表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピースキーパー  作者: 深空 月夜
1/1

PKMD

 台小区の海沿いに連立する貸倉庫群の一角には本来なら有り得ない血の匂いが立ち込めている。

 その発生源たる場所は実に奇怪な様相を呈していた。

 陸側のヒト型は腕に大きな多銃身機関銃やらグレネードランチャーが付き明らかに戦闘用と分かる一方海側のヒト型は何処にも機械と思える部分が全くないただの人にしか見えない。しかし前者はヘモグロビン由来の深紅の血液を後者は体に開いた穴から電気火花を散らし潤滑油を流していた。


 何もかもがあべこべな両者だがピクリとも動かないのは共通のものであった。


 そんな生き物の気配も感じれなさそうな血溜まりで倒れていた1人の機械っぽい人間の下から何かが這い出て起き上がった。


 疎らに灯った電灯に照らされるそれは変に輪郭がおかしいわけでもなくかと言って金属が皮膚の中にあるわけでもなく至って普通な人の姿をしていた。


「生存者なし……」

 空を仰ぎながらそう呟く人影の左側に付いていた細長い影が千切れ血溜まりの中にどちゃりと落下した。

 ちぎれた部位からは深紅の液体が絶えず滴り落ち地面を染めていく、が人影は特に気にした様子もない。

 ただ呆然と物言わぬ死体の中でたたずんでいた。

 間もなくして電気火花が高温の潤滑油を発火させ辺りは一変して煌々と照らされるのであった。


  □


「やあ調子はどうだい?」


 自宅では間違いなくないと分かる部屋で目覚めた有坂 悠途(ありさか ゆうと)は眠気の余韻を感じるより前に傍らにいた男に声をかけられた。


「最悪だ」

 額を抑えながら体を起こした悠途は言った。


「そうかい。元気そうでなによりだよ」

「どこに元気って要素があったか教えてほしいんだが」

「そうやって言い返せるうちは元気さ。腹を下したときにそんなことが言えるかい?」

「……」


 半眼で言い返した文句であったのに納得出来る返答が帰ってきて悠途はぐっと言葉に詰まる。

 その様子を見てふむふむと満足げに頷いていた男は「そう言えば」と話しを切り出した

「昨夜の事は覚えているかい?」

「覚えているに決まってるだろ。味方は全滅するし敵は散弾をアホほど撃ってくるしで散々だった。」


 悠途は昨夜の風景を思い出し渋い顔をする。


「ふむ……記憶の混濁もなしっと。さて君が寝ている間に身体検査に現場の調査その他諸々終えてるからさっさと家に帰ってもらっても構わないよ。あ、点滴は外して貰わないとダメだからね」


「毎度毎度勝手に引っこ抜いてすぐに帰ろうとするんだから」と大げさに首を振りながら男は言う。


(それもこれも誰のせいだか……)


「はいはい分かりましたよ。じゃあ言う事も言ったと思うんでさっさと出ていって下さい」

 これから男が口にするであろう言葉を発させないために悠途は先手を打つ。


「もーツレないなぁー」

「誰のせいだか」

「もう少しおじさんとお話ししない?」

「しない。さっさと帰……いや俺が先に帰れば良かったな」


 そういうなり左の前腕に刺さってる管に手をかける。


 こういう時無駄に時間を与えてはこの疲れが見え始めた若手サラリーマンのような上司の思うつぼである。


「待った待った!流石に今回は止めて!おじさんが担当医さんに怒られる!今度やったらお前を超能力開発の実験台にするって言われてるんだ!」

 顔を真っ青にして全力で停めるその姿は普段のおちゃらけた様子とは明らかに違う死にものぐるいの懇願であった。


「知った事じゃない……と言えればどれほど楽だか」

 その必死の形相に若干引きつつ渋々管から手を離しその手でヘッドボードをダブルタップする。


「ああ、もう起きたのか前より少し遅いお目覚めじゃないか。せっかく試作の気付け薬を試してみようかと思ったのに」

 叩いた部分を中心として縦横10×7cmの範囲が黒くなり「soundonly」と言う字が現れ気だるげな女の声が響く。


「しれっと怖いことを言わないでほしいな」


 過去の己に行われた実験を思い出し顔を強ばらせる。

 何かある度に昏睡状態で運び込まれる悠途に対しこの担当医はなんやかんやと怪しげな新薬を投薬している。

 昏睡している間の事は基本分からないものだが起きたら体が光ってたり全身ゴムみたいな弾力を持っていれば気づいて当然だろう。


 ただバレたからと言って担当医はなんら気にしてすらいない、どころか変に隠さなくて良いと笑っていた。


「まぁ安心して良い、少年。私が故意に君を殺すことはない。そうしなければ行けない状況にならなければ話しはまた別だが、ね」


 意味深長な発言をする担当医だが言い終わる寸前に少しだけ笑いを堪えるような声になっていた事を悠途は聴き逃していなかった。


「それはさておき血液補給用の針を外してほしいようだね。早く帰る為いや」


 微かな音と共に個室のドアが開き途切れた言葉の続きが紡がれる。


「正確にはそこのおちゃらけの催促……いやそれによって思い出す過去から逃げたい、か」


「……」

 その言葉は悠途の図星を突いていた。


「まぁ私には関係ない事だからねそれに関してどうこう言うつもりはない。そこのおちゃらけはさっさと出ていけ。少年に試せなかった気付け薬を試されたいか?」

 軽く肩を竦めていた担当医は裏が読めない笑顔を浮かべる同期にその楽しげなようでどこか虚ろな目を向ける。


「うへぇそんな事されちゃたまったもんじゃないよ。ではおじさんは撤退させてもらうかな」

 ガタッと椅子を揺らして立ち上がった上司は急いでドアへ向かう。


「あ、そうそう悠途君」

 と上司はドアの前で立ち止まり何かを言おうとした

「なんだ?」

「いいやなんでもーじゃあまた今度」

 しかしそれを言うことはなくヒラヒラと手を振りながら上司は悠途の病室から消えた。


(絶対ろくでも無いことだ)


 上司が去り際に見せた笑顔に何となく嫌な予感がした。

 こういう時の予感というのは意外とよく当たるもので特にあの上司がイタズラを思いついた時のような笑みを浮かべているときは高確率で何かあるのだ。


「少年、針抜いておいたぞ」

「あ、は……いつの間に!?」


 物思いにふけて危うく聞き逃すところであった。

 見れば確かにそこに鬱陶しく刺さっていた管はなく担当医の手に収まっている。


「ふふふ、私には痛みなく針を刺したり抜いたり出来る特技があるのだよ。もっとも君は激痛がすると思っていると思うがね」


 その言葉を聞いて悠途はゾッとした。これまで定期検診やらで担当医に針を刺されることがよくあったがどれも叫びたくなるぐらい痛かった。考えれば今のおかしなレベルに発達した医療においてあそこまでの激痛が走るはずがないのだ。


 つまり担当医は無痛にする特技があると言ったが本当は逆、激痛を伴わせて行う事が出来るというのが特技なのだ。


「嘘ですよね」

 その仮説を確信に変えるべく話しを切り出すが

「さて、針を抜いたんだからさっさと家に帰れ。私の実験台になってくれると言うのであれば大歓迎す…」


「帰らせていただきます」


 思いっきり話しを逸らされたが黙っていたり食い下がればら本当にやりかねないので慌てて帰宅の意思を示すべくベットから滑り降りる。


「なんだつまらないな。制服と装備諸々はそこに置いてあるから着るといい。私は帰る。何かと忙しいのでな。後外で客人が待っているぞ」


 残念そうに呟いた担当医はテーブルを指さすと白衣のポケットに手を突っ込みながら立ち去った。


  □ □


「はじめまして元監視官。私の監視官になって下さい」


 研究所を出て早々悠途は少女にそう声を掛けられた

「私を拾ってください」と書かれた手に持った銀髪碧眼のよく出来た人形かと思うほど綺麗な少女だった。


「……そう来たか」


 悠途はそのプレート、まるで自ら発光しているかのように輝く目、髪と視線を上げていった後、天を仰いだ。


「あいつ実力行使に出てきやがったな」


 忌々しげにそう口にした悠途の頭の中で去り際に見せた上司の笑顔が浮かび上がってきた。

 と言うのも彼女は人であって人間ではない。

 人は進歩しないが技術は目覚しい速度で進歩する。

 技術が進歩していけば必然的にそれを利用する犯罪も凶悪化していく。しかし人の自由を許す限り犯罪は消えない、だからと言って技術の進歩を止めれるほど人類は勇敢でも愚かでもない。

 そして犯罪は人間では対処しきれなくなった。

 対処出来るとすれば……結論から言うと誰かが人間を辞め犯罪を解決していくしかなかい。

 しかしそれで喜んで人間を辞めれる人はいない。

 だがそれは解決された。

 簡単な事だ辞められないなら誰かを辞めさせれば良い非人道的?なら生まれる前から辞めさせればいい。


 そうやって人権の上でタップダンスを踊り狂った結果生み出されたのが彼女たち「PKMD」正式名称自立施行型機械人形「ピースキーパー」


「了承してくれますか?」


 そう少女は首を傾げて問うが彼女がここに来ている以上悠途が選べる選択肢は「YES」か「はい」もしくはそれに相当するものしか無い。


「……了解」



  □ □ □


 突然の申し出を受けた悠途は研究所から徒歩20分の場所に位置する特務治安維持機関(特治)の高層ビルへ足を運んでいた。


「どうだったかい?おじさんのサプライズは」


「最高だった。本当にな」


 机で手を組みそう問いかけてきた上司に悠途は不満タラタラな顔を隠すことなく返答した。


「アハハ、強引だったのは詫びるがそう怒るなよ。これは君の為でもある」


「どういう事だ」


「君は君が思っている以上に敵に注目され殺意を抱かれているという訳さ。まぁ端的に言えば目立ちすぎ」


 そういうと上司は机の引き出しからA4サイズのバインダーを取り出し悠途に差し出す。


 今どき珍しい紙製のものだが逆にここでは多用される傾向にある。


「……なるほど、確かに目立ちすぎだな」

 それを開き中身を見た悠途は得心して頷いた。


そこには1ヶ月間に起きた犯罪についてが書かれておりその半分以上に悠途の名が記されていたが関わっていた。


「まぁただ活躍しただけならまだ良いんだけどねぇ実際現時点ではだれが目をつけなければいけない相手か分からない訳だしただ悠途君の場合は分かりやすい特徴があるんだよね」

 とのんきな顔で言った。


 悠途に当てはまる特徴と言えば十中八九PKMDを連れ添わないということだ。


 特治の規則では公務の際は必ずPKMDと行動するのが監視官の役目である。

 その中で悪目立ちするのは間違いない。


「ということで君の命をある程度保証するという意味も含めてカモフラージュのピースキーパーを付けたというわけさ。彼女から聞いていると思うが拒否権はないから大人しく従ってくれると嬉しいな」


 平和ボケしたような上司の、のんびりとした言葉の奥に有無を言わせぬ圧があった。


「一応しばらくは試用期間って事でもし何か問題があるなら替えを用意するよ。」


 上司のPKMDをものとしか思っていない口ぶりに少しカチンときた悠途だがグッと言葉を飲み

 上司が差し出した資料を受け取ると踵を返して出口へと向かう込んだ。


「悠途君、死んだ体に魂……いや心が遺ると思うかい?」


 もう一歩踏み出せばドアのセンサーが感知するというところで背後からそんな質問が飛んでくる。


「……夢物語だ」

 悠途はそれだけ言うと今度こそ部屋を出ていった。


 □ □ □ □


「……それでこれから何をするのですか?」

 特治本部ビルを出てすぐの場所に位置する「竜之宮(たつのみや)公園」のベンチに座り上司に渡された資料を読みふけっていると少女は悠途に問いかける。


「まぁそうだな……とりあえず自己紹介でもするか?まだ連絡も入っていないんだろ?」

 場当たり気味にそう提案する。


「自己紹介……そこに全て書いてあるはずですが……」

少女は感情の感じられない声で答える。


「まぁそうなんだが……お前の名前書かれてないんだよ……」

 不思議そうに小首を傾げる少女に少女についてが書かれた資料(スペック表)を手渡す。

 本来ピースキーパーそれぞれに割り振られているはずの型番の欄が空白になっていた。


「ああそれですか……ではネスとお呼びください」

 資料を一瞥した少女はなんて事もないように答える。


「ネス……か。俺の名前は有坂悠途、歳は18だ……とは言っても事前にそっちにも生年月日やら身長やらが送られてると思うがな」


 少女の名に少し引っかかるものを感じたが特に言及することなく肩をすくめながら自己紹介をする。


「ええ、存じております。和成19年4月5日生まれ。身長175cm体重65kg視力1.3血液型はシスAB型。U10型(回復特化型)ホムンクルス(強化人間)レールガン(電気式)の代わりに骨董品のハンドガン(火薬式)を使用。能力は損傷した体の修復。その程度は……機密情報なのでここでは言えません」

「いや十分機密情報漏らしているぞ」

「何のことでしょう」

 ジト目で突っ込んだ悠途に対して白々しくネスは返答する。


 ピースキーパーは人間の脳を電子的に再現した演算装置を搭載している故に感情と呼ばれるものが宿る。

 もちろんピースキーパーは学習する。

 つまりより長く生きているピースキーパーほど行動や思考が人間味を帯びてくるのだ。

 ネスのスペック表には稼働時間500時間と書かれていたがそれにしては随分と人間臭い行動である。


 しかし基本それが目に見えてくるのは個体差や経験したことによって変わるが大体稼働開始から2400時間は経ってからである。


「まぁいいか。どうせここまで戦闘に参加してれば少なからず能力の程度なんかは見当つけられてるだろうしな」

 どちらにせよ戦うことに変わりはないと付け足した悠途はそれ以上はなのにも言うことなく頬杖をついた。


「そうですね。あなたはそういう人ですから」

「まるで前々から俺を知っているような口ぶりをするな……ところでさっきからどこを見ているんだ?」

 ネスの発言に苦笑した後ネスが目を逸らしたままなことに気づいた悠途はそう問いかける。


「いえ……ただクレープなるものの味が知りたくなっただけです。概念自体は知っていますが味に関するデータベースは当機には存在しないので」

 そうぼんやりと答えるネスの目線の先には確かにクレープと書かれたのぼり旗それから美味しい匂いを漂わせるキッチンカーがあった。

 十中八九クレープが食べたいと言う意思表示だ。


「じゃあその味を知るしか無いな。俺も何か食いたいと思っていた事だし」

 なんだか年頃の女の子ぽいなと思った悠途は稼働時間的には赤ちゃんかと笑ってベンチから立ちキッチンカーへ向かう。

「すいませんチョコバナナクレープと……」

「抹茶クレープを下さい」

「いいのか抹茶は少し苦いぞ」

「大丈夫です。当機に好き嫌いはありません」

 抹茶という渋いチョイスをしたネスが心配になり耳打ちすると少しムッとした表情でネスは答えた。


「そうか、まぁそれなら良いんだが……」

 味に関するデータベースが無いのに好き嫌いも何もないだろう。


 果たして大丈夫なのだろうかと顔を歪めた悠途であったがネスが食べたいならそれで良いかと納得しておくことにした。

 百聞は一見にしかずとよく言われるがピースキーパーはその恩恵を十分に受けることが出来る。知識自体はそこらの人よりあるがあくまで知識、経験してはいない。実際に見て聞いて体験することによって得れるものは絶対にある。それが致命傷を受けるか受けないかに繋がることは人であってもピースキーパーでも同じである。

 桜の花弁が舞う風に生地の焼ける甘い香りが加わるほどなくしてほんのり温かいクレープが手渡された。


「「いただきます」」

 そう言うのももどかしく2人は大口を開けてクレープにかぶりつく。


「うん、美味しい」

 口の中に広がるバナナの優しい甘さとチョコの後に残る甘み、黄金色に輝く生地の弾力の絶妙なバランスに悠途は舌鼓を打つ。

 チョコとバナナという定番の悪く言えば面白みのない組み合わせだがそれ故に安定感のある美味しさがあった。


 その食感、風味を楽しんでいる間に口の中にあったクレープは消え更に食べたいという欲求に従ってさてもう一口と思ったときネスが難しい顔をして食べる手をとめている事に気づいた。


「どうしたんだ、ネス?」

「い、いえなんでもないです」

 怪訝そうに眉をひそめる悠途に対してネスは慌てた様子で返答しクレープを食べるが少し食べてまた難しい顔をする。


「……思っていた以上に苦かったんだな」

「……はい」

 悠途の判断を肯定したネスは申し訳なさそうに俯く。


「そうかやっぱりまだ早かったか、まぁ、ほらコッチを食べればいい。交換だ」

 クレープの自分が食べた周辺を器用にちぎり取り残りをネスに差し出す 。

 男同士なら特に気にしなくても良かったのかもしれないが相手は乙女である。これぐらいの配慮はしておいた方が良い。


「良いのですか?察するに監視官も苦いものは苦手なようですが」

「良いに決まってるだろ。俺たちはいつ肉塊、鉄クズになってもおかしくない。楽しめるうち楽しむのが1番後悔しない生き方だ」

 特にピースキーパーはとは付け足さずネスから抹茶クレープを奪い取り勢いよく齧り付く。

 咀嚼する度に広がる苦味に悶えチョコバナナクレープの欠片を口の中へ放り飲み込む。どうにか笑顔を作り左手に持ったままだったチョコバナナクレープをネスへ押し付ける。


「分かりましたでは有難く……と言いたいところでしたが監視官食べている暇はないようです。量産型(NPC)経由で指令が下りました。現在時刻から2分前に発生した車両の暴走を止めろとの事です。」

一瞬の内にチョコバナナクレープを感触したネスは何事もなかったかのように発言する。

「早速だな!でどこにいるんだ!?」

「ここに、です」

「は?」

 どういう事だと問いただすより早く公園の垣根を突き破って乗用車が飛び込んでくる。


交戦開始(エンゲージ)!ネスは予想進路上の人を避難させてくれ」

 戦闘開始のコマンドを叫びピースキーパーのセーフティを解除する。


「それは監視官の仕事なのでは……」

 悠途の指示にネスは困惑を隠せないようであったが監視官の指示には基本逆らえない。

 ボヤきながらもネスが通りがかった人たちを避難させているとき悠途は既に暴走する車の中にいた。


「……くそ、制御系丸ごと乗っ取られてるなこれ」

 ブレーキやアクセルを踏んでも加速する事も減速することも無い。強制的に全自動運転になっている。

 しかし計画を企てた輩もまさか時速200kgで暴走する車に人が乗り込んでくるとは思っていなかったのかハンドルの操作を切り忘れていたようだ。細部までしっかり対策しておかないとこういう所で計画がオジャンになるのだ。


「乗り込む為に犠牲にした右足分はあるか。まぁブレーキ掛けれないからどちらにせよ詰みだよな、距離的に」

 目の前にそびえ立つ特治のビルを見上げながら呟く。


 いまさらどうしようと特治のビルに衝突するのは間違いない。だがこのままの速度では爆薬満載の車がビルの中心部で爆発することになる。それだけは避けなければならない。


「と言うわけで……おりゃぁ!」

 そして悠途はなんの躊躇いもなくハンドルを限界まで回す。


 遠心力により片輪を浮かせた車はすぐに横転しカーリングのストーンのように滑る。


 前述の通り最早衝突は避けられない。だが少しでも速度を下げれば深く突き刺さらずにすむ可能性が出てくる。具体的には既に展開されているナノカーボン製のシャッターにめり込む程度ですむ。それでも今のままでは低い。だが今の悠途には心強い味方がいる低い確率を100%まで引き上げる心強い味方が

 その悠途の考えを裏付けるかようにビルまで2m程の距離でガスンと衝撃が加わる。そして車はビルへと衝突した。


「あーいってぇ」

「大丈夫ですか?監視官」

そう問う2つの光り輝く瞳。

「大丈夫じゃない、常人なら」

 窓から覗き込んできたネスにそう返しながら折れた首を元の位置に戻す。


 粉々に崩れた骨が能力によって戻っていく感触、痛みを軽減する薬を通してなお感じる激痛に慣れはしたが他が思うほど楽ではない。


「それは良かったです」

「何処が良いんだよ」

「生きている、五体満足それなら良いのです。さぁ監視官」

 悠途のツッコミに無表情にしかし声には僅かな安堵を含めて返したネスは歪んだドアを引きちぎり悠途へ手を差し伸べる。


「この業界でそれは意外と難しいんだがなぁ」

 諦めにも似た感情で言いながら悠途はその手に捕まる。

 しっかりと捕まった事を確認したネスは悠途をズルズルと引きずって引っ張り出す。


 悠途には何故かそのチームワークと言う久しぶりに体験する感覚に奇妙な既視感を覚えた。そうそれは旧知の友に会ったような感覚だった。

 とはいえ引きちぎれた右足ももうすぐ回復する。後は技術班がどうにかしてくれるだろう。


 肩越しに未だタイヤが回り続ける車を見ながら思う。

「あ、そうだ。ネ……」

 ネスへ今後の提案をしようと口を開いた悠途の声は爆発音でかき消され悠途とネスは揃って吹き飛ばされた。


□ □ □ □ □


「ああビックリした」

 パチッと目を開いた悠途はむっくりと顔を上げる。


 気絶していたようだが時間はそう経っていないようで特治のシャッターも上がっていない。

 それは重症を負ったときの回復時間にしては明らかに早いものだった。


「だけど随分と吹っ飛ばされたもんだなぁ」

 しかし自分がいる位置は大きく変わっており公園の内と外を区切るフェンスまで飛ばされている。

 だが同じように飛ばされたはずのネスがいない。

 どこへ行ったのかと探す悠途であったがすぐにネスの姿を見つけた。

 どうやらネスは未だ燃え盛る車の見聞をしているようだ。


「ネス、あまり炎の中に入るなよ。熱暴走を起こすぞ」

「ええ、分かってます。監視官。どうやらこの車はブレーキに起爆装置が組み込まれていたようです」

 そう分析しながらネスは振り返る炎の中ですら光り輝く碧眼は1()()()()()

「あっ……」

 他にもネスの左半身は人工皮膚が大きく剥げ落ちている。


 そして何故悠途がこんなにも早く覚醒できたのかも明らかになった。

 そう落下の衝撃や破片からネスが文字通り身を呈して守ってくれたのだ。その代償に左目の視覚センサーを覆う保護ガラスまでも破損している。

「お前、それは何だ」

 しかし本来それに感謝しなくてはいけない悠途はそんな事は考えられなかった。


 ネスの欠損した左眼、その眼窩の中で煌々と光る製造番号(シリアルナンバー)

「Pt9907……」

 その番号を呟いた悠途は死んだはずの人を見たような顔をする。

 否、事実その番号を持った個体は死んでいるいや死んでいなければならない。


「なんで生きているんだ……なんであの時俺がトドメをさしたお前が……」

 ようやく開き出したシャッターの音にかき消されるほど小さな声だったがネスの青い瞳は素早く明滅した。


  □ □ □ □ □ □


 ネスを修繕室(メンテナンスルーム)へ送り届けた悠途は乱暴な手つきで長官室のドアを開ける。


「やぁ悠途君、4時間ぶりだね」

「何の悪ふざけだ」

 いつも通りの白々しい笑みを浮かべる上司を睨みつける


「まぁまぁそう怒るなよ。カルシウム足りてないのかい?ここに煮干しがあるぞ〜」

引き出しから取り出した煮干しを頬杖を突きながら振る。


「いい加減その軽口も聞き飽きてきたんだが。俺が引けなくなるとこまで行く前に説明してほしい」

 いいながら腰のホルスターに手をかける。


「あはは、それを抜いたらどうなるか君は重々承知しているだろうに。ただ今の君なら抜きかねない……か

 まぁ良いよ。事実を知った以上は教えるさ遅かれ早かれ、ね」

 その前に君が自分から来たけどねと付け足した上司は続ける。


「突然だけど君は巡回型(パトロールタイプ)の最後はもちろん知っているよね?そして巡回型がいかに万能に近いかも」

「……もちろんだ」

突然の問いかけに目を白黒させながら悠途は答える。


 PKMDには2種類ある。監視官と共に行動し監視官の戦力として活動する事を目的とする戦闘型。各機が単独行動と独自のネットワークのデータリンクを活用する事で24時間絶えず町を巡回行動を行うのが巡回型。

 機体性能としては監視官も守らなければいけない戦闘型に軍杯が上がるが巡回型はネットワークによる情報共有と戦闘型の10倍以上の数により対応力はある。しかし……

「っ!そういう事か……!」

「ああ君が考えているとおりさ。ネットワークによる情報共有によって明らかに巡回型が強いはず。だが現状は戦闘型の方が戦闘だけに限れば強い。なんせ不測の事態に対応できるからね。所詮プログラムでしか動けない巡回型に欠けているただ1つのピース。それを補う手段を我々は考えついたのさ。どうすればいいと思う?」

「巡回型が唯一自分しか持たない敗北要因(死の記憶)。それを復元する事」

「大当たり」

 上司の問いにあっさりと悠途は答える。正直な話、当然の事だからだ。


 戦闘時の膨大なデータで回線がパンクしないよう巡回型は無線封鎖を行う。そのためもし機体が、正確には記憶媒体が損傷するとなぜ負けたかが一切分からないのだ。

そして現状監視官以外戦場に出る人間はいない。


「だがそんな事は出来ないはずだ。巡回型は全て機能停止(死に体になった)をした時点で自動的に記録したデータを全て消去する。その機能を無くす事も、復元する事もできない。なのになんで……」

 しかし悠途が記憶している中ではそれが実現した試しがないのだ。故に今回の件に驚きを隠せないでいる。


「それは10000番台以降の話しだろ?だからそれ以前のは誰かがメモリを消去していた(トドメを刺していた)物理的にね。君が彼女(Pt9907)にやったように、ね。」

 なんせまだまだ監視官が勇敢だった頃だからねと上司は付け足す。


 今の時代の監視官は現場近くには居るもののガチガチに装甲が貼られた装甲車の中に引きこもっているのだ。よくもまぁそれで監視官と名乗れるなと悠途は思う。


「だがなるたる幸運か君はそのとき正規品ではなく時代遅れな火器でトドメをさした。そう、君が抜こうとしたそのハンドガンでね」

 上司は組んでいた右手で悠途を、その後ろにある旧式のハンドガン(M1911a1)を指さす。反射的に悠途は握りっぱなしだったハンドガン(M1911A1)から手を離す。


「そして彼女は10000台以前で唯一生き残った個体だ。彼女の感情、戦闘経験は最早非電脳搭載型の域をはるかに超える。回収されたpt9907の記憶域は多少損傷していたが大部分は破壊されていなかった。ただ残念な事にその感情に関するデータは軒並み損傷してしまったようだけどね。だけど兵器としては問題なかった。よって我々はその情報を記憶させた彼女(非電脳搭載型)ではない彼女(電脳型)を作ったのだよ。それが当計画エインヘリヤル(名無しの英雄)さ。」

 エインヘリヤル……ヴァルハラに招かれた戦士達を指す言葉。それをこの上司が命名したのなら……いやそれ以外でもPKMDをどんなものかと分かった上で付けているのなら悪趣味なことこの上ない。しかも夜に宴がある事もないのだから皮肉すら若干効いていない。


「さて話すことは話したし君に新しいお仕事(荒事)を頼むよ。今回の車突っ込み事件の首謀者を捕まえて来て欲しい。無理なら殺しても構わない。とはいえ今回は急な仕事(カチコミ)の上、前の戦闘で巡回型がそこそこダメになったからサポートの巡回型を送れないんだよねぇ。安全上のことも考えて出来ればネスと行って欲しいんだけど……」

 そう言いながら上司は机の引き出しをあけ封筒を差し出す。特治の印が押された特別な令書(カチコミ許可証)だ。


「今この状況で良くそれを言えるよな……まぁ行きはする。それが仕事だからな。だがネスは置いていかせてもらう。他の子を用意してもらわなくていい。自分勝手なのは分かっている。今までの件での昇格等はなくて良いだから頼む」

 それを受け取りながら悠途断固たる意思を伝え踵を返す。心の奥底では未だに何処にぶつければ良いのかよく分からない怒りの炎が燃え盛ろうとしているがそのどこかで少しだけ安堵していた。自分の犯した事により死なせたと思った人が生きていたのだ。

「そうかい……それが彼女を守る上では1番良いからだね。分かったよ。ところで悠途君、死んだ体に魂……いや心が遺ると思うかい?」

 固い決意を胸に長官室を出ようとした悠途に上司は3時間前と一語一句同じ言葉で同じ問いをした。


「夢物語だ……とはもう言えないな」

 それだけ言うと悠途は前より少しだけ、ほんの少しだけ軽い足取りで長官室を出ていった。


「と大見得切ってきたは良いんだがな……」

物陰に隠れながら悠途はぼやく。


あの後カチコミ礼状を片手に追突事件の首謀者達が潜んでいることが判明した廃デパートへ潜入していた。


直接本部を殴ろうとした輩だ。ある程度の手勢はあるあだろうと予測していたが想像を超えていた。


「9mm多銃身機関銃搭載型の偵察ロボット(ゴキブリ)が8、7.62mm連装機銃搭載型が2、強化外骨格装備のチンピラが2……見えてるだけでこれだもんなぁ。ゴキブリがどれだけわらわら出てくることやら」

ため息を1つついた悠途は身を隠していたサービスカウンターから飛び出す。

手直にいた9mm仕様や7.62mm仕様を数台ずつ黙らせながら反対方向にある店舗へ転がり込む。


ついさっき己が突き破ったガラスがさらに細切れにされる音を背後に聞ながら脇目も振らずに銃弾が防げそうなカウンターの陰に滑り込む。


「あーあやっぱり出てきた」

頬に銃弾をカスりながら外を伺った悠途は先程の3倍近くに膨れ上がったゴギブリの群れを視認した。

しかし強化外骨格装備の人間は上の人に報告しにでもいったのか1人もいないようだ。


この場に人がいないのはむしろ好都合ではあるが逃げ出されては面倒だ。早急に物言わぬ機械をただの鉄くずに還してやらなければ。


いずれにせよ悠途が身を隠しているカウンターは状況を確認している間に横殴りの雨にさらされ限界だ。

悠途は動き出すべく残弾を確認する。


ここへ駆け込むためにすでにマガジンを1つ使い切っている。

事前にここの見取り図を確認して奴らの親玉までの場所もルートも分かっている。

あとはそこまで突っ走るしかない、必要最低限の弾薬で

「3……2……1……GO!」

カウントをした悠途はカウンターから出ると脇目も振らずにゴキブリの群れに目を庇いながら突っ込む。


量産化の為に平べったく直線的に作られた機体上面を足場に時々行きがけの駄賃とばかしに銃弾を叩き込む。

FF(フレンドリーファイア)を鑑みない機械の射撃に腕や体を貫かれながら悠途は何とか対岸に着地する。


親玉がいる階に繋がるのは左側の非常階段……

無数の弾丸に背中を撃たれながら悠途は走る。振り向かなくても意志のない殺意が追ってきていることは分かっている。


非常階段への一本道に入った所で悠途はグレネードのピンを抜き1とコンマ5秒数えた後に某カーゲームよろしく後方に向けて転がす。瞬間爆発


悠途は爆風を浴びながら非常階段へ滑り込む

親玉がいるのは最上階、そこまで後3階分階段を駆け上がることになる。


□ □ □ □ □ □ □


最上階はフロア全てが映画館になっていた。

このビルが健在だった頃にはさぞ賑やかであっただろうが今となってはポップコーンの匂いすら残っていない。


そんな閑散とした雰囲気は爆発音で吹き飛ばされる

映画館の片隅に存在した非常ドアをぶち破りながら強化外骨格を装備したチンピラが跳ぶ。


「っは!」

その体にへばりついていた悠途はようやく着いたとたどり着くまでの苦行に思いを馳せる。


「イツツ……階ごとに散弾銃持ちを配置させているとは……」

まだ息があったチンピラを眠らせ映画館の4番スクリーンへ向かって走る。


スクリーンのドアは閉まっている。

ブービートラップが仕掛けられていないかどうか確かめながら開け中へ滑り込む。


親玉がここから動いていないのは分かっている。どれだけ傲慢なのか、いや本部に攻撃を加える奴だ。それぐらいなくては話にならない。

そんな奴はやはり現れ方も傲慢であった。


「やあやあ流石は特治のエース候補。能力も圧巻だ。」

悠途がスクリーンの中央辺りまで来たとき拍手と共にそんな声が降る。


「……お前が今回の首謀者か」

見上げると座席の中央にこの場に似合わないスーツを着て初老の男性が不敵な笑みを浮かべながら腰掛けている。


「ああ、そうだよ」

「なら死ね」

初老の男性が肯定するやいなや悠途は問答無用でトリガーを引く。


男性と悠途との距離は約10m

吐き出された11.43×23mmフレシェット弾ならまず間違いなく相手の頭を貫ける距離。


しかし必殺の弾丸は男性の目の前で急停止し地面に落ちる。

と同時に悠途は背後から槍のようなもので刺し貫かれた。


「あーあ物騒だねぇ」

やれやれと首を振る男性は無傷そのもの。


「無様な姿だねぇ残念だねぇ。その槍抜けないでしょ。」

「……ちっ」

つかつかと歩み寄ってくる間に男は全てを知っているかのように喋ってくる。


「なんで君の能力を知っているかだって?」

「言わなくていい。お前のことは良く知っている。2年前に特治の研究所から機密情報が入ったファイルを持ち出し消えた研究員……田上 慎一(たうえ しんいち)

「ザッッッツライト!」

大仰に両手を広げた初老の男性(慎一)は口の端を吊り上げて嗤う。


「いやはやよく当てたねぇ。感激だよ。あの有坂君に覚えてもらえるなんて……っとそろそろ時間だ。研究に必要なサンプルを摂らせてもらうよ」

悠途が問いただすより早く悠途の四肢に再生しかけていた肉と骨を無理やり削り取られる不快な感覚が走る。


「中空の槍か」

「おお!またもや正解。君を拘束したまま細胞を採取するにはこれが1番だからねぇ」

田上は槍を指で叩きながら続ける。

この距離で何も出来ない事に悠途は歯噛みをする。


「幾分私の研究には君の再生能力が必要不可欠でね。ああ、心配しなくていいよ。規定量を採取し終えたらそれ以上は何もしないから。ただ……君の回復限界が先に迎えるかもだけど、いや減痛薬が切れる方が先かな?」

「はっ、そうなるより前に拘束を破ってやる」

田上を睨みつけ気丈に言い放つ悠途だったが密かに冷や汗をかいていた。


悠途の再生能力はカルシウムタンパク質等、組織の構成に必要な栄養素があれば半永久的に再生を続けられる。しかし栄養が尽きた瞬間から再生は止まってしまう。

そして多少の休憩を挟んだとはいえ無補給、連戦続きで栄養のストックはほとんどない。


「君のことを知り尽くした研究者にハッタリとは虚しいよ。有坂君。君の能力ではこの拘束を解くとは不可能だ。まぁ気長に待とうじゃないか」

田上はイスに腰掛けタブレットを見ながら足を組んだ。


□ □ □ □ □ □ □ □


「よし、規定量を満たした。私の目的は達した。協力に感謝するよ」

そういうと共に田上はいとも簡単に縛めを解いた。


「いやはやまさか回復限界に達しないとは。燃費も再生時間も明らかに向上している。私がいない間に能力が成長していたようだねぇ。減痛薬は切れてしまったようだけど」

悠途はその場に崩れ落ちる。


「つっ……」

大仰な身振りでのたまう田上は無防備そのもの。しかし悠途は銃を向ける事すら出来ていなかった。

減痛薬は既に切れ、槍を強引に引き抜かれた痛みに耐えるので精一杯であった。


「さて私はそろそろ研究に戻ろうかな。また君が必要になった時は現れるかもだからその時はよろしくね」

床に伏す悠途の姿を見下ろしていた田上はおもむろに立ち上がり出ていこうとする。


「くそ……が。待……て」

悠途は満身の力を込めてどうにか銃口を田上へ向ける。


「ふふふ、全く若いと言うのは良いねぇ。だけど少しおいたが過ぎる」

言い終わるや否や劇場の天井が崩落する。

それと同時に黒塗りの人型無人兵器が悠途と田上の間に着地した。


「良いだろうこの機体。少しばかり型落ちだが君たちホムンクルスに対応出来るようチューンアップしたものさ。最後に良いデータが取れることを期待しているよ。どうか死なないでね」

最後に仰々しい仕草で頭を下げた田上は突如として消え田上が立っていた場所には機関銃の代わりにホログラム投影機を搭載した特別製の偵察ロボット(ゴキブリ)が鎮座していた。


「はっ……初めからここに居なかったわけか。どーりで弾丸が止まる訳だ……はぁ……」

無人兵器が動き出だし腕部が展開を始める。動体センサーははっきりと悠途を捉えている。


「ミスったなぁ。ごめん弥月(みつき)もうダメみたいだ」

現れたのは三本の銃身。悠途は目を閉じる。口径20mmはあるそれがゆっくりと回転を初め勢いが付いた次の瞬間に無数の弾子を撒き散らす。ただし自分が侵入してきた天井の大穴へ向けて。


漆黒に染まった暗闇、何事もなく通過するはずのその空間に火花が散り甲高い金属音が立て続けに鳴り響く。


その音と火花は瞬く間に無人兵器へと近づき次の瞬間銃身が凄まじい音をたてて床に激突した。


その音に驚き目を開けようとした悠途を浮遊感が襲う。老朽化が進んだ劇場の床が2度の衝撃に遂に屈したのだ。悠途はこの日2度目の浮遊感に襲われ真っ逆さまに下の階へ落下する。


「監視官!」

そんな声と共に悠途は抱き抱えられ床に激突すること無く下の階へたどり着いた。


「ネス!?なんでここにいる?」

本来ここにいないはずの人間に悠途は驚きを隠せずポカンと口を開けた。

とそれを見計らったかのようにネスはその間抜けに空いた口へ何かを突っ込む。


「むぐっ!?」

妙な弾力のある液体の酸っぱい味が口に広がる。

「1秒チャージです。減痛薬も入った特別製です」

心做しか無感情な声に怒気が含んでいるような気配がする。間違いなく気のせいだが。


「っは!ネス、ごめん助かった」

「どういたしまして……とは一概に言えませんね」

悠途の補給を見計らったかのように無人兵器が瓦礫の中から姿を現す。


「あれは……20年程前に開発された代理戦争用の無人兵器ですね。火力、装甲どれをとっても2線級以下ですが……」

近くに落ちていたトランクケースを拾い上げながらネスは。


「どんなチューニングされてるか分かったものじゃないよな」

死にかけてなお手放さなかった愛銃を握り直しながら。

2人は未知の相手へ向き直る。


「あ、監視官。今更ですが当機は監視官救出のため無許可かつ急いで出動しました」

「?だからどうした」

「つまりです。今の私には追加武装が存在しないのです」

「は?」


□ □ □ □ □ □ □ □ □


太陽が煌々と輝き蝉の声が五月蝿く響く夏の昼頃、山波区の外れにある廃デパートは喧騒に包まれていた。

その喧騒の中心たる1人の人間と1人の人間(にんぎょう)は無人兵器を引き連れデパートを駆け回っていた。


「申し訳ありません。多少遅れてでも武器庫から幾つか持ってくるべきでした」

唯一持ってきた大型の防弾スーツケース(只人が扱える重さじゃない)で悠途を庇いながら言う。


「いや少し遅れてたら死んでたから全然ありがたいんだけど後1秒チャージありがとう」

スーツケースの陰から応射しながら悠途は頭を働かせる。


無人兵器はそれほど大きな機体ではなく、せいぜい2mほど。足もそれほど速くない。装甲もネスの内蔵する近距離武装なら、もしくは自分の銃弾でも十分に貫徹させれるはずだ。しかし火力がばかにならない。回避もしくは盾での防御前提のピースキーパー。残量(栄養量)に不安の残る悠途。装甲が薄いのはお互い様なのだ。


「どうしますか。このまま走っていてもこちらの消耗の方が早いと思いますが」

「うーん。このまま逃げるのは……ダメだな。どうし……ん?」

足でも破壊しようかと提案しようとして無人兵器が立ち止まっているのに気がついた。


「無人兵器、停止しました。どうしましょう?」

「どうしようかって……」

その先を続けるより早く無人兵器はガトリング砲を格納すると刹那の内に新たに1本の銃身を生み出す。

それにいち早く気づいたネスは体を滑り込ませた。


閃光そして轟音。


しかし悠途とネスはその場から1歩も後退せずに耐えきった。

「監視官無事ですか。申し訳ありません。脚部パイルドライバ及び盾の一部が損傷しました」

しかしやはり無傷とはいかずネスの手に持つスーツケースは丁度真っ二つに分かたれている。


「あ、それはやばい。けどようやく名案が浮かんだ。という訳で俺が時間稼ぐから()()を取ってきてくれ。」

「ああ、アレですか。了解しました。当機としてもそれしかないと判断したところです」

ロボットに音声認識がある事を疑って言葉を濁したがどんな回転をしているのかアレだけでネスには通じたようだ。


「じゃそういう事で」

軽く手を挙げた悠途はスーツケースの片割れを拾い上げ数発無人兵器へ向けて発砲する。片割れになってもPKMD用に作られた盾はズッシリときた。


反対方向に走り出すネスを捉えていたロボットの頭がぐるっとこちらを向いたのを目の端で見た悠途は都度都度牽制射撃を行いながら階段を駆け下りる。

階段を駆け下りる間も後方から響く轟音は途絶えない。しかし特に破片が飛んでくることがないことからおそらく踊り場の床を砲弾で砕いて降りてきているのだろう。

その轟音に文字通り追われるように階段から転がりでる。


一気に5階分を下り今降りてきたばかりの非常階段を見る。

無人兵器が現れる様子はない上下する肩と連動して吐き出される呼吸の音だけが響く。


「ネス、そっちは……どうだ」

『はい、多少壊れてはいますが1回だけならなんとか持ちそうです。ですがあの武装は可変性が高すぎます。恐らくですが機体内にも展開可能だと思われます。あれを封じない事には……』

「そこら辺は気にすんな、上手くやる。タイミングだけバッチリ決めてくれればオールオッケーだ。歴戦の監視対象(パートナー)さん」

通信を切ると同時。静寂はコンクリートを切断する音によって破られた。

「さて時間稼ぎも終わり。最終決戦と行こうか!」


言うが早いか悠人は無人兵器へ突進する。距離は3mもない。悠人が1歩踏み出した時点で無人兵器の間合いの中に入っている。


無人兵器の右腕が振り下ろされる。掲げた盾にそれがぶつかり大量の火花と甲高い切削音を響かせる。その中で悠人は己の左足から響く不気味な音を聞いた。

「こん……のぉ!」

バキバキと音をたて皮膚を突き破る左足の変わりに右足を踏み出す。たちまち砕け出した右足の感触を感じながら悠人は強引に前へ跳ぶ。

振り下ろされたチェーンソーは今悠人が立っている場所が最も地面に近いそれより奥は広くなっている。ならば前に進むほど力のかかりが弱くなるのは必然である。


文字通り転がり込んだ悠人の目の前にはがら空きの胴体。その中央部分、従来通りなら中枢処理装置(コア)が収まっている場所へ銃口を向け引き金を引き続ける。作った人曰くゼロ距離からなら現役軍用機の複合装甲すら貫くと謳われる弾丸はその謳い文句通りに次々と20mmもない無人兵器の装甲を突き破る。

「電気信号で物体を形作るナノマテリアル、硬さも問題なし……全人類拍手喝采雨あられの技術なのにもったいない」


破孔から流れ出しスライド前部で硬化した流体金属を眺めボソリと呟く。

僅かな静寂の時が流れ一時的なショートから立ち直った人型ロボットの左腕が横薙ぎに悠途の体を弾き飛ばし掴みあげる。

「奮戦及ばず殉死……そんなとこか」

M1911のグリップに取り残された右手を視界に入れた悠途は続いて天を仰ぐ。


「だけど今度こそ君を生き残らせれた」

いつの間にか昇った満月の月光がガラス張りの天井から降り注ぐその一部を遮られながら

「ああ、でも守ることは出来なかったな。最後まで頼りっきりだ……」

目を閉じた悠途の耳に金属が破断し吹き飛ぶ音が響いたのを最後に一切の感覚は消えてなくなった。


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □


『Pt9907より統括管理へ 治安維持案件第31414は対象者逃走により未完遂また当機担当監視官は介入した敵性機体により負傷多量の失血により危篤の状態、医療班の派遣を要請。当機は同案件の重要性を鑑み特例第3条を適用単独で対象者追跡を行う』

近くを巡回していたパトロール型のネットワークを通じ情報を伝達する。ホログラムの発信源へ今すぐ行けば間に合う可能性はある。幸い発信源は探知距離の短い電脳型でも探知できる距離にいる急いで装備の補充最短距離の検索を……

思考をしながら歩いて探知を疎かにしてしまいた。当機は担当監視官につま先をぶつけてしまいました。


有坂 悠途……当機が以前担当していた候補生。前世(非電脳時代)の当機がデータ上類を見ないほど気にかけていた人……らしいのです。というのも前世から引き継いだ当機のデータには感情に関する数値が破損しています。シチュエーション、応答の記録から感情のアタリを付けることは出来ますがそれが全く理解出来ません。ただ今言えることはこの監視官を気にかけているより今回の対象を捕縛することのほうが優先度が高いことです。


そう結論付け1歩踏み出したネスの足が時間にして1分にも満たない間に広がった血溜まりに浸かる。


悠途の能力は例え普通なら即死する傷であっても回復させてしまう。しかしそれも万能ではない。いくつかの条件が揃えばむしろ普通の人間より遥かに簡単に死んでしまう。そう、今回のように意識がなく回復に回すための栄養も尽きていれば……迎える結末は想像に容易い。


自身の記憶域から瞬時に出されたデータにネスは思わず身を強ばらせる。このまま自分が行ってしまえば医療班の到着より先にこの男は確実に死ぬ。


「……だからなんなのですか。当機が残っても結果は変わらないではないですか」


感情を破損した状態の当機には義理も道理もなにもかも人間的思考は一切ないのです。そこに転がる監視官の生き死になど……どうでもいい事、そうどうでもいいはずなのです。なのに対象を追うべき当機の脚部はモータ1つとして駆動せず反対に駆動するのは視覚センサー系。


何か手立てはないかと巡らせた視界に先程当機が破壊した無人機が写つりました。

ネスが貫通させたコア部以外にも選り取りみどり武装を繰り出していた腕部から液体金属が絶え間なく流れ出している。


「……pt9907より統括管理機へ。当機は対象者追跡の優先度を再設定。特例第1条を適用、監視官の救命を最優先にします」

時間にすら数えられないほどの葛藤の後ネスは統括管理機からの却下が下るより先に巡回型との接続を遮断する。

プログラムに依存しない電脳型独特の初期動作(戸惑い)を終えたネスの行動は早かった。


悠途を無人機の傍に横たえると両手を液体金属に浸す。

(この無人機はナノメタルに電気を流すことで特定の形、動きをさせていた。ならその応用で止血をすることだって!)

PKMDの人工皮膚に電力を供給するための微弱電流を一定のパターンで液体金属に流し込む。

すると鏡のようだった液体金属が細かく震えだし悠途の方へゆっくり移動し始めた

出血の多い右手を重点的に無数の壊れた血管を繋げ合わせていく。

たっぷり10分をかけて全ての血管を繋ぎ直したネスはほっとため息を漏らす。後は医療班が到着するまでこれを維持し続ければいいだけだ。


しかし……

「予想以上に電力を消費し過ぎましたか」

ふいに視界が暗くなった事に気がついたネスはこれ以上電力を無駄に消費しないため瞼を閉じる。

そもそもネス達にとっての電力は空気と同義のものである。生命線たる電力、その減少を把握出来ないほど演算能力が治療に裂かれたことがネスの誤算であった。

満月は出ているがこの程度ではとても電力を賄うことは出来ない。食べ物を摂取する事による発電もこの廃墟、1歩も動けない状態では望むべくもなく

故にネスに出来る事は余計な消費になる機能を停止しただ傷を塞ぎ続ける事だけだった。


最後まで残していた聴覚が近づいてくるサイレンを聞いたのを区切りにネスは眠り(スリープモード)についた。


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


「やぁお目覚めかい?」

目覚めてすぐの光景は忌々しき上司のドアップ顔面だった。


「ああ、お目覚めだよ」

答える悠途は気まずげに上司の顔から視線を外す。

「そうかい、それは良かった……いやはや君はなんでいつもこう死にかけるのかねぇ。君能力を過信しすぎだよ。いくらUシリーズ最優の能力を持ってるからって意識がなければ生命力ミジンコなんだから。第1……」

「分かってるさ。それぐらい」

説教が長くなりそうな予感をヒシヒシと感じた悠途は食い気味に話しを中断させる。

「ま、反省点は自分でわかっているだろうから私からは言わないでおくよ。」


「Pt9907再起動を終えただいま到着いたしました」

扉をノックする音が部屋に響く。

「……おっともう来たかではこれで失礼するよ。お小言は相棒にでも頂戴するといい。ではサラダバー!」

一瞬何か言いたげな表情を作った上司は結局言わない事を選択したようで足早に姿を消した。


入れ替わりにネスが扉を壊しそうな勢いで開け足早に向かってくる。

人工皮膚の再構築もろくに行わずに来たのか所々に金属光沢が見える。


「……今回もあなたを助けられました」

上司の前フリ通りネスから小言が飛んでくるとばかり思い身構えていた悠途は予想外の言葉に出鼻をくじかれた。


「しかし当機にはそれに対する幸福感、達成感に該当あるいは類似する感情信号が出力されません。あなたが致命傷を負った時もあなた1人の命より任務遂行の方が優先度が高いと判断していました。」

何の事を言っているのかと首を傾げる悠途の疑問に答えるかのように卓上に置かれた透過型ディスプレイが起動し自身が倒れた後の出来事が映し出される。


「当機に感情と呼ばれるものはなくまた汎用プログラムも電脳型である事からインプットされていません。なのに私はあの時任務遂行より低いはずであるあなたの命を救う事を選びました」

ネスは続ける。

「何故ですか、何故ですか、何故ですか。当機には分かりません。あなたなら……あなたなら……人間であるあなたなら……」


無感情な瞳を向け何色にも染まっていない透明な声で問うネスに対し悠途は返す言葉を見失った。

ありきたりに言うなら『それは感情だ』と返してしまえば良い。

しかし恐らく今のネスにはその言葉は響かないしそれを軽々しく言う事はネスの記憶と感情を失わせた張本人たる悠途にとって責任逃れと同義だった。


しかし時間は悠途に味方をしない。このまま悠途がなんの答えを返さなければネスはイタチごっこの問いによりオーバーフローを起こしかねない。


「……ついてきてくれ」

悠途が出した答えだった。


「俺がそれについての答えを気安く言う事は出来ない。その代わりその答えを俺と共に探して欲しい」


「……それは解答にはなっていません。」

ブツブツと意味不明な言葉を発し続けていたネスは首を傾げながら答える。


「なんでもいいんだよ!とにかくお前は俺の監視対象としてこれからも仕事をすれば!」

図星を突かれた悠途は大慌てで言葉を重ねる。


「……了解しました。当機は監視官悠途と共にあります。互いの命が尽きるまで」

まだ飲み込めないと言った表情を作ったネスは応える。


「ああ、よろしく頼む!そして今度こそは……」

今度こそはお前を守ってみせると心の中で誓う悠途はその心境を隠すために笑顔を浮かべネスに手を差し伸べる。その手をネスも手を差し伸べ握り返す。


「当機こそ……はい、よろしくお願いします」

微笑みを浮かべるネスの視覚センサとスピーカは僅かにほんの僅かに喜びの色に染まっていた。


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


「今回の件について南部博士はどう思う」

本部の一角でスーツ姿の男と白衣を纏った女が話していた。


「完全に手加減されていますね。こちら側としては有坂悠途、ネスは即応できる最大の戦力ではありましたがあちらはU計画の生みの親、多少能力の向上があったとはいえ誤差範囲内でしょう。U計画は有坂悠途を終点に極限に至りました。後は彼自身の経験でしか進展はありません。早急に次の計画へ移行すべきかと」

話の内容は昨晩の戦闘について。当事者も含め特治に勤める者ですら昨晩の戦闘は()()()()までしか知らないが例外的にこの2人だけはその真実を知りえていた。本来なら今の悠途に勝利は有り得ないことを。


「そうだ。我々は田上博士の予想と願望を超えなければならない。この荒れ果てた日本に真なる平穏と安寧をもたらす為そして我々の願いの為にも我々は歩みを止める訳にはいかない、止めさせない。名無しの英雄(NE)計画の推進とE計画の実現を急がなくては……」

渋面を作った男はちらり女に目配せをする。


「E計画に関してですが先程適合者が現れました。少々性格に難がありますがその補填として新型のPKを配置する予定です。最上所長

後はあなたの裁量次第ですからしっかりしてください。では私はこれで失礼します」


小さくため息をついた女は予め準備しておいた秘策を告げると自分の仕事場(研究室)へ向けて歩き去った。それに伴い男も時代遅れな煙草を吹かしながら己の戦場へ帰って行く。

この会話を聞いた者は誰一人としていない。

2万文字と少しのこの物語を最後まで読んでいただきありがとうございます!

少しだけ余談と言うかなんというかを(見なくても損はしません。見ても得しません)

実はこれ約1年前(?)にとある公募へ応募しようとして書いていた作品なんです。テーマは「相棒」だったんですけど短編(12000文字以内)での募集だったんですよね。もちろんそれ内で収めてバッチリ応募するつもりだったんです。結果は見ての通りです。いやはやそんな気配が当時から絶妙に漂ってましたがここまで遅筆だとは……

無事に期限内には書ききれず(なんで新作にしようとしたんだ……)ようやく全て書き終えたのは今年の3月ぐらいの事でした。

まぁ期限に間に合わないことが分かった時点で文字数関係なく自分の頭に浮かぶに任せて書いた結果がこれと言うわけです。さて蛇足はこれぐらいに(この後書き自体が蛇足)

改めてこの2万文字に渡る未熟な物語を読んでくださりありがとうございます!

どうかこれを読んでくださった方々によりより活字ライフがあります事を深空月夜はお祈りしております。ではまたの機会に

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ