突然の死は……望みのままにⅡ
ジュリーの別荘を訪問した後、ジュネ―ヴに一泊してホテルヴォ―リバージュに滞在したエリーザベト皇后はテリテに帰ろうとした。
その後はモンブラン湖畔を散歩したのよ。
私は今日出発というのになんとなくこの散歩が楽しくて、なんだかホテルに帰る気分じゃなくなったの。
その日はとても天気が良くて風も心地よくて街の様子も賑やかで本当にお散歩日和だったのよ。
出来ればもっと散歩していたかったわ。
でもイルマが心配そうに言ったの。
「そろそろお部屋にお帰りになってお仕度されて
は?」
と促されたわ。
その後ホテルに入って帰りの支度をしたわ。
でも今日はなんだか支度に戸惑ってしまって、いつもよりゆっくりになってしまって。
何故かしらと自分でも不思議だったわ。
いよいよという時、部屋に置いていたコップにミルクをまだ残しているのがすごく気になったのよ。
イルマは出発の時間を気にして、なんだかイライラしていたようにみえたけど。
私は何故かそのままにしたくなくて、そのミルクを飲干したの。
「陛下。
本当に乗り遅れてしまいます。
参りましょう」
でも普段はしないのに水でカップをゆすぎもしてみたわ。
イルマは乗り遅れないのではと顔が引きつっていたわね。
「今日はモンブランがとっても良くみえるわ…」
ようやく部屋を一目見渡して、ホテルの正面入り口に降りたわ。
ドアマンと経営者の二人が大変美しいお辞儀をしてドアを開けてくれたわね。
黒いドレスとマント、黒の帽子に手袋、日傘をさして扇子を手にして外へ出たの。
いつものいでたちね。
13時35分ようやくモンブラン埠頭へ向けて遊歩道歩き始めた。
埠頭まではすぐそこなの。
船も見えているわ。
「ほら皆ゆっくりしているでしょ。
出航に手間取っているわ」
通りを渡り湖畔の遊歩道を二人で歩き始めたの。
私は出航時間も気にせずになんだかこの景色が美しくてウキウキしてしまったの。
「ごらんなさいイルマ。
マロニエの花が咲いているわ。
シェーンブルグの庭園にも二度咲のマロニエの木
があるの。
皇帝陛下のお手紙にもシェーンブルグのマロニエ
も花盛りですって」
そう言ってクスッと笑ってみせたの。
あっ勿論歯は見せないでね。
笑ったわよ。
ヴォ~~~~ン!!!カンカンカンカン!!
その時蒸気船の出向の合図が聞こえたの。
「陛下!
蒸気船の合図が!!」
イルマの悲痛な声が聞こえたわ。
銅鑼の鐘の合図が辺りに響いたの。
その合図と同じ時にイルマの瞳がある人物の行動に釘付けになっていたみたいなの。
遊歩道の植えられた左右の木々の幹に隠れながら横へ縦へと、木々を移動しながら私達に近づいてきていたそうよ。
そして男は湖の柵の所に来て急に斜交いに私に突進してきたの。
「あっ」
イルマは慌てて私を庇おうと踏み出したみたいだけど、男はぐらついてこける様にして私に殴りかかってきたの。
男に押されて私は仰向けに倒れてしまいました。
「きゃ~~~」
イルマの悲鳴が聞こえたわ。
すると男はさっと逃げ出してしまったの。
イルマは私の身体を起こして悲痛な顔をしていたわ。
私はとっさの事で瞳をパチンと開いてしばらく放心状態だったの。
でも意識ははっきりしていたわ。
「大丈夫ですか陛下。
おかげんはいかがですか?」
イルマの心配そうな声が聞こえたの。
せっかく結い上げた王冠の髪は崩れて頬は紅潮しているようだった。
でも本当に痛みは感じなかったのよ。
「ええ。なんでもなかったわ。大丈夫よ」
「怖かったでしょ」
「ええ。とても」
そういうと私の周りにこの蛮行を目撃した観光客や地元の方がいろんな国の言葉で声をかけてくれて来たの。
「大丈夫ですか?英語」
「大丈夫ですか?フランス語」
「おかげんいかがですか? ドイツ語」
「大丈夫ですか?スペイン語」
しかも駆けつけた御者がドレスの汚れを手ははらってくれてなんだか嬉しくて口元が緩んだの。
私はお声をかけてくれる各国の言語でお礼をいったの。
「サンキュー」
「メルシー」
「ダンケッ」
「グラシアス」
私を人嫌いとかいう人がいるけれど。
群衆は嫌い、注目されるのは嫌い。
でも人と人の個人の交流は大好き。
だって昔パパとホイゲルやビアホールでお話したもの。
ダンスも披露したし。
チップだと言って硬貨も貰って今でもまだ持っているわ。
「私が稼いだ唯一のお金」と女官達に自慢したものよ。
皆とても優しくて気さくだったわ。
私の事勉強嫌いって言った方がいますが、興味のある事には昔から集中して学んできたの。
確かに身に入らない事もあったけれど。
それって意味のある事かしら?
特にマナーや作法なんてほとんど生きるのに意味はないわ。
手袋をして食事しないといけないとか。
家族で必ず食事を一緒に取らないといけないとか。
挨拶には手の甲にしかしてはいけないとか。
その後ホテルのドアマンが駆けつけてくれて「もう一度ホテルで休むよう」にと案内してくれたけれど。
丁寧にお断りしたわ。
だって船に乗り遅れそうだったから。
「私 顔を青くないかしら?」
イルマに見てもらうと心配そうに言ったのよ。
「そういえば。
恐ろしい目にあわれたからでは?」
「あの男は私をどうしたかったのかしら?
きっと時計がほしかったのかしらね?」
その後再びドアマンが近寄り男が取り押さえられたと知らせてくれました。
「陛下? お苦しいのではありませんか?
どうかお正直におっしゃってください」
「そういえば……胸の辺りが…痛む気がするの…確かじゃありませんけど」
私はそう言ってイルマと足早に船へ乗り込んだの。
でも入ってすぐに、眩暈がして突然立っていられなくなって、イルマの顔を見て言ったわ。
「腕を……貸して」
そう言ってイルマに倒れ掛かってしまったの。
そして冒頭のイルマの叫び声に繋がるのよ。
イルマがもらった水をハンカチで濡らして私のこめかみと顔に水をかけてくれた。
そしたら瞼は開くのですが、瞳孔は開いて目線がゆらゆら揺れてまるでこれから亡くなる人の様に見えたと思ったみたい。
近くの男の人に手伝ってもらって、私をベンチにのかせてくれたの。
「誰かお医者様はいらっしゃいませんか?」
イルマの甲高い声が木霊していたわ。
するとすっと男性が歩み寄って言ったのよ。
「医者ではありませんが。妻は医学の心得があります」
とおっつしゃって奥方を連れてきてくれたのよ。
その夫人は水とオーデコロンを額に刷り込むとイルマが私の胴着を外してくれ始めたの。
私は少し意識を戻りつつあって、イルマは必死な顔で私に酒の含ませた角砂糖を口に入れたわ。
自分のカリッと噛む音が聞こえて口中に甘い味が広がったわ。
イルマの安心した顔が印象的だったわ。
そのままふわふわと2.3分辺りを見渡して、何が起こったのかしら?
何故?こんな?
そう思いながら身体を起こしてベンチに座ろうとしたの。
あっお礼も言わなきゃ。
「メルシ―」
その手当をしてくださった夫人に言ったわ。
けどなんだか具合が悪い気がするの。
何故かしら?
ふわふわして身体が揺れているの。
急にダン・デュ・ミディ峰に釘つけになって、頭がふわふわというかす~と何故か景色が歪んで……。
「わたくしいったいどうしたのかしら?」
そう言って私は再び倒れてしまったのよ。
その後イルマは私の服を脱がし始めると、下着に赤黒い小さなシミを見つけたそうよ。
そうさきほどの男に刺されたの!
イルマはいてもたってもいられず叫んだ。
「船長!すぐに船を岸に戻してください。
ここに致命傷をおって倒れておられるのはオース
トリア皇后陛下!
ハンガリーの王妃エリーザベト様
です。
お医者様、神父様もおいでにならないのに。
ここで落命させるわけにはいきません。
どうか桟橋へ。
すぐ引き返してください」
船長は黙ってそうしてくださったそうよ。
そして即席の担架を作り6人の男立ちがマントを被った私を乗せて、ホテルボーリヴァージェに戻ったというのよ。
私は首を左右に揺らしていたわ。
意識はなくてわからなったけれど。
暗殺者ルキーノは貧困層の出身で本当は別の人物を暗殺するつもりでした。
しかし急遽その人物が、訪問を中止したたため、計画を断念しました。
そこに新聞社が「オーストリア皇后エリーザベトホテルヴィーリヴァージュに滞在」という記事を知り、下調べしては暗殺を決行したのです。