。


夫は反対したわ。

でも止められないと察して最後は許してくれたわ。しかも叔父のフェルディナント2世が死去し夫がハプスブルグ家の全財産の保有者となったので、私の年金を三倍にしてくれた。

あっこれらの捻出は皇帝家の所有財産からよ。

税金からではないから。


1878年1月イギリスに到着すると今度はヴィクトリア女王の接見をしようとするも今度は女王に拒否されて憤慨しちゃったわ。

まあいいわ。

こちらでは乗馬をとことん楽しむから。


スペンサー卿がベイ・ハミルトンに私のエスコート役をたのんだの。

始めは不満たらたらだったらしいけど。


そして今度は夫の要望通り、ヴィクトリア女王と謁見したわ。

もういいわね。乗馬よ狩りよ。


鹿狩りの当日でハミルトンは私の乗馬技術を賞賛していったわ。

レベルがこれほどとは思ってなかったみたい。落馬事故のあとだったし。


楽しすぎて夫にこう書いたわ。


「こちらに来てくださるように、皆さん何故こちらにいらっしゃってくださいとおっしゃらないのかといわれます」


夫はそれどころではなかったみたい。

バルカン半島が不安定でイギリスの援護を切望して私を謁見させたみたい。


そうそうこの時にエドワード皇太子に悪戯を仕掛けたの。

その時の詩がこれよ。

二人仲良く客間に掛けていた

彼は甘い言葉を連発し夢中のよう

愛しているとまで言った

ひたと寄りそってきて私の手を取った

ささやいて言うにはおねえさまさあいかが

私はケラケラ笑いおどかした

誰かが階段をあがってくるわよ

お互いも耳を澄ませたが何でもなく

楽しい戯れを再開した

サーエドワードは大胆になり

きわどい振る舞いにも及んできた

面白いのでわたしはされるがまま

笑って言ったおにいさまさあいかが

その時彼が狼狽えだし小声で耳打ちした

誰かが階段をあがってくるわよ


ついでにロンドンの馬の飼育場を見学に行ったわ。

沢山ほしい馬がいたけど酷く高くて手がでなかったのと夫に手紙を書いたわ。

でもね二週間もしないうちロンドンの裕福な夫人が私に馬を贈ると言ってきかないの。

ひと悶着あったけど受け取ったわ。


狩りを堪能した後帰国したわ。


夫は事故も会ったから帰った時は上機嫌だったの。


しばらく皇后の責務をはたしていたわ。

そしてフェルダフィンクへ逗留したの。実家ポッシー館のすぐそばね。

ミュンヘンに行った後に私はコルフ島への望郷にとりつかれたの。


夫が遠出用の蒸気船ミラマーレ号を購入してくれたの!


コルフ島、そしてアテネにいったわ。



9月にゲデレーに家族が揃ったの。


1878年1月からルドルフと二人だけのイギリス旅行をしたの。

息子と初めての旅行なんて感無量だわ。

でもあまりに一緒にいる時間がなくてしかも息子は子供の頃からくらべるとずっと大人びて私にも無関心にも見えた。

だから旅行中会う機会には私は念入りに身支度して彼に印象付けたわ。

淋しいわ。

ロンドンにルドルフを置いてノーサンプトンシャーに滞在して騎乗狩猟よ。今回も悪路の為に落馬する卿は多かったけれど、私は賞賛の的だった。


「エリザベス皇后はどこをとっても皇后」


ルドルフはスケジュール通り女王に謁見したり、政府の重鎮に面談したり、紡績工場イギリスの産業革命をその目で実感していた。


特に女王は彼を気にいったらしく女官の間にはちらほら噂が飛び交った。


「女王は皇太子に恋をしておられますがご心配なく、結婚しようなどとは思っておられません」


そんな中私とハミルトン卿のくだらない恋の噂がルドルフの耳に入ったの。

繊細なルドルフは動揺したわ。

あまり私と接点がなかったから、これからの関係悪化に拍車がかからないかとやきもきしたわ。

そんなはずないのに……。

ルドルフはそのままドイツへ。

私は一旦ウイーンに帰ったの。3月義父のフランツ・カール大公がなくなった。

夏になって私はバートイシュルに保養しにいく。

そして9月9日両親の金婚式に参加したわ。


父はほとんど館にいなかったから、皆から今日ばかりは夫人の傍にいないといけないと揶揄されたわ。

会場は二人の結婚披露宴がおこなわれたケデルンゼーに、10月にはゲデレーで狩猟大会を内外の客を招待したわ。












エリーザベトの乗馬技術は普通の騎乗には飽き足らず、危険な岩場や坂道命を顧みなかった。

時に落馬して意識を失う事もあったが、やめるという選択肢はなかった。



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