【短編】冤罪悪役令嬢の七日間 華麗に婚約破棄断罪返ししてみせますわ
「恋に落ちたんだ。愛しさが溢れ出て抗えないんだ。君との婚約は解消してくれ」
婚約者が現れたのは、屋敷のガゼボで騎士とお茶を嗜んでいる時。
「酔ってらっしゃるの?」
「……はぁ。やっぱり君からは僕にリスペクトを感じない。リプリンは『ありのままの貴方を尊敬します』って言ってくれたんだ」
「そう…言われましても。今はお父様が不在ですし」
「リプリンは純粋無垢な天使なんだ。なのに成金男爵令嬢なんて酷いことを言うやつもいて。僕がそばで守りたいんだ!」
「では、王太子殿下のお誕生日を祝う舞踏会は?」
「もちろんリプリンと出席するさ!」
「お嬢。殺っちまいましょうか?」
去っていく婚約者の背中を、騎士は睨みつけます。
「どうして? 恋に落ちてしまったんだから仕方ないじゃない。もう、幸せを祈るしかできないわ」
「お嬢は優しすぎます。伯爵家の三男坊ごときに浮気されたんですよ? しかもお花畑全開で、罪悪感が一切ありゃしない」
「心配しないで。公爵家の婿なんて、すぐ見つかるわよ」
「いいえ。しっかり制裁しましょう。七日後の舞踏会までに、立派な冤罪悪役令嬢になりましょう」
「冤罪悪役令嬢って?」
「華麗に断罪返しする、美貌たっぷりの令嬢です」
「まあ。楽しそうね。やってみようかしら」
───── 舞踏会当日 ─────
「殿下。お誕生日おめでとうございます」
王太子殿下にお祝いを述べた私に、婚約者とプリンが近寄ってきました。
「貴様とは婚約破棄だ─────ッ!」
婚約者はホール中に響く大声を出しました。
あらあら。興奮しちゃって。
優雅な舞踏会のホールは、シ───ンと静まり、視線が集中。
「大声ださなくても聞こえますのに」
私は小首を傾げてしまいます。
「嫉妬は見苦しいぞ? このォ悪女め─────ッ!!」
「あら。嫉妬は、一切しておりませんわ」
「か弱いリプリンを虐めただろォ─────!」
「婚約中に手を出すプリン様こそが、私を虐めたのでは?」
プリンに視線をやると、両手で頬を抑えて泣きながら、被害者オーラを振りまいています。
「プリンじゃない。リプリンだッ!」
「どうでもいいですわ。婚約破棄、喜んでお受け致します」
「いったい俺のお嬢がゴブリンに何したって?」
常に隣にいる私の騎士が、苛立ちを隠さず尋ねました。
ほんのちょっと柄の悪い威圧だけで、元婚約者がブルルッとひるみます。
もう。無事婚約破棄完了しましたのに。
「六日前に、ワインをかけられましたわぁ─────」
プリンもこれまたよく通る甲高い声を出しました。
泣いてると思ったのに、ちょっとも涙はありません。
プリンもなかなかの手練れ。
「ゴブリン。まだ十四歳のお嬢はワインを嗜まれませんが?」
「あ、……ああ。で、ゴブリンでなくリプリンだ」
粗暴な騎士の眼光に、元婚約者はさらにひるみます。
「ひっどいッ! 三日前に階段から、突き落とされましたわッ!!」
役に立たない元婚約者にしびれを切らしたのか、プリンはさらに声のボリュームをあげてきました。
もう。承認欲求がお強いんだから。
今日の主役は、お誕生日の王太子殿下ですのよ?
「あら。どちらの階段か教えてくださいません?」
「……そ、それは別に」
王太子妃であるお姉様が、威厳たっぷりに口を挟んだので、プリンはゴニョゴニョと口ごもります。
「妹を捨てて、そちらのフリンと結婚する以上、今まで公爵家が用立てたお金は今日中に返済してくださいましね」
「へ? 今日中なんて無理です……で、フリンはリプリンです……」
お姉様の言葉に元婚約者は目を丸くして慌てます。
元婚約者は粗暴な人間にも弱いですが、身分の高い人間にも弱いのです。
「でしたら、フリンの家に持参金として出して頂いて?」
「そんなぁ。王太子妃殿下ぁ。無理ですッ!!」
意外にも、プリンは断固として拒絶。
あら。しっかりしてらっしゃる。
お姉様の隣に、スッと立ったのは王太子殿下。
「私を舐めてるから、何の罪もない私の義妹を捨てたのか?」
「めっそうもない! そんなこと考えておりません」
「深く考えないバカは国にいらない。二度と私の前に現れるな」
「ぐ、ぬぬ……」
さすがに王太子殿下がすごむと、元婚約者とプリンは言葉を失ってしまいます。
もう顔面蒼白。
「さあっ。もう悪女の私のことは忘れて。私もきっぱり忘れますから。『ありのままの貴方を尊敬』する不倫令嬢プリンとお幸せに。さようならぁ──」
元婚約者とプリンは、すごすごと退出していきました。
「もうもうもう!! だれかれかまわず媚びを売るグレムリンが消えて、ざまぁって歓喜しちゃいましたわッ!」
令嬢が、私の周りに集まってきます。
「悪いのは、愛されなかった私ですわ」
私は両手で顔を覆い、肩を震わせました。
少しも悲しくないのですが、涙をなんとか絞り出しましたわ。
どうです?
私は、悲劇の冤罪悪役令嬢を演じきれましたかしら?
───── 七日前のガゼボ ─────
「で、プリンってだれ?」
「明日のガーデンパーティーにいるんじゃないですか?」
「どんな令嬢かしら。まず敵を知らなきゃね」
私と騎士はプリンを見てみることに。
───── 六日前のガーデンパーティー ─────
「お嬢。あのピンクドレスがゴブリンです」
「ちょっと! こぼれそうなお胸を殿方に押し付けてるわよ?」
「ったくどこが純粋無垢なんだか。ワインでもぶっかけます?」
「ダメよ。私の醜聞が広まっちゃう」
「だれにも見られなければいい。少々お待ちを……」
『温室で二人きりで会いたい。あなたの恋の奴隷より』
騎士はナプキンにさらさらと恋文を書きました。
「給仕に頼んで、渡してみます」
「恋人がいるのよ? 他の殿方が呼んでも来ないでしょ?」
でもまあ、右手に赤ワイン、左手に白ワインを持ち、温室に行きました。
するとプリンが即登場。
「あのぉ? だれかいませんでしたぁ?」
「さあ? 存じません」
バシャ─────ンッ!!
去ろうとしたプリンの背中に、両手で思いっきりワインをぶっかけました。
「きゃっ!」
驚いたプリンが振り向く!
「あらやだ。ごめんなさい。スカート踏んでよろけちゃって」
私は、とっとと温室から逃げました。
赤ワインと白ワイン混ぜてもピンクになりませんのねぇ。
───── 五日前のドレスルーム ─────
「誕生日パーティーでは何色のドレスを着る?」
お姉様が実家に顔を出しました。
「悲劇のヒロインに見えるドレスは何色かしら?」
「なんで??」
「実は私、婚約解消されるみたい」
「何ですって!?」
「もういいの。昨日、浮気相手のプリンの背中にワインぶちまけたから。充分復讐を堪能したわ。満足よ。逃げるの含めてドキドキで楽しかったもん」
「そんなんじゃ許せないッ」
「ゴブリンは毎週火曜日に教会に行くらしいですよ」
口を挟んだのは騎士。
「なぜ私のドレスルームにまで入ってくるのかしら。まったく」
「護衛ですもん。ずっとおそばにいますよ」
「相変わらず妹への執着が止まらないのね」
「殿下も溺愛が相変わらずで」
お姉様と騎士は、妙な対抗心でバチバチ火花を散らします。
───── 四日前の教会横の石段 ─────
───ん?
馬車から降りたプリンはなぜか教会に入らず、コソコソと建物の陰に。
後を追うと、目撃しちゃったのは牧師とプリンのキス!!
「え。え?? 太陽の下の石段で何を始めるの?」
わざわざ黒いドレスに黒いベールで、教会に入る準備万端でいらしたお姉様はびっくり。
牧師は小さな石段から立ち上がると、去り際にプリンに金貨を渡す!?
「だれも見てないから、蹴っ飛ばします?」
「さすがにやりすぎよ」
「なら私がッ!」
止める間もなくお姉様が走り出す!
石段の上からプリンの背中に飛び蹴り─────ッ!!!!
シュタッと着地、スッと立ち上がると、そのままお姉様は馬車で去っていきました。
「なんて華麗な身のこなし」
「さすが軍事大国の王太子妃殿下だ……」
騎士と見惚れてしまいましたわ。
───── 三日前の王宮 ─────
「あら。プンプンしてどうしたの?」
「フリンと恋に落ちたからと、妹が婚約解消されるんです。ところが、そのフリンは牧師に身体を触らせて金貨をもらうような、まさかのビッチで……」
お姉様は義母である王妃殿下に、私の婚約者の不倫と、不倫相手の別の不倫を教えてしまいました。
「乱れすぎてて、ややこしいわね」
「昨日はフリンを蹴っ飛ばして気分爽快でしたが、私の軽いキックじゃ妹の仇を取った気がしなくて」
「おバカ。王太子妃なのよ」
「大丈夫です。ベールで顔を隠してましたし、ダッシュで逃げましたわ」
「あのね。その不倫するフリンとやらを王家に近づけないと、他の貴族の前で明言するだけでいいの」
「それだけ?」
「ええ。その家門は終わるわ」
「ねえ。その話、私も混ぜてよ」
と、王太子殿下まで。
───── 二日前のディナー ─────
「婚約解消だと?」
領地から戻ってきたお父様はお口をあんぐり。
マナーの良いはずお父様が、雑魚のフリットをポロッと床に落としてしまいます。
「もうよいのです。お姉様が怒ってくれて、すっごく嬉しくて」
「早めの持参金だと思うから、今まで融資したのに」
グシャッ。お父様は怒りに任せ雑魚を踏みつけました。
「さあ。公爵様。全力でコテンパンにやっつけちゃってください!」
まったく、もう。騎士はお父様にも馴れ馴れしい。
「おまえは何もしないのか?」
「剣を真っ二つに折りましたよ『二度と屋敷の門をくぐるな』と。ご命令とあれば殺っちゃいますけど?」
「いや。それではワシがものたりん」
お父様はニヤリと悪者の笑みを浮かべました。
───── 一日前の公爵家サロン ─────
「債権者の皆にお集まり頂いたのは、他でもない。伯爵家の財産分割についてだ」
「公爵様は融資を止めるのですか?」
「もう融資する義理がない。明日、差し押さえる」
「明日!?」
どよめきの後、己の利益を守りたい債務者で熱い議論が交わされました。
───── 舞踏会当日 ─────
「公爵家から援助を受けてたなんて!」
「リプリン。どうせ結婚するんだ。持参金を先にくれない?」
ホールを出てすぐ廊下で、リプリンと元婚約者は揉め始めました。
あらまあ。周りに丸聞こえで、恥ずかしくないのかしら?
「豪華な服を着てるから裕福だと思ったのに」
「この服は王太子夫妻に頂いたんだ」
「はい!? お世話になっておいて、婚約破棄って失礼すぎない?」
「リプリンだって、すごい高級ドレスを着てるじゃないか」
プリンはキラキラしたビジューたっぷりのピンクのお姫様ドレス。
本当の価値は別にして、派手さでは王太子妃のお姉様にも勝ってましたわ。
「男たちがくれるんだもん」
「まさかリプリンは浮気してんのか?」
「まだ婚約も、結婚もしてないもの。自由だわッ」
「ってことは、リプリンは成金男爵令嬢じゃなかったのか?」
「実家のお金を当てにしてるのならお門違いよ。むしろ借金まみれだもの。お互い、大誤算ね。じゃ。さよなら」
「ちょ、待て。プリリン!」
「リプリンよッ!」
プリンは元婚約者を見捨てて去ってしまいました。
「さ、さ、差し押さえ!?」
騎士の説明を受けて、元婚約者の父親である伯爵は、真っ青に。
「伯爵家の御坊ちゃまは醜態をさらし、城も出禁になりましたよ」
「ど…どうかお許しを。愚息を廃嫡しますので」
「いやいや、融資した金を使い切ったのは、どなたです?」
騎士は嫌味たっぷりの悪役顔で微笑みます。
「愛娘を傷つけた愚か者を、許すわけないだろう?」
ぞっとする冷たい公爵の声に、だれもがヒュッと息を呑む。
これぞリアル悪。
伯爵家はお屋敷も領地もなくなっちゃいました。
「ちょっと、やり過ぎじゃないかしら?」
「お嬢も、なかなかの冤罪悪役令嬢の演技でしたよ」
「フフ。冤罪じゃないのにね」
「完璧にッ! 騙せてました」
「あ──。スッキリしたっ。楽しかったね」
私と騎士は、今日ものんびりガゼボでお茶を飲むのでございます。
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