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兄妹

 別邸にて急遽行われることとなった最後の決闘。その内容は当事者二人と審判として見守っていたララが思い描いていたとおり、酷く一方的なものでしかなかった。


「ぐふっ……」


 腹を殴られ、みっともなく透明な液体を零しながら膝を突くクー。灰色の美少年の顔には似合わない青痣が付き、肩も弾むほどに絶え絶えに呼吸しながら、それでも生気のこびり付いた瞳で無傷の少女──レオネ・ズーハルトの見据え続ける。


(ヤワラ柔術とアラワ剛術。バルバリアンより習った、ユリユリ公国における徒手空拳の二大流派。俺がバルバリアンから習ったということは、当然レオネも習得して俺以上に糧としている。どうにも才能のなかった故に触れる程度だった俺と違い、やはり才に溢れていたレオネとでは練度が月とすっぽん。故にぶつかれば、こうなるのは自明の理だが……これでまだ十三のメスガキなのだから末恐ろしいな。怪物め)


 目の前にてさめた瞳で見下ろしてくるレオネ、ズーハルトの麒麟児にクーは心の中で吐き捨てる。

 

(……分かっていた。分かっていたとも。魔法と予め講じていた策で誤魔化さず、正面切っての殴り合いに持ち込まれればこうなると。誰よりもレオネと決闘してきた俺だからこそ、嫌というほどに)


 クーは心の中で自嘲する。火を見るより明らかだったはずなのに、抗おうとした自分自身を。


(膂力、瞬発力、体力、思考力、そして技量。今回用いることのない魔力含め、戦闘に必要であろうあらゆる要素を数値で抜き出してしまえば、間違いなく俺が下。勝るものがあるとすれば、この高身長イケメンボディによる体格差くらい。……ククッ、せっかくシルバーランクになったというのに、こんなザマではルルラに笑われてしまうな)


 それでも再会を約束し、既にアンマルを去ったレオネとは系統の異なる金髪の相棒。快活な笑顔が魅力であった槍使いをふと思い出しながら、クーはゆっくりと立ち上がってみせる。


「……やっぱりさ、もう降参した方が良いと思うんだけど。これ以上は色々まずいの、分かってるでしょ?」


 生まれたての子鹿が懸命に立つかのようにふらつき、小刻みに震える両手で構えてみせるクー。そんな涙ぐましい健闘を、レオネは容赦なく無駄だと切り捨てる。


「ククッ、お前にしては優しいじゃないか。そんな慈愛の心を持っていたのなら、今までのじゃれ合いでも少しくらいは見せて欲しかったものだな」


 クーは気丈に振る舞ってみせるが、軽口にいつものキレはなく、顔色だって今にも死にそうなほど。


「……頑固だなぁ。ボク、これでも心配してあげてるんだけど」

「ククッ、お互い様だろう。伊達に血を分けているわけではないな、妹よ」

 

 誰からしても一目瞭然な虚勢。そんな健気な兄の姿にレオネは肩をすくめ、静かに構え直す。

 

(さて。強がってはみたものの、どうしたものか。……勝機はない。どう足掻こうと、万に一つも勝ちはない。バッジを奪れば勝利などという甘い抜け道など、目の前の怪物との勝負にはないのだから)


 クーはそんなレオネを見つめながら、次の一合いにて訪れる敗北を確実に想起する。

 

(可能性があるとすれば……試すしかない。格好いいからと練習してみはしたが一度も成功したことのない、たった一度目にしただけのあれを。レオネの知らない、予想を超える未知を。今日ここで、ぶっつけ本番で)


 そしてクーはちらりといつも通りの済ました表情で戦いを見守るララに視線を向け、思い出し、微笑する。かつて一度だけ直視したララの戦闘──ブラッディボアを打倒した刹那、ほとんどを捉えきれずとも確かに目にした、華麗なる足捌きと短剣の冴えを。


「次が最後だ。この一撃で決める。……出来なければ、俺の負けだ」

「そうだね。ボクもそのつもりッ──!!」


 クーが呼吸を整えたその瞬間、レオネの姿がブれる。──クーもまた、優しく地を蹴り姿を消す。交差と激突は、ほんの一瞬だった。


「なに、今の……?」

「さあな。ララはいじわるだから、技名なんて教えてくれない、んだ……」


 雀の涙ほどの一撃に直撃し、呆然と膝を突くレオネ。そしてクーの方はレオネの拳を躱しきることは出来ず、力なく微笑みながら、そのまま地面へと倒れてしまう。


「ク、クッ……。どうにか、初見騙しで一発、一矢報いてやりはしたが……ま──」

「──ボクの負けだね。……うん。この勝負、お兄様の勝ち」


 うつ伏せにて横たわるクー。だが彼が素直に呟こうとした敗北宣言は、すぐに立ち上がりクーのそばまで歩み寄った勝者、他ならぬレオネ・ズーハルトによって遮られてしまう。


「こんな好条件で一発食らうだなんて思ってもみなかった。同じ条件なら絶対に勝てるって、負けるわけがないって驕ってた。なのにこのザマじゃ、勝っただなんてとても言えないもん。だから、だから……」


 見下ろしながら、瞳を潤ませ、涙をこぼすレオネ。勝者には似合わない雫が、クーの頬に撫でるように落ちる。


(……ああ、そういうことか。怪物と言えど年端もいかぬ少女に変わりはない。中身は異なれど、クー・ズーハルトはお前の兄であれていたのか)


 そんな妹のらしくない姿に、クーはようやく腑に落ちたと、無意識に口元を緩めてしまう。この瞬間、最後の最後になってようやく、自分は目の前の少女を怪物とばかり見ていたのだと。妹の心を、確かに宿る弱さをほんの少しは理解出来た気がすると。優しく吹いた春風は、そんなクーの胸中を肯定するようだった。


「ククッ。互いに譲る気はないのなら、仕方ない。今回は引き分け……いや、制約が多すぎたのだから、この戦いは本番ではなく予行練習。そういうことにしよう」

「……んえ?」


 クーの提案に、レオネは未だ顔をくしゃくしゃにしながらも、それでも戸惑いをみせる。


「本番は次に会ったとき。それまでは、この兄妹喧嘩の決着はお預け。この約束は、俺がズーハルトから外れようと、決して失われぬ誓いとなる。……悪いが、次まで待てるか? レオネよ」

「……本当? 本当に、また会ってくれるの?」

「ああ。このクー、約束は守るとも。ズーハルトでなかろうと、この身は変わらずお前の兄なのだから」


 からからと笑い、手を差し伸べるクー。レオネはそんな彼の手を小さな両の手で、まるで大事な宝物のように握る。


「……うん、うん! 約束だよ! 次はボクが本気のお兄様を負かして理解(わか)らせる! だから、だからねクーお兄様……!! また絶対だよ、約束だからね……!!」

「ククッ、ああ、次までのお楽しみだ。今度は余計な縛りなしで、お互い更なる成長の果てに、互いの持てる全てで戯れよう。レオネ」


 互いに見合い、そして微笑む。この握手こそが、流れる半分の赤より固い絆であると信じて。

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