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別れではなく、しばしの別れとなるように

 どうしてか別邸にいたエステル・シルバリオに出迎えられたクーは、食堂にてエステルと共に夕食をとりながら、不在であった経緯を若干盛りながら語ってみせた。


「まあ。つまり学費を稼ぐため、婚約者である私(わたくし)を差し置き、街に降りて冒険者に?」

「ああ。今回はあくまで三日ほどだったが……いやはや、外というのがこれほどまでに心躍るとは思わなんだ。控えめに言って、胸が弾むほどに楽しかったぞ」


 食後。デザートである白くて柔らかな何かを嗜みつつ、笑顔ながら若干の棘を生やした声色でまとめたエステルへ、クーは綺麗に流して笑顔で言葉を返した。


「うーん美味しい。ララ、これ美味しいぞ。プルプルふわふわ、これなんて料理なんだ?」

「ババロアです。クー様不在の三日に完成した新作らしく、使用人一同大評判だったそうです」

「ババロア! そうかババロアか! ババロアってこんななんだな! おおーっ!」


 一口食べた感激からララに尋ね、その名を満足そうに反復するクー。ちなみにこのクー・ズーハルト、ババロアを体験するのはクーになる前含めて初めてだった。


「……本当に、貴方様はどこまでも、一人気ままに先へと進んでしまうのですね」

「ん。当然だとも。このクー・ズーハルト、目的のためなら足が千切れようと止まるつもりはないとも」


 クーはエステルへはっきりと断ずる。エステルの求めていた答えではないと、理解しながらそれでも。


「さて、今宵の食事はきっと俺達という関係の最後だろう。随分先とはいえ、このクー・ズーハルトの一族追放を知ってしまったエステル様……否、シルバリオ家のご息女が、家に報告を入れないわけがない。違うか?」


 まるで追い打ちのように確信を持って問いかけるクーに、エステルは数瞬表情を強ばらせ、その碧い瞳を動揺で揺らしてしまう。


「……私(わたくし)が今の話を呑み込めば、何事もなく、この関係は続くのでは……?」

「家への不義理を自ら為す貴女ではないだろう? 何より、どれだけエステル様が口を噤もうと、エステル様の従者はエステル様ではなくシルバリオの不利益を許さない。うちのララほど型破りな従者に恵まれているのであれば、俺なんぞに寄りかからずとも、孤独は決してエステル様を蝕まないはずだからな」


 エステルは何も返さない。それこそが肯定であると、暗に告げるかのように。


「そもそも四大名家たるシルバリオが位の低いズーハルトに婚約を申し出たのは、偏にアリアンデルの胎たるマリアナを通じてアリアンデル家と繋がりを築きたいが故。その利さえ失われるのであれば、出涸らしたるズーハルトの長男との婚約など早々破棄するのは当然だろう。……一切魔印を受け継がなかった俺とは違い、エステル様には薄弱であろうと確かにシルバリオの魔印を宿している。下品な言い方だが、エステル様には商品価値があるのだからな」


 どこか自嘲のように言い終えたクーは、スプーンで最後の一口を掬い、口へと運んで舌鼓を打つ。


「……本当に酷い人。そこまで分かっていながら、それでも私(わたくし)を置いていくのですね」

「追い出すと決めたのはマリアナだがな。別に婚約に不満はなかったし、そうでなければ貴族の責務を捨てるまでには至らなかったが……まあ、たらればの話だな。そうはならなかったんだよ、エステル様」


 ババロアを呑み込んだクーはそう言った後、水を一口含んでから立ち上がり、俯いてしまったエステルのそばへと歩き着く。


「良ければ、食後の散歩に付き合ってくれないか。エステル様」

「……まあ、デートですか?」

「ああ。明日は分からずとも、今日はまだ許嫁。悲しむ相手を励まそうとするのは当然では?」

「……まあ」


 エステルは悩んだ末、一瞬目前で躊躇いながらもクーの手を取り、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「それでクー様は、私(わたくし)を一体、どこへ連れて行ってしまうのです?」

「ククッ、それはもちろんお楽しみだとも」

 

 食堂を出た二人。エステルの問いにニヤリと笑みを浮かべたクーが案内したのは、屋敷の外である裏庭だった。


「……くしゅん」

「すまない、少々冷えたか。少々薄いが、これを羽織るといい」

   

 星空の下。くしゃみを聞いたクーは羽織っていた上着を脱ぎ、エステルの肩へとかける。


「ありがとうございます。……私(わたくし)の植えたリチュプの花、随分綺麗に育ちましたね」

「ククッ、きっと世話した者が惜しげもなく愛情を注いだおかげだろう」

「まあ、本当に口だけはお上手ですね。……それでクー様は、どうして私(わたくし)をこのような場所へ?」


 自身の植えた白い花の姿に微笑したエステルは、顔を上げ、クーを真っ直ぐ見つめて問う。


「まあ見ててくれ。火よ(アグ)、水よ(アル)。──そして、土よ(ブミ)」


 クーはそう言ってから左手に炎と水、そして花壇へ翳した右の手は、ふわりと土を持ち上げる。


「まあ、三属性を同時に……」

「まだ未完成で、土は生み出せず操るのみだが……まあ、今宵はこれで十分だとも」


 エステルの静かな驚愕に、クーは少しだけ嬉しそうに口元を綻ばせながら、土と水を混ぜていく。


「土を水と捏ね、粘度を持たせながら器の形にし、乾燥させて焼く。それで鉢は出来上がる」


 そう言いながら右手を下ろし、混ざった土を花壇へと帰したクーは、水を伸ばして近くに置いてあった不格好な鉢を自らの下へと手繰り寄せる。


「そしてこれが完成品というわけだ。粘土とかないから質はあれだが、まあそれなりに様にはなっているとは思わないか?」

「……まあ。こういうときは、先ほどの土で作るのではないのですか?」

「そうしたいのは山々だが、土器というのは乾燥や焼きまで含めると完成に時間が掛かるのでな。……実の所、まともに形を保っているのはこの一品だけでな。まさか今日渡すことになろうとは……ククッ、運命というのは、つくづく格好付けるのを許してくれないものよな」


 無惨な失敗作の数々を思いを馳せながら、クーは一歩前へ出て、エステルへと鉢を差し出す。


「……不格好ですね。お店の物に比べれば拙く、今にも割れてしまいそう」

「ククッ、手厳しいご意見だが返す言葉の一つもない。何せこれは俺が魔法の練習も兼ねて制作していただけの物。職人の器は当然、真心を考慮してなお婚約者への贈り物としては失礼にあたる品だと、正直俺でさえ思っちゃうほどだ」


 不細工な鉢を自虐しながら、それでもクーは自身の顔から笑みを失わせることはない。


「だが器はあくまで器。俺が餞別として贈るのは一輪なのだから、容れ物の質など詮無き事よ」


 クーは再び花壇へ手を向ける。今度は一輪の花と共に土が浮かび、エステルの持つ鉢へと収まってしまう。


「花を愛でるといい。人がどれだけ距離を変えようと、一輪の花は変わらず寄り添ってくれる。エステル様が孤独を疎むのであれば、貴女の育てる花はきっと鮮やかに華やいでくれると。この白いリチュプの成長を見続けたクー・ズーハルトが、誰よりも保証しよう」


 クーははっきりと言葉にする。エステルの碧い目を真っ直ぐに見つめながら、背中を押すかのように。


「……とはいえ、もし次の婚約者が元カレからのプレゼントを拒んだり、流石に出来があれすぎて部屋の景観に合わないと感じたのなら、そのときは気にせず鉢を土にでも埋めてやってくれ。うん」

「……まあ。せっかく決まっていたのに、どうにも締らないですね」

「ククッ、言ってくれるなよ。何せこのクー・ズーハルト、自身の許嫁の前で盛大に格好付けてるだけに過ぎないからな」


 エステルは微笑しながら、けれど形の悪い鉢をお気に入りのぬいぐるみのように抱き留める。

 

「……本当に、大きくなりましたね。初めて会ったときは、私(わたくし)の方が背が高かったのに」

「男の子だからな。一つしか違わないのだから、いつか追い抜くのは当然だろう?」

「……そういうことではないのですけどね。本当にクー様は、最後まで、どこまでも酷い人」


 エステルは毒づき、そして微笑む。先ほどの陰あるものではなく、どこか憑き物の落ちた表情で。

 

「この形の歪んだ鉢は、きっといつまでも割れることはないでしょう。──私(わたくし)がそう願うのですから」


 エステルは抱いた鉢へ淡い光を灯す。そして光が止めば、焦げ茶の鉢はなだらかな銀へと変わる。


「……シルバリオ家の固有魔法、銀化(シルバリオ)。見事、実に見事だ、エステル・ジルバリオ。それだけの力を示せるのなら、最早シルバリオの家も落ちこぼれと扱うことはないだろう」


 クーは目の前の現象へ、そしてそれを起こした銀髪の美少女へ、静かだがはっきりと称賛する。


(エステル様の固有魔法が開花するのは本編が始まってからだったが……ククッ、どうやらこの屋敷での日々はそう悪いものではなかったらしい。結構好きだった覚醒シーンがなくなることについては、少々世界の損失ではあるが……まあ、どうせ俺には関係ないし別に良いか)


 少し惜しみこそしたものの、クーは心の中で素直に許嫁の成長に拍手をする。というのも【めがゆりTS】におけるエステル・シルバリオの覚醒シーンは三巻の範囲であり、一巻で例のシーンをやってから学園を退場するクー・ズーハルトにとってはどうせ見ることのないシーンだったからだ。


「エステル・シルバリオ。──学園で会おう。次は婚約者としてではなく、柵なき友人としてな」

「……はい。学園で待っていますから、絶対に裏切らないでくださいね。クー様」


 夜空の下、約束を交したエステル・シルバリオは笑う。不格好な土器を抱え、綺麗な顔を涙で汚しながら、それでも彼女の育てた白い花のように美しい笑顔だった。

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